2話 慮外の転送
キーンコーンカーンコーン
ふぅぅう。やっと一日が終わった。
昨日の夜ずっとRTS『Knahs Wars』をやっていたせいで今日の授業はほとんど寝てばっかりだったな。
いや、今日の授業も、と言ったほうが正しいか。
さて、速攻帰宅しよう。
俺は一応坂咲希。一応高校2年生、一応17歳だ。
名前の紹介に一応とつけたのは、苗字名前含めてあまりにも女々しくて嫌いだから。
高校生に一応とつけたのは、学生の本分である勉強をほぼ放棄してゲームばっかりやっているから。
年齢に一応とつけたのは、17歳にしては中二病が抜け切れていないことを自覚しているから。
ネットゲームが自分の生活の中で最も意味のないものだと理解していながらも、活動時間の大半をそれに割いてしまっている。
ネトゲを始める時間は夕方以降になるが、一度始めると止まらない。深夜、ひどい時には朝までも続く。
その結果日中授業時間は睡眠時間と変わり、夕方になるとまたゲームを始める。
そんな最悪の生活サイクルから抜け出せないまま長い時間が過ぎた。
周りをみると勉強、部活、友達、恋愛。
一方の俺はアニメ、ゲーム、動画、ネットサーフィン。
当人たちにとってはなんでもないことだろうが、俺には一般的な高校生の生活があまりにも眩しいものに見えていた。
ありえたはずの現在、そして未来。
否、今からだって努力すれば彼らみたいになれるはずなんだ。
ただその努力が続かない。
結果が出るスピードが早いゲームに逃げてしまう。
いつもの負の思考回路を展開させていると、自宅にたどり着いた。
家に着いたら倒れるように眠る。
授業での睡眠だけではまだまだ眠りが足りない。
このまま8時くらいまで寝ているのがいつものコースだ。
長い昼寝を済まし、夕飯を食べ、自室に戻った。
今日は『Knahs Wars』の大型アップデートが入り、噂ではアクアマジシャンが弱体化され産廃になるとされているが、どうなるだろう。
ゲームをを起動したら、そこには見慣れない姿のキャラクターがアップで映っていた。
小さい体に、デフォルメされた小柄な頭身で、大きな羽を背につけた妖精のような少女。
しかし可憐と表現するにはほど遠い不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。
いたずら好きなシルフ、またはピクシーといったところか。
こいつがアップデートで追加された新キャラなのか?事前の告知にはいなかったキャラクターのようだが。
卑怯なスキルを使いそうだし、きっとロールは妨害系スキルを得意とするディスターバーなんだろうな…
と、いろいろ想像していたところ、その妖精が口を開いた。
「こんにちハ、ほーぷ、ざ、じゃすてぃすクン。」
†hope_the_justice†というのは『Knahs Wars』で俺が使っているハンドルネームだ。
さながら初期の機械音声のような、意味不明な場所にアクセントをつける発音をしている。
ユーザーへの通知音声を動的に生成しているのだろうか?開発会社もそんなところに力を入れなくても良いのに…
「さテ、君はリアルの生活に不満がアルんじゃナイかな?」
こちらの脳内考察にはお構いなしに話を進めようとする妖精らしきキャラクター。
なぜゲームキャラが俺の現実世界に干渉しようとしてくるんだ。
たしかに不満なんてあるに決まっている。日常生活は閉塞感で形作られているといっても過言ではない。
最も、不満の先の対象は環境ではなく自分自身にあるのだが。
「ゲン状を投げ出してどこか、君にふさわシイ居場所を見つける旅に出てみナイか?」
妖精が続ける。
居場所、か。
俺の居場所は今、この『Knahs Wars』にしかない。
それも永遠には続かないことはわかっている。
この生活を続けて未来はあるのか?卒業したらどうする?親が倒れたら?
緩い環境に最大限甘えて生き続けた俺が時折襲われる絶望感を妖精は容赦なく思い起こす。
「ここは設計を超えた意義を持ち出したネバーランド。放棄と再生を望むならその手を差し出したまへ。」
言われるがままに手を画面上の妖精の元へ持って行った。
なんでもいい、自分をガラリと変えてしまうような何かが欲しいーーー
「契約カン了。あとは自分でガン張ってね。」
そんなことを言っていた気がする。
突然目の前が白くなって、次の瞬間、俺は広い草原地帯の中にいた。
草原といっても一面見渡せるわけではなく、ところどころに大きな岩があったり、木が生えたりしていて遠くの様子はわかりづらい。
太陽が見当たらないのが気になるが、明るさは昼間のそれであり、気温はやや涼しいくらいの適温で空気は乾燥している。
正確な名称は覚えてないが、ちょうど西ヨーロッパの気候がこういった条件では無かっただろうか?
Cfa、いやCfbだったか…そんなような名称のやつだ。
いきなり異なる環境に飛ばされた俺だったが、頭は不思議と冴えている。
普段からファンタジーな妄想をよくしているからだろうか、急な周囲の変化にも頭が回る。
幼い頃には存在していた冒険のワクワク感と、見渡す限りの美しい風景に心を躍らせていた。
爽やかな風に、呼応して揺れる草原。どこまでものどかなユートピア。
遠くにいるのは鳥だろうか。3匹が一緒になって飛んでいる。
鳥たちは俺の存在を認知すると、こちらへ向かってきた。
ん、よく見ると鳥じゃない?
飛行してきている動物を注視すると、外観は鳥にとてもよく似ているが似て非なるものだということがわかってきた。
まず手がある。肉を引き裂くのに最適な長い爪。過剰に思える大きな嘴に、重い体を支える翼。
俺を睨むその赤い目は捕食者のそれに違いなかった。
俺の知りうる生命体でこの特徴を持つものはーーー
「グリフォンじゃねーか!」
鳥と誤認した生物は『Knahs Wars』に登場するモンスター、グリフォンと同じ姿形をしていた。
鳥の上半身と獣の下半身が組み合わさった伝説上の生物。
フィクション作品では風属性の代表的なモンスターとして有名な魔物だが、
『Knahs Wars』でも移動速度に秀でたステータスを特徴として存在する。
どうやらというべきか、やはりというべきか、俺は『Knahs Wars』の世界に入り込んでしまったようだ。
この世界に来た方法からしてそうじゃないかと思っていたが、件のモンスターを見て確信した。
そして最悪なことに奴らは俺を敵だと認識しているようで、俺の逃げる全速力のスピードでは敵わない速度でこちらに攻撃に向かってきている。
まずい!あんな爪で引き裂かれたら一発で死ぬぞ!
隠れる場所はない、逃げるのは間に合わない。
取れる行動の選択肢は一つ。異形の悪魔と戦い、打ち負かす。
それ以外に生き残る術はないと直感した。
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『Knahs Wars』スキル紹介その②
スイングインパクト
ストライカーのスキル。
自分の持てる最大の力で攻撃を行う。
発生、後隙ともに甚大だがその分火力は高い。
単純な攻撃なので得物がなんであれ習得は容易だが、火力は使用者の力量に強く依存する。