13話:極悪魔導士、比べる
「そうか、最初からあの者たちは私を困らせるためにあのような訳のわからない態度だったのだな」
向こうの思惑説明したら、すごく今さらなことを言われた。
俺に指摘されて情報を隠されるという嫌がらせには思い至ったらしいが、嫌み野郎の言葉の意味は説明しなきゃわからなかったらしい。
大丈夫か、この女騎士。もしかしてコミュニケーション能力低い俺より宮仕えなんて向いてないんじゃないか?
「そうだ、名を教えてはくれないか? 私はコップス伯爵家のハルトーネ=キッヒディックという」
森の入り口まで戻ると、女騎士ハルトーネは名乗った。
「俺はクヴェル、筋肉ダルマがダルフ、情けない御者がフンボルトだ」
俺たちは馬や馬車から降りて歩きで森に入る。
女騎士は俺の顔をまじまじと見た。
「隣国を騒がせるクヴェル=ヴァッサーラントと同じ名か。それで隣国へ行くなら気を付けたほうがいいぞ」
「いや、気をつけるも何も本人だ」
「は?」
ハルトーネが目を瞠ると、ダルフとフンボルトが同時に頷いて見せた。
「そ、そんな馬鹿な!? あの極悪魔導士と名高いクヴェル=ヴァッサーラント!?」
「ちょっと待て! 極悪魔導士ってなんだ!?」
初めて言われたぞ、それ!
ダルフを見ると、笑い返された。
「お前が追放されてからすぐ、色んな所がお前手元に引き入れようと散々捜し回ってたからな。あの元王子さまが躍起になってお前の悪評流しまくってよー」
「笑いごとじゃねぇだろ!」
「いや、いっそ笑えるぞ? なんせわざと流された悪評なのに一つも嘘だと言いきれねぇんだ」
「は?」
俺、色々やったけど、基本養子先や国からの依頼で行動してたんだけど?
「卑怯な手で誇り高いドラゴンに血涙流させたろ? 屍霊王退治では聖女に血の雨降らせたろ? 魔物退治で山吹っ飛ばすわ、川を湖にするわ、森一つ消失させるわ」
「待て待て! 竜王のあれは悔し泣きだろうが! 戦い慣れてなかった聖女が前に出過ぎるから敵吹っ飛ばして守ってやったんだ! 地形変えたのは全部やらなきゃ魔物の被害で街一つ滅ぶレベルだったからだろうが!」
確かにやったことは嘘じゃないが、曲解が過ぎる!
「まさか、気位の高いエルフの姫を縛り上げて謝罪を強要したという逸話も?」
ハルトーネがドン引きの表情で聞いて来た。
「やりやがったのはエルフの姫のほうが先だし、謝罪させるってのはエルフの王が許可してた!」
「クヴェルさん、まさか値千金の古代文明の遺跡を崩落させたっていうのも?」
「あそこにあったのは古代兵器な上に、各国のスパイがすでに入り込んでて争奪戦になったんだよ! 破壊については当時の国王から命令されてやったことだ!」
犬野郎までドン引きするな!
弁明する俺に、ダルフはまた笑いかけてきやがった!
「な? 悪評だが、嘘とも言いきれないだろ?」
「全部、俺以外にも有名な関係者ども一緒にいただろうが!?」
勇者に聖女に賢者に竜騎士! なんで俺が主犯みたいになってんだ!?
「ともかく一度、捕縛されてくれ、クヴェル=ヴァッサーラント」
「お前、一人じゃ魔物退治もできないくせに何言ってやがる」
「こんな危険人物野放しにするは、民草のためにならん!」
「危険人物ってわかってんのに捕縛できると思ってるその呑気さいっそすごいな! めげなさがお前の持ち味か!?」
「褒めても私は絆されたりしないぞ!」
「褒めてねーよ!」
なんで捕縛で縄じゃなく金鎖取り出しやがった!?
