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おまけ




「ベラ」

「グレイ、それにサイモンも」

「お久しぶりです、団長」

「やめてくれ、サイモン。私は既に退役しているよ。それに今の団長はグレイだろう?」

「そうですが・・・、俺にとっての団長はやはり貴女しかいません」

「サイモン、お前・・・」


 おおよそ一年ぶりの再会に、サイモンは心を熱くさせた。相も変わらず、尊敬するイザベラ団長はその美しさを保ったままだった。齢を重ねたせいか、そのけぶるような色気に磨きがかかっており、以前よりも更に魅力的に見える。


 軍団団長のイザベラは、四十になる前にその座を降りた。本来であれば、もっと長くいる予定だったはずのイザベラは、当時副団長だったグレイに全てを任せると風のようにその姿を消した。

 それを知った一部の貴族たちは、ここぞとばかりに勢力を拡大させようとしたものの、誰もが何かしらの不幸に見舞われたため、それ以降下手な動きをするものは減ってきている。

 同じく、十年戦争の傷を癒した他国の進軍も考えられたが、その様な事は一切なく今でも外交上は友好関係を保っている。


「そんなことを言うな、サイモン。あぁ、ここでもなんだ、入ってくれ」

「失礼します!」

「邪魔させて頂く」


 イザベラが二人を案内したのは、簡素な家だった。造りはしっかりしているが、団長という立場にあった人が住む家ではないような家。イザベラほどの名のある軍人であれば、王都に屋敷を持つことも可能だ。しかし、イザベラはそれをしなかった。しなかったどころが、煙のようにその姿を消したのだ。

 だが、グレイとサイモンは直ぐに気づいた。家のいたるところに、罠が仕掛けられている。彼らはイザベラの元にずっといたから気付けたが、他の者では気づけるはずの無い罠たちだ。


「紅茶でいいか?」

「あ、俺が淹れますよ、団長!!」

「・・・サイモン、お前、私には一度も言った事ないよな・・・?」

「副団長は大丈夫でしょう。それに俺は団長のお役に立ちたいんです!そもそも!副団長、団長の居場所知っていたのであれば教えてくれたっていいのに!!ずーーーっと秘密にして!!」

「仕方ないだろう!ベラにだって色々あるんだ!」

「だから!俺も手伝いたかったって言ってんですよ!筋肉バカ!」

「お前、そろそろ殴るぞ?」

「二人とも、これ以上私の家で口論するなら出て行くといい。そして私は引っ越そう」

「「すみませんでした!!!!」」





***




「でも本当にどうしていきなり辞されたのですか、団長」

「サイモン、それは・・・」

「グレイ。そうだな、サイモンなら話してもいいな」

「ベラ、いいのか?」

「いいんだ・・・サイモン、私の寿命はもう、長くない」

「!?いきなり、何を!?」

「ここで話すことは、他言無用だぞ、サイモン。・・・私はな、恐ろしい何か(・・)にならなければなかった」

「恐ろしい、何か・・・?」


 イザベラは、グレイにしか話さなかったことをついに話した。本当であれば、グレイも知る必要のないそれ。しかしグレイのあまりに執拗な疑問により話さざるを得なかったそれを。


「そもそも、私が団長になった時点で、私の寿命が長くない事は分かっていたんだ」

「!?」

「覚醒者として十年戦争を終わらせた私は、あの戦争で無茶をし過ぎていた。身体がな、もう駄目なんだ」

「な、なぜ医者に・・・!」

「サイモン、無駄なんだよ、医者にかかろうとも。私も同じことを言って、無理やりベラを診せに言ったことがある。そこで言われたんだ。魔力によって崩壊した内臓を治す術はない、と」

「だが、知っての通り、我が国はまだまだ成長途中だ。しかも、私の名によって保たれている秩序があまりにも多すぎた。王とて私の名に頼り切ってしまっていた。貴族に然り、あの国に然り。だから、元気なうちに退役する必要があった。裏から、それらを潰すために」

