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後編



 イザベラは、サヤカの存在を放置した。何日も何日も。見張りに、彼女が言った言葉の総てを記録し報告するように指示して。そうして、彼女が放った言葉によって、ようやくサヤカという女が何者なのか見当がついたある日、イザベラはグレイを連れて牢屋に足を運んだ。


「・・・久しいな、女。気分はどうだ?」

「・・・このっ・・・オリヴァーを、オリヴァーを返せっ・・・!!」

「いい加減覚えたらどうだ、このお方は貴様がそのような口の利き方をして良い方ではない!!・・・学習能力が著しく低い女です。団長、生かして置いたままで宜しいのですか?」


 そう進言してくるのは、この一週間ずっと彼女を見張っていてくれた部下であるサイモンだ。普段温厚な彼がここまで顔を歪めて言うなんて、よっぽどのことを絶やす事無く言い続けていたのだろう。


「貴様の同期が、貴様のことを心配していたのだが、どうやら不要の様だな。安心した」


 グレイは酷薄な笑みを浮かべながら言う。一時とはいえ、一緒にいたのだ。彼が彼女を心配するのも仕方ないだろう。そもそも、イザベラが連れ去ってから一度も戻っていないのだから。


「あたしが求めてるのはアイツじゃない・・・!オリヴァー、オリヴァーはどこにいるの・・・!死んだなんて嘘、あたしを置いていくはずない・・・!この魔女っ、オリヴァーを独り占めしたいからって、隠したんでしょう・・・!!さっさと開放しなさいよ・・・!」

「・・・団長、副団長。御覧の通り、言語にすら障害が見受けられます。同じことをずっとぼやき、あまつさえ団長を愚弄する。話す言葉は不可解なものも多く、言っている意味が理解できない事も多数あります」

「報告は受けている。どうやら残念ながらその様だな」

「何なのよ・・・!さっさとここから出して・・・!まだイベントがあるのよ、オリヴァーとの、大切なイベントが・・・!それをクリアしないと、足りないからバットエンドになっちゃうの!」

「・・・異常だな」


 イザベラは心底驚いたと言う風にため息をつきながら言った。それにグレイも同意する。


「そもそも、この女の言う『ギャクハー』『オトメゲエム』『イベント』とは何だ?何かの隠語か?」

「わかりません、ただ聞いた事のない単語をいう事が多いです」

「・・・そうか」


 サヤカは牢の中で暴れている。手足を拘束し、魔力を封じていなければ大参事になりかねない程、彼女は暴れていた。がしゃがしゃと、鉄製の鎖が耳障りなほどに音を立てる。


「出せっ出せ!!ここから出せぇぇぇえええ!!!!」


 まるで獣のような雄叫びを上げるサヤカに、イザベラはうっすらと笑った。彼女がここまでに来る経緯は既に調べさせてある。一般家庭に生まれ、魔力持ちである事が分かった彼女は軍に所属することを決意したと記載あったが、彼女の生家などどこにもなかった。オリヴァーの近所と言っていたが、もちろんそのような記録はどこを探してもない。

 しかし何故か(・・・)降って沸いたような彼女の存在は、驚くことに不思議とこの世界に溶け込んでいたのだ。


「・・・少し、二人にしてもらえるか?」

「団長!?」

「ベラそれは聞けない」


 笑みを浮かべたまま言うイザベラに、グレイとサイモンは即座に反対した。いくら最強と名高いイザベラでも、今の佐弥香と二人きりにするのは危険すぎると判断したのだ。しかしイザベラは却下した。


「いいから。少しでいいんだ、彼女と話してみたい」

「・・・団長、失礼ですが団長がコイツと話されても何も意味を成さないと具申します」

「サイモン、それを決めるのは私だ」

「!っは、失礼いたしました」

「・・・ベラ、私もサイモンと同じことを考える。どうしてそこまでして話したい?」

「意味があるかないかは、私が決める。この女に興味が湧いた。精神を病んでいるのか、夢の住人なのか、それとも、他国の者なのか。それを聞きだすのに、お前たちがいるのは都合が悪いと言えば良いか?」

「・・・何かあれば、すぐに入るぞ」

「構わない、そこまで長く話す予定もないからな」


 グレイトサイモンは、渋々その場を離れる。イザベラは、部下に恵まれているなと考えながら、声だけ聞こえないように特殊な魔法を辺りにかける。そして目の前の佐弥香を見下ろした。


