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中編



 気付いたら、私は立っていた。

 どうしてここにいるのだろうか、そもそもここはどこなのだろうか、と考えていると、じんわりとどこからか記憶が滲むようにして私の脳を染めてきた。

 そうだ、ここは、孤児院。私は、ここに、捨てられていた。そして、保護されたのだ。

 ―――保護?

 あれは、保護なのだろうかと、頭の中で誰かが問いかける。それに応えようとして、そしてどうして疑問に思うのだろうと考える。今までそんなこと、気にしたことないのに。私がそんなことを考えるなんて、可笑しい。

 ・・・私とは、誰だ。

 ―――イザベラ。

 違う、私は、そんな名前じゃない。

 頭がガンガンする。

 どうしたのだろうか、いったい、誰が。

 私は。


 その瞬間、川を流れるように、土に染み込むように。

 全く違う自分の記憶に飲み込まれた。




 イザベラは、孤児院にいる子供の一人だった。生まれてすぐに捨てられ、十三歳になる今日まで育てられてきた。いつも襤褸切れのようなワンピースを着て、十三歳だと言うのに十歳ほどにしか見えない身体を一生懸命動かしている。それはイザベラだけでなく、孤児院にいる子供はみんなそうだった。


 イザベラの住む国は、表面的には裕福で富んだ国だと思われているが、実際には違った。貧困差は確かにあった。そうでなければ、子供が捨てられるなどあっていいはずがない。マザーはそう言いながら神に祈りを捧げなさいと言ってくる。祈り続ければ、いつか神が我々を御救い下さる、と。


 マザーの言葉に感化された子供たちは、必死に祈った。自分たちの生活が良くなるように、明日がちゃんとくるように。そんな中で、イザベラは異質だった。

 いつも冷たい目でマザーやシスターを見、神に祈る暇があるなら農業をすると一人外に出てしまう始末。マザーたちは困り果てた。あんなに、敬虔な子だったのに、どうしたのだろうか。悪魔でも憑りついてしまったのではないだろうかと。





「・・・本当に、信じられない」


 イザベラはぽつりと零した。その手にはゆらりと炎が浮かんでいる。それ(・・)は、かつてのイザベラからすれば有り得ない現象であった。


 イザベラ、十三歳の彼女の体には、全く異なる時に生きていた八重樫やえがし 小夜さやという女性の記憶があった。八重樫小夜の記憶は、ずっとずっとここより科学というものが進んだ世界で、そんななかで私は一生懸命働いていたのだ。そんな彼女に、神を信じなさいと言う方が無駄である。祈っても、叶えられないことの方が多い世の中だと知っているのだから。

 ―――少しずつ、イザベラと小夜が混じり始める。

 記憶、というのか、生まれ変わった、というのか。少なくとも、イザベラには昔の自分の記憶はあるし、そして小夜にもイザベラの幼少期からの記憶があった。ただ、八重樫小夜が死んだかどうかの記憶はない。それを生まれ変わりと呼ぶのか、憑依と呼ぶのか、彼女にはわからなかった。ただ、結果としてそれを受け入れざるを得なかった。


 この国で、魔力持ちというのは非常に貴重な存在だという事を知ったのは、記憶が混じりあった後だろうか。八重樫小夜の時にはファンタジーだと笑っていたが、実際に自身でその現象を起こすと感動すらした。

 本当に、魔力なんてものが存在するのだ、と。

 生きるために誰もが持っているものだが、それを現世に顕現させる事が出来る程の魔力量を持つ人は非常に少ない。それゆえに、その存在の取引価値というのは非常に高かった。血を繋いだ子ですら売ってしまえるほどの金が手に入るのだ。


 今のイザベラになる前に、一度だけシスターに自身が魔力を顕現できることを見せてしまっていた。魔法使いが希少なんて知らなかったから。しかしそれから、マザーたちの自分を見る目が変わってしまったと今なら分かる。自分は、彼女たちからすれば金だ。日々の生活を必死に生きている状態の今なら、どうなるかなんて想像に難くない。だからといって、逃げ出すことも出来ない。


