苺のショートケーキ
私の幼馴染はイケメンで、優しくて、ちょっとお馬鹿なところもあるが、ムードメーカーとして、クラスどころか学校の人気者ですらある。
対して私は、友人が少なく(そして彼女たちとの関係もおそらく側から見れば淡白であろう)、視力が悪いので度のキツイ眼鏡をかけているためか、もともとそんなに大きくない瞳がさらに鋭くなっている始末である。加えて空気が読めないらしい(兄談)。さらに加えると自慢ではないが成績が学年トップである。これは偏に、一緒に話す友達がいないので、1人で持て余す暇な日々を勉強に費やしたせいであろう。なにも誇れるものではない。そんなものより友達が欲しい。
そう、何を隠そう小学生のころからの私の夢はただ一つ。『友達を100人作りたい』である。
自慢ではないが携帯のアドレスのメモリは有り余っている。データフォルダにはかわいいかわいい相棒のユウタ(猫)の写真しかない。ユウタしか私の端末は容量を埋めない。埋めてくれない。よって、携帯を変えるタイミングがわからないのだ。何故みんなそんなにもコロコロと新しいモデルに変えるのだろう?解せぬ。
さて、先日、思い切って兄に聞いて見たのだ。『どうすれば友達が増えると思う?』と。今年で21歳になる大学生の兄はどうも、世間では少々やんちゃな部類らしい。目つきの鋭い友達がたくさんいる。だがいくら目つきが鋭くとも、友達は友達である。全くもって羨ましい限りである。みんな私にもとても優しくしてくれるので悪い人たちではない。
しかし彼らは兄の友達であって、私の友達ではない。私も彼らのような友達が欲しい。しかしそれを聞くと兄は言った。『…こいつらでいいじゃん』と。いい訳あるか。脳みそ腐ってんのかこいつ。……とまでは言わないものの、いやなんか違う、と進言すると周りがにわかに騒がしくなった。『俺らじゃだめなのかよ!!! じゃあ俺らはおまえのなんなんだよ!!!』と。急に大声張り上げるな、やかましい。俺らはおまえのなに?って、『……兄の友達だろ』…………え、暑苦しいんですけどなんでそんなむせび泣いてんの。外で泣けよ空気が湿るだろ。新しい加湿器この前買ったからもう加湿はいいよ十分だよ。
さて、兄の助言はアテにはならない。というか周囲がやかましすぎる。おちおちゆっくり話もできない。ということで質問対象を変えようと決意したわけである。が、大事なことなので何度も言うが、私は友達が少ないのだ。つまりそういった質問を投げかけることが容易にできない。そこで、一番身近にいるスーパーマンに聞くことにした。
そう、件の幼馴染である。例によって質問を投げかけると、幼馴染は私の目を、というかむしろ顔をじっくり見つめ、その己のシャープな顎に指をかけ、少し考え込むそぶりを見せた。
だが私にはわかる。
『おまえそれそぶりだけだろ』
私の幼馴染は少し変わっていて、みんなの前では本来の姿を隠している。言葉は悪いがいわゆる擬態を使っているのだ。明るくて優しくて、みんなの人気者でムードメーカーの幼馴染、とは私の兄に言わせたら一笑ものだそうだ。本来の彼は、無口で無愛想で、自分勝手なヘタレ、というのは兄からの言葉である。一見確実に嫌われそうな性格をこれでもか、というほど兼ね備えているはずなのに、擬態しているからとはいえ数え切れないほどの友人に囲まれて日々生活しているのだ。
私は純粋にすごいと思う。学校とはまるで別人。でも友達はたっくさんいる。そう、これでもか、というほど、たっくさん、である。……激しく羨ましい。夢に出るほどに羨ましい。最近の夢の中で私はついに幼馴染のようにみんなに『おはよう』と言いながら登校していた。もはや夢の中の自分が羨ましい。…コホン、話しが逸れた。
黙り続ける幼馴染にもう一度同じ質問を問う。すると奴は一言こう言った。『それはおかしい。おまえは友達はいないはずだ。増えるという表現は正しくない』開いた口が塞がらなかった。……もう一度念のために言っておく。私の幼馴染は変なのだ。今お前が返事をするのはそこじゃないだろ、と目線だけでツッコンでおく。だが奴は私の熱い視線をその冷めた目でゆったりと見返してくる。まともに返事をする気は無いとみた。はあ、アテが外れたか。まあ仕方あるまい。もともとあまり期待はしてなかったのだ。
ここは兄たちに聞く前に母に聞いた時、言われたことを信用してみるか。今の所、一番信頼における人物は確実にダントツトップで母である。自分の眼球に指を突っ込むのには少々抵抗があるが、ここは母の言う通りに『メガネやめようかな…』。すると幼馴染は珍しく切羽詰まった顔で慌てふためいた。あれ、最後だけ声に出ていたか。よく言えば冷静沈着、悪く言えば何事にも大して興味のない彼がそれほど慌てるのはなかなか珍しいな。そう思ってぼーっと見ていると、何やら学校用のスクールバッグを床にひっくり返した。そしてお目当てであったのだろう黒のケースに包まれたスマートフォンを手に握り締めると、そのままバタバタと部屋から出て行った。そしてすぐに2人分の足音を連れて戻ってきた。すごい勢いで再び開いたドアから顔を出したのは、兄と幼馴染と幼馴染の兄(つまりもう1人の幼馴染)で、三人は言葉巧みに何故か全力で私の脱メガネを阻止してくる。全くもって意味がわからんが、やっぱり目に指を入れるのは怖いし、ついでにすごい迫力で畳み掛けるように説得してくる三人も怖いし、とりあえず大好きなお店の大好きなイチゴのショートを買ってくれるというので、私の友達大量ゲット作戦は明日また考えようと思う。
だってそのお店の苺のショートケーキは、クリームがふわふわで、スポンジがふっくらしっとりしていて、苺がたっぷりで、本当に美味しいのだ。