「ど、どういう」


 淹れた紅茶はすっかり冷めてしまっていた。イザベラは、これから話す内容には紅茶よりアルコールの方が向いていると考えた。


「・・・長い話になる。酒を用意しよう」


 用意された酒は、綺麗な琥珀色をした度数の高いそれ。酒豪であるイザベラが一番に気に入っているものだ。とろりとしたそれに、イザベラはうっとりと目を細める。


「・・・今、国内外問わずに、ある噂が流れている」


 グレイが用意されたそれを口にしながらぽつりと言った。


「国の英雄、イザベラ団長は裏から国にあだ名すものに鉄槌を下している、と」

「、それは聞いたことがありますが、本当なのですか、団長」

「あぁ、本当だ。私の残り少ない命で、それをずっと行っていたのだ。勢力を拡大しようとした貴族には失墜するような事件を。この国を再び蹂躙しようとしあの国には、見せしめを」

「っ、どうして言ってくれないんですか!!俺だって手伝えるのに!!」

「私一人だからこそ、出来た事なのだよ。身軽で、圧倒的な力を持つ私だから。・・・サイモン、何故覚醒者が出来ると思う?」

「え・・・、それは、才能があって・・・」

「違う。覚醒者は、本来であれば誰でもなれる」


 その言葉に、サイモンは首を傾げる。誰でもなれるはずなのに、何故いないのか。


「・・・サイモン、覚醒者っていうのはな、簡単に言うと魔力のリミッターを外せる人間のことだ。魔法使いってのは総じて、無意識のうちにリミッターをかける。そうしないと、自身の魔力で内臓を壊すからだ。そうならない為にも、魔法使いたちはそれをするようになっている」

「・・・まって、待ってください、それって」

「覚醒者になる条件は、絶望だよ、サイモン。目が眩むほどの、息が出来なくなるほどの、言葉に出来ない程の絶望と、一部の感情の凍結によって覚醒者となる。そうでもしないと、力が制御できないからだ」


 イザベラの言葉に、サイモンはついに言葉を失い、そして気づいてしまう。目の前のその人が、覚醒者である所以を。


「・・・そういえば、サヤカは暗殺されたのだったな」

「・・・あぁ、見張りの交代時をやられた」

「そうか」


 当時、サイモンはおかしいと思ったのだ。どうして、団長程の人が、あんな女を気にするのかを。いくらオリヴァー隊長の事を知っていたからといって、あそこまで固執したのかと。しかし、今なら理解できる。理解、させられる。

 イザベラ団長が息のできなくなるほどの絶望を感じたというその事件。考えれば簡単だ。大切な人を、三人も一気に亡くし、その理由が自分であれば。自分ですら、死を選びたくなるほどの絶望だろう。そして目の前の人は、覚醒した。覚醒してしまったのだ。


「私の死を、知られるわけにはいかない。知られれば、またあの惨劇が起こるかもしれないからな。だから、私は姿を消した。見えぬ姿の私が鉄槌を下すと知れば、誰もが動けなくなるだろう?たとえ、私が死んだとしても。魍魎のように私の存在を意識させる必要があった。見えぬ私の影に脅えてもらわねばならなかった。だから、私はあの場から辞したのだ」

「・・・っ」

「ベラ、お前の目論見通りだ。貴族たちはお前の影に脅え、勢力拡大を望もうと無茶な事も犯罪まがいの事もしなくなりつつある。あの国も、お前が戦争推進派を片してくれたおかげで、恐怖している」

「わざわざ済まないな、グレイ。団長のお前にこのような些末な事を頼んでしまって」

「いいんだ、私に出来る事であれば、何でもするとあの時言っただろう?」


 サイモンは、熱くなる目頭を押さえることが出来なかった。どうして、こんなにも優しい人が。どうして、こんなにも綺麗な人が、このような事をしなければならないのだろうか。

