キミはきっとニセモノ
『煤野木、好きだよ』
何かをしていなければ落ち着かなかった。
あれだけ騒がしかった食卓はしん、と静まり返って食器の音だけして、人数分から一引いた扉の音が響いて、置いて行かれて。
置いて行かれて、そう、置いて行かれていた。
何一つ理解出来なかった。自分の置かれている状況に。
信じがたい夢を見て、信じがたいセカイを見て、信じがたい事実を突きつけられて。
まるで、人形劇だった。自分であって自分でないかのような。人生を掛けろと言われて、危機感を持てるわけが無かった。まだ顔を合わせてしかいない少女たちと闘えと言われても、このセカイが閉じ込められているのだと言われても。
まるで現実感がない。ふわふわとしていた。『どうしても、どうしても戦わないといけないの? 』おまけに頭が痛いときた。
だから自分で確かめた。実際に迷宮のような家を歩いて、外に出て閉じ込められているかどうか。
外から家を見てみれば、奇妙としか言えなかった。いや、中にいても奇妙だったが。
まず奥行がどこまであるのか分からない。どこまでも伸びているように見えて、まるで行き止まりが見えない。外観自体は古い和式の家ではあるが、中は個室が洋式になっていたりと和洋が混ざった不思議な空間と化していた。
これ以上は俺には判断できなかったので、仕方がなしに屋敷の外へと歩いてみる。
森だ。
森としか形容出来ない。光すら遮るほど深い森だった。目印も糞もない雑草や得体の知れない草木が生い茂る樹林。
「………」
何か持ってきてくれば良かった。軽装の俺が入ってしまえば間違いなく迷子になるだろう。……どころか、この森も奥がまるで見えない。まるで終わりがないかのように。
とりあえず屋敷の周りを回るようにして歩いてみる。森、森、森、森、森、森しかねえのかここ。いや、中庭もあったしこの屋敷の周りだけがそうなっているのかもしれない。
『煤野木は、どうするの? 私は煤野木になら、ここで……殺されても』
………ああ、いや、一か所だけ開けた場所があったな。
ひどく、頭痛がする。それに、夢で撃たれた所が熱い気がする。ぐにゅぐにゅ、ぐにゃ。まっすぐ歩いているんだよな? そう、だ。そう。たぶん真っすぐ歩けているはず。ああ、それにしても何で、俺は"開けた場所がある"なんて事をそんなこと知っているんだ?
『どうして、煤野木ぃっ、どうしてッ! 私、私はッ……』
「ふふ、はは。ふはは」
さっきから幻聴が聞こえる。もしかしたら気が狂ったのか。いや、ああ、そうか。俺はおかしかったのか。だからありもしない有り得もしないこんな戯言を。大体おかしいと思ったんだ。おかしな事しか無かった。置いてけぼりにするにしても、これは酷すぎだろ。はは、納得。なっと……。
ぐるり、目の前が暗転した。
『紅愛、好きだ。このセカイを滅ぼしてでも、俺はお前を……』
そうだ。
俺が助けなければならない。女の子。紅愛の為に俺は……。
「紅愛……」
「―――何? 」
ただ呟いただけだった。答えを噛み締める為の、復唱。答えを求めた理由でもなく、答えが付いてきたような。とってつけたような返事が音を出して忍び寄ってきた。
振り向けばそこにいた。あの日の絵をくり抜いたままの彼女がそこにいた。
見知らぬふりをして、声や特徴や性格すらも先程朗らかに喋っていた時とは一切合切変えて彼女は俺の目の前に現れていた。
気持の悪さが、未だ胸に燻ぶっている。自分が自分でないかのようだ。
「紅愛……? 」
何故かは知らないが、俺は彼女を紅愛なのだと思い出した。俺が会いたくて会いたくて、仕方がない少女。
「その名前を呼ばないで」
彼女は俺に視線を合わすことなく答えた。
「紅愛、紅愛なのか……!? 」
どうして、隠していたんだ? どうして俺とさっき会った時にそう言ってくれなかったんだ? どうして俺はお前の事を何も思い出せないんだ?
聞きたかった。聞かずにはいられなかった。この理解できないセカイと自分の状況ととにかく全てを。そうでもしないと不安に駆られて、どうにかなってしまいそうだった。
「……お願いだから、その薄ら気持ち悪い声で私の名前を呼ばないで」
返って来たのは明確な拒絶だった。
「それに何を勘違いしたのか知らないけれど。煤野木の名前を語らないで。にせものの癖に彼と同じ見た目で、同じ声で同じ性格で、私の名前を呼ばないでよ」
「え……? 」
何を、言って? 俺が煤野木じゃない? 俺は……。
分からない。
分からない。分からない。分かりたくない。始まってすらいない。知らない。知りたくない。
彼女は俺を睨みつける。その瞳の奥底に宿るのは純粋な敵意。それは間違っても俺の望んだ物じゃなかった。
この瞬間に出会う為に、俺は大事な何かを失っていた気がして。いや、きっと気のせいなんかではない。やっと、やっと会えたのに。
其れなのに、
それなのに。
「俺はぁッ! お前を助けるために……」
心から叫んだ。否定して欲しくなかった。もう覚えていない記憶を。
「気持ち悪い」
『紅愛』は溝に捨てられている塵屑でも見るかのように呟いていた。
「貴方じゃなくて煤野木だったら、いいのに。どうして貴方なんかが……! 」
その言葉は本心だったんだろう。彼女は憎悪と敵意と一滴の涙を瞳に蓄えていた。それは、俺への否定だった。俺への絶対的な拒絶だった。
俺は、彼女の望んだものではなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――あぁ。
もう、疲れた。
なんだか分からないけれど。もう、疲れた。
大分間が空いてすいません。そのせいで色々と変わっていますがご了承頂けると幸いです。次回はすぐに投稿するつもりです。