あやふやな物、確固たる物。
酷い痛みと共に目が覚めた。
「ぐ、う、ぐぐぐぐ、」
世界が廻って見える。点が線に、線が円に、円が紛い物に。
―――ここは、何処だ。俺は、………。
「煤野木……」
そうだ。俺は"煤野木"だ。……彼女が、そう言っていた。俺の事を煤野木だと言っていた。
そう認識すると、パズルのピースがはまったかのように意識がすっきりとする。ひどい頭痛は止まないが、少なくとも周囲の様子は分かった。
「ここは……」
最後の記憶にある風景とは似ても似つかない。整えられた部屋がそこにはあった。
一人で普通に暮らす分には申し分のないくらいの広さと、簡素ではあったがベッドや机があった。そして俺はそのベットの上で横になっていたらしい。
少し体重を入れると、軋んだ音が鳴る。
「………」
あれは、俺が見た夢だったのだろうか。いや、そんな訳がない。夢にしては実際に痛かった。何より……。かなしい。そう、悲しすぎた。独り残された"あの少女"が、そんなものを作り上げたあのセカイが。なによりも……。
そこまで考えて、あることに気が付く。
"あの少女"って、誰だ。
俺に名を与えてくれた、あの……。あの、誰だ。喉元まで出掛かっているのに、その異物が分からない。
髪型すらもどうだったか、どんな体型をしていたか、どういう喋り方をしていたのか。
……思い出せない。
まるで夢みたいに。いや、夢の中の出来事を現実に戻ったら思い出せないかのように、何もかもが朧げにしか覚えていない。
彼女をあんな世界から救わなきゃいけない。その意識だけは強烈に残されている。
今現状思い出せる唯一の記憶すらもあやふやというのは、どうなのだろうか。
――コンコンコン。
「うおっ」
思わず声が出る。俺が考えこんでいる内に誰かがノックしたらしい。……しかも声を出してしまったので、返事をしない訳にはいかない。
「……どうぞ」
少しだけ身構えながら待つ。けれど俺の予想とは裏腹に入ってきたのは、軍服軍帽を着て被った少女だった。
「おはようございます。煤野木さん。起きていたのですね」
「お、おはよう」
俺に記憶はないが、少女には面識があるらしい。さほど表情を変えずに淡々と言葉だけを続けて来る。
「朝食が出来ていますので、お早目に」
それだけ告げると、入ってきた時と同じように静かな音を立てながら出て行った。
……もしかして記憶がないだけで、俺はとんでもないお金持ちとかだったりするのだろうか。もしくは著名人の関係者だとか。
「とりあえず、この部屋を出てみるか」
あの少女の名前を思い出すにしても、あれがなんだったのかと振り返るにしても。何かをしなければ始まらないだろう。
俺は再度軋む音を鳴らし、ドアノブに手をかけて外へと出る。蛇が出るかとんでもないのが出るか……。
そんな不安半分期待半分の俺が最初見たのは、壁だった。壁は壁でも、木造の壁だったが。
どうやら俺が出たのは廊下だったらしい。似たようなドアが隣に一つだけある。隣にも同じような部屋があるのだろうか。そして廊下の突き当りには階段があった。上下それぞれに続いている。
この光景を見ても何一つ懐かしいという感じがしない。記憶は無くしても、体が覚えているという事はあるらしいが俺には当てはまらなかったらしい。
「ふわぁぁぁ。ぁぁぁ…………」
俺が廊下をある程度見終わると、隣室と思しきドアから女性が出て来た。しかも出てくるなり両腕を上へと伸ばし、大きく欠伸をしている。
彼女はくるくるりと巻き毛を携えながら、腰元まで伸びる金色の髪を揺らす。溢れんばかりの胸は何をトチ狂ったのかシャツ一枚だけに守られており、可愛らしいリボンが結んである水色の下着が白色のシャツとは対照的に強調されていた。
むちりとした太ももは煽情的で、しかしながら柔らかな色合いをした肌からは健康的に過ごしているのが伺える。
総じて完成された美しさというものがあったが、彼女の見せるあどけない欠伸をしている表情は子供らしさも見せていた。
「う……ッ!? 」
どうやら途中で俺の存在に気が付いたらしい。その視線は俺から真下まで降りていき、自身の身体へと向けられていた。
視線とは逆に下から肌に赤みがさしていき、それが顔まで到達した辺りで口を開いた。
「す、すいません」
揺らぎのない言葉にした事によって更に真っ赤に熟れた彼女は、急いで部屋へと戻っていった。
「…………」
数分前の緊迫した、真面目なつもりだった雰囲気はどこにいったのだろうか。
とりあえず、今さっきの光景は記憶からもう忘れる事はないだろうな……。
書きたい所だけがスラスラとかけるのが悲しいです。精進します。