表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/38

16話:極悪魔導士、茶番を演じさせる

 こっそり森から野営地近くまで戻って来た俺たちは、ことが起こるのを待っていた。


「ダルフさん、クヴェルさんは何をしてるんです?」

「あぁ、覗き見だよ、覗き見」

「私も城で見たことがある。魔術師は使い魔と感覚を共有できるのだそうだ」


 外野がうるさいが、今は集中だ。

 馴染みもしてない使い魔契約で感覚の共有は難しい。

 天才魔術師と言われた俺が難しいんだから、他の奴らはできない可能性もある。


「シューラン、そのまま待機。今から俺が思い起こす人物を捜せ」


 俺の言葉はここにいないラミアのシューランに届く。

 働かせるために使い魔にして、一人野営地のすぐ側までお遣いさせた。


「誰捜すんだ、クヴェル?」

「警備隊長」


 俺が使い魔と感覚共有しているのを見たことのあるダルフが気軽に聞いてくる。


「戦士どの、みだりに声をかけてはいけない。使い魔との感覚共有には膨大な精神力を傾けなければならないと聞く」

「いや、こいつはいつも答えるぜ。けど、言葉数少なくなってるってことは…………腕が落ちたな?」

「うるさい! 使い魔の知能が高いのは難易度が違うんだよ!」


 邪魔するな!

 俺はもう一度集中し直して、シューランの視界を共有した。


 蛇の視界に近いためか、人間ほど色鮮やかではない視界。

 ただ生物ははっきりと浮かび上がり、その姿はテント越しでもわかるくらいだ。

 警備兵たちは近くにラミアが潜んでいるとも知らずダラダラとしている。野営地の見張りさえまともにしてない。

 一番仕事してるのは、野営地までの道をハルトーネが泣きながら助けを求めに来ることを期待してる奴らだった。


『ご主人さま、警備隊長と呼ぶ声が聞こえましたか?』

「あぁ、聞こえた」


 ちなみにシューランの声は契約者の俺にしか聞こえていない。

 俺は警備隊長の居場所を確かめて、作戦開始の合図を送った。

 次の瞬間、高笑いと共にシューランが姿を現し、俺たちにも聞こえる悲鳴が野営地から響いた。

 言っとくが、俺は情けなく怖がらせろとは言ったが、高笑いしろとは言ってない。


『ほーっほっほっほ! 間抜けな人間たちがこんなにいっぱい。あぁん、いい声。もっと叫んで、もっと命乞いをして、虫のように這い蹲って私を楽しませなさい!』


 誰もそこまで言えとは言ってない。

 っていうか、さっきまで俺に下手に出てたのはどうした? キャラ変わってるぞ。


『ひぃ!? なんでこんな所に魔物が!?』


 おい、森に出る魔物退治に来たんだろうが。森の近くにいれば出るわ。


『女だ! 女の魔物が毒を吐いてるぞ!』


 いや、下半身見ろよ。そして毒を吐いてるんじゃなくて霊障の霧だ。

 シューラン曰く、霧には意識を虚ろにする効果はあるものの、精神力が並み以上あれば効果はないらしい。


『へ、蛇だー! 蛇、蛇、蛇、蛇、だーー!』


 単に蛇が苦手な奴が走り回って騒いでる。


『や、やられた奴が起き上がって!? し、死体の魔物だ!』


 まだ死んでねぇよ。ラミアの魅了にかかって操られてるだけだって。


『幽霊だ! 野営地の中を幽霊が徘徊してるぞ!』


 それ、テントに映った魅了兵の影な。動き鈍いから幽霊に見えたんだろうけど、ちゃんと確認しろ。

 とまぁ、シューラン一人にとんだ大混乱だ。


「そろそろ行くか。ハルトーネ、先行しろ」

「早くないか?」


 ダルフが聞いてくるから、今見た光景をそのまま伝えるといっそ笑い出した。


「情けねー! あの警備隊長どうしたよ?」

「部下の誤報の連続で、まともな指揮もできてないな。ん? …………今、シューランの操る兵士にテントから引き摺り出された」

「大変だ!」


 俺の言葉にハルトーネは慌てて愛馬に跨った。

 そんなに離れてないからすぐにシューランの視界にハルトーネが映る。

 颯爽と馬に乗って駆けつけたハルトーネは、馬上から死なない程度に魅了兵を切りつけ、警備隊長を救い出した。


「…………計画通り」


 俺はフンボルトが操る馬車の上で笑った。

 ぶっちゃけ、マッチポンプだ。

 で、シューランにやらせたかった仕事はこれじゃないけど、まぁ、成り行きってことで。


「うーん、俺の出番はなさそうだな」

「あると思うほうがおかしいだろうよ」


 俺たちが野営地に着くと、戦況は拮抗していた。

 シューランは屍霊術を使わず手を抜いているとは言え、ハルトーネはなかなか善戦してる。

 自ら先頭立ってシューランの動きを牽制しつつ、兵を立て直そうと指示を飛ばしていた。

 鋭利なラミアの爪で切り裂かれた兵は魅了にかかって敵に回る。長く強力な尾の殴打は、範囲が広く密集した兵には効果的だった。


「頃合いだな」


 共有した感覚からシューランに撤退を指示すると、霧を操って一瞬人間たちの意識に隙を作った。

 素早く地面を滑って距離を取ったシューランは、また馬鹿みたい高笑いをする。

 いるか、それ?


「ほーっほっほっほ! なかなか楽しませてくれるじゃない。でも、もうここには用はないの。十分精気は吸ったわ。普段の住まいから遠出してみるのも一興ね。ごちそうさま?」


 勝ち誇ったように言って、シューランはさっさと霧と共に森の中へと消えた。

 突然の撤退に、警備兵は警戒を解かない。が、シューランの行動を理解してるハルトーネは、ばつの悪そうな顔で怪我を負った警備兵たちを見回した。

 ちゃっかりシューランに精気を吸われて立てなくなってる者もいる。


「…………すぐに、怪我人の手当てを。危険な魔物だ。深追いすべきじゃない。本当に森からいなくなったか、一度隊を組んで確認すべきだろう」

「は、はいぃ」


 ハルトーネに助けられた後、乙女のように座り込んだままだった警備隊長が馬鹿みたいな返事をした。


「どうですか? 上手くいきましたよね?」


 普通の蛇に身を変えて馬車に入り込んで来たシューランが、鼻高々に喋る。


「あぁ、あんなに怯えてもらえて、私…………魔物としての自信を取り戻せましたぁ」

「なんで自身失くしてたんだよ?」


 聞いたらシューランに人でなしを見るような目を向けられた。

 なんでだよ? いや、それよりちょっと気になるのは、犬野郎だ。


「おい、気持ち悪い目でシューラン見てやるな」

「…………いい…………」


 よし、俺はこいつに触らない。もう知らん。こんな特殊性癖相手にしてられるか。

 俺は馬車を降りてハルトーネのほうに向かった。


「一件落着ってことでいいな?」

「な、なな、何が一件落着だ! 逃げられたではないか!」


 なんかいきなり警備隊長が元気になった。さっきまでハルトーネに助けられて放心してたくせに。

 良く見るとこいつ、擦り傷しか負ってないな。最初から元気なんじゃねぇか。


「だったら、今すぐ隊を率いてあのラミアを追え。お前らはこのハルトーネがしくじった際の尻拭いを言いつけられてたんじゃないのか?」

「ぬぐぐぅ…………! こ、この撃退は、我々警備兵の助力あってこそというもの!」

「逃げられたんじゃなく撃退ね、はいはい。そう公爵家に報告するつもりなら、少しここにいる奴の身元確認しろよ」

「な、なんだと! 平民風情が! わしは公爵家ゆかりの郷士であってだな」


 なんか色々言い始めたけど知るか。話聞きそうな、警備隊長の次点の奴はっと。


「そこのノッポ。お前は副隊長か何かだろ? あっちの馬車にいるのは冒険者組合の奴だ。このことはもちろん組合に報告される」

「隊長まずいです。冒険者組合側が、ことの証人に回りますよ」

「ふん、たかが職員一人の言うことなど」

「で、馬車にいる筋肉ダルマは里帰り途中の常勝傭兵だ」


 俺の言葉に警備兵たちは静まり返った。注目を集めたと気づいたダルフは、無駄に歯を光らせて笑う。


「無理です、隊長。名声で完全に負けてます。社会的な信用度が違いすぎます。常勝傭兵が嘘だとしても、あの強力なラミアを相手に無傷である時点で実力者です」


 相手なんてほぼしてないけどな。しなくていいほどシューランと実力差あったのは事実だが。


「何、こっちはラミアに遭遇して追いかける途中でお前らが襲われて、そこのハルトーネが助けに入ったって事実しか報告しないさ。ただ、これ以上いちゃもんつけるんなら、お前らが情けなく混乱に陥ったことも報告するぞ」


 はっきりと脅しかければ、警備隊長は足音荒くテントに向かってこの場を後にした。

 残った副隊長にも、俺たちがいなくなった後ハルトーネの身に何か起きれば知ってる限りのことを情報提供すると念を押して、森の通行を許可させた。


「事実、事実とは、いったい…………」


 俺について来たハルトーネが額を押さえて呟いてる。

 やっぱりこいつ宮仕えなんて向かないんじゃないか?


「よし、思ったより時間食った。森抜けて野営するためにさっさと出発するぞ」


 俺がそう声をかけると、ハルトーネは背筋を伸ばして騎士の礼を取った。


「ご助力に感謝する。先を急ぐだろうあなた方を歓待できないことが悔やまれるが、いずれ必ず、何がしかの形でこの礼をする」

「気にするな。大したことはしてない」

「そうそう。この程度、なんの働きにもならねぇよ」


 本当にな。ダルフの言うとおりだ。

 結局戦闘らしい戦闘もしてないし、魔物退治もしてない。これで礼を受けてたら切りがねぇ。言葉だけで十分だ。


「いや、これは私の心情の問題だ。騎士としてこの仕事をしくじれば我が姫にも累が及んでいた。私は騎士の誇りにかけて四人に礼をせねば」

「お、俺もですか?」


 あ、ちょうどいいじゃねぇか。


「よし、お前が四人分礼を受け取っておけ」

「はい!?」

「そうだな。俺は根無し草だし、魔物のシューランに騎士が礼ってのも。クヴェルもちょっとこの後面倒ごと起こすしな」

「おい。…………だがまぁ、そんなところだ。ただ、礼の仕方はこっちで指定させてもらうぜ」


 さて、お上品な騎士さまには難題だが、果たして礼を達成できるかな?


隔日更新、全三十五話予定

次回:極悪魔導士、爆破する

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