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前編



 その国の軍団団長は、歴代最強と誉高い。国を疲弊させた十年戦争に終止符を打ったのが、他ならぬ団長なのだ。驚くほどの魔力量、そしてカリスマ性。何をとっても、団長は最上だった。

 団長のおかげで、国の腐敗した部分は刈り取られ、今の体制になったと言われている。笑って違う、自分にはそこまでの能力はないと、かの御方は言われるのだ。そのはにかんだような笑顔が、またこの上なく素敵だと評判でもある。


 それが、乙女ゲーム「戦場を翔る恋物語」においてのオリヴァー団長のプロフィールだった。





 鈴木すずき 佐弥香さやかは、そんな乙女ゲームにトリップをした。

 戦場を翔る恋物語、通称戦恋(せんこい)は、その名の通り戦場や軍で出会ったキャラクターと恋に落ちると言うものだった。出た当初、不謹慎だなんだと言われていたが、結果的に言うのであれば物凄い数の人がゲームにはまっていた。

 佐弥香もそのうちの一人だ。

 戦恋では、攻略できるキャラクターが五人いる。

 団長と、先輩、同期と、他国の隊長、そしてまさかの自国の王子だ。

 全員と戦場で会っており、そんな彼らとイベントを重ねたりしながら恋に落ちると言う簡単なものだ。売れた理由としては、絵の綺麗さとスチルの美麗さゆえだろう。かく言う佐弥香もそれが目的で始めた口だ。


 主人公である自分(さやか)は、魔力があることが分かり軍に所属する事から始まる。そこから紆余曲折し、攻略相手との恋に落ちる。佐弥香は、何が切っ掛けでここにトリップしたのかは分からないが、それでも折角来たのだから楽しまなきゃと考えた。そう、ここには自分が一押しするオリヴァーがいるのだから。





***




「名を」

「ハイっ!サヤカです!」


 魔力持ちだからか、すんなりと試験に合格し、佐弥香は軍の所属と相成った。ちなみに攻略対象である同期とはすでに会って、友人関係を築きつつある。今日は試験を合格し、正式に軍に所属する事となった者たちの着任式だ。


「サヤカ、これで俺たちも晴れて軍人だな!」

「そうね!これで団長のお手伝いができるわね!」


 同期も確かにカッコいいのだが、佐弥香の心を掴んで止まないのはオリヴァーなのだ。心の中で、佐弥香は謝る。ごめんね、貴方じゃダメなのよ、と。


「団長、本当に凄い人だよな、俺あの人に憧れて軍に入ろうと思ったんだよ」

「本当!?実は私もなの!」


 二人で団長の話をしていると、そこに王子も加わってきた。ちなみに、王子はこの段階では平民という設定で軍に入っている。王族扱いで生易しい訓練を望んでおらず、一軍人としてしっかりと鍛えて欲しいと言う理由からだ。


「君たちも知っているのか?確かに、団長は素晴らしい人だ。あの人のおかげで、十年戦争が終わったのだからな」


 十年戦争、それがこの戦恋でのキーワードの一つである。

 この国は、五年前まで、他国と戦争をしていた。血を血で洗うような、と表現されるそれはきっと凄惨なものだった。佐弥香は聞いた限りでしかないが。それに終止符を打ったのが、団長なのだ。


 仲間の死を乗り越えて、覚醒した団長は全ての力をもってして戦争を終わらせた。勝利という二文字を掴んで。そこからも団長は精力的に働き続けた。

 政府関係者、そして軍人の根本から見直しをし、腐敗した部分を大幅に切り取った。ただの軍人であればありえない話だが、団長は英雄の名を手に入れた国一番の功労者だった。良識ある政治家と軍人をまとめ上げ、今の国の体制を作ったのだ。


「そう言えば、今日ここに来れるって言われてたよな!すげー楽しみ!!」


 そう、ここからイベントが発生するのだ、と佐弥香は心を浮足立たせる。当初、団長は仕事の関係で来れないと言われていたのだが、時間をどうにか捻出して着任式後に一度顔を出してくれることになったのだ。 初めて会うのだが、オリヴァーはここで佐弥香に一目惚れをする。しかし何人もの部下を死なせた自分が幸せになる資格などないと言って、離れようとするのだ。それを、主人公が根気強く支え、そして二人は心を通じ合わせる。


