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12話:泉の精、止められる

 ガタゴト揺れる馬車を操るフンボルトが、肩越しに荷台の俺たちを振り返る。


「あのー、大丈夫ですか? 泉の精さま?」

「ぶふぅ…………!」

「笑うな、この! ったく、これが大丈夫そうに見えてたんならお前は馬鹿だ」


 後ろから俺の首に腕を回して締めあげていたダルフ。

 咄嗟に首の間に腕を挟んでいた俺は、笑った隙を突いて逃げ出した。


「ったく、いきなり技かけてくんじゃねぇよ」

「ははん、俺に後ろ取られるとは、さすがに隠居生活で腑抜けてたな」

「こんな狭くて揺れる所で襲われるなんて思うか! 俺が魔法使いじゃなくてもやられるわ!」

「いやー? お前基準にしてたらそこらの兵士ゴミだろ。だいたい、お前のせいで他所の魔法使いが想像以上に以下で、魔法殺しなんて呼ばれてた時期もあったんだぞ、俺」


 それ、お前が魔法使おうと杖掲げた途端に、魔法使い締め上げるからだろうが。

 まぁ、俺だったら予備動作気づかれた時点で体勢崩すか、接触で発動する魔法に切り替えるけどな。


「あの泉の精さま、俺はただの村育ちなんで、巻き添えになるようなことは、やめていただければ」

「ぐふぅ…………! だははは! クヴェルをそんな、泉の精、さまとか、だははは!」

「笑うなって言ってんだろうが! お前も俺のことは名前で呼べ、フンボルト!」

「え、あ? へ?」

「なんだ? クヴェルだよ、家名はなんでもいいや。さまもいらねぇ」

「い、いえ…………。他人の名前、覚えるんですね」


 お前、一回話し合ったほうが良さそうだな? 肉体言語苦手な俺だが、相手の弱点を突くのは得意だぞ?


「あの、黙り込まないください、クヴェルさん。なんか、背中に刺さる視線が冷たい気が…………はぁ、はぁ」


 しまった! こいつそう言えば、そういう性癖だった!


「えーい、とっとと進め! 無駄口叩く暇あるなら、馬の代わりにお前を鞭で打つぞ!」

「あひん! ご褒美です!」


 あー! 間違えた! こいつ下手な脅しが効かない!?


「なんか、お前の周りって相変わらず変人の類がいるもんだな」

「お前が言うな、ダルフ」


 おかしな御者を連れて馬車を進めていくと、目的の森が見え始めた。

 一応この森を抜けてから野営して、隣国へ入る予定だったんだが。


「止まれ! そこの馬車、この先には進ませない!」

「ど、どうします、クヴェルさん? あの恰好、騎士ですよね?」

「なんでこんな国境の森に女騎士がいるんだよ? 怪しさすごいが、一度止まれ。本物だったら逆らうと面倒だ」


 騎士っていうのは名誉職でもある特権階級だ。口答えしたという理由だけで平民を殺す権利がある。

 しかも女騎士となれば基本的には宮仕えの儀仗兵。見る限り一人だが、森の周辺にやんごとなき身分の人間がいる可能性が高い。


 馬車を止めると、御者台に女騎士は近づいて来た。

 白銀の鎧は磨き抜かれており、兜の防具をずらした顔は、貴族の令嬢らしい美しさがある。ただ、全身鎧を着て揺るがないところを見る限り、ちゃんと訓練は積んでいるようだ。


「貴様ら、この先には魔物が出ることを知らないのか?」


 厳格そうな声には覇気があり、ただの儀仗兵とは思えない。俺はフンボルトに顎をしゃくって答えるよう促した。


「いえ、騎士さま。私どもは冒険者組合からの荷を隣国に届けるため参りました。こちらが依頼書と、国境を越える許可証になっております。どうぞ、ご確認のほどを」


 将来村の代表者となるべき地位にいたためか、フンボルトは手際良く女騎士に説明をした。


「む、確かに…………。しかし、魔物退治のために封鎖する旨は報せたはずだが」

「でしたら、報せと私どもが行き違いになったのでしょう。まだお仲間は揃っておいでではない様子。少し通らせてもらうわけにはいかないでしょうか?」


 意外と使えるな、フンボルト。不倫犬野郎だが。

 っていうか、女騎士の目が滅茶苦茶泳ぎ出したぞ?

