18話:極悪魔導士、死に際を知る
「「えぇーーーー!?」」
爆発音と同時に、シューランと狼男が叫んだ。
そして二人して手を繋ぎ合って俺に非難の目を向ける。
「お知り合いだったんじゃないですか!? 今の感じお知り合いでしたよね!?」
「わけわかんないっす。狂気の沙汰っす。死神マジパネェ」
「うるせぇ。これくらいじゃ死なねぇよ。…………生前からな」
吹っ飛んだ衝撃でちょっと意識飛ぶくらいだった。
「おぉ、悪霊でも魔法って効くんだな」
ダルフが軽く飛んだクルトの悪霊にそんなことを言う。
正直、霊魂に効きは悪い。実際に起こった爆発の熱波なんかは、肉体と違って被ダメージに換算されないからだ。
で、悪霊は悪霊で明らかに動きがおかしくなって、爆破された自分を見ていた。
「ほら、ぼさっとするな、シューラン。生前の記憶を刺激されて隙ができてる。今ならあいつを屍霊術で縛れるだろ」
「え!? あ、は、はい!」
シューランは蛇の下半身をくねらせて湿地をものともせず移動すると、悪霊に向かって両腕を突き出した。
「彷徨える魂よ! 汝、我が織りなす呪縛の虜となれ!」
悪霊の足元に魔法陣が現れると、光の檻を形成して捕らえる。
捕まったことでまた暴れ始めたが、一度捕まえればそう簡単に逃げることはできないらしく、魔法陣は揺るがない。
「や、やりましたよ! 今まで、捕まえようとしても攻撃されるばっかりだったのに!」
「そりゃ良かったな。お前もそろそろ正気に戻れ」
俺はもう一度、結界の中の悪霊を爆破した。
「…………シューランさま、本当に死神の使い魔になってて大丈夫っすか?」
「聞かないで…………。ここで逆らっても次に爆破されるのが私になるだけよ」
なんか勝手なこと言ってるな。
お前らも人間より打たれ強い体してるんだから、爆破されて死ぬことはないだろうよ。
「おい、俺の声が聞こえるか? お前はクルト=クリーガーだ。思い出せ」
爆破されてまた大人しくなったところに声をかけると、初めて悪霊は瞬きをした。
「……………………魔法使いどの?」
「おう、俺の名前は覚えてるか?」
「…………クヴェル=ヴァッサーラント」
「自分の状態はわかってるか?」
「俺は、俺は確か、殺されて…………」
「焦るな。少しずつでいい。おい、ダルフ。ちょっと話聞いとけ」
俺はクルトの人間性を呼び覚ます役をダルフに代わり、シューランに指示を出す。
「悪霊を倒すのは一回保留だ。こいつには聞かなきゃいけないことがある。で、霊場の回復のために、城に籠ってる奴らに出てくるよう言え。こいつは俺が預かるから襲わせない」
シューランに目を向けられ、狼男は獣の姿になると湿地帯を素早く走り去っていった。
俺は狼を見送る振りをして、瞑想用の呼吸を繰り返し、騒ぐ感情を鎮める。
「あの、そのクルトという方はどういったお知り合いで?」
「聞いたことないか? ここの水の精相手に求婚してた人間のこと」
「聞いたことはありますけど、私、聖女対策で駆けずり回っていた上に、求婚の試練やってた時、下半身を何処かの誰かに食べられて生死の境を彷徨っていましたから」
なんか恨みがましく言われたけど知るか。
今は、どうしてここにクルトの霊がいるかが問題だ。しかも、どうして悪霊になってる?
こいつ確か、ここで求婚の試練を達成した後、あの聖女から…………。
「あ、祝福か! お前の屍霊術が効かなかった祝福、聖女の祝福だ!」
いたくクルトを気に入った聖女は、愛が続く限り死さえも二人を別てないだろうと、祝福していた。
そしてここは妻となったナイアが生まれた泉の近くだ。クルトは祝福に従って死んだ後もナイアに会いに来たんじゃないか?