 佐弥香は楽しみにしていた。

 このためにトリップしたのだと考えてしまうほどに。




「――――え?」




「すげーー!!本物だ!!」

「やはり美しいな」

「あの人が英雄、イザベラ団長・・・」


 佐弥香は、目の前の光景が信じられなかった。

 薄い笑みを浮かべながら、新兵に声を掛けるその人は、女の人だ。どこからどう見ても、オリヴァーではない。


「やぁ、隊長。今年の新兵はどうだ?」

「っは!皆国の為に力を尽くす気概の持ち主ですよ。これであれば団長の仕事も少しは減りましょう」

「はは!そうだといいのだが」


 見事な軍服は肩に掛けられており、真っ黒で豊かな髪はウェーブしながら背中の中ほどまで流れている。瞳は驚くほどの青さで、肌は真っ白だった。


「団長の髪って、魔力の突然変異でああなったんだろ?すげーよな、あそこまで黒くなるほどの魔力って」

「それにあの気取った感じが全くない姿・・・、流石英雄」


 そんな、佐弥香は口の中で呆然と呟いた。オリヴァーは、どこに行ってしまったのだろうか。どうして、団長の地位にいないのだろうか。

 そしてふと、イザベラと呼ばれた女性の耳に、見覚えのあるピアスが見えた。

 真っ黒なフープ型のそれは、亡き戦友たちから託されたものだとオリヴァーが大切にしていたソレ。左に 三つ、右に一つ。三人分と自分ので、計四つ、そう彼が言っていた。

 それを何故、彼女がしている?


「ん?どうかしたのか?」


 不意に呆然自失としている佐弥香に気付いた団長が、気遣わし気に声を掛けてくる。軍には女性は少ない。だからこそ余計に目についたのだろう。


「・・・なんで、」

「ん?」

「なんで、オリヴァーのピアスを、貴女が・・・?」


 その瞬間、イザベラの全身から殺気が漏れ出た。


「っひ!?」

「・・・貴様、何者だ」


 先ほどまでの柔和な笑顔は失せ、凍るような無表情さでイザベラは佐弥香を見据える。周りもそんなイザベラの状態に凍り付いたかのように固まっている。


「・・・答えろ、何故、お前が、これを、知っている」

「えっ、う、あ、あの!お、オリヴァーと、知り合い、そう知り合いなんです・・・!」


 佐弥香は咄嗟にそう言った。そうでなければ、彼女に殺されてしまうのではないかと感じたからだ。


「・・・彼の・・・?そうか、そうだったのか」


 佐弥香の一言に、イザベラは一瞬で殺気を抑え、柔和な笑顔に戻る。


「それはすまなかった、折角だ、彼の話を聞きたい。時間はあるか?」


 佐弥香は不安そうに隊長の顔色を窺うと、隊長はひとつ頷いた。


「大丈夫ですよ、団長。かの方の話であれば仕方ないでしょう。サヤカ、くれぐれも団長にご迷惑をお掛けしないように」

「っはい!」

「すまないな、隊長。我儘を聞いてもらって」

「いえいえ、貴女の我儘なんぞ可愛いものですよ」


 そうして佐弥香は、団長とその側近らしき男に連れられて、演習場を後にした。





「―――で?

 今一度問おう、何故、貴様がこのピアスを知っている?」


 騙された、佐弥香は心の中で罵倒した。話しを聞くと言ったくせに、ここはどう見ても牢屋ではないか。 連れの男も分かっていたのか、無言で佐弥香を睨んでくる。


「で、ですから!オリヴァーとは知り合いで!!」

「いつの?」

「き、近所に住んでいたんです!!兄みたいな存在で・・・!」

「そうか。戦時中に手紙のやりとりは?」

「い、一回だけ・・・!そ、その時にピアスの事を聞いて・・・!!」

「なんと言っていたのだ?」

「な、仲間と御揃いで付けているって・・・!!」

「・・・ほう?では問おう。なぜ、あの人が戦死した事を知らない」

「!!??」


 それは、佐弥香にとって衝撃的な事実だった。


「う、嘘よ!?」

「はは、何故だ?」

「だ、だって!!お、オリヴァーは団長になっているはずで・・・!!」

「ふむ。団長に、ね。とりあえず、貴様があの人の名を出すのは非常に不快だな。・・・女、もし、本当にあの人が貴様と知り合いだとして。では聞こうか、他の仲間の名を」

「え!?、えっと、その、お、覚えてないわ・・・!」

覚えていない(・・・・・・)、ね。覚えているはずがないだろう、戦時中だぞ?個人を特定できるような手紙を出すこと自体、あの頃でも罰則の対象だった。・・・女、貴様は一体何だ?何故あの人の事を知っている?あの人は、近所に幼い子がいないと言って、私の扱いすら困っていたのに」

「―――え?」

「なんだ、本当に何も知らないのか。益々奇妙な女だ。―――グレイ、教えてやれ」

「・・・いいのか?」

「構わん」


 イザベラが狭い石造りの部屋の端に寄り、壁に背を預けたまま目を閉じると、代わりに男が佐弥香の前に立った。黒く短い髪に黄金の瞳。鍛え上げられた体は一部の隙も無く、まさしく戦士の体つきだ。