「なんなのよっ、アンタ!!あんたのせいでオリヴァーは死んだのよ!?どうしてアンタなんかが生きてるのよ!!さっさと死んで!!」

「・・・」

「おかしいと思ったのよ、アンタバグでしょう!?アンタがいるせいで、あたしがオリヴァーと会えなくなった!!謝りなさいよ!!アンタのせいで!オリヴァーは無駄死によ!!」


 その瞬間、イザベラの拳が鉄の格子に叩きつけられた。


「っひ!?」


 そのあまりの打撃音に、佐弥香が悲鳴を上げた。格子があったことに、彼女は感謝すべきだろうとイザベラは頭のどこかで思った。きっと手は腫れてしまうだろうが、イザベラは一切気にしなかった。

 それよりも、目の前の女の言った事の方が、今のイザベラにとっては重要だった。


「・・・無駄死に、だと?」


 ゆらりとイザベラの体から視覚化した魔力が立ち上り始める。それは、酷く凶悪な色をしていた。


「何も、知らない、貴様が、あの人を、愚弄するのか・・・?あの人が何を想って生きたかを知らない、貴様が・・・?」

「な、なによ!?知っているわよ!!何回もプレイしたもの!!」

「・・・くく、あはははは!!!!」

「な、なによ!?」


 狂ったように笑うイザベラに、佐弥香は本能的な恐怖を感じ取る。


「・・・あの人の手の温もりも知らない貴様が?あの人が何を愛していたかし知らない貴様が?あの人の家族を知らない貴様が、知っている?あの人が、何を想って戦ってきたか知らない、貴様が?これほどまでに不愉快な話はないな」


 イザベラは心底不愉快そうに表情を歪めた。真っ青だったはずの瞳は、怒りからか真っ赤に染まっている。抑えきれないほどの怒りが、魔力が、イザベラの瞳の色すら変えていた。


「・・・乙女ゲーム、ね。スマホ越しでしか知らないくせに、なにをほざくんだか」

「!?」

「サヤカ、名前からして日本人か。よくもまぁ、夢ばかりを見れるものだな。ここは、ゲームの世界でも何でもないと言うのに」

「あ、アンタ・・・、まさか・・・!?」


 佐弥香の言葉に、イザベラは返すことなく続けた。


「可笑しいと思った。あの人の事を知ってるのは、今では十年戦争に参加した者か、軍に長年所属している者だけだ。それをどうしてお前のような小娘が知っていたのか・・・。非常に腹立たしいことこの上ないが、ゲームからというのであれば、少しは納得する。だがな、私達の、我々の人生までゲームにするのは許しがたいな」


 佐弥香は驚きからか何も言えず、ただ口をはくはくと餌を求める鯉の様にしていた。それをイザベラは面白くもなんとも無さそうに見る。


「最初は間諜かと思ったのだがな、あまりに貴様は子供過ぎてそれも却下した。しかしぺらぺらと良く回る口のお蔭で直疑心暗鬼にさせられたよ、本当に間諜でないのかとね。まぁ、日本から来たのであればそうなるのは仕方ないな、平和な国だったから」

「お、おまえええええええ!!」


 激高した佐弥香は、必死にイザベラに一矢報いようとジャラジャラと鎖を鳴らす。しかし、魔法使い用に出来たそれはびくともしない。


「はは、私の方だよ、それを言いたいのは」


 イザベラは一瞬笑うと、物凄い速さで牢屋に張り付いた。忌々しいとでもいうように格子を握りしめる。今にもミシリと音を立てそうなそれに、佐弥香の怒りは一瞬途切れる。


「これさえなければ、今すぐ貴様を殺してやれるのに」

「っな!?」

「隊長たちは、私の家族だ。それを馬鹿にされて赦せるほど、私の心は広くない。あまつさえ、ふざけたことを抜かして・・・。どうして、私が貴様を殺さないと思える?」

「あ、アンタ日本人でしょ!?殺人は罪じゃない!!」

「あっはっは、馬鹿だとは思っていたのだがな。素晴らしすぎて賞賛したくなってしまう。・・・ここは日本でも、地球でもない、そして私は十年戦争の英雄だぞ?この世界では、殺さねば大切な人は守れない。お前の言うオリヴァー隊長だって、人殺しだ」