捕まるだけでも痛そうだから構えようとすると、ダルフが笑って体を割り込ませた。
「落ち着けよ。ただの噂だって証明はできるから。ほら、クヴェル手ぇ出せ」
ダルフの意図がわかって、俺は両手の甲を見せた。
ちょっと力を籠めると、十本の指と指の根元が光って文字が現れる。
「これは、賜名? え…………十本の指全てが埋まってる? しかも、入り切れずに甲にも二つずつ?」
教養のあるハルトーネは見てわかったが、田舎生まれのフンボルトはいまいちわかっていない顔をした。
「世に残せる功績のある人間には、こうして特別な名前、賜名が刻まれる。俺は十四の賜名がある」
「こいつの名前の長さ異常だぜ? お前も冒険者組合に働いてるなら、クヴェル=ヴァッサーラントの捜し人の依頼書見てみろよ。馬鹿みたいに名前あるから。そう言えばクヴェルはまだ自分の名前言えるのか?」
「そりゃ、いちおうはな。クヴェル=導く者=爆破赦=大いなる小さき者=名伏しがたき者=善悪両面=妖精の友=転変=天賦=精霊の告げる者=路傍の玉=生かす者=賢明=成り上がり=冷血漢」
「「はい?」」
うん、俺も呆れるくらい長いと思う。
だから名乗る時は基本クヴェルとしか名乗らない。さすがに名前くれた奴の前ではその名前使うけどな。あんまり会うことないんだよ。
「娘縛り上げられたエルフ王からも賜名あったよな?」
「この、名伏しがたき者だな。もう半分面白がってつけてたぜ」
『誇りあるとは言えずとも誇りなきなりとも言えず、義ありとは言えずとも義なきなりとも言えず、智ありとは言えずとも智なきなりとは言えず。故にこの愚かしくも賢き人間に、名伏しがたき者と名を与える』
喧嘩売ってるよな、今思い出しても。
まぁ、一番ひどいのは聖女のつけた『爆破赦』だが。
あいつ、水の精だったナイアにイケメンが求婚する時一緒にいたんだよ。で、暴走するイケメンを俺がやっかみ混じりに爆破するのを見て、賜名これにしやがった。
「…………他の方の賜名を見たことがある。これは、偽装された物とは思えない」
さすがに宮仕えらしく、ハルトーネは賜名を見たことがあるらしい。
信じられないような顔しながら賜名の放つ光を吟味してる。
「そういうものですか? 魔法で光らせてるだけのように見えますけど?」
物珍しげに俺の手を突きつつ、フンボルトが聞いて来た。
「そりゃ、賜名の光貴って呼ばれるこの光は、古代から伝わる消えない光っていう魔法だからな。異種族の中でも特別な意味を持つ魔法だ」
暫定的に俺を信じてくれるらしいハルトーネに、一応追放までの流れは伝えておいた。
ら、なんか犬野郎が余計なことを言う。
「だからクヴェルさん、性格ねじ曲がったんですね、痛!?」
脛蹴って黙らせておこう。
「クヴェルの性格曲がってるのは、昔からだぞ」
お前も余計なこと言ってんじゃねぇよ、ダルフ!
「って、良く考えたら、ハルトーネ。俺の悪評を信じてたなら、俺に賜名くれた奴らがなんの行動も起こさないことに疑問はなかったのか? この『善悪両面』って名を俺に寄越した奴は、今じゃ騎士王って呼ばれてるはずだが」
確か腕が立ち、高潔な騎士を従え、自らも騎士であり悪逆非道の伯父である王を倒して国を治める、騎士を志す者なら一度は憧れる、とかなんとか、辻に立つ芸人がぶってたのを聞いた。
と思ったらハルトーネが壊れる。
「きき、き、きききききぃ!? 騎士王から名を賜っていらっしゃるのかー!?」
「いててててて!? 指折れる!」
いきなり俺の手を両手で掴んで、金属籠手で覆われた手で締めあげやがった!
慌ててダルフが引きはがそうとしてくれるけど、おいおい、筋肉ダルマのくせに無理そうな顔すんな!
「す、すまない。興奮してしまった。あぁ、まさかかの大英雄に賜名をいただけるような方だったとは」
掌返しすごいな。
お前の腰に俺を捕まえようとした金鎖があること忘れないぞ?
というか、憧れてるところ悪いが、実物なんて大英雄とか呼ばれる人格者じゃねぇ。
ぶっちゃけ、ここにいるダルフと大差ない脳みそに筋肉詰まってる類だからな?
騎士王の場合、一緒にいた騎士の中に営業上手い奴が一人いたんだよ。騎士にならなかったら吟遊詩人になってたとか大真面目に言う奴が。
騎士王の英雄譚とか、その吟遊詩人志望の騎士が捏造したやつだからな?
「騎士王さまは強大な敵を前に膝を屈することなく…………!」
「は、はぁ…………すごい、ですね?」
騎士王を知らなかったフンボルトが、ハルトーネの熱弁に押されてる。
…………夢は夢のまま美しくしておいてやるか。
「え、えーと、常勝傭兵と呼ばれるそちらは、賜名などは?」
フンボルトがハルトーネの騎士王礼賛から逃げるためにダルフに話題を振った。
「ねーな」
おい、一言で終わらせてやるなよ。
確かにお前賜名持ってないけど。傭兵っていう稼業の関係とか説明してやればいいだろ。
「あ、あー、こんなに騒いでて、何も出てきませんねー」
諦めないフンボルトは、さらに話を変えた。
こいつ、中々に足掻くな。
まぁ、けど確かに魔物は出てこない。
「この少人数で騒いでる割に、屍霊系統以外の魔物も来ないな?」
俺の指摘にフンボルトは今さらながらに恐々と肩を竦めた。
「そう言えば、皆さん屍霊とか怖くないんですか? あれでしょ、屍霊ってつまりは死人や死体の魔物なんでしょう?」
フンボルトの言葉に、ハルトーネは身震いをして口を閉じる。
やっぱりお化け怖いんだな、この女騎士。
けど、まぁ、俺たちはなぁ? と思いながらダルフを見ると、同じような視線を向けられた。
「屍霊って言ってもな、怖がるとかの前に」
「屍霊王に比べりゃなんでも雑魚だろ」
そこまでは言わないけど、まぁ、屍霊系の魔物の親玉みたいなの倒した俺たちじゃ、怖がる気は起きないんだよなぁ。
隔日更新、全三十五話予定
次回:極悪魔導士、裏側を語る