「おい、クヴェル。きな臭い話になって来たぞ」
クルトと話していたダルフに呼ばれた。
どうも、クルトはぽつりぽつり死に際の様子を話したそうだ。
「ほら、死んだ理由をもう一度クヴェルに説明してみろ」
「戦に、参加した。山岳の、少数民族が、侵攻してきて。村の、若い奴らを、死なせないために」
どうやらクルトは村の者に頼まれて、徴用される兵を生きて返すために志願兵として戦いに赴いたらしい。
こんな霊場に単身乗り込んだ上に、俺に爆破されても生きてたクルトは、そこらの村人よりもずっと強かった。
クリーガーという姓は、戦士職を意味し、クルトの家は代々この辺りの兵士を訓練する世話役をやっていた家だった。
「異民族、一番の戦士を、倒して、凱旋できることになった。だが、異民族の残党の、目撃情報があって。俺と村の奴らが、捜すよう命じられて…………あれは、罠だった」
ざわつくようにクルトから黒い靄が湧き出る。
あれはきっと悪霊となったクルトが抱える恨み辛みの念だ。どうやら靄が濃くなるとその分クルトの自我が薄れてしまうようだった。
「シューラン。あの黒い靄散らせるか?」
「こう言ったら私も人でなしみたいですけど、ご主人さまが爆破するのが一番手っ取り早いと思います」
「お前人じゃないだろうが。ま、わかった」
躊躇なく爆破すると、仰け反るクルトからは黒い靄が四散する。
体勢を立て直したクルトはまた瞬きをして、はっきりと俺と目を合わせた。
「魔法使いどの、腕落ちました?」
「よーし! いい度胸だ! 人が手加減してやったらつけあがりやがって!」
「待て待て、クヴェル! 話聞いてやれって!」
ダルフに後ろから羽交い締めにされた俺を見て、クルトは懐かしそうに目を細めた。
「あぁ、そうだ。俺はここで恋をしたんだ」
そう呟いたクルトからは、爆破しなくても黒い靄が四散して行った。
一度頭を振ったクルトは、ボロボロの鎧だった姿が冒険者風の皮鎧になり、顔も若返る。
その姿は俺の記憶にもある、恋に猛進していた青年だった。
「死んだ今となっては言ってもどうしようもないでしょうけど、聞いてください。俺は、戦働きを横取りするために、味方に殺されました」
「ち、正気に戻って最初に言うことがそれかよ」
俺が舌打ちすると、クルトは爽やかなイケメン顔で困ったように笑った。
その表情の作り方が、なんとなくグレーテルのほうに似てる。兄妹の栗色の髪は、確実にクルト似だった。
「残党を捜すため、俺たちは軍から離れました。隊長は見つかるまで捜せと、なかなか捜索を打ち切ってくれず、思えば、そうして体力を消耗させて確実に殺すつもりだったんでしょうね」
日も傾き、戻るか野営かと言い始めた頃、別の隊が残党はもう逃げていたと新たな報をもたらしたそうだ。
そして、その別の隊こそが、クルトたちを殺す暗殺者だった。
「疲れただろうと水を貰いました。あれに薬が仕込んであったらしく手足が痺れ、まともに動けない内に次々殺されたんです。俺も抵抗したんですが、ご覧のとおりで…………。死ぬ前に、聞こえました。脱走兵の始末は済んだ、と」
つまり、クルトたちは脱走兵扱いで死体も帰らず、名声だけは軍の誰かに奪われた。
ふざけた話だ。
俺は一度深呼吸して、今クルトに聞くべきことを整理する。
「お前がここに来たのは、聖女の祝福の力だと思って間違いないか?」
「あぁ、そうかもしれません。俺は、たぶん、あの場で殺された村の仲間たちの無念を抱え込んでここまで来ました。けど、どうしてここなのかわからずにいたんです」
「なるほど。祝福が原動力で霊魂となっても動けたが、目的意識は怨念に染められて暴走していた、か」
俺が整理すると、シューランが真っ直ぐに挙手する。
「あの! そのクルトさんが自主的に受け入れてくれるなら、私が使役してその怨念を抑える術を施せますけど?」
「クルト、お前は今のままの状態を自分で保てそうか?」
少し考え込むように俯くクルトは、若返ったせいもあって相変わらずイケメンだ。
昔はこの顔にイラついたもんだが、今は、どうしてもその顔に知った面影を探してしまう。
「無理そう、ですね。たぶん、魔法使いどのや戦士どのと話してるからこそ、自我を保てるんだと思います」
「じゃ、自我保つために私と契約して使い魔になってよ!」
「いや普通に浄霊してやれよ」
強い使い魔を手に入れたいだけのシューランに、ダルフが口を挟んだ。
「あの、戦士どの。俺はできればもう少し現世にいたいです」
「なんでだ? あ、いや、そうか。心残りあるよな」
「はい。まだナイアは生きてるみたいですし」
「「え?」」
俺とダルフの反応に、クルトは何か不穏なものを感じたらしく、不安げに泉がある方向を見た。
「ナイアは、泉に戻ってないですよ。水の精は肉体的に死ぬと、生まれた泉に戻るんですよね?」
「あ、あぁ。水の精の大本は大いなる精霊の集合意識で、ナイアもそのわけ身だ。ナイアとして死んだら、泉の大本に、戻る、はず…………」
ナイアが泉に戻ってない? だが、ナイアはすでに死んでいる。
でなきゃ、俺の所に子供たちだけ送るなんて真似するはずがない。
ヘンゼルとグレーテルが暴れてる現状、国も記録を遡ってナイアが魔女狩りで刑を執行されていることを確認しているはずだ。もし生きていたなら、すぐにでも捕まえてヘンゼルとグレーテルを止めるために引き摺り出すだろう。
「クルト、落ち着いて聞け。ナイアはすでに死んでる」
「魔法使いどの、何を言っているんですか?」
「まず、簡単に俺がここに来た理由を教える。俺は、ナイアの死後、お前たちのヨハネスとマルガレーテを弟子として育てた。だが、あいつらは家出して今、この国に復讐してる」
「あん? 名前違わないか?」
「え!? あの噂になってる!?」
ダルフとシューランは無視だ。
俺はクルトだけを見つめて続けた。
クルトの体から黒い靄が湧き出そうとしている。だが、俺を見据える栗色の瞳には、自我を保とうとする理性があった。
「俺は知ってる限りのことをお前に教える。代わりに…………、お前も思い出せる限り、お前が殺された戦について教えろ」
「…………はい。はい! どうか、俺の家族がどうなったのか、教えてください。そのために必要なら、魔物の使い魔にだってなります」
俺は口を突いて出そうになる罵声を、目を瞑って耐える。
なんでこいつが死ななきゃいけなかったんだろうな、ヘンゼル、グレーテル。
なんでお前たちが、不幸にならなきゃいけなかったんだろうな。
あぁ、本当にお前たちと関わってから、諦めてたはずの感情を思い出す。
思い出しちまったものは、しょうがないよな。
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