「自己紹介からして置こう。私はグレイ。十年戦争従軍者だ」

「、十年戦争の・・・?」

「それは知っているのか。そうだ、私は十五で入隊し、今では軍団副団長という肩書を持っている。先ほどから貴様が無礼な態度取る団長とは、十年戦争からの付き合いだ」

「・・・え?だって、そんなに齢いってない・・・」

「そうか、そこは知らないのか。本当に奇妙な女だ。あの戦争の初期、何人もの魔法使いが徴兵された。大人子供関係なく、な。団長は、十三で入隊していたのだよ」

「じゅうさ・・・?ま、だ、子供じゃない・・・!」

「そうだ、だが、あの当時子供だろうが魔法使いは国の為に働けと言う風潮があった。魔力を持つ子供は親に売られ、そしてあの十年戦争に強制的に参加させられていたのだよ。お嬢さんの言うオリヴァーは、確かに存在した。あの大戦時、驚くほどの人格者で私たち若輩者を気にしてくれた人、それがオリヴァー隊長だ」


 そこでグレイはいったん言葉を切った。まるで遠い思い出を思い出すように、目を細めて。


「・・・オリヴァー隊長は、イザベラの隊の隊長だった。隊は熟練魔法使いのルーカスさん、アイザックさんによって構成されていた。その四人で編成された隊は、国の中でも一番と謳われるほどに強く、素晴らしい人たちだった。そして、三人は戦死した。イザベラを守って」

「っ!!」

「十八歳だったベラは、敵魔法使いにより負傷、捨て置かれるのが常識だったあの当時、死んでいてもおかしくなかった。それを覆したのが、あの三人だ。敵魔法使いがおおよそ十名、歩兵隊が三十人。オーバーキルも良いところだ。だがな、三人は妹を守るために奮闘した。預けたピアスを取りに戻ると言い残して。そして出来たのが、四十三人の遺体というわけだ」

「そ、そんな・・・」

「本当に知らなかったのか?お嬢さん、本当にあの人の知り合いなのか?あの後、私たちはあの人の家族のもとに赴いているぞ」


 佐弥香は、信じたくなかった。自分大好きで大好きで仕方ない人が、死んでいたなんて。自分でなく、他の女を守って死んだなんて。会えると思ったから、この世界での楽しみを見つけられたのに。

 なのに、いない?

 私がこの世界で愛して、愛してくれるその人が、もう既にいない?そんな、そんな馬鹿な話があって堪るものか。


「・・・あんた、のせいなの・・・?」


 そもそも佐弥香は分かっていなかった。


「ねぇ、あんたの、せいなの?」


 ここはゲームでも何でもなく、現実なのだと。


「あんたのせいで、オリヴァーは死んだのっ・・・!?」


 リセットも、ルート変更も出来ないという事を、彼女は理解していないかった。


「・・・小娘、貴様、なんて口の利き方をしている!!」


 グレイが殺気を巻き散らす。それくらい、赦されない事だった。彼女に、ベラに。そのことで未だに心を癒せていない彼女に、それを言うなんて。

 その様な事を言うなんて。


「・・・女、貴様はしばらくここで大人しくしていろ」

「嫌よ!!!!何で私が!!」


 静かに言うイザベラに、佐弥香は食って掛かるようにして言った。どうして、自分がこんな女のいう事を聞かなくてはならない?オリヴァーを殺した女のいう事を?


「・・・グレイ、出るぞ」

「ま、待ちなさいよ!!この卑怯者!!オリヴァーを、オリヴァーを返してよ!!」


 ガチャン、と無機質な錠の落ちる音が、佐弥香の喚く声の合間に響いた。







「ベラ、大丈夫か?」

「グレイ、あぁ、少し失態だったな。悪い。まさかあのような奇妙な女がいるなんて、驚いた」


 二人はかつりかつりと軍足のかかとを慣らしながら、冷たい廊下を歩く。そこは、まさしく牢屋だった。

 今となっては犯罪者にしか使用されることのない牢屋、そしてかつては多くの軍や政府関係者を収容した嘆きの牢屋。


「本当だ、恐ろしく不気味な女だったな。十年戦争を知っている、そして軍に所属しているにも関わらず、あの頃の魔法使いの事を知らない。そもそも、英雄であるベラを知らないと言うのは余りにも奇妙だ」

「本当にな。そもそも、あの人が団長になると言う話自体、知っていることがおかしい」

「どういうことだ?」

「・・・確かに、あの人は団長になる事を目標としていた。そして腐敗した政府や軍を瀉血して綺麗にすることを望んでいた。だが、私がその話を聞いたのはあの日の一週間ほど前の事だぞ?それを何故あの女が知る?どう考えてもどこかからの回し者と考えるのが妥当なのだが・・・あまりにも幼い」


 そう、そこが異常なのだ。

 もしスパイであれば、もっと上手くやるのが普通だろう。しかし、サヤカと呼ばれた女は最初から何も考えていないようにすら見えた。だからこそ、気味が悪いのだ。


「・・・確かにな。まぁ、場合によっては拷問、それか事故死・・・だろう」

「グレイもそう思うか。大した情報は持ってい無さそうだがな」


 そうして二人は、日の当たる表へと足を進めた。






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