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イクラ

「まあとりあえず、なにもわからんということだけわかったな」

 ホームに立って崖を見上げて、アラマキが言う。

 わたしとアラマキ以外、だれもいない駅のホーム。

 岩壁にはさまれた青い空から照りつける、からっと暑い日ざし。七月のはずなのに、きのうまでのあの蒸し暑さはなぜかない。

 地形だけでなく気候まで変わってしまったのだろうか。


「あ、そういえば――」

 と、わたしはそこでふと思いだしたことがあって言う。

「このへんって、活断層が走ってるんだって。中学のとき先生が言ってた」

「活断層?」

 なんだ活断層って、とアラマキがわたしにきく。

「いや、わたしもくわしくは知らないけど」

 ああそうなんだ、活断層が走ってるんだって、先生から聞いたときはものすごく漠然と理解していた。


「もとから地面の中で亀裂とか切れ込みみたいなのが入ってて、それがなにかの拍子にその亀裂を境目に上下にずれて崖になったってこととかじゃないの」

 とりあえずわたしが目のまえの崖の生成をその活断層とからめて説明づけようと試みると、

「半日やそこらの短時間でそんなこと起きんのか」

 その活断層ってやつは、とアラマキが指摘する。

「しかも周りでそんだけゴゴゴゴうごいてんのに、呑気に俺たち気を失ってるとか、ずいぶん図太い神経だな」

「だから、そのあたりはわたしもわかんないってば」

 一介の女子高生にこれ以上の説明やら見解を求められても困る。


 それに、これほどの地形の変化を招く何か、たとえば大地震とかが起きたのなら、駅の建物だけがこんなにそっくり無事というのはどう考えてもおかしい。こんな年代物の駅舎なのに。

 もともと大したものは全然なかったけど、それでも駅のまわりに駐輪場やコンビニくらいはあったのだ。

 でもそういったものも、いまホームから見渡したかぎりはなにも見えない。舗装された道路の一本すら。

 ほかのものがすべて消え失せているのに、駅だけ無事だなんて、奇跡的なんて言葉を使ってもまだ虫がよすぎる。

 それに活断層とかそういった地層って、断面がもっと層状に、何段も縞模様になってるイメージがあったんだけど、いまわたしたちの目の前にそびえ立っている崖は、岩だらけの、見るからに普通の岩壁だ。


 まあ、地質学とかの知識ゼロの女子高生があれこれ言っててもしかたないけど、とそんなことをわたしが考えていると、

「ああ、そうだな」

 いきなりアラマキがうなずきだした。

「これ活断層だわ。活断層にまちがいない。よく見たら活断層以外の何物でもない。どう見ても活断層だし。活断層決定」

 あ、こいつめんどくさくなったな。なんかもういまの状況とか全部ちょっとどうでもよくなって思考放棄した顔だ。

 でもまあ、たしかにわたしたちが考えてわかる問題でもないし。

 わたしも深く考えるのをやめた。


 そうやってふたりそろって思考放棄したところで、

「さて、と」

 アラマキがひとつ物事が片づいたような声をだして言う。

「中にもどって、メシでも食うか」

 そう言うと、アラマキはもうまるで興味をなくしたかのように崖に背を向け、すたすた駅舎のほうに歩きはじめる。


 え。

 崖の検分、これで終了?


「それって、ちょっと呑気すぎない?」

 いくら思考放棄したとはいえ、とわたしもとりあえずはいっしょにホームを下りながら言うと、アラマキがこたえる。

「多少ジタバタしたところでどうにもなんねえだろ、この状況。それより腹減ったわ」

 まずは腹ごしらえということだろうか。

 おなかすいてちゃ、思考力や判断力も鈍るし。

 いや、でもそんな建設的な考えじゃなくて、単純に腹が減ったから食べるっていうだけのつもりだと思う、こいつ。


 この状況に放りこまれてからこっちずっとつづいている若干白い目でわたしがとなりを歩く駅員をながめると、アラマキが言う。

「晩飯の前にこんなことになっちまったから、きのうの昼からなんも食ってねえんだぞ、俺」

「あ、そりゃお腹すくわ、ごめんごめん」

 わたしもそれを聞いて一応納得して、ものすごい適当にあやまると、

「おまえも食ってないだろ」

 と、アラマキが言う。

「うん」

 それにうなずいて、そこでわたしもきのうのお昼からなにも食べていなかったことに気づいた。

 でもよくわかったね、とわたしは言いかけて、ああでもそっか、とそれをひっこめた。

 制服で学校のかばん持って電車降りてきて待合室でしゃべってたり、いったん帰ったと思ったらまたすぐもどってきてごみあさりを願い出てきたのをアラマキは見てたんだから。晩ごはんはまだ食べてないと思うのがふつうだろう。


