hello,world
きっと至らない点がたくさんあると思います。随時とまではいきませんが少しずつ上げていきます。
「――――――"一万、五千八百六十九回目" 」
何一つ、思い出せない。
何一つ覚えていない。
何一つ、………。何を思い出すというんだ? ……わからない。ならば胸を焦がすようなこの気持ちはなんだ。
何かをしなければならないような……? わからない。分からない。思い出せない。
重い瞼を見開く。
そこは、世界が滅んでいた。その世界はとうに役目を終えていた。高層マンションと思しき建物はすべて崩壊し、草木は生え、太陽は雲で覆われていた。地面はぬかるみ道路はいたるところに軋みを加え、ただただ無意味に時間を過ごしていた。
ここは、どこだ。
――俺は、いったい誰だ。俺は、こんなところで何をしていたんだ。
忘れてはいけない事を忘れている。身体は覚えていないけれども、魂は覚えていなければならないことを。
喉まで出かかって、緊張した筋肉はやがて唾をのみ込む為に弛緩する。
思い出せない。
とても大切な事なはずなのに。何一つ、思い出せない。ただただ分かるのは、深い喪失感だけ。何を失ったのかすらわからない。
その瞬間が訪れたのは、すぐだった。
乾いた音が数回鼓膜を揺さぶる。少しだけ焦げ臭い匂いがして、腹部が焼けるように熱い。力が、ふと抜けた。
ぬかるんだ土に倒れそうになって、嗤う膝に力を入れて踏ん張る。そしてゆっくりと音のする方へと振り向く。
「…………」
そこには一人の少女が、硝煙が流れている拳銃を向けて立っていた。
「……紅愛。それでいいんだ」
自分でも知らない内に言葉が出ていた。考えるよりも先に。
「………よく、無い」
紅愛と呼ばれた少女は涙を流していた。現実を受け入れたくないと瞳は嘆いていて、それでもやらねばならぬと覚悟していた。
俺を撃ちながら、顔をぐちゅぐちゅに皺だらけに壊しながら、銃を持つ手を震わせ。
嫌だ嫌だ認めたくないと。子供のように泣きじゃくり、俺より遥かに恐怖していて。悲しんでいた。
「良くなんてッ、無いよぉッ! 煤野木ぃ……」
「――――」
すすのき、それが俺の。
返事をしようとして声が、出せない。漏れ出た血流が逆流し、塞ぐように口から零れる。それを抑えようとして、ぐらりと体を支える力が揺れる。そして糸が切れた人形のように呆気なく、どろどろで温かい地面へと倒れた。いや、倒れたのだろう。既に俺が立っているのかもわからない。辛うじてぬるりとした感触と水っぽい音がしたのを頼りにしているだけだった。
このまま、俺は死ぬのだろうか。
何にもわからないまま。何故かもわからないまま、俺は……殺されるのだろうか。
けれども、少しした後に暗闇が開いて、視界が極端に狭くだが戻る。
視界一杯に収まっていたのは、紅愛の端正で柔らかい顔だった。既に動かない俺の身体を起こし、横にさせたのだろうか。
彼女は、まだ泣いていた。俺を殺そうとしていたのに。
どうしてだろう。と思った。何故かは分からないが、俺が死ねば、彼女がこんな滅びた世界から助かる事だけは分かった。なのに、彼女は泣いていた。
「どうしてだろうね……」
最初は俺に答えたのかと思った。だがどうも違うらしい。
「私は煤野木と暮らせれば良かった。煤野木と暮らせれば……幸せだったんだよ」
「……どうして、だろうね」
「神様がいるならどうして、どうして、こんなに、優しくないんだろう、ね」
ぽた。ぽた。ぽた。俺の顔に彼女の涙が零れ落ちる。彼女は泣きながら柔らかく微笑んでいた。涙を流しているのに、彼女は懸命に笑おうとしていた。せめて優しく見送ろうとしてくれているのだろうか。苦しげに笑っては、水滴が俺へと落ちる。
「願い事叶うのに、ちっとも幸せじゃないの。……ほんと、に。どうして、なんだろう、ね……」
そこでこらえきれなかったのか、彼女は後ろに見える空に響き渡るくらいに。泣いた。
「神様ぁ……ッ! こんなの、こんなのぉっ、あんまりだよっ。こんなお別れなんてっ。もう会えないなんてっ。いやだぁ、いやだよぉ、いやなんだ。いやなんだぁ……ッ 」
「いやだぁ、死なないで、おいていかないで、お願い。私を置いていかないでぇ……。一人ぼっちにしないで……」
「まだ私の好きなアップルパイだって食べて貰ってないっ。まだ好きな映画を見に行ったりしてないっ
。まだ喧嘩だってしてないっ! まだ、まだ、やりたりないのにっ。もう会えないなんて、酷すぎるよぉ……」
うわぁぁぁん、うわぁぁぁん。子供のように泣きじゃくり、閑散としたセカイに響き渡る。けれども彼女の慟哭は俺以外の誰にも届かない。もしかしたら、いるかもしれないカミサマ以外に。
ああ……。
そんな彼女を見て、俺は薄れゆく意識の中思った。
もし次があるなら。
必ず、キミを助ける。泣かせたりなんて、しない。させない。
だから、どうか。
泣かないーーーーーーーーーーーーー…………
「――――――"十二万、三十二回目" 」