「!!違う!!オリヴァーは殺したくて殺したんじゃないわ!!戦争だったの!!」


 イザベラは佐弥香の頭の弱さに笑いすらこみあげてこなかった。よくもまぁ、このような花畑で軍に所属しようと思ったものだ。自分が知っていたら確実に不採用にしていただろう。この後はとりあえず面接官の再教育だと考えていると、佐弥香は何も言わないイザベラに好機を見出したのか更に叫ぶ。


「アンタ、オリヴァー殺した償いにあたしを開放しなさいよ!!それでちょっとは許してあげるわ!!十年戦争だって、アンタ本当はなんもしてないんでしょう?アンタのことなんて一回もゲームで出てきたことないもの!!言わないでおいてあげるから、さっさとここから出しなさい!!」


 イザベラは、心底目の前の女が不愉快になった。最初は哀れだと思っていた。サイモンからの報告書を見て、彼女が日本人の転生かトリップだかわからないが結果として、こちらに来てしまったのは分かったから。そして心のより所にしていた人がいなくなってしまったことで、心を病んでしまったのかと考えたから。

 もしそうであれば、病院で隔離しようと思ったのだ。さすがに開放は出来ない。彼女は知識を、情報をきっと持っている。それが漏えいする事を良しとする軍人はいないだろう。しかし、同じ日本を知るものとして、せめて確保したかった。それ以外、彼女を守る術が無かったから。

 だが、そうではなかった。


 佐弥香という彼女は、あくまでも自分達をゲームの登場人物としてしかとらえていないのだ。


 それは、イザベラという軍人にとっても、八重樫小夜という人物とっても、許しがたい事であった。イザベラは、ここで生まれた。そして、何度も苦しみ、悲しみ、仲間を得て、幸せを知った。そして一番最初に幸せを教えてくれたのが、オリヴァーたちなのだ。

 それを侮辱するようなことを言う目の前の女は、イザベラの神経に酷く障った。


「・・・残念だが、それは許可できない」

「はぁ!?何でよ!!」

「そもそも勘違いしているようだが、私は英雄だ、この国の、な。あの戦争の事を知っている者は、今なお健在だ。そんな中、貴様が何かを言ったとしても誰も信じないし、事実無根だからただの狂言としてしか見られないだろう。そもそも、どんな情報を持っているかわからない貴様を、私が開放すると本気で思っているのか?」


 佐弥香は初めてその考えに至ったのか、顔色を一瞬にして青くする。


「お前と私とでは、そもそもの立場が違う。私は。ここで生まれ、そして国の為に全てを使ってきた。貴様は、ただの正体不明の新兵。はて、誰が誰を信じる?」

「ま、待ってよ!同じ日本人でしょう!?助けてよ!!」


 微かに震えてすらいる佐弥香に、イザベラは蔑むように鼻で嗤った。一体全体、どの面を下げてそのような事が言えるのだろうか。先ほどまであれほどに罵詈雑言を浴びせたくせに、命が危ないと知るや否や手の平を返す。全く持って、軍には向かないヤツだと再認識した。


「残念だ、私は日本人などというものではない。私は、この国の英雄であり、軍団団長だ。国の為であれば、命を賭す覚悟をもつ誇り高き、な。・・・そもそも、貴様は一番してはならない事をしたのだよ、女」

「な、なに!?謝るから、赦して!!」

「お前は、オリヴァー隊長を侮辱したからな」

「し、してないわよそんな事!!」

「はは、そんな気すらなく侮辱できるとは。・・・無駄死にだと貴様は言ったな。確かに、あの人はあんなところで死んでいい人ではなかった。三人で四〇を相手取る?有り得ない、完全に負け戦だ。覚醒もしていないのだぞ?だというのに、あの人たちは勝った。・・・血の繋がりの無い妹である私を守って。それに報いるため、私は団長となりこの国を守る。それが、あの人たちに出来る唯一の事だと思うから」