 この異常事態にずっと気が動転しててそんなこと考える余裕もなかったけど、言われて気がつけば、普通におなかは減っていた。

 ただ、夜八時ごろだったあの時点から半日以上たっているのなら、もっとおなかが空いていてもいいはずなのだけど、そうでもない。普通に昼から食べてなくて、いま夜くらいの空き具合。これはどういうことなんだろう。意識失って寝てたからだろうか。

 そこもまたしかし、どうせ考えてもわかるわけない、という結論に行き着く。


 とりあえず、一刻一秒を争うような命の危険はなさそうだし。

 ごはんタイムでいいんじゃないでしょうか。


 と、またいつもの楽観的思考でそこまで考えたところで、アラマキが言う。

「つか、おまえ、名前は」

 毎回女子高生じゃ呼びづらいから一応きいとくわ、とアラマキ。

「三室」

 わたしが答えると、

「みむろ?」

 アラマキは一度ききかえして、それから、

「アムロとミムラ足して二で割ったみたいな適当な名前だな」

 と、ちょっとウケたみたいに笑う。

「下の名前、まさかずだろ」

 まだそんなことを言ってかぶせてくるアラマキに、

「かなえ」

 こいつにわざわざ教えてやる義理もないのだけど、めんどくさいから答えてやると、

「なんだ、つまんねえな。普通じゃねえか」

 と、アラマキが駄目だしする。

 そりゃ、そうだ。だって常識人だし、うちの両親。


「アラマキの下の名前は?」 

 わたしの名前はもういいからというように、わたしがたずねると、

「俺とおまえ、いつから呼び捨ての仲になったんだ?」

 不愉快きわまりないというように露骨に顔に出してアラマキが言う。

「いまこの瞬間から」

 悪びれもせず、わたしはそう返す。

 するとアラマキは、「はいはい、じゃあ勝手にしろ、べつにどうでもいいし」とでもいう顔をしていったん口を閉じたので、本人からも一応了承とれたとわたしがそう解釈していると、しかしそこでアラマキがまた口をひらく。

「おまえ、メシ抜きな」

「ええええ」

 それはないっしょ、とわたしは抗議の声をあげる。

「助けが来るまでか弱い女子高生保護すんのが駅員の役目だよね?」

「いや、頭の悪いJKに年上への礼儀とか最低限の道徳教えてやるのが唯一ここに残された大人としての俺の使命だわ」


「おとなって、もう二十歳こえてんの」

 なんかかなり若く見えるけど、と思ってきくと、

「いや、十九」

 十八禁買えたらりっぱな大人だろ、とアラマキがこたえる。

「十八禁買えるのがりっぱなオトナと思ってる人間に道徳教えられたくないんですが」

 やっぱりね、と思いながらわたしは言った。

 どう見ても十八、九の若造の顔だもん。社会人に片足つっこんだけどまだ生意気ざかりっていう、そういう感じだもん。高校の制服ぬいでまだそれほど間もないって感じだもん。


 なんだ、わたしと三つしか違わないのか。

 そうとわかれば、さらに遠慮や気遣いはなくなる。

「ていうか、アラマキの下の名前」

 べつに興味はないけど、一応これからしばらくはいっしょに行動することになるんだろうしと思い、わたしが再度たずねると、

「明」

 今度はあっさりアラマキが答える。荒牧明。


「アラマキ・アキラ……」

 わたしはそれをちょっと口にだしてつぶやいてみながら、

「なんかちょっと、韻を踏もうとして狙った感じだよね」

 と、さっきのお返しの皮肉のつもりで言ったら、

「――陰毛?」

 おまえ、なに言っちゃってんのいきなり、という顔でアラマキが不思議そうにこちらを見る。

 あ、こいつバカだ。

 韻を踏む、という言葉自体を知らない。

 一応大学進学を考えているわたしと高卒駅員との語彙レベルの差が出てしまった。


「どうせならアキラじゃなくてイクラのほうがよかったのにね、って話」

 わたしが適当にそう言ってやると、

「アラマキ・イクラじゃ語呂が悪いだろ、語呂が」

 わかってねーな、おまえ、という顔でアラマキがこっちを見る。

 いやだから、わたし最初っから、アラマキ・アキラってのはちょっと韻を踏もうとしてるよねって、その話をしようとしてたんじゃないですか。それが伝わんないから別の方向に変えただけで。


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