1話 無益の蓄積
「コスト5を払い、ハウンドマスターのスキル『ミニオンズコール』を発動!」
『ミニオンズコール』の効果により、相手のハウンドマスターの周囲に4体の小型狼が出現した。
『ミニオンズコール』は自分の周りに4体の小型モンスターを召喚するスキル。
相手の狙いは召喚スキルによって戦力を増やし、劣勢の状況を挽回しようというものだろう。
ハウンドマスターから召喚されるモンスターは狼に似た獣だ。
これらの狼は体力こそ高くはないものの、移動速度はとても早い。
また単位時間当たりの攻撃力、すなわちDPSも協力である。
召喚してから対応してもこちらが手痛い一撃を食らうことは避けられない。
現在自軍の最前線にいるのは体力の低いアクアマジシャンであり、4体に噛みつかれれば一瞬で体力を持って行かれる。
だが甘い。
「コスト3を払い、アクアマジシャンの『ウェイビーストリーム』を発動!」
相手が『ミニオンズコール』を発動するのを読んで、同タイミングで範囲攻撃スキルを発動しておいた。
自軍のアクアマジシャンが三日月型の水砲を3発発射する。
『ウェイビーストリーム』は一弾で狼を確定一発で仕留めることができる威力を持つ技だ。
3つの水砲がハウンドマスターめがけて直線的に飛んでいく。
狙い通り、『ウェイビーストリーム』の水砲はハウンドマスターと召喚されて間もない全ての狼に命中した。
先読みは大成功。狼に何もさせず殲滅、さらにハウンドマスターにもダメージを与えることができた。
今のやり取りでのこちらのコストアドバンテージは3.5プラス相当。
コスト3の『ウェイビーストリーム』でコスト5の『ミニオンズコール』を完璧に打ち消し、なおかつハウンドマスターに1.5コスト相当のダメージを与えたからである。
有利になったところでこちらから仕掛けさせてもらおう。
「コスト2を払い、カンガルーファイターで『アクセルインパクト』!」
自軍中腹からカンガルーファイターが飛び出し、相手のハウンドマスターをパンチ攻撃、そのまま撃破。
素早い移動と攻撃の両方を兼ねる『アクセルインパクト』はこういったコスト差がついた状況で速攻をかけるときに特に有効なスキルだ。
さて、このままカンガルーとアクアの2体でコマンダーを詰めるとしようか。
「カンガルー、アクア、前進せよ!コマンダーへの総攻撃を開始する!!」
これで対抗策を打てなければこちらの勝ちだ。
カンガルーとアクア、別々の方向からの攻撃を防ぐ手段を果たして相手は持ち合わせているか。
「くっ…コマンダーの『バリアントレンジバレル』で迎撃!」
なるほど。遠距離迎撃で来たか。
『バリアントレンジバレル』は可変の射程を持つ射撃スキルだ。
射程を長く設定すればその分コストは高くなるが、自分で射程を変更できるのは汎用性の点で優れている。
ならばーーー
「『バリアントレンジバレル』、範囲7、発射!」
「カンガルー、アクア!3歩後退!」
『バリアントレンジバレル』の攻撃タイミングに合わせ、自軍の二体を一度引かせる。
相手のコマンダーから放たれた銃弾は、無情にもアクアマジシャンの2マス前に着地した。
「あああああ!なんで当たらないんだああ!」
ギリギリで攻撃を躱され相手が発狂しているが、これも計算済みである。
「お前の現在コストで打てる『バリアントレンジバレル』の最大距離は8。よって9マスの距離を取っていれば絶対に当たることはないのさ。
コスト5を払って発動!カンガルーファイター、『スイングインパクト』でとどめをさせ!」
カンガルーファイターが空高く飛び上がり、拳を合わせて握りしめ、前に突き出したまま急降下し振り下ろす。
その拳の先にいるのは当然相手コマンダーである。
「ぐわあああああーーー」
『スイングインパクト』が綺麗に決まり、相手コマンダーの体力を一気に削る。
一瞬でコマンダーの体力が0になり、勝負ありだ。
「ちくしょう!毎回毎回先読みを当ててきやがって!こんなのチートだ!不正ツール使ってるだろ!」
ボイスチャットで相手が何やら吠えているが無視。
やれ、低ランクだとマナーがなっていなくて困るな。
「Game Set! ユーザー『†hope_for_justice†』の勝利です!
『†hope_for_justice†』さんのランクが4177→4179に上昇しました!」
雑魚に勝利してもほとんどランクは上がらない。
「『†hope_for_justice†』だと…?まさか!」
「…やっぱり!グローバルランクに日本人でただ一人載っている奴じゃないか!」
名前を知られていたか。
そう、俺はこのRTS『Knahs Wars』でのトップランカーである。
RTSがちょっとうまいからって、この先の人生でそれが活かされることなんてない。
この日、悪魔が俺の前に現れるまではそう思っていた。
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『Knahs Wars』は今年2018年に発売されたRTSのオンラインゲームだ。
プレイヤーはコマンダーとして戦場に赴き、相手のコマンダーの体力を0にした方の勝利となる。
コマンダーは、ユニットという味方キャラクターに命令し操作することができる。
先ほどの戦いでいう『アクアマジシャン』や、『ハウンドマスター』などがユニットである。
ユニットには6種類のロール、つまり役割が設定されている。
ロールの名前だけ挙げておくと、『ストライカー』、『シューター』、『プロテクター』、『エンハンサー』、『ディスターバー』、『サモナー』の6種類。
各モジュールは各々の意思で戦っていくが、コマンダーがコストを支払いモジュールに『スキル』を発動させることができる。
先ほどの戦いでいう『ウェイビーストリーム』、『スイングインパクト』などがスキルである。
ちなみにコマンダーにもロールを設定することができ、スキルも使える。
先ほどの戦いで相手コマンダーが『バリアントレンジバレル』を使用したのはそのためである。
このゲームに最強キャラというものは存在せず、各モジュールの組み合わせ、相性、そしてモジュールの動かし方で勝負が決まる。
運要素の少ない、純然たる駆け引きの応酬が本質のゲーム。
つまりこのゲームに強いということは、長くプレイしているとか、廃課金でドーピングしたということを意味しない。
単純に、上手い、ということだ。
その事実が理想と現実が乖離した俺の唯一のアイデンティティとなっていた。
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『Knahs Wars』スキル紹介その①
(※各話の最後に、この物語に舞台となる架空のRTS『Knahs Wars』のスキルを一つづつ紹介していきます。)
ウェイビーストリーム
ロール:シューター
同方向に中距離程度の範囲の波状攻撃を複数回行う。
射出物は使用した属性に依存するが、一般に水や土などの物質系のほうが効果は高い。