 途中から佐弥香に言うわけでもなく、イザベラは自身に言い聞かせるように話し出す。


「・・・貴様には必要のない話だったな・・・。女、貴様はここに収容の身とする。罪状は、上官への侮辱行為と、機密情報漏えい未遂だ」

「はぁ!?ふ、ふざけんな!!」

「あぁ、ふざけてなどいないさ。至極真面目だぞ?まぁ、場合によって暗殺されてしまうかも知れないが、ちゃんとした衛兵がいるからきっと大丈夫だろう」

「!!ま、まって、お願い!謝るから!!ここから出してよ!!オリヴァーのこと、謝るからぁ!!」

「・・・二度と、その名を、口にするなよ、小娘。貴様如きが、口にして良い名ではない」


 イザベラは最後に一度だけ念を押す。二度と、その名を呼ぶな、と。

 そして踵を返す。もう二度と、彼女が生きているうちに会う事は無いだろうが、それでも一度も振り返る事は無かった。


「いや!!まって!!お願い!!助けて!!だれか!だれか!!!!」


 本当は、これからの事を聞こうとした。しかし、佐弥香のあの様子の限りでは大した情報は持っていないだろうとイザベラは判断した。

 イザベラが知りたいのは他国の情報や、自国のことだ。しかし考えてみれば、色恋沙汰のゲームでそのようなことを詳しく話すわけがない。そもそも、ここはゲームの世界ではない。リセットも何もない、死んだら終わりの一回きりの世界。だからオリヴァーは戦死し、沢山の人の血と涙が流れているのだ。

だ から、佐弥香の存在自体に意味はなくなった。未来も語れない、不審な女としてのレッテルが彼女に張った。だからといって、彼女の知る情報が流れる事を良しとはしない。だからこその収容。一生、あそこにいてもらう他、彼女に生きる道はない。生きていれば、の話だが。


「団長」

「ベラ」

「あぁ、心配かけたな、二人とも」


 そとでずっと待機してくれていたであろう二人に、労いの言葉をかける。


「・・・それで、どうするんだ?」

「あぁ、生涯収容だ。衛兵がいるから、万が一(・・・)は起こらないとは思うがな」


 その含みのある言い方に、グレイとサイモンが一瞬だけその視線を交わらせる。


「そうか。まぁ、団長がそう決めたのであれば、反対はしない。貴女はいつだって正しくあろうとしているのだからな」

「悪いな、詳細を話せなくて」

「そうする事が良いと団長が判断されたのであれば、自分は何もありません」

「助かるよ」


 三人は雑談をしながらそこから背を向けた。二度と日の目を見る事のない彼女の存在を忘れたかのように。彼女彼らからすれば、彼女の存在など取るに足りないものでしかない。もし感情を一つだけ向けるのあれば、嫌悪や忌避のみだろう。


「そうだ、久々に一杯どうだ?」

「いいですね、団長の奢りですか?」

「副団長、女性に奢られようとするのは如何なものかと」

「馬鹿、団長酒豪だぞ?奢ろうなんてしたら破産するぞ、私が」

「グレイ、さすがに私もそこまで飲まないぞ」

「どうだか。前もそういって店の酒飲み尽くしそうになっただろうが。店主に泣きつかれたのは私だぞ」

「・・・本当ですか?え、噂ではないのですか?」

「サイモン、お前も現実を見るべきだ。我らが麗しの団長は酒豪で、酒癖も悪いぞ」

「・・・嘘、ですよね?」

「どうだかな」

「・・・とりあえず、グレイは今日私にとことん付き合ってもらおう。サイモン、安心すると良い。私とグレイの奢りだ」

「お、おい!!それは無理ですよ団長!?私が死にます!!」

「ほう?大丈夫だ、私がついているからな」

「や、やですよ!?」

「ほぅら、行くぞ」







 その国の軍団団長は、歴代最強と誉高い。

 覚醒者としての力はもちろん、カリスマ性に溢れた素晴らしき団長。誰もが彼女についていくことを決意し、その国の軍事力は何倍にも跳ね上がったとされている。その団長は、誰よりも国の事を想い、誰よりも国の事を愛した。侵犯者がいれば、率先して力を振るい、自らの愛する国を守り、他国からもその人ありと恐れられる麗しの団長。


 彼女のその生涯は、その大半が激動であっただろうと誰もが口を揃えて言う。孤児であったと記録されているかの人は幼き頃に従軍し、そして英雄となった。

 最後の戦争と呼ばれる十年戦争に終止符を打ったその人は、終戦後も腐敗した国の上層部や軍上層部を切り捨て、国の再生にも一役買った。その後も精力的に時代を鍛え上げた彼女は、この国の基盤と言っても過言ではない。



 しかし、ある日を境に彼女は退役し、そしてその姿は見えなくなる。

 その後の彼女の足取りはつかめていない。



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