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ラーメン

 まあ、そんなことも話しながらわたしたちはホームを下りて歩き、また改札脇の駅務室にもどってきた。

 アラマキは駅務室を突っ切ると、奥の開け放しの戸口からほの暗い廊下へ入り、歩いていく。わたしもついていく。

 着替えたりするロッカー室とか駅員用のトイレとかがあるんだろうなと思いながら狭い廊下を歩いて、台所に入る。

 流し、二口のガスコンロ、食器戸棚。一般家庭のキッチンと同じくらいの感じ。


「おまえ、しょうゆでいいな」

 隅に三段くらい積んだダンボールの一番上の箱をあけて、カップラーメンをふたつとりだしながらアラマキが言う。

 一コがとんこつ。

 もう一コがしょうゆ。

 ダンボールのなかには、買い置きらしいカップラーメンがけっこう大量に入っている。

 なんだかんだいって、メシ抜きなんてのはやっぱただの冗談だったようです。


「わたしもとんこつがいいんだけど」

 見ると、ダンボールのなかにはみそやしょうゆと混じってとんこつもまだ普通に入っているので、わたしがそう言うと、

「いや、俺あんましょうゆ好きじゃないから、しょうゆなくなるまではおまえしょうゆ食いつづけろ」

 すでにしょうゆ味の包装のビニールをやぶりながら、わたしのリクエストを却下してアラマキが言う。 


 をい。

 どんだけ勝手なんだよ、こいつ。

 死ぬまでしょうゆの刑ですか、わたし。


 とは思いつつ、

「あーもういいよ、しょうゆで。ビニールやぶっちゃってるし」

 おなかすいてるからなんでもうまいだろうと思い、わたしは仕方なくそう言ってやり、ラーメンを受け取る。

 まあ、それに、わたしのラーメンじゃないしな。

 こんな非常時だから助け合うのが当たり前とはいっても、やっぱりちょっとなんか食わせてもらってる感がまったくないわけじゃない。


 それぞれ自分のぶんのふたをあけ、かやくとか粉末スープをざらざら入れる。

 先に終わったアラマキがそばにあった電気ポットの注ぎ口のスイッチを押す。すると、ポットから熱湯が――ほとばしらない。

 いや、一応出てはきたのだが、

「わぉ」

 アラマキがへんな声をだして、ほとんど反射的にスイッチを止める。水流も止まる。

「おい、忘れてたわ。そういえば電気止まってんじゃねえか」


 そう。

 ポットから出てきたのは保温されていた熱湯じゃなかったのだ。

 アラマキの言ったとおりだった。

 電気が全部止まってる。


 とっくに気づいていたことではあったのだけど、崖とか見に行っているあいだに、それに昼間だということもあって、ふたりしてすっかり忘れていた。

 そりゃそうだ、電気なんて流れているわけがない。

 この崖下の光景、見渡すかぎり、電柱も電線もありはしない。

 まわりがこんなことなってんのに、どこから電気くるんだって話。

 そして電気ほどではないにしても、それでもやっぱり当然といってもいいくらいに、こっちも止まってるだろう。

 わたしはそう思いながら、流しの水道の蛇口をひねる。

 次に、ガスの元栓をあけ、ガスコンロのスイッチをひねる。

 ――はい、電気ガス水道全部止まってます。

 止まってるっていうか、どこからも流れてきようがない。

 まあ、意識とりもどして駅務室の窓から外見た時点で大体想像はしていたことだけど。なかなかしんどい展開になりそうだ、これから。


 わたしがそんなふうにまたちょっと憂鬱の度合いを深めていると、

「おい、でもこれなんかそれなりにあったかいぞ」

 中途半端にすこしだけ水の入ったカップラーメンに手をあててアラマキが言った。

「え」

 どれどれ、とわたしはアラマキのラーメンに人差し指をざっくりつっこむ。

「おいぃぃッ」

 洗ってもねえきたねえ指つっこむな、このどあほっ、と怒るアラマキを無視して、

「ほんとだね、ぬるま湯よりもうちょいあったかいくらいにはあったかい」

 と、この不思議な現象の謎を解き明かそうとわたしは考えはじめる。


 電気は止まってるのに、ポットの中身がある程度あたたかい。

 止まってから、冷め切るほどにはまだ時間が経ってないってことだろうか。

 でも電気ポットだから、もともとそれなりに保温効果はあるだろうし、普通の容器よりは全然冷めにくいはず。魔法瓶とかってどれくらい保つんだろう。半日くらいは余裕?

 ぐぐりたい。

 こんなの、「魔法瓶 保温時間」でぐぐったら絶対すぐ答え出てくるのに。それでそこから、いつの時点で電気が止まったのか大体逆算できるのに。


 と、そんなことを考えていると、

「こんくらいなら全然食えるな」

 そう言って、ためらわずにアラマキがラーメンへの注水再開。

 終わると、つづいてわたしも迷わず注水。

 熱湯じゃないとやだ、とかそんなわがままいえる状況じゃない。

 まあふたりで本気だせば電気やガスがなくてもお湯くらいわかせるだろうけど、それでもいますぐとかはやっぱり無理だし。

 悠長にお湯なんてわかしてられないくらいにはとりあえずおなかがすいている。


 ぬるま湯を入れ終わったラーメンを持って移動する。

 台所からつづきになっている部屋に入る。廊下からも入れるし、台所からもそのまま行けるって部屋。

 テーブルとソファが置かれている。どっちも結構年季入ってる感じ。部屋の隅には小さいテレビもある。映んないだろうけど。

 休憩室って感じかな、とわたしは部屋を軽く見まわして思った。

 三人くらいはかけられるソファに、アラマキとふたり、多少離れて並んで腰をおろす。


「あ、携帯かばんのなかだ、持ってくればよかった」と腰をおろしたところで思い、一瞬立ちかけてから、「ま、いいか」とすわり直した。

 どうせ役に立たないんだし。

 ま、この状況じゃね、とテーブルをはさんでソファの向かい側にある窓をながめる。

 窓の外は、昼すぎのまだ強い日ざし。その日ざし越しに見えている、赤みがかった岩壁。あれ、ビル何階ぶんくらいあるだろう。

 でも夏めいた陽気っていうかそれくらいの暑さでまだよかったな、と思う。このからっとした暑さのせいか、あんまり気分も暗くならない。建物のなかに入ると、そんなに暑くもないし。