 俺と顔を見合わせたダルフは、荷台から太い腕を出して女騎士に声をかけた。


「なぁ、ねえちゃん。あんた一人で何してんだ? この辺りにある馬の足跡は一つだけだ。つまり森の奥にも仲間の騎士団はいないんだろ? 封鎖するにゃ、早いんじゃないか?」


 と言うか、一人で森を封鎖する意味が分からん。

 いっそ意味がないだろ。


「…………一人だ」

「は?」

「わ、私一人なのだ、屍霊と思しき魔物を退治するのは!」

「はぁ? なんだそりゃ、虐めか」

「違う!」


 思わず言った俺に、女騎士は食ってかかって来た。

 もしかしたら一人で心細かったのかもしれない。いや、お化け怖い系か?

 何故か女騎士は聞いてもいないのに一人で魔物退治をする羽目になった理由を話し始めた。


「一月前に我が姫の生誕を祝う宴が開かれた。私を始め姫に従う騎士たちで的当てや演武を披露し、日頃の修練の成果を見ていただいたのだ。だが、そこに姫の関心を買おうとする輩が乱入して」


 女騎士が喋る間、俺は何故かダルフとフンボルトに目で説明を求められることになった。


「騎士にも種類があるんだよ。こいつは基本城から出ないタイプの騎士だ。お偉いさん専用の高級護衛だとでも思っておけ」


 騎士と言えば戦争で騎馬隊率いたりする軍属が有名だが、こういう王族のお付きタイプもいるんだよ。


「その相手が公爵に縁ある者で、自らの騎士と我らで力比べをしろとおっしゃられて。断ることもできず、御前でやることになったのだ。我が姫の晴れの日に泥を塗る訳にもいかず、私は全力でもって錦を飾った」

「つまり、相手に花を持たせることもせずへし折ったわけか。ちなみに相手も女騎士か?」

「いや、男だ。公爵家の騎士団に所属していると聞いた」

「そこまでわかってて何故手を抜かなかった? 王家と公爵家が揉めるなんて内乱の理由には十分だろう」

「し、しかし! 姫のための宴だったのだぞ!? そこで姫の剣たる私が負けるなど!」

「頭かてぇな。そこは勝ってからひと言『女の私に花を持たせてくださってありがとうございます』とでも言えばいいだろうが」


 盲点! と言わんばかりに驚くな!

 なんかいつの間にか俺と会話してるけどいいのかよ、騎士さま?


「つまりねえちゃんは公爵家怒らせた罰で、お姫さまにこんな所に左遷されたのか?」

「違う! 我が姫は必死に私を庇ってくださった!」


 ダルフにも軽く声かけられてるけど、どうやら言葉遣いなんかは気にしないたちらしい。

 実戦経験があればある程度荒い言葉にも慣れてるはずだし、いちゃもんつけに来た騎士と正面からやり合って勝ったならそれなりに場数は踏んでるんだろう。


「その、謝罪代わりに公爵領を困らせる魔物退治を受けたのだ。ただ、屍霊系の魔物とは知らず…………、私は従者を連れてくることも許されず…………、公爵家から貸し出された警備兵たちは、離れた野営地で、私に任せっきりで、来てなくて…………」

「虐めじゃねぇか」

「うぅ…………」


 自分で挙げ連ねて傷ついてんなよ! 俺を責めるように見るな、ダルフとフンボルト!


