10話:天才魔術師、捜される
俺、クヴェル=ヴァッサーラントは、弟子が家出して一カ月引き篭もってました。
改めて考えると、すごく情けない。
俺はひょんなことで再会したかつての仲間、ダルフに発破をかけられ、共に泉を引き払って町に来ていた。
「なんでこんな大きくもない町に寄るんだよ?」
「お前は一回、自分がやらかしたこと自覚しろ」
斧を背負った筋肉ダルマがなんか偉そうに言いやがる。
ここは俺が隠棲していた泉のある村からも近い町。買い出しにも来ることがあるから、何処に何があるかはだいたい知ってる。
そしてダルフについて行った先は、車輪と剣を図案化した徽章を掲げる建物だった。
「冒険者組合? 別に乗合馬車なんてなくても国境くらい俺たちなら越えられるだろ?」
「違ぇよ。…………よう、ねえちゃん。クヴェル=ヴァッサーラント関連の資料見せてくれ」
「はい、手配書ですね」
手配書…………。
そうか。弟子のヘンゼルとグレーテルが俺の名前出して暴れてるんだから、師匠の俺も指名手配されてるよな。
確かにそんな状況で一カ月も引き篭もってたら、ダルフの自覚しろって言葉ももっともか。
「お前その様子じゃ、やっぱり冒険者組合にも顔出してなかったな?」
「隠居するのに今さら冒険者してもな。この町には来てたが、いつも外通るだけだった」
冒険者組合とは、全国商工会の下部組織だ。元は国境を越える商人たちの用心棒から発した、冒険者という職の歴史的な名残りだな。
だから冒険者組合では、商人の積み荷を預かる傍ら、乗合馬車で客の冒険者を用心棒代わりに配達も行っていた。
「お前、まさか冒険者章失くしたとか言うなよ?」
「…………いらなくないか?」
「失くしたんだな、クヴェル!」
「いや、国から持ち出した記憶がないから、もしまだ俺の屋敷がそのままならある、はず…………?」
なんか辺りが一気に静まり返った。
見ると、居合わせた冒険者や組合の職員が俺を見てる。
「あ、あぁ、あの? ク、クヴェル=ヴァッサーラント、さんの、資料ですぅ」
見るからにガタガタ震えて、ダルフに対応した組合職員が紙の束を差し出してきた。
「いや、おかしいだろ。もう本じゃねぇか」
「馬鹿野郎。一切、誰にも、何も、言わずに、行方暗ましやがって。捜してたのが俺だけだと思うなよ」
ダルフは紙束を俺に押しつけて、太い指で紙束越しに俺を突く。
新しい順に並んでいるらしく、最初に目についたのは確かに手配書。
なんで国家転覆容疑かかってんだよ!
ヘンゼルとグレーテル差し向けた悪の黒幕扱いじゃねぇか!
「なんで似顔絵が若い頃のまんまなんだ?」
「だーれも今日までお前に会ってないからだろうが」
「あぁ、あ、あのあのあのあの」
なんか組合職員が壊れたぞ?
「…………自首でしょうか?」
「なんでそうなる!?」
「きゃーーーー!」
「おい、若いねえちゃん怖がらせるな。で、周りの若い奴らも馬鹿なこと考えるなよ。お前らじゃこいつの相手にゃならねぇよ」
ダルフが周りに睨みを利かせると、得物に手をかけた冒険者たちがばつの悪そうな顔をする。
え? 俺袋叩きにされそうになってる?
静かに隠棲してただけだぞ、俺は。
「これも一種の冤罪なのか? くそ、あいつらのせいで」
「おうおう、会ったらちゃんと説教してやれ。んで、あんなとんでも弟子野放しにしたお前にも罪はあるからな」
「いや、ないだろ? なんで家出した子供が一国打倒しようとしてるなんて思うよ? っていうか、なんで打倒されそうになってんだよ、あの国は!」
「違ぇって、そこじゃねぇ。子供に何教えてんだ師匠って話だろ?」
「言っとくけどな、教えたのは初歩だけだぞ? 基本は本人に合った属性についてだ。場所柄、風と土の属性についてはほぼ教えてない」
「…………嘘ぉ?」
「本当だ。特に人間殺すような魔法なんて…………ん? 水の操作…………血を…………逆流…………適性は…………十分に…………」
「おい。おいおいおいおい! 何を教えた?」
いかつい顔して迫るな! 純粋に気持ち悪い!
「…………人体内側から爆発させるくらいなら、応用でできるかもしれないと思っただけだよ。大人数相手じゃ大して使えない」
「怖ぇよ。これだから魔法使いなんて嫌いなんだ」
「その魔法使いを術使う前に締め上げることを得意とする奴が何言ってやがる」
「子供が手も触れずに兵士ぶっ倒せるように育てたお前よりは現実に即した戦い方だ」
「本当になんであいつらに倒されるほど兵士が弱いんだ? 水で石切るような攻撃魔法は教えてないのに」
「んなことできるのお前だけだろ」
「いや、ヘンゼルとグレーテルにはできる素養があった。だから魔法の制御を重点的に教えて、修業の終わりに教えてやろうと思ってたんだが」
「…………お前、二度と弟子とるなよ。世界平和のために」
なんでだよ!
水で切ると火花飛ばないから、鉱山に巣食う大岩蜥蜴退治の時には重宝されたんだぞ!
