人の生を奪うという事
今回少し短いです。
―子供でいた方が良かった。子供でいられた事が幸せだった。何が変えたんだろう。何が可笑しかったんだろう。いや、おかしいのは私だったのだろうか。
幸せになりたかった。ただただ幸せに。悲しい事があって苦しい事があって、辛いことがあっても。幸せになりたかった。
チリ、チリ、赤色の桜が青の空を舞う。幻想的なその風景とは裏腹に、焦げ臭い匂いが鼻につく。ああ、臭い。こいつらは何て臭いのだろう。私は死ぬまでこの匂いを嗅がされないといけないのだろう。かつて、"同胞"だった奴らを見ながら私は思う。
これが本物であろうと、偽物であろうと。私はこうしなければならない。例え儂の家族じゃったとしても。
エルフの少女は嗤う。苦しくて、悲しくて、辛いのに、幸せになれない。いや、自分から捨てたのだから当たり前なのじゃろう。
「くは、くははは! これが笑わずしておられるか! 儂は何て滑稽なのじゃ! 」
儂はきっと、彼女達にも同じことをしなければならない。この"カミカゼ"を以て。それが道化以外の何じゃというのか。
「ん……? 」
ふと強烈な違和感を覚える。……なんじゃ。これは。
いや、そもそも儂は何故腹から血を流しておる。
後ろから何かが突き破ってくる。一つ、二つ、三つ。それにつられて儂の身体は前へと押し出される。
「可愛そうな人。いつまでも復讐に囚われて」
聞き覚えはある。じゃがそれをしたのが彼女だとは分からなかった。震える身体で振り向いて、そう思った。
彼女は黒光りする見た事のない物を持っていた。先端にある穴からは煙が少し漏れている。
「かは、はははは、じゃの。お主も囚われている、じゃろ。儂だけじゃなくあのセカイにおった全員が……」
「……ええ、そうでしょうね。せめて安らかに死ぬようにしてあげるわ」
「馬鹿じゃのう。……泣きながら、やるとは。さいこぱす、とやらか、の」
「また、このパターンか……」
目が覚めた時には既に食堂どころか、身の丈倍以上はある木々に囲まれていた。真上には前のセカイで見た空よりも綺麗な星々が流れている。
どうやら森の中らしいが、参った。俺の装備はまったくの手ぶら。それどころか揖宿が言っていた"カミカゼ"とやらも見当たらない。……というか、どんな物なんだ? 俺の人生を象徴するようなアイテムらしいが、俺の人生なんてどんなものか俺自身分かってないぞ。元のセカイでは運動神経抜群とかだったりとてつもなく頭が良かったりしたのだろうか。
「ないな」
自分で言ってて、有り得ないと思った。というかそんな気がしない。せいぜい虚言壁のある頭がおかしいイカレポンチ野郎だ。
だとしたら俺は素手で戦う羽目になるのだろうか。
「……」
戦う、か。
俺は紅愛と話をしに来ただけで、それ以降の事は特に何も考えていなかった。それに、もし会ったとして俺は彼女に殺される事になるのだろうか。
答えは見つからない。いや、その答えを見つけに来たんだ。それに……。
そこまで考えていてふと明るくなってきている事に気が付いた。夜だよな? さっきまで晴れていた空は灰色に覆われようとしている。間違ってもそれは天然の雲ではなく、人為的に起こされた煙だった。
どこかで、火事が起きている? 誰かがもう既に戦っているのか?
やれる事も無いので、俺は煙の出所へと向かう事にした。幸い、道中は人間が通れないような崖や坂は無く、体感十数分程度でそこに辿り着く事が出来た。開けていて尚且つ分かりやすかったというのもある。
燃えている。
誰かが住んでいたであろう建物が、住居が、森が。闇夜と対比的で熱く、容赦の無い炎が飲み込んでいた。
誰の悲鳴も聞こえない。誰の声も聞こえない。或いは、炎の音が全てを喰らいつくしているのかもしれない。ただ、きっと誰も助かっていないだろうというのが分かるくらいには、火の勢いは広がっていた。辺りには人だったらしき黒墨が固まっており、よくよく見てみれば本物かどうか分かるだろうが近寄る前からする異臭から、見ないでも分かっていた。
ここにいた人は全員死んでいる。そう理解するのに時間はかからなかった。
「ふへ、ふへへ……」
見た事があるシルエットが渦と化した煙から現れた。灰色のショートロールに巻き上げた髪、緑と黄色のオッドアイ。普通の人とは違って綺麗に尖った耳。間違いない、エルフのフィオだ。
「フィオ、さん!? 」
俺からしてみれば話した事が無かったので、どう敬称を付ければ分からなかった。もしかしたら違っていたかもしれないが、彼女の姿を見て気配りが出来る程余裕が無かった。
彼女は腹から大量に血を流している。それも、誰が見ても致命傷だと分かるくらいに。
こちらに気づいた彼女は少しだけ笑うと、その場に倒れ込んだ。急いで駆け寄る。
「待っててください! 今助けま」
「――止すのじゃ。もう、助かるまい……。せめて、死ぬときくらい自由にさせてくれ」
彼女はその目で俺の後ろを見る。
「か、かか。こんなに綺麗じゃったのか……。こんなに綺麗なら……」
ぽたり、ぽたり、地面に星のような透明に光る涙が流れる。何を想っているのだろうか。
「誰がやったんですか」
「そのような事を聞いても、何もならぬじゃろ。……煤野木よ、一つだけ忠告しておく。静香には気を付けるのじゃ。……あ奴は、きっとこの戦いを以前から知っておる」
静香さんが……? 確かに俺の記憶の事を知っていたり、思い当たる節がある。
フィオが口から大量の血を吐き出す。既に呼吸する事すら辛そうだ。肺に穴が開いているのだろう。こひゅー、こひゅー、と風船の割れた奇妙な声が洩れている。
「あぁ、……死ぬとは、案外辛いの。手を握ってて欲しいのじゃ。随分、さむくての。たくさん燃やしたはずなのじゃが……。寒いのじゃ……。あぁ、……フィオナ。ふぃぉな……。会いたかったなぁ。また会って、話がしたかったのじゃ……。うまれかわれたら、こんどは……しあ、わせ……に」
力が抜けた。
……俺は、きっとどこかまだ現実と切り離してみていたのかもしれない。束の間のぬるま湯に浸かっていた。きっと仲良くやれるだろう。と。
あまりに馬鹿馬鹿しすぎると現実感を失う。俺は何も見えてはいなかった。
フィオの事は一切知らない。魔法が使えないというのも人伝で聞いただけだ。どんな人物だったのかも、どんな阿保みたいな話をしてくれるのかも未だ知らない。
ただ、空しかった。
それをやったのが彼女達かもしれないという事に。
思えばこの時からだったのだろう。カミカゼの事を漫然とどうにかしたいと思い始めたのは。