 どうして、自分には力が無いのだろうか。悔しくて悔しくて、嗚咽が漏れる。


「気に病むなよ、サイモン。私は、私の人生に満足しているんだ。確かに、私は孤児で戦争前に国に売られた。沢山の人を殺めたし、殺されそうにもなった。だが、あそこに居なければオリヴァー隊長たちに、グレイに、お前には会えなかっただろう。頼れる仲間に、可愛い部下。そしてあの人たちが愛し、守ろうとしたこの国だ。私の全てを使って守れること程、幸せな事はない」


 美しく微笑むその人を前に、サイモンは涙が堪えきれなかった。歴代最強と今でも名高いその人は、死後も国の為に在ろうとしてくれている。美しく、麗しい、団長。今自分がここにいるのは、彼女の犠牲の上なのだと気づいてしまった。


「・・・団長」

「なんだ、サイモン。酷い顔だぞ」

「団長っ、俺、おれ・・・!」

「何も言わなくていいんだ、サイモン。お前だろう、やってくれたのは」

「!!っ、はい」

「すまなかったな。私の我儘を。だが、有難う。アレだけは心残りで仕方なかった」

「いいえ、いいえ・・・!!」


 イザベラはくすりと笑みを零して、その杯を煽る。咽喉が焼ける様なこの感覚を、自分はあと何度経験できるだろうか。目の前の嗚咽を漏らす可愛い部下を、何度目にすることが出来るだろうか。

 ・・・自分を一番よく知る、一番の戦友を揶揄うことが出来るだろうか。


 一番の心残りであった佐弥香は暗殺された。目の前の二人によって。彼らは、自分がそれを気にしている事を知っていた。そしてそれを実行してくれたのだ。

 そうするように仕向けたのは自分だが、本当に悪いことをさせたと思っている。本来であればしなくていい事をさせてしまった罪悪感はある。しかし彼らにしか頼めなかった。


「ベラ、あと、どれくらいなんだ」


 グレイが、苦しそうに、喘ぐように問うてくる。彼のそのような表情は、本当に久々に見るなと思う。戦時中は、よくその表情をしていた。それを幾度となく上官に揶揄われていた。年下であるイザベラの無表情さを見習え、と。しかし、イザベラからすれば感情を素直に出せるグレイの方がずっと人間らしく、うらやましく思っていた。


「・・・さぁな。良くて一年、悪くて半年くらいか」

「!!そ、そんなに短いのか・・・!?」


むしろ長く保っている方だと思う。グレイに連れられた以外に、イザベラは退役する前に医者に掛かっている。自分の寿命を知る為に。そして言われたのが、当時で半年だった。それぐらい、イザベラの内臓は魔力に侵されて手遅れな状態だった。それから考えれば、十分生きたとすらいえる。一度内緒で同じ医者に見せたときの驚きようと言ったら。奇跡だとしか彼は言わなかった。


「まぁ、短いのだろうな。私からすれば十分だが。国内はほぼ私の影に脅えていて、他国は私の存在を脅威に思っている。少なくともあと十年は私の存在は使えるだろう」

「!!そんな、言い方しないでください!!い、いくら団長でも!!その言い方は、いやです!!」

「・・・サイモン、子供でないのだから・・・」

「子供とか!!関係ないです!!俺は、俺は団長の事を死ぬほど尊敬しています!!貴女だから、ずっと下にいたいと思った!!貴女だから、今までも頑張れた!!貴女が愛する国だから、守り続けたいと思ったんだ!!だから、そんな、そんな物みたいな言い方をしないで・・・!!イザベラだんちょおっ・・・!!」


 ぼろぼろと涙を零しながら必死に叫ぶサイモンに、イザベラは懐古の念に捕らわれた。そう、かつて。自分も同じような事を思った。感じて、泣いた。あの人たちに。

 自分も、誰かにとって、そのような存在になれたのだろうか。


「・・・すまない、サイモン。言い方が悪かったな。私も似たようなことを言われて悲しかったと言いうのに・・・。年を取ったものだ。サイモン、グレイ、頼む、私の分まで、守ってくれ。この国を、私の愛した国を」