 テーブルの上の競馬新聞を押しやって場所を確保したアラマキがラーメンのふたをあける。

「まだ全然三分たってなくない?」

 わたしがきくと、

「おれは固めが好きなんだよ」

 他人の食べ方に口出しすんなとでもいうようにアラマキは言い捨て、台所にあったお徳用とか書いてあった袋からとってきたわりばしを割ると、ラーメンをざっくりかきまぜはじめる。

 男子って、三分とか五分とか書いてある時間、絶対待たないよね。


 ま、お好きなように、と思いながらわたしはもうちょっと待つ姿勢でいるそのそばで、おもむろにひとくちめをすすりこむアラマキ。

 もぐもぐやるアラマキ。

 ちょっと沈黙するアラマキ。

 そしてはがしたふたをもどすと、無言でその上にはしを置くアラマキ。

 ほら、やっぱり、まだ早いじゃん。

 言わんこっちゃない。

 ただでさえぬるいお湯でつくってんだから。

 しかもぬるい湯でつくったとんこつ、まずそうだな。たべおわってすこししたあとの、中途半端に冷めて脂が浮いてるあの感じが、食べはじめの時点ですでに再現されちゃってる。

 ここはしょうゆで正解。


 ちゃんと三分たってから、わたしはふたをあけた。

 かきまぜながら、そこそこたべれそうな感じになっているのを確かめて、ひとくち食べる。

 ぬるい。

 でもまあ、たべれなくはない。

 ふつうにたべはじめる。

 となりでおなじようにアラマキもラーメンをすする。


 そうやってしばらくは黙ってたべながら、

「ほかのひとたちってどうなったのかな」

 ふとはしをとめて、わたしが言うと、

「黙って食え」

 ラーメンをすすりながらアラマキが言う。

 わたしの素朴な、そして最大の疑問にアラマキはいまは答える気がないらしい。もしかしたらアラマキ自身も、いま自分のなかでうずまいている疑問や考えをなんとかまとめようとしているところなのかもしれない。


 きのうの夜、あのとき駅務室にいたわたしたちふたりは無事だった。

 でもほかのひとたちは。

 どこへ行ったのか。

 逃げた? 死んだ? 消えた?

 いったい、たった半日のあいだに、なにが起きて、どうなってしまったのだろう。

 そして、いまここに取り残されたわたしとアラマキは、ラッキーなのか、アンラッキーなのか。


 みんな死んでわたしたちだけ生き残ったとして、それはラッキーなのか?

 いや、みんな死んでわたしたちだけ生き残ったのだったりしたら、それはまぎれもなくアンラッキー、そんなの最悪だ。

 じゃあ、みんなふつうに生きててわたしたちだけこんなとこに取り残されているのだとしたら。それはそれでまあまあアンラッキー。ただそうだとしても、一応ふたりとも無事ではあるのだから不幸中の幸いとはいえる。


 でも、みんなって、誰だろう。

 全人類は大げさとして、全日本国民。

 それとも、もっと範囲を狭めてこの付近一帯のひと。

 さらにもっと限定して、わたしの知っているひとたち。家族、クラスの友だち――。

 どこまで死んでいたらアンラッキーで、どこまで生き残ってたらラッキーなのか。


 みんな無事なのがそりゃもちろん一番だけど。いまのわたしにその安否を確認するすべはない。

 ひとのことばかり心配してる場合でもないし。死にたくなければ、助けを呼ぶか、あるいは自力でここを脱出するしかない。いまはとりあえず、みんなの無事を信じて。

 ていうか、みんなふつうに無事で、わたしたちこそがいまどうなってしまっているのかみんなに心配されてる最中なのかもしんないわけだし。


 となりでラーメンをすするアラマキを見る。

わたしといっしょにこの崖下に閉じ込められた駅員さん。塩顔イケメンクズ。

 これがもし普通のやさしい年上イケメンだったら、いっしょに閉じ込められるっていうのも、それはそれでちょっと胸躍る展開といえば、そういえなくもないんだけど。

 でも実際、ただのイケメンとずっといっしょにいるなんてことになったらへんに緊張しっぱなしだろうし気をつかっちゃうだろうなと思う。べつに脱出とかしなくてもいいからここでほそぼそと畑でも耕してふたりで末永く生きていこうとか考えちゃうかもしんないし。

 ある意味、まったく気をつかわなくていいこいつのほうが、らくといえばらく。


 と、わたしがとなりのアラマキをそういうふうにちょっと見ると、アラマキがその視線に気づく。そして言う。

「おまえ、いい加減とんこつへの未練すてろよ。見苦しい」

 食いながら、アラマキはちょっと半身になってとんこつをガードする。まるでわたしがじゃんけんに負けたからしょうゆになったとでもいうような言い草で。

「―――」

 こいつのほうが、らくといえばらく。それはそうなのだけど。

 ただ、しょうもない怒りを抑えるのにひと苦労。


 アラマキはさっさと毒殺かなんかして片づけて、ひとりでたのしく生きていこうかしら。


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