 ちなみに公爵領はここじゃない。が、公爵領から近い国境を越えるルートの一つだとフンボルトが言った。


「お前の事情はどうでもいいが、俺たちがここを通るのを邪魔する理由はないだろう」

「い、いや、ここは通せない! 民を守るのも騎士の仕事だ。危険な場所に君たちを踏み込ませるわけにはいかない!」

「ボケてるなぁ。俺たちはこうしてこの道を通ることを冒険者組合から許可されてる。つまり、この先にいる魔物に対処できると認められてるんだ。一人置き去りにされて森に入る勇気もないお前と違ってな」

「わ、私を愚弄するか!?」

「ひぃー!? ちょ、お願いですから騎士さまとなんてことを構えないでください!」

「ぐぇ」


 フンボルトが涙目になって俺の腰に抱きついて来た。

 その情けない声と姿に、女騎士は咳払いして頭にのぼった血を冷ます様子をみせる。


「ともかく、魔物を退治するまで通せない。君たちと話して、私も腹が決まった。森へ入って本格的に魔物退治をするから、野営地で待っていてくれないか」


 俺はフンボルトを引きはがして、馬車を動かすよう命じた。

 女騎士は自身の愛馬で先導する。


「どうだ、ダルフ?」

「体幹がしっかりしてるし、動きも鎧に振り回されてる様子はない。が、屍霊じゃなぁ」

「肉体の強さは関係ないからな。あの様子じゃ対策もなし。物理無効の霊魂系だと積むな」

「ふーん、どうする気だ、クヴェル?」

「まだ何とも言えねぇよ。けど、警備兵の質次第によっちゃ、な」


 先を行く女騎士が野営地に入ると、途端に下卑た笑いを浮かべる警備兵に囲まれた。


「なんですかな? もう魔物退治を放棄なさる? 姫君ご自慢の騎士ともあろう者が?」

「警備隊長、私はそのようなこと一言も言っていない。連絡の不備で森を抜けようとした冒険者組合の馬車を先導してきたのだ」

「む………そうですか。いやしかし、まさかとは思いますが一人が耐え切れずにこちらへ来る口実になさったなどということも」

「公爵家の令嬢はそのような方なのだろうか? 心配痛み入るが、あいにく私は騎士たる自覚を持っている。野営の訓練で一人一夜を明かすこともある。心配は無用だ」

「ぐぬぬ」


 嫌みが効かねぇ。この女騎士とぼけたところがあると思ったが、遠回しに言っても全く理解しねぇんだな。

 そして、やっぱり虐めじゃねぇか!

 これ完全に女騎士が困って助けを求めてくるの待ってるぞ?

 その上、助けを求めてもまともに相手する気ねぇだろ。嫌みと嘲笑浴びせて女騎士を甚振るようにでも言われてるのか。

 なんにしてもこんな茶番につき合う気は起きねぇな。


「おい、女騎士。こんな所にいても時間の無駄だ。森に戻るぞ」

「何を言ってるんだ? 私が退治するから君たちは警備兵と共に待っていてくれ」

「いや、こんな仕事放棄する奴らもう兵でも何でもないだろ」


 俺の言葉に警備隊長と呼ばれた嫌み野郎が顔を赤くして怒った。が、相手するだけ時間の無駄だって言っただろうが。お前なんか無視だ。


「お前は聞いてないみたいだが、あの道に出る魔物は男を狙って現れる。お前一人じゃどれだけ時間をかけても魔物退治は無理だ」

「そ、そんな!?」


 俺が協力すると察したのか、警備隊長が唾を飛ばして脅し吹っかけてきやがった。


「貴様、わしらを侮辱するは公爵家に弓引くも同じなのだぞ!?」

「こうして職務放棄して、別の組織から魔物を退治できる人間派遣されてんだ。公爵家の兵が無能と言われるだけだってことを少しは考えろ。それとも、お前らの仕事はこうして女一人に嫌がらせすることなのか?」

「き、貴様ー!」

「うるせぇ、うるせぇ。ほら、馬車出せフンボルト」

「あ、あんた滅茶苦茶だぁ」


 フンボルトの泣き言を聞きながら、俺たちは来た道を戻る。

 馬車の後ろにはちょっと笑ってる女騎士がついて来ていた。


隔日更新、全三十五話予定

次回:極悪魔導士、比べる

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