下りホーム
「やっぱ、だれもいないのかな――」
崖の上を見上げるわたしに、
「いないか、いないのと同じ状態かだな」
と、アラマキがそっけなく答える。
死んでるか、生きてても返事すらできないような状態か。
この異様な状況では、あの屋根の下にいるひとがそうなってしまっていたとしてもまったく不思議ではないように思える。
でもこれはいったいどういう異変なんだろう。あの屋根が上りホームの屋根だとして、下りのホームからこちら側が崖下に残され、上りのホームがあんな高さの崖の上にわかれてしまうような事態なんて。
どんな大地震や天変地異があれば、こういうことが起こりうるんだろうか。そして地形を丸ごと変えてしまうようなそんなレベルの天変地異があって、なぜこの下りホームと駅舎は無傷に近い状態で残っているんだろうか。しかもわたしたちが意識を失っていた、たった半日足らずのあいだに、それは起こってしまったらしいのだ。
ホームから見える下りの線路はホームが切れたあたりでぶっつり途切れている。
さらにその先を見晴るかす。高い崖のような岩壁にはさまれた峡谷がどこまでつづいているのかと。
峡谷は先のほうでいくらか湾曲しているみたいなので、実際行ってみないことにはここが完全に閉じた空間なのか、それともどこかに抜ける道があるのかどうかはわからないけれど、いますでに見えている分だけからすると、なかなかそう楽観的になれそうにもない。
岩壁と岩壁のあいだは徐々に狭まり最終的には閉じている、と前後どちらを見てもそういう地形になっているような、そんな悪い予感がひしひしとした。大地にぱっくりと口をあけた、深い切れ込みのようになった、細長い谷底――。
自力でここから脱出するよりは、やっぱり上からだれか助けがきてくれるということのほうがまだしも期待がもてた。
ただ、いますぐ誰かが助けにというのは残念だが望み薄のようだ。
ここの存在を誰かが気づいているいないにかかわらず、現時点ですでに半日以上放置されてるっぽいんだし。
「あのとき、上りのホームにはだれか電車待ってるひととかいなかったのかな」
夜の八時ごろ、わたしたちが意識を失う、あの直前。
「さあな」
アラマキがこたえる。
「いてもべつにおかしかないが、あの時間にここから上りの電車乗るやつはあんまいないからな。いてもひとりかふたりだろ」
毎日見てる駅員のアラマキが言うのだから、それはそうなのだろう。下りの電車に乗って帰ってくるひとはいても、夜にここから街のほうへ電車に乗っていくひとは少ない。ここらは会社なんてほとんどないし、地元の小中学校以外は学校もない。
「おまえ、どの時点までちゃんと意識あったか覚えてるか」
アラマキがきく。
わたしはちょっと考える。
「でかい機関車みたいなのが空から突っ込んでくるところ」
記憶にあるかぎり、そう答えて、「そっちは」とたずねかえすと、
「おまえと同じ」
アラマキがそう答える。
それだと、溶鉱炉から飛び出してきたみたいに灼熱したあのでかい黄金機関車が突っ込んできたときにふたりとも同時に意識を失ったってことになる。そこから半日後に目をさますまでのどの時点でこのふざけた天変地異が起きたのか。それが問題だった。
でもやっぱり、意識を失うのとほぼ同時にこの事態が起きたと考えるほうが自然だった。そうでないと、いま周りにだれもいないことの説明がつかない。それとも、わたしたちが意識を失ったあとだれか来たけれども、そのあとこの異常事態が発生して、それで倒れて気を失ったままのわたしたちは置き去りにされ、みんな逃げるなり避難するなりしてしまったのだろうか。
いや、そもそもこの事態を論理立ててすべて説明しようとすること自体が無意味だ。辺りがこんなことになってしまっているのに、駅だけ無傷とか、どう考えても普通じゃありえない。
いったい、あの崖の上はどのようになってしまっているのだろう。
崖下のこの光景と、半日経ってもまだ何の助けもきていないことを考えると、人や街があたりまえのように存在する、いままで通りの生活が営まれているとは期待しないほうがいいかもしれない。
目の前の高い岩壁を見上げる。
わたしはそのときにはもう漠然と理解しはじめていた。
漠然と予感される事実――怪我人や死人どころか、ここにはわたしたちふたり以外、だれもいないのではないかということを。