ウミガメのたまご
五分後。
「……ただいま」
わたしが休憩室に入っていくと、ソファで行儀悪く足を組んでくつろいでいたアラマキがこっちを見て、
「どうだった。途中で漏らさずにちゃんと出してきたか」
「……ま、一応」
やや憔悴した表情でわたしはそれにこたえる。
「結局どこでしたんだ」
「……ちょっと行ったところの岩壁のすぐそばの岩の窪みに、ちょうど砂が少したまってるようになってたとこがあったから、そこで」
「砂のなかにウミガメのたまごとか埋まってなかったか」
「……あるわけないじゃん」
ちゃんとつっこむ元気もないわたし。さっきの情景を思いだしたら、またかなしくなってