15話:極悪魔導士、縋られる
襲ってきたはずが、何故か悲鳴を上げて逃げ出そうとしたラミア。
だがラミアは逃げられない。
何故ならすでに、伝説級の戦斧を構えたダルフが回り込んでいるからだ。
舌をチラつかせて背後のダルフに気づいたラミアは、筋肉ダルマの姿を捉えて絶望的な悲鳴を上げた。
「トラウマと死神が同時に来たぁ!?」
人間の腕を地面に突いて、もはや逃げることも諦めたラミアは項垂れる。その姿は悲壮に満ちていた。
「なぁ、これはあなたの知り合いではないのか?」
「って言ってもな。ラミアって魔物は大抵同じ顔をしてる。下半身の柄や緑の髪に濃淡の違いがあるくらいだ」
「いえ、この反応は知り合いでしょう?」
ハルトーネに続いてフンボルトまで確認してくる。
だからわからねぇんだよ。
よっぽどわかりやすい目印でもない限り。
「おーい、クヴェル。こいつ尻尾自切した傷跡があるぞぉ」
ダルフがラミアの蛇部分を指して言った。
「あぁ、じゃ、知り合いかもな」
「お、おぉ、覚えてないんですか、私のこと!? あれだけの無体を強いておいて!?」
おい! 語弊のある言い方をするな!
「お前が屍霊王の手下で、聖女襲いに来て俺たちに返り討ちにされた挙句、尻尾を自切して、臓物引き摺りながら逃げたんだろうが!」
「そうですよ! あの後死ぬ思いしたんですからねー!」
もう恥も外聞もなく泣き喚くラミア。
だがな、こっちも言いたいことがある
臓物引き摺って逃げるお前を目の当たりにして、聖女が吐いてあの後大変だったんだぞ?
しかも残ってたお付きの神官軍団の中で貰いゲロの恐怖の連鎖が発生したんだ!
あの時は酷かった。せっかくいい飯の当てができたっていうのに。
「蛇の肉って鶏肉みたいで不味くねぇんだよな」
そうそう、あの時もダルフが同じこと言ってたな。
「ひぃーー!」
そうそう、あの時もラミアは悲鳴上げて…………うん?
「お前のトラウマって、ダルフか?」
「そうですよ! なんで私のこの姿見て物理的に食べる気になるんですか!? 私のこの上半身はあなた方人間と同じ形を模してあるんですよ! これ、あなたたちの警戒心薄めるための擬態なんですよ!? なんでそれで食べるなんて猟奇的な考えが浮かぶんですか!?」
涙を振り撒いてのラミアの訴えに、ハルトーネが頷く。
「確かにこの人間を彷彿とさせる姿で鶏肉とは、普通考えないと思うのだが?」
「ですよね!? そうですよね!」
「あん? 別に魔物討伐に行って倒した魔物の肉食うなんて珍しいことじゃないぞ?」
「ひぃー! 野蛮人ー!」
声を限りに叫ぶラミアは、人間の部分で思いの丈を叫びつつ、蛇の下半身は防御するように蜷局を巻き始める。
「なんか、ラミアってもっとこう…………」
お前は喋るな犬野郎。
確かにラミアは気の強そうな顔つきしてるけどな、今はお前の趣味嗜好はどうでもいいんだよ。
「それで、なんで俺が死神扱いなんだよ?」
って聞いたら、くわっと目を見開かれた。
縦に割れた爬虫類の瞳孔が、なんか血涙流して悔しがった竜王を思い出すな。
「あなた、あの戦士が私の尻尾を断ち損ねた時に言いましたよね!? 捌く前にまず〆てからじゃないと肉質が落ちるって!」
「あー、言ったかどうかは覚えてないが、そんなの狩りの基本だろうが。獲物は無駄に暴れさせるだけ肉が硬くなって不味い!」
「それです、それ! そう言ってなんて続けました!?」
「予想できるのは、一思いに首落としてから吊るして血抜きする、くらいか?」
「悪化したぁ…………!? 吊るすまでは言ってません! あなた、私のこの美しい顔の乗った首を落とすって言ったんですよ!」
自分で美しいとか言うな。
否定はしないが美人のありがたみがなくなるぞ。
「なぁ、もういいか?」
「おう、別に話につき合う必要もないしな。さっさと首落と」
「いぃーやぁー! 人でなしー!」
ダルフに指示を出そうとしたら、ラミアが身も世もなく叫んだ。
そして、何故かハルトーネが俺の腕を引いて首を横に振る。
「その、そこまでする必要は…………ないと、思うのだが…………」
「魔物に同情してどうする?」
「う…………、そう、なのだが。あそこまで哀れだと、気が引けるというか」
「騎士が簡単に敵の術中にはまるな。それこそラミアが人間に擬態する理由だろう」
あ、そうだ。一つ確認し忘れてた。
「おい、ラミア。この辺りで人を襲ってた魔物はお前か? 正直に答えろ」
「は、はいー! 申し訳ございませんでしたー!」
「よし、自白したな。ダルフ殺ってい」
「あの! クヴェルさん」
今度はハルトーネが引くのとは反対の腕をフンボルトに掴まれた。
「襲われた人はいるんです。抵抗して怪我した人もいるんです。けど、死者はいないですし、荷が荒らされるということもなくてですね」
「そう言えば、半端に精気吸われただけだったらしいな。おい、ラミア。お前なんでそんなことした?」
「そんなの、あなたに会いたくないからに決まってるじゃないですか! あなた聖女と一緒に居たってことは、人間に害成せばまた来るつもりだったんじゃないんですか!?」
いや、そこは割とどうでもいい。元からお前らが人を襲うことも織り込み済みで領有してる家だったし。
養子先だった領主に助力求められるくらいの被害だったら話は別だがな。
「屍霊王さまが首落とされてから大人しくしてたって言うのにー! まさか霊場離れてからこんな寂れた所で出会うなんてぇ!」
「よし、うるさい。首を」
「「待って!」」
ハルトーネとフンボルトに両腕を引かれて止められた。
ダルフに目を向けると、戦意のないラミアに飽きたのか、俺たちを見下ろす場所にしゃがみ込んでいた。
「別にどうしても食いたいってわけじゃねぇぞ、俺は」
ダルフの言葉を仕舞いに、俺たちはラミアの事情を聞くことになった。
「実はですね、霊場に強力な悪霊がやって来て、私たち屍霊王さまに仕えていた魔物を襲うようになりまして。それで、私も襲われて、やむなく、こちらへ」
「逃げて来たのか」
事実を言っただけで涙ぐむな。そして全員で俺を責めるように見るな!
「だいたい、なんで悪霊なんかに追い出されてるんだ? お前は屍霊王配下の屍霊術師だっただろうが」
「それだけ強いんです! 凶暴なんです! 理性がないんです!」
ラミアが言うには死霊術師として隷属させようにも、己が何者かを忘却してしまっていてひたすら暴れるだけなのだとか。
「ですから、悪霊が摩耗して自然消滅するまで離れていようってことになって」
「おい、待て。なってって、あの屍霊王の配下だった奴ら全員がそう言ったのか?」
「いえ、全員ではないですが、あそこに残るひとたちは自衛のために屍霊王さまのお城に立てこもると言っていました」
「ってことは、そのお前らを襲うヤバい悪霊が野放しだと?」
領主はこの事態を知っているのか?
いや、魔物が襲われるなら人間も襲われているはず。そうなると霊場は封鎖か?
国内でも辺境で、国境地帯の割に紛争もないあそこは、めぼしい収入源がない。霊場が封鎖されたままだと収入が減り、霊場から出てくる魔物を倒すための兵を養う資金も危うくなる。
「悪霊は、屍霊王と戦ったりはしないのか?」
ハルトーネの問いに、ラミアは首を横に振った。
「基本的にお城の周囲に広がる湿地帯を巡っています。私がいた時にはお城に興味を持ってはいませんでした」
「屍霊術師でもあるお前が苦戦する悪霊ってのは、どんな奴だ? 屍霊術師なら霊魂を縛る術ぐらいあるだろう?」
さすがに霊場で戦った経験から、魔法に門外漢のはずのダルフが指摘する。
「私が聞きたいですよぉ。何かが邪魔をしてあの悪霊に力が届かないんですぅ。感触から、生前に受けた加護や祝福の類だとは思うんですけど。悪霊になってまで続く加護ってなんですかぁ?」
確かに、加護や祝福といった守りは、正方向の力で悪霊という負に偏った存在が持つものではないはずだ。
「どういうことなのだろう?」
「俺は魔法の素養ないんでね」
「俺も、さっぱりです」
この場でラミアの説明がわかるのは俺だけらしい。
というのをラミアもわかったらしく、半裸に近い上半身で俺に抱きついて来た。
「うわーん! この際死神でもいいですぅ! あの悪霊を何とかしてくださいー!」
「アホか! 俺は聖職者でも屍霊術師でもない! 悪霊退治は専門外だ!」
「後生ですー! なんでもしますからぁ! どうしてもって言うなら、また尻尾食べてもいいですからぁ!」
「…………なんでもすると言ったか?」
ふと閃いて聞き返すと、ラミアは顔を青褪めさせて身を引いた。
「あの、言葉の綾と言いますか、その、あまり痛いことは…………。嗜虐趣味とかの特殊プレイまでなら対応しますけど、殺人プレイとか遠慮したいなって」
「誰がするか! 人を変態みたいに言うな!」
そしてフンボルト! お前はあからさまに興味を持つな!
「はぁ、別に無理なことは頼まん。俺があの国にいる間、俺のために働くならそれでいい。あっちの状況を探る手足が欲しかったんだ」
「悪霊をなんとかできるんですか!?」
「おーい、クヴェル。お前、霊魂系の魔物は神聖魔法か屍霊術以外じゃどうしようもないって言ってなかったか?」
「無駄に覚えてるな、ダルフ。大したことじゃない。ちょうど封印中の体があるからな。それを器に悪霊詰めて、封印強化するさ。どうしようもなくなったら屍霊王の体ごと灰も残さず燃やす」
「ご無体な!? わわ、わ、私に何をさせるつもりですか!? 情報収集だけが仕事とは思えません!」
震えあがるラミアに、俺はちょっと悪ぶって笑って見せた。
するとラミアのみならずハルトーネとフンボルトまで竦み上がる。
…………俺、そんなに笑顔怖いのかな? 前にヘンゼルとグレーテルにも怖がられたし、あんまり笑わないよう気をつけよう。
隔日更新、全三十五話予定
次回:極悪魔導士、茶番を演じさせる




