駅務室
「おい、女子高生」
身体を揺さぶられ、わたしは目をさました。
アラマキの顔が見えた。片ひざをついた姿勢で、わたしの肩に手をかけ、顔をのぞきこむようにしている。
意識がぼんやりしている。何があって、いま自分がこうなっているのかがよくわからない。
自分が床に倒れているのがわかった。すぐそばにスチール机の脚やイスが見える。
「おい、大丈夫か」
いつになく真剣な顔でアラマキがわたしにきく。わたしが目をさましたので、それでもまだいくぶん安心したらしいのは、なんとなくわかった。
「わかんない」
一応大丈夫、とか答えてやればほっとするのだろうけれど、まだそこまでの余裕もなく、わたしは床に頭をつけ、アラマキを見上げたままそうこたえた。
床に倒れたこんな状態で、状況もなにもわからないのに、大丈夫かどうかなんてわかるわけがない。
「起きれるか」
目をさましたのでもう肩をゆさぶるのはやめ、わたしから手を離し、アラマキがきく。
わたしはそれに答えるかわりに、「よっこらせ」とまずひじをついてそこから右手を床につき、身体を起こした。
「あー、なんとか大丈夫みたいです」
二日酔いのおっさんみたいにちょっと頭をふりながらわたしは言った。まだ完全に頭がはっきりしていない。
でも状況はだいぶ思いだした。家から最寄駅の駅務室。
ごみのなかからトレカさがして、無事見つけたあとここにもどってきて、そのときおかあさんから電話がかかってきたので話してたら、それが突然切れて、窓の外が明るくなったと思ったら、夜の空から馬鹿でかい機関車みたいなのが突っ込んできて――。
そこまでしか覚えていない。そのあと、どうなったのか、まったく記憶がない。気を失ってしまったんだろうか。
それにしても、なんだったんだろう、あれは。あの窓の外の光景。夢だったのだろうか。
でもごみのなかからトレカをさがしたりだとか、そのあたりの出来事は夢なんかじゃないのは確実だ。じゃあ全部現実なのだろうか。あの空から墜ちてきた黄金機関車みたいなのも。
なにがどうなってるのか、さっぱりわからない。
とりあえずまだ生きてはいるみたいだけど、とわたしがそう思っていると、またアラマキがきく。
「痛いとことかないか」
「さあ」
ひとまず激痛とかは走ってないので、わたしが適当にそう返事すると、
「さあじゃねえだろ、さっさと確認しろよアホが」
いきなりまたいつもの罵声モードのスイッチが入る。
あれ?
なんか、わたしがなんとなく無事そうってわかるにつれ、急に扱い悪くなってきてね?
「はいはい、わかりましたー」
こっちのその返事にまたイラッときたらしいアラマキはとりあえず無視して、わたしは立ちあがってみた。
そして軽く全身の調子を確認。
「うん、やっぱ大丈夫っぽい」
二本の足で問題なく立って、半そでシャツの上のサマーベストや制服のスカートの汚れをはたきながらわたしは言った。
腕とか腰とかお尻とか若干痛いところもあるけど、床に倒れて気を失ってたんだから、倒れたときにからだをちょっと打ったりだとか、それくらいはしょうがないだろう。
むしろ、こんな机とか椅子とかあるところで頭ぶつけなかったりケガしなかったのは、どう考えてもラッキー。
いや、頭ぶつけたりしたから意識失ってたんだろうか。
いったいどれくらいの時間、気を失ってたんだろう。
と、そこでわたしは窓の外が普通に明るいのに気がついた。意識を失う直前の、夜なのにも関わらず不自然に明るかったあんな感じじゃなく、普通の昼間の明るさだ。
見ると、部屋の天井の蛍光灯も消えている。
「いま何時ですか」
携帯見れば済む話だけど、てっとりばやくわたしがきくと、アラマキが無言でわたしのうしろを示した。
ふりむくと、頭の上に壁掛けの時計。
針が指しているのは、十二時。
「え」
昼の十二時?
トレカさがしてこの駅務室にもどってきたのは、夜の八時ごろだったはずなのに。
「わたし、半日以上も寝てたの?」
さすがにそれはないだろう、と驚いてわたしがアラマキにたずねると、
「さあな」
俺も気を失ってていまさっき目さましたばっかだから、とアラマキがこたえる。
「それよりも、外みてみろ」
窓のほうを示してアラマキが言う。
わたしは窓に歩み寄り、外を見る――。
「えええええ」
思わず、声がでる。
「なにこれ」
あきらかにありえない、窓からの景色。
いったい、なにが、どうなってるのか。
窓の外に目を奪われつつも、答えを求めてアラマキのほうをふりかえるわたしに、
「俺に聞くな」
と、不機嫌そうにアラマキが言う。
「いったい、なにがどうなっちゃってんの」
なにかとんでもないことになってしまっている予感をおぼえつつ、わけのわからない事態に頭が混乱しているわたしの、そのひとりごとにも近い問いかけに、
「それをいまから確かめるんだろが」
俺もおまえと同じくらいなにもわからないってことをいい加減理解しろや、とでもいいたげな顔つきでアラマキがわたしを見る。
駅務室に立つ、クズ駅員と女子高生。
辺りは静かだった。とても。
人の気配が、まったく感じられないくらいに。