「おら、もうお前のとんでも話はいいから。数多いんだからさっさと次見ろ」
ダルフに促されて手配書を捲ると、その先は捜し人の依頼書だった。
バラバラ捲って行くと、色んな名前で色んな奴が俺の所在を訪ねる依頼を出している。
名前が違うのは、俺が養子先を転々として、時期によって名前が違ったからだ。
その中でもヴァッサーラントで捜されているのが多いのは、一番冒険者として活動し、名を馳せたからだろう。
実際、ヴァッサーラントが通り良くて、俺も養子先移ってからも自己紹介で使ってた。
っていうか、手配書だけ家名の代わりにヴァンデルという追放者を意味する身分が書かれている。本当に犯罪者扱いだ。
「にしても、なんでこんな数あるんだよ? 大抵知り合いっていうか、お前も捜し人の依頼出してるのかダルフ。…………銅貨三枚って、おい、ガキの使いか」
「おう、駄目元でな。ちなみにこの捜し人、教会でも共有されてるからな」
そう言ってダルフは、紙束の古い捜し人の依頼書を捲ってみせる。
「あぁ、聖女もか? こっちは勇者、こっちは賢者、騎士王、拳聖、竜騎士、大魔女…………こいつら、金に糸目付けなさすぎだろ。俺一人を捜すのに金貨百枚とか馬鹿か?」
「馬鹿はお前だ。なんでこれだけの知り合いいて、誰一人頼らず隠居しようなんて思ったんだ、馬鹿」
「子供じゃないんだ。頼らなくても生きるくらいできる」
おい、やめろ。筋肉ダルマのくせに俺を心底馬鹿にするような目をして見るな。
「お前が追放されたって話が回ってすぐ、こいつら捜してたんだぞ? 俺だってな、先代からこいつらより先に見つけて確保しろって言われてたんだ」
まぁ、自称できるくらい魔法の才能は溢れてたからな、俺。
…………捜し人以外にも、連絡求むって呼びかけもあるな。これは基本的に故国での知り合いたちだ。刑罰受けてるから大っぴらに捜せなかったんだろう。
ヴァッサーラント家もある。追放された時の養子先は王子に睨まれ、俺とすぐさま縁切りしたからなんとも思わねぇけど、ヴァッサーラント家には世話になったなぁ。
「つーか、権力者が金と人使って捜し回って全く足取りも掴めなかったって、お前どう移動したんだよ?」
「どうって…………歩いて王都出て、人の顔見るの嫌だから空飛んで、森の中で川下りして、案外人いたから山のほうに回って雪見て」
「つまり、人間避けまくって身一つで移動したんだな?」
「別に全く人間に会わなかったわけじゃないけどな」
泉の底にある家を買った相手もいるし。
森にも山にも狩人はいたし、隠者や遭難者もいた。
空を飛んだのは、俺が国外に出るまでを見張る役人がウザかったからちょっとした意趣返しだったっけ。
「お前そんなだから死亡説出るんだよ」
「そうなのか?」
「そうなの。そこに復讐謳って現れた魔法使いがお前の弟子名乗ったせいで、復讐鬼になったんじゃないかって言われたりな」
まだ生きてるし! 死んでも魔物にはならねぇよ!
「にしてもこいつら、俺が追放刑食らってるの知ってて捜してんのか?」
「あ、そこは俺が報せた。っていうか、お前捜して移動しまくってたらとっ捕まって事情説明させられた。お前みたいなとんでも人間じゃないから街道使ってたしな」
「…………つまり国側の発表とだいぶ違う裏事情知ってるってことか。よく正義感の塊な奴らが動かなかったな?」
「おう。国のほうはお前が邪悪な魔法で精神汚染したから追放とか発表してたけどな、ちゃんと馬鹿な王子の痴情の縺れに巻き込まれて器用な対処もできずへそ曲げて国から出てったって言っといた」
「馬鹿王子に冤罪かけられてつき合ってられなくなったんだよ!」
「あんまり変わらないだろ」
「だいぶ違う!」
「だいたいの奴ら、『だから宮仕えなんて性に合わないことするなって言ったのに』だとよ」
うるせーな!
才能一つで栄達する夢見るくらいいいだろ!
コミュニケーション能力なくても、自分の腕一本で認められるとか、男のロマンだろ!
「そう言えば、なんでお前あの王子に目つけられたんだよ? ほとんど接点なかっただろ?」
「…………ちょっとすれ違った時に、魅了の魔法かかってるの気づいたから解いて、王子自身に周りに気をつけろって忠告したんだよ。そしたら、馬鹿正直に魅了した魔女に相談したらしい」
「うわぁ、馬鹿」
あの魔女は魅了魔法にのみ特化した奴だった。
その特化した魔法をすれ違いに解ける俺の力を警戒したからこそ、茶番を強いてでも追放したんだろう。
「もう済んだことはどうでもいいだろ。それより、この捜し人の依頼どうするんだ? 無駄金使わせるのは本意じゃないぞ」
「そこは冒険者組合から発見の報告入れてもらえばいい。どうせ手配書の賞金狙いの馬鹿にやられるほど腕は落ちてないだろうしな」
俺の所在を報せる報告を入れると、ついでに手配書を出した人間にも報告が行く、か。
「まぁ、いいか。どうせあいつら迎えに行くんだ」
組合職員に声をかけようと思ったら、俺たちの前にいた若い女性が若い男性に代わっていた。
見れば、待合の椅子に依頼書を持ってきた組合職員が疲れ切った様子で座り込んでいる。
「ご用向きをお伺いします」
こっちは無駄に怯える様子はなく、何処か親しげにも感じる笑みを向けて来た。
そして周りに聞こえないよう、囁く。
「泉の方でお間違いないでしょうか?」
さて、初対面のはずだが、この組合職員は誰だ?
隔日更新、全三十五話予定
次回:泉の精、依頼を受ける




