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お后様とお妃様  作者: 絵利香
序章
1/1

招かれざる客

突然ですが、王をご紹介しましょう。


「見てくれないか、ヘメト」

「はいネスウ。見ておりますよ」

「この盤は凄いだろう!」

「ええネスウ。流石は我が夫ですわ」


|私≪わたくし≫の最愛の人であり、この国の(ネスウ)、アテン一世。とても遊戯の類がお強く、加えて国を動かすタイミングが分かるかのように最適な指示を下すことが出来る。アテン神を信仰しているこの国では、王になった者にアテンの名を授ける決まりとなった。アテン一世の父上が作られた制度だ。

アテン一世は、始め人質としてこの国にやって来たグリシャ国の姫の私に、一目惚れをしてしまったそうで猛アタックをかけられていた。

そんな私と王の日常を教えましょうか。



「王よ、朝ですわ。起きて下さいまし」


起こすのは妻である彼女の役目。すやすやと眠る王アテン一世は、朝日を浴びて眩しそうに顔を歪めた。王の偉大なる妻ヘメト・ネスウ・ウェレトは苦笑したが、今度は臣下に叩き起こされる未来を予想出来るので一生懸命揺り起こした。

薄らと目を開けた王、アテン一世は、妻を一目見てふにゃりと顔を綻ばせた。


「もう朝か」

「ええ。もう起きなければいけませんわ」


ふらふらと頭を前後に揺さぶるアテン一世。

目を瞬かせて、ベッドから転がり落ちるように降りた。


「湯浴み、なさいますか」

「ああ。お前の好きな花を浮かべよう、ヘメト」

「まぁ嬉しいわ。では早めに入ってしまいましょう。彼らが怒ってしまう前に」

「そうだな」


体の凝りを解すアテン一世。|妻≪ヘメト≫は窓を仕切っている布を払い、陽の光を取り入れた。気持ちよさそうに目を細める。

アテン神に祈るのだ。今日も健やかに過ごせるようにと。


「ヘメト、行こう」

「はい」




「またですか、我らが王よ」


怒り心頭といった様子の臣下。アルデヒドを筆頭に、様々な呆れ顔が見える。


「朝には風呂だろう」

「ではもう少し早めに起きてお入り下さいませ。公務が滞ります」

「あまり怒らないであげてくださいまし。私が起こすのを躊躇ってしまったのも原因の内。怒るのであれば、私もお叱り下さい」


右腕とも、子がいなければ次期王とも噂されるアルデヒド。彼は、現王の妻の言葉にうっと言葉を詰まらせた。

王に次ぐ権力の持ち主。渋々怒りの矛先を収めた。


「アリシラよ、后様を守るのだぞ」

「心得ておりますアルデヒド様。后様、お庭へ参りましょう」


公務のある王アテン一世はしかるべき場所に。部屋に閉じこもる訳にはいかない后は、オアシスといわれる場所へ足を向けた。

水が溢れ、花が咲き、木陰のある涼しい場所。大樹の傍に腰掛けて、后はうっとりと目を細めた。

ここで過ごす時間は后にとってかけがえのない大切な時間だ。

普通の日常を過ごしていた后は、そこで非日常に遭遇した。彼女は木陰で空を見ていた。大樹の下から見た空が好きで、后はいつもその景色を楽しんでいた。

アリシラを傍に、后は「何かしら」と呟く。


「どうかなさいましたか后様」

「今、人が落ちてきているように見えたのだけれど……」

「! 本当ですか」

「……いえ、気のせいでしょう。ごめんなさいアリシラ。変なことを言いましたわ」


いいえ后様。アリシラはそう言った。少し木陰で休憩した后は、いつものようにハープを弾くため謁見の間に近い場所へと足を運んだ。

王が癒されると言い、前までは私室に置いてあったハープをそこへ移したのだ。


「ヘメト様。どうぞお入りください」

「ありがとう」


優しくハープに触れる后。座り、奏でる音楽は王の心を癒し、そして后自身の心をも癒す。

まるで絹を抱いているようだ、傍で見守るアリシラはそう思った。思う存分弾いた后は、満足げに微笑む。あまり弾きすぎると、今度はアルデヒドに叱られてしまうのだ。

王が仕事をしないと。


「ねえアリシラ」

「はい后様」

「またオアシスへ行きましょう。そこで王が来られるのを待ちたいの」

「はい后様。それでは何かお飲み物とお食事をお持ち致しましょう。外に兵を置いておきます故、少々お待ち頂けますでしょうか」

「ええ。急がなくていいわ。ゆっくりね」


アリシラは足早に出ていき、后はろんろんとハープを鳴らしていた。その時、彼女は何やら異変のような嫌な予感がしていた。

まるで、嵐が来そうだと。天高くにある窓からは眩いばかりの光が降り注いでくる。実際の嵐ではない。

王宮内が引っ掻き回されるような、そんな、嵐の予感がしているのだ。


「お待たせ致しました后様」

「では参りましょうか」

「はい」


ゆったりとした足取りで向かう后。

しかし彼女の平穏は、脆くも崩れ去っていった。

オアシス近くになった后の胸の内は、ざわめきを抑えきれない。気のせいであると信じ切れずになってきた時、その少女を見つけた。

黄色い肌に、似合わないピンクの髪。派手な服はこの場に似つかわしくない。后は驚いて声を漏らした。


「何ということ。誰か!誰か来て!衛兵!」


后の声に、すぐさま兵が駆けつけた。

后を守るように取り囲んでから、少女を取り囲み武器を構える。


「何事だ」

「王よ、申し訳ありませぬ。不審者を城内へ入れてしまったようです」

「何……?」


訝しげに眉を顰め、縛れと命じた。

幸いにも目を覚ましていないその少女を縛った衛兵に、地下牢へ放れと命じて后を案じる王。


「何もされてはいないな」

「はい。大丈夫ですわ」

「よかった……ヘメトに一大事があったら、我は全ての者の首を刎ねてしまうところであった」

「それはお止めくださいな」


それにしても、と王は城壁を見た。簡単に超えられる壁ではない。登れる突起などもなく、兵は定期的に巡回もしているし見張ってもいる。

その厳重警戒の中を潜り抜けてオアシスまで来れるのか。特にオアシスは、后がいる場所だからか後宮や王宮内でも特に厳しい警戒がなされている。

兵以外はアリシラしか入れないし、女中などはアリシラが来いと命じた者以外は通すことはない。

更には后とアリシラがいる場合は数メートル間隔で包囲し監視している。

それなのに、今回は二人がいなかったとはいえ見張りは厳重だったのに、少女が現れた。

魔の者ではないかと噂が広まる。


「王よ、彼女はいかがなさるのですか……?」

「スパイであれば即刻首を刎ねなければならぬ。そうでなくとも拷問をせねば。彼女がどこの手の者であるか、我は知らなければならぬのだ」

「あまり可哀想なことをなさらないで下さいましね。私は傷一つついておりませぬし、脅威とはなりえないでしょう」

「愛い奴よ、ヘメト。しかし脅威となり得る前に排除出来るものは排除しておかねばならぬ。分かってくれ」


優しい御心をお持ちだ。この場にいる全ての者はそう感じた。

そして地下牢に入れられたその少女が一体何者であるのか、正体が分からない者に怯える心もあった。

后は王に付き添われ、私室へと戻っていく。后の心に残る、嫌な予感を拭えないままで。

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