最後のユートピア
まるで途方の無い話だった。ごちゃ混ぜにされた、出来の悪い伝奇物のようだった。或いは、想像貧しいファンタジーノベルかのような。
「私は良かったと思います」
俺とは対照的に静香さんは薄く笑う。
「元のセカイでやりたい事はやれましたし、何より皆さんと仲良くなれたので」
ある意味では模範的な、優しい解釈の仕方だった。
そんな彼女にとって他愛のない話題だったのだろう。日常でする知り合いとの何気ない一言だったに違いない。けれど何一つ覚えのない俺にとっては、普通という概念が崩れ落ちた瞬間だった。少なくとも"あの出来事"は夢ではないのかもしれない。と思わせるくらいには。
聞きたい。何もかも。
最初の出会いからここに至るまでの全てを。ドッキリじゃないのなら。実は俺がハメられているのでなければ。
何もかもが分からないというの案外歯がゆい。実物だけ見せられてカレーを作れと言われているようなものだ。道具も、素材も知らないのだから。
俺が笑顔を常に絶やさない彼女とそれこそ当たり障りの無い会話をしていると、木々のほんのり苦い匂いに香ばしい匂いがし始める。
いくつかの曲がり角と、話に夢中になるくらいの廊下の先に目的地があった。
「着きましたね」
彼女が立ち止まる。
そこには、食堂と書かれた少し色落ちしている暖簾が古めかしい扉の前に掛けられていた。
彼女は慣れた様子で中へと入っていく。やや気配を隠して俺もついていくことにした。決して初対面の相手に萎縮している訳ではない。
中は予想とは裏腹に広かった。が、同時に騒がしかった。
「嫌なのじゃぁぁああッ、食わんと言ったら食わんのじゃぁぁぁぁあ」
「規則を守って頂かないと困ります」
「確かに食べるとは言ったが、儂はキャベツだけは絶対食わんのじゃッ。分かってて出すのはどうかと思うのじゃ!? 」
「………」
部屋には茶色のテーブルが真ん中においてあり、それを囲うようにして先程の軍服少女と和服の少女がいがみ合っている。どちらも背丈は俺より低そうなこともあってか子供同士がじゃれているようにしか見えない。
のじゃロリか……………。悪くない。
「おはようございます佐伯さん」
静香さんはそれらをガン無視しながら静香さんよりは薄い黄色の髪の少女に話掛けていた。
「おはよう、静香さん。今日は珍しく起きるのが遅かったね」
「恥ずかしながら……」
「あはは、静香さんは本当に弥生を迎えに行くとき以外は起きれないんだね」
「決まっていれば大丈夫なのですが……」
「煤野木さんも、おはよう」
「ああ、おはよ―――」
「―――エルフという種族だと聞いています。何故植物を食べれないのですか? 」
「あっ、出た出たのじゃ! エルフじゃからって草木が好きじゃと勝手に決めつけおって! 儂は肉食じゃ!! 肉食って何が悪いのじゃ!! 草なんて燃えてしまえ!! 文明万歳なのじゃ! ファイアーッ!! 」
「作って頂いた料理に対しての許されざる暴言の数々。寛容出来かねます」
「ぎゃっ、ぎゃあぁぁぁあああッ。ごめ、ごめんなさいいっ。ごめっごめんなっ」
俺の挨拶はさらに大きな声によって遮られてしまった。というか、エルフって……。草木燃えろって……。すげえ悲鳴出てる……。
佐伯と呼ばれた少女は右手で頭を押さえて溜息をついていた。静香さんは逆に微笑まし気に眺めていた。
なんだ、この混沌とした食卓は。
「お早う御座います。皆様」
「ご機嫌よう、下々の方」
またキャラが濃そうなのが後ろから二人入ってきた。
「のじゃロリというのは最高だとは思わんかお主、可愛くて愛しくて語彙力という物が失せてしまうじゃろう」
「言葉を失ったわ」