「・・・ベラ、俺からお前やオリヴァーさんを奪ったこの国を、俺たちに守れと言うのか」

「あぁ、言う。私だって、この国を恨んだことは幾度となくあったさ。だが、それでも思うのだ。隊長がルーが、ザックが眠るこの地を。確かに壊してやろうと思った。国の所為で大切なものをいくつも落としてきた。それでも、お前たちに会えた。大切な部下に、今を必死に生きる国民に。・・・知らないだろう、私が、どれくらいお前たちの存在に救われていたのかを」


 イザベラは独白するように深くため息をつきながら続ける。カラリ、とグラスの中の氷が音を立てた。


「グレイ、お前なら知っているだろう。私が、あの戦争が終わった後、死のうとしていたのを」

「・・・あぁ」

「それぐらい、耐えられなかった。自分のせいであの人たちが死んだことが。死にたかった。・・・それを止めたのも、お前だったな」

「そうだな・・・懐かしい」

「もう、お前しかいない」

「・・・」


 イザベラは疲れたようにソファに身を沈ませた。本当は、もう疲れているのだ。ずっと、走り続けるように生きてきた。何度も逃げようと、休もうと思った。でも、大切な人たちが守ろうとした国だから。


「・・・っ、わかった」

「副団長!?」

「---あぁ、よかった、ほんとうに」


 グレイは身が引き千切られそうなほどの激情を抑え込みながら、そう言った。それが、彼女の望みであるのであれば。全てを犠牲にしてきた彼女の願いであるというのならば。

 

「・・・サイモン、少し外してくれないか」

「え!?い、嫌ですよ、なんで」

「頼む」


 グレイの真剣な眼差しに、サイモンはたじろいだ。ここまで真剣な副団長は久々に見た。そして少しだけ寂しくなった。二人の間には、自分が入り込めない絆がある事はわかっていた。

 二人からすれば仲間はずれにしているつもりはないだろうし、自分もそのようには思っていない。それでも、サイモンは少しだけ寂しくなってしまった。


「・・・大丈夫だ、サイモン。後で、しっかりと話そう」


 イザベラは悲しそうに眉根を寄せるサイモンに言う。


「・・・わかりました。俺、少し外を見回ってきます」


 サイモンが部屋から出ていくと、室内にはグレイとイザベラの二人きりの空間が出来た。


「・・・で、どうしたんだ?」

「、ベラ、本当に、いいのか、それで」

「どういう意味だ」

「王は、相変わらずお前の居場所を狂ったように探している。軍団の連中も、ベラが見つからない事に焦りを覚えている。お前は、この国に必要な存在だ。ここで一人戦い続けて果てるなんて、そんなこと」

「グレイ、決まったことだったろう。王にもそう言ってある。覆すつもりはないぞ」

「・・・っ、お前の、凍結した感情は、愛だろう!?どうして、どうしてそこまで・・・!!」


 グレイの言葉に、イザベラはきょとんとした。そして苦笑した。


「なんだ、知っていたのか。・・・そうだ、私には、もう愛という感情が分からない。でもな、確かに私は愛されて、愛した。記憶の中でしかもうわからなくても、それを失いたくないのだ」

「っ、俺は、ずっと、ずっと・・・!」

「グレイ」

「!」

「頼む、言うな」

「・・・お前は、本当にひどいことを、言うんだな」

「すまないな。だが、お前にしか言えない」


 自嘲するように笑みを零すイザベラに、グレイは地団駄を踏みたくなった。どうして、自分を大切にしないのだろう。違うのだ、そういう事を言いたいわけではないのだ。

 ただ、ただ一言を言いたいだけなのに。


「グレイ、私の代わりに、後は頼んだ」


 美しく微笑むその人に、グレイの喉はぐぅ、と唸った。こんな笑顔を向けられて、どうして断れようか。

 想い続けてきた相手に頼まれて、どうして断れようか。


「・・・わかった」




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