魚の話
昔、近所に住んでいた田口さんが飼っていた魚が喋っていた話を思い出した。
「最近さぁ、思うわけよ、おれこんな水槽の中で一生を終えるんかなぁってさぁ。ただでさえ寿命長くないわけだし、ハロー広い世界!って飛び出してもいいと思うんよ。」
僕はその台詞に肯定とも否定ともとれるような、いい加減な相槌を返したのを覚えている。
「何か、あれじゃんね。死んでお星様になるとか言うけど、実際ならないからね。いや、どうかは知らないけど。でも、なりそうになくね?絶対死んだら、何の意識もないよ。今こうして喋っていることもパンの耳がご飯だったことも水槽の水を綺麗にするとき流されかけたことも全部ぜんぶ忘れて消えちゃうと思うよ、俺は。」
倒置法を使うなんて中々な魚だな、とぼんやり論点の違うことを考えていたが、相槌を返さないと直ぐに怒り出す多少気の短い魚だったので、僕はそれもまたテキトウになまら返事を返した。
「でもさぁ、俺が死んでも、多分お前とか、田口さんとか俺のこと覚えててくれるんじゃんか。だから別にこの水槽の中で死んでもいいかなとも思えるわけよ。よく言うじゃん、天国で幸せに!って。でも、本当は天国じゃなくて、周りにいた人たちの心の中にいくと思うよ?死んだやつが分散しまくって心の中に行くと思うんだ。分散してるから陰とか存在とか薄くなっちゃって、たまに忘れられちゃったりしちゃうけど、ちゃんとそこにいるからたまに思い出してもらえたり、感傷にひたったりするんだと思うよ。いや、どうか知らないけど。」
いやにその日は天気がよく、僕は太陽の光のせいで目がチカチカしていた。その魚がいる水槽の水はキラキラと輝いていて、魚の鱗もキラキラなんかしちゃって、おいおいこれは何だ、とおかしくなって思わず笑ってしまった。「何、お前笑ってんの」と魚に気味悪がられたが、魚も顔がニヤニヤと笑っていたので僕はとうとう声をだして笑ってしまった。
上京して数年がたった天気の良い日、僕は、昔、近所に住んでいた田口さんが飼っていた魚がは元気だろうかと、ふとその話を思い出した。
何となく僕は感傷にひたっていて、「あぁ、もしかすると」と思い、そのまま壁に身を預けて暫く目を閉じていた。
魚の話