 イザベラはそっと自分の体を見下ろした。棒切れのような手足に、汚らしいワンピース。こんな体では長時間歩く事さえできないだろう。栄養だって足りていないこの身体、ここから出れば野たれ死ぬ以外の未来はない。運良く誰かが拾ってくれるなんて物語のような話はもとより信じていない。


「ふう」


 イザベラはため息をついた。そういえば、最近隣国との戦争が始まるかもしれないとシスター達が怯えている。場合によっては、自分は国に売られることになるのだろうか。でも、軍にいた方が、少なくともご飯が食べられるという事だろうか。まぁ、なるようにしかならないか、とイザベラは寝ころんだ。


 それと同じ時期に、孤児院から何人かの年長の女児が姿を消す。彼女たちがどこに行ったのかを知るイザベラは、孤児院の大人を嫌悪した。好きでも嫌いでもなかった年長の姉たちだが、だからといって赦せるものではなかった。特殊な趣味を持つ、位の高い人々が、彼女たちを買っていった。どうなるのか、その答えに近いものを、イザベラは八重樫の記憶から引き出していた。孤児だから、そうなるのか。弱いから、そうなるのか。


「イザベラ。

 姉の事はお忘れなさい、あの子は神のお導きがあって行かれたのです。

 貴女は貴女の出来る事をすることが、神が貴女にお求めになられることですよ」


 マザーが目尻にしわを寄せながら言ってくる。イザベラはそれに一切返さずに、迎えに来た軍人と共に馬車に乗った。



 そうしてイザベラは孤児院を去った。




 その数か月後、国は戦火に見舞われた。八重樫小夜の時代のような、ミサイルなどは時代的に開発されていないのか、ない。この時代の戦争というのは、銃と剣と魔法使いに依存したものだった。情報戦、というのもそこまで確立されていないらしい。そもそも連絡手段が伝令や鷹などを使ったものなのだ。電話やインターネットが普及したあの時代と比べられるはずもない。少なくとも人が死ぬのは目の前で、何かの画面越しではなかった。


 イザベラは、軍の中でも異質だった。ただ魔力があると言うだけで、彼女は戦争に駆り出された哀れな幼子でしかないのだが、その哀れな幼子であるはずのイザベラは、そのような空気を一切出さなかったからだ。他の子は泣きわめくのに、イザベラは一切その様な真似はしなかった。それが更に彼女を浮いた存在にしたのだ。そもそもイザベラには八重樫小夜の記憶があったので、自身の事を子供だと思っていなかっただけの話だが。


 この国に、子供は守るべき対象者という概念は無いらしい。力を持っているのであれば、それを使わせるのが当然と言うスタンスだった。実際、イザベラの所属するは魔法使い部隊には、自分より幼い子供の姿も普通にあった。少しは大目に見てもらえているのだろうが、それでも子ども扱いというのは一切されなかった。軍からすれば数少ない魔法使い、役に立ってもらわなければならなかったのだろう。

 日に日に、自分以外の子供が口数を減らし、表情を無くしていくのは少しだけ辛かった。周りからすれば、自分もそうなのだろうが。そうしてイザベラは軍隊で自身の歳を五つほど重ねた。


 戦況が悪化していく中、イザベラはある部隊に配属された。フォーマンセルで隊長はオリヴァーという熟練魔法使い、そしてルーカス、アイザックとイザベラの四人から編成された。ルーカスもアイザックも熟練した魔法使いで、前回の出撃の際一人欠員が出てしまったのでその穴埋めにイザベラが抜擢されたのだ。

 この頃には、子供の魔法使いは殆どその命を戦場で散らしていた。

 最初は両手の数以上いたが、今では片手で足りる程だ。今では自分は子供ではないが、子供から入隊したにしてはかなり長く持っているほうだと自負する。十代で古参扱いも面白いと内心で思っていた。


 ゆえに、本人は知らなかったがイザベラは精鋭の一人として数えられていた。入隊した当初から大人しく、そして魔力量がずば抜けていたのだ。戦術に関してはからっきしだったが、幾度かの任務でそれも吸収していく柔軟さ。だからこそ、精鋭中の精鋭であるオリヴァー隊に入ることが許されたのだ。


 オリヴァー隊長は、この戦時下において驚くほどの人格者だ。

 イザベラは正直にそう思った。彼は、自分のことを入隊した当初から知っていたらしい。子供が十数人入ってきたので、気にしていたのだと。そしてその命が散らされたと知り、こんな戦争早く終わってしまえばいいと。そもそも子供を戦争に駆り出す上はどうかしているのだと。


「オリヴァー隊長は、不思議な人ですね」

「そうか?俺は普通の事を言っているだけだよ。魔法使いだからって子供を投入するこの国の頭はおかしい」


 そんなオリヴァーに、イザベラはもちろん、ルーカスやアイザックも心酔していた。一番年少のイザベラに、三人は優しかった。

 家族だと言って、愛してくれた。それは、イザベラとして生まれてはじめてに等しい事だった。


「ベラ!

 俺たちは家族だ、血よりも濃い絆で結ばれた家族だ」

「そうそう、折角だからこのピアスを皆でしよう、常に心は一緒だと感じられるように」


 ルーカスが朗らかに言い、アイザックが黒く小さな太めのフープ型のピアスを渡してくれた。


 戦況は、芳しくなかった。

 あと一歩というところで、一撃に欠けた。

 長引く戦争は、国を、民を疲弊させる。

 それを国も分かってはいるようだった。それでも、どうしても決着がつかず、無駄に血が流れて行った。


 そして、イザベラが恐れていた日が、ついにやってきてしまった。


「―――ゲホっ」


 森で、たまたま遭遇してしまった敵魔法使いの爆撃によって、イザベラは負傷した。

 確実に肋骨は折れ、左手は使い物になりそうにない。しかし、ここで倒れれば確実に捕まるか殺される。完全にお荷物となってしまったのだ。


「た、いちょ、おいて・・・いって、くださ、っげほ!!」


 霞む視界の中、イザベラは必死にオリヴァーに言う。今ここで抗戦をすれば、確実に大きな損害を被るのはこちらだ。相手は確認できただけでもこちらの数倍の人数が居た。幾ら精鋭と呼ばれる自分達でも、喰いとめられるかどうかすらわからない。ここでイザベラを置いて行けば、少なくともオリヴァー達は戻る事が出来る。考える間でもなく、イザベラはここで捨て置かれるのが最善策だろう。

 しかし、オリヴァーは悲しそうに笑った。


「ベラ、可愛いイザベラ。妹のようなお前を置いて行くなど、出来るわけない。妹を守るのが、兄の役目だろう?」

「そうだぜ、ベラ。俺たちを酷い兄貴にするなよ」

「少し休んでいな、ベラ。俺たちの可愛い妹。大丈夫、俺たちは戻ってくるから」


 そういって、オリヴァー達はイザベラにピアスを託した。

 必ず帰って、取りに来るから、預かっていろ、と。


「や、っだ・・・いかない、で・・・!たい、ちょ、ルー、ザック・・・!!」


 必死に伸ばした手は、届かなかった。





 静かになった森で、イザベラは何とか動けるようになると必死に足を引きずりながら仲間を探した。

 帰ってくると、必ず戻ると約束したのだ。

 きっと、皆疲弊して動けなくなってしまっているのだ。

 妹である自分が、迎えに行かなくては。


「―――――」


 そして開けた先、あったのは地獄のような光景だった。人であったものは、ただの肉塊となり果て、総勢何名なのかすらの判断もつかない。イザベラは思考を停止させてただひたすら駆けずった。

 知っている色、知っている軍服。

 何でもいい、何か、何か。


「―――やだ」


 見つけたのは、森を更に入ったところだった。長く引きずられたような血の跡が、乾ききっていないそれに引き寄せられるようにして歩いた。


「―――やだ」


 見つけたその姿は、凄惨の一言に尽きた。

 血にまみれていない箇所は一つもなく、むしろ頭から被ったのではないかというほど。


「―――やだ」


 腕が無いのは、隊長。

 脚が無いのは、ルーカス。

 下半身が無いのは、アイザック。

 ・・・三人とも、穏やかな表情をしていた。


「―――やだ!!置いていかないで!隊長!!ルー!!ザック!!ねぇ、起きてよ、迎えに来たの、一緒に帰ろうよ、ねぇ、ねぇっ!!」


 ピアスだって取りに来てないよ、迎えに来るって言ってたけど、遅いから来ちゃったんだよ。

 もっと頑張るから、良い子にするから、だから、だから。


「おねがぃぃぃぃいいいっっ!!!!ひっ、ひとりに、しないでぇえええ!!!!」






 その日、独りの覚醒者が生まれた。

 膨大な魔力を意のままに操る覚醒者は、簡単に言えばリミッターを解除できるようになった存在だ。しかし、その存在は今までに数人しか確認が取れていない程、希少な人物だった。何が切欠で覚醒するのか、誰一人としてその口を割らなかった為、どの国も覚醒者を作り出すことが出来なかったからである。


 覚醒者からすれば、秘匿しておくのも当たり前の事だった。

 覚醒する条件は、シンプルだ。

 その人物が、言葉に出来ない程の絶望を感じ、そして感情の一部を凍結させること。それが、条件なのだから。そして、リミッターが外れた魔法使いは、総じて短命となる。自分の限界を超え魔力を使うので、本人の体が保てないのだ。乱用すればその分命は削られ、そして若くして儚くなる。


 そして、イザベラは覚醒した。愛という感情を凍結させて。

 そして、驚くほどの快進撃で敵を打ち破った。戦略なんてものはなく、ただの蹂躙戦だった。圧倒的なひとりの力によって、敵の主戦力は壊滅され、そして国は墜ちた。十年も戦ってきたのが阿呆らしく感じられるほど、その終わりはあっさりとしていて、それでいて悲惨だった。


 英雄と讃えられたイザベラは、次に自国の上層部にメスを入れる事を決意する。十年戦争を共に渡り合ったグレイを味方につけ、政治家を味方につけ。時には暗殺すらもした。誰もが大切な人を亡くして泣かなくても済むように。もう二度と、こんなふざけた戦争など起こさないように。


 愛する兄たちが望む世界、幾度となく、野営で話してくれたその世界を実現するために。







「ベラ、寝たのか?」

「・・・」


 夜の執務室、仕事の終わらないイザベラに付き合って、グレイは一緒に書類の整理をした。軍団団長といっても、実際は書類整理や政治関係の仕事が多いのだ。

 特にイザベラの場合は。

 彼女は英雄でありながら、政治にも介入している。手を入れ過ぎではないかと危惧するが、自分の手が早く離れてくれるのを望む政治家は多い、自分の手を入れて欲しくないのであれば、急いで仕事をするだろうとイザベラは言った。


 確かに、イザベラは英雄だ。しかしいつまでもその立場に居てもらっては困ると考える輩も出てきてはいるのだ。だからこそ、イザベラは止まらない。


「・・・ベラ」


 深く椅子に寄りかかった彼女の目から、とめどなく涙が零れ落ちる。きっと、夢を見ているのだろう。

あの時の。


 あの慟哭する彼女を発見し、回収したのはグレイだ。

 錯乱し、混乱し、抜け殻のようになった彼女の髪は自分の前で黒く染まっていった。そして覚醒の条件をグレイは知った。そして、イザベラが何かしらの感情を凍結させている事も。古い文献によれば、覚醒状態から元の状態に戻る事もあると、非常に古い文献から探し出した。そうなれば、もちろん力は落ちるか、無くなる、とも。

 今のイザベラは、きっとそれを望まない。だからグレイは何もしない。

 ただ、彼女の傍に居るだけだ。


 それしか、グレイには出来ないのだ。



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