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11話:泉の精、依頼を受ける

 俺が泉の精と呼ばれていたことを知るらしい冒険者組合の若い男。

 本当に誰だ?


「知り合いか、クヴェル?」

「いや、初対面だろ?」


 本人に聞くと、頷かれた。


「アダの夫のヴォルトンといいます」

「アダ? 初めて聞く名前だ」

「えぇ? …………で、では、ホーラの父親と言ったらわかりますか?」


 ホーラって言えば、古い正義の神の…………。

 あぁ! お前、偽清楚の夫で、俺が名付けた娘の父親か!


「娘に名づけをしていただいてありがとうございます、泉の精さま」

「いや、それはいいけど…………ちょっと待て」


 泉の精と呼ばれる俺に指差して声もなく笑うダルフの腹に拳を入れる。

 もちろんただ殴ってもこの筋肉ダルマには通じない。だから雷の魔法で拳を覆って、筋肉が収縮する驚きを贈る。


「ひぎ…………!?」


 俺の拳一発で前屈みになるダルフに、睨まれただけで動けなくなった冒険者たちがざわついた。


「よし、話の続きだ」

「あの、お連れは大丈夫ですか?」

「ちょっとビリッとしただけだ。命に別状はない。気にするな」


 呪文も杖も使わず魔法を使った俺に、冒険者の中の魔法使いたちもざわざわするけど相手にする必要はないだろ。

 やり方知りたきゃ妖精や精霊に聞け。


 ちなみに冒険者の魔法使いには魔女狩りの手は伸びてない。

 全国商工会の傘下にいるから、冒険者章を持って所属を明らかにしていれば難を逃れられると聞いていた。

 だからヘンゼルとグレーテルを冒険者として登録させようとかとも思ったこともあった。けど、犯罪者として捜されてるとちょっと事情は変わって来る。

 冒険者組合のほうから突き出される可能性があるんだ。

 俺はまぁ、指名手配される前に敵に回したら面倒な奴らに捜されてたから、突き出すとしてもまずは一番全国商工会と縁が深い知り合いの誰かだろうな。

 ダルフに黙ってついて来たのも、こんな片田舎にいるような冒険者に後れを取る気がしなかったからだ。


「で、ヴォルトン。わざわざこんな状態の俺に声をかけたのはどうしてだ?」

「はい、まさかクヴェル=ヴァッサーラントさまとは知らず、アダも知れば驚くことでしょう」

「俺なんかに名付けられて運がないな。ホーラの名に不満があれば、教会で洗礼してもらって洗礼名を名乗らせろ」

「はは、本当にお人が悪い。正義の神から取った名を受けて、恩を仇で返す真似はいたしません。アダも皮肉が効いてて自戒になると気に入っているんです」


 お? この反応は…………。


「お前、アダがどうやって俺と出会ったかも聞いてるのか?」


 あまり大声で吹聴する話でもないから遠回しに聞くと、ヴォルトンは確かに頷いた。

 偽清楚ことアダは、人目を避けて不倫相手といる所を俺に見つかった奴だ。

 知ってるってことは、こいつ、不倫してたと知ってアダと結婚したのか。…………あいつの特殊性癖については言及すまい。


「実は個人的に、泉の精さまにはお礼を申し上げたかったんです。俺は、アダには相手と手を切ってほしかったので」


 あー、なるほど。こいつのほうが惚れ込んでたわけか。

 ちなみに痺れてたダルフは、空気を読んで俺を恨めしげに睨むだけで話の腰は折らないでいる。

 なんか後で意趣返しされそうだ。いつでも防御体勢とれるようにしておこう。


「アダの素行がばれて、村には住みにくくて、今はこっちに住んでいるんですが」

「え、あいつとの関係ばれたのか? いつ?」

「ホーラが生まれる前です。アダはもちろん責められましたが、それよりももっとひどい痴情の縺れがあって、向こうの奥さんが…………」


 声を潜めたヴォルトンの話を聞いたところ、どうやら不倫犬野郎、村長の息子という立場を利用して、女遊びをして回っていたらしい。政略結婚な妻は見ないふりをしていたそうだ。家の付き合いで結婚しただけで、犬野郎に興味がないのもあったんだとか。

 さすがに特殊プレイできる相手はアダだけだったそうだが、アダが離れて新しいプレイメイトを捜した犬野郎。

 そこで妻と犬猿の仲の女に引っかかって、特殊性癖もばれて、妻の家も巻き込んでの醜聞に発展したそうだ。大目に見ていた妻も、日頃の鬱憤が爆発して村全体を騒がすほどになった、と。


「何やってんだ、犬野郎」

「あひん!」


 なんか聞き覚えのある声に振り向くと、犬野郎が肩身が狭いと言わんばかりの情けない姿勢で雑用をしていた。

 おい、村長の息子が冒険者組合なんて荒っぽい奴ら御用達の場所で何してんだ?


「の、呪わないでください!」

「悪さしなけりゃ何もしねぇよ!」

「お前、パンピー相手に何してんだよ」


 ダルフが呆れて俺を見るし、周りもざわざわしてる。

 俺は悪くねぇからな?

 人の家の近くで青姦SMし始めようとするそいつが全面的に悪いからな?


「あのフンボルトは村での騒ぎが収束して戻れるようになるまで、ここで無料奉仕しなきゃいけないんで気になさらないでください」

「同じ職場でお前はいいのかよ?」


 不倫相手と現夫って。

 それと、お前フンボルトっていう名前だったんだな、犬野郎。


「アダにちょっかいかける暇がないように調整できるので、いっそ気が楽ですね」


 それもどうなんだ?


「では、こちらの捜し人に関しては、クヴェル=ヴァッサーラントさまご本人からの連絡という形で依頼遂行の報告をさせていただきます」

「いや、遂行はしてねぇけど。その内俺が何処にいるかはばれるだろうし」

「…………お国に戻られるおつもりですか?」

「まぁな。って言っても、家出した弟子回収したらすぐ出て行くさ」


 意外そうにヴォルトンが俺を見る。

 え、復讐しないの? 憎い国滅ぼさないの? みたいな顔するなよ。


「なんでそう物騒な方向に考えるんだかな。復讐なんてしなくても、あそこの奴らは自滅する。そうとわかってるのに無駄な労力使うほうが面倒だろ?」

「復讐が、面倒ですか?」


 苦笑いして、ヴォルトンは犬野郎を見た。

 まぁ、意中の相手を不誠実に拘束してたと思えば、ヴォルトンから見た犬野郎は憎い相手とも言えるか?


「相手があの程度なら面白半分に復讐してもいいがな。相手は国の一番上だ。下手に周り巻き込むだけ面倒だろ。腹立ち紛れに城吹っ飛ばしても、殺したい数人に巻き込まれて数百人死ぬんだぞ?」

「そ、それは…………。想像が、つきません」

「うーん、まぁ、本気で考えたら面倒なことばっかり考えちまってやめたんだよ」

「お前、妙に計算高い割りに不器用だからな」

「うるせー」


 ダルフの茶々を睨んで、俺はヴォルトンに向き直る。


「たぶんこの俺を捜してる奴らに見つかっても説教が面倒だろうから、最短で隣国行ける道あったら教えてくれ」

「そうですね…………。そちらのお連れさまのお名前は?」

「あぁ、ダルフか? 常勝傭兵って言ったほうがわかるかもな」


 ダルフの通り名を告げると、ヴォルトンは言葉を失った。


「ん? おい、ダルフ。お前通り名変わったか?」

「変わってないと思うが、最近は傭兵業あまりしてなかったからなぁ。どっかの行方不明者捜してて」


 ダルフの雑な嫌みなんか無視だ無視。

 すると呼吸することを思い出したように、ヴォルトンは前のめりになって俺に迫った。


「そ、そんな方を拳一つで動けなくしてたんですか!?」

「ちゃんと魔法は使ったぞ」


 冒険者してたから、俺も宮廷魔術師どもよりは動けたけど、本職の戦士には劣る。

 そこを補うための魔法技術は、このダルフとパーティを組んでいた時に嫌でも身についた。

 なんせこの筋肉ダルマ、魔法使いへの対処方法を知りたいとかで、俺とパーティ組んだ上に、暇になると襲いかかってきやがったんだ。

 いい迷惑だ。


「そ、そうですか。…………では、最近魔物が出ると言われて迂回路が推奨されている道はどうでしょう? 余人の目に触れることも少なく国境を越えられるかと」


 おぉ、気遣いすごいな。


「ちょうど、隣国への荷運びの依頼がありますので、馬車と御者を無事隣国まで届けていただければ、その場で御者から報酬を受け渡すようにできます」

「いいんじゃねぇか? 足つきなら楽ができそうだ」


 ここは国境に近い田舎だから、隣国に直通する道はあっても、通りやすい場所はない。

 ヴォルトンが地図を広げて説明してくれる国境を越える道も、馬車のような大物を連れていては逃げ場のない森の中を突っ切る形だった。


「どんな魔物かはわかっているのか?」

「いえ、襲われた者たちは皆、三日はまともに動けず、精気でも吸われたのではないかと」

「魔物の姿を見た者は?」

「それが、霊、蛇、女、死体と目撃情報がばらばらで。あぁ、けれど男を好んで襲うそうです」

「霊とか死体とかなら、屍霊系の魔物じゃないのか?」


 ダルフの問いにヴォルトンは首を横に振る。

 恐怖で竦んで魔物は見ていないものの、襲われた中に居合わせた女性客が聞いたらしい。


「女に用はないと言われたそうです」

「言語を操る知能がある、か」


 それは並の屍霊にはない特徴だ。もし屍霊系の魔物であるなら、相当に上位の存在となる。

 どうやら冒険者組合側もその可能性を考慮して、討伐ではなく迂回推奨にしていたようだ。


「討伐依頼は国のほうに出していますが、可能なら退治してくださって構いませんので」

「つまり、退治報酬は出さないんだな」


 ついでで済ませるなら依頼ではないから報酬は出ないということだろう。

 ヴォルトンも作り笑いで明言しねぇ。

 代りと言わんばかりに手を犬野郎に向けた。


「あれが御者をします。村長の息子という名目だけは立派なので、国境を越える許可はすぐに出ますよ」

「えーー!? き、聞いてないぞヴォルトン!」

「今言っただろう」


 ヴォルトンにすげなくあしらわれ、犬野郎は恐る恐る俺を見る。


「よし、そうと決まればさっさと国境超える許可取って来い。すぐだ、走れ」

「は、はいー!」


 犬野郎ことフンボルトは、慌てて冒険者組合から走り出す。

 あいつ、相当ドクダミに顔から突っ込む呪い嫌だったようだ。なんか俺が悪者みたいじゃないか。


隔日更新、全三十五話予定

次回:泉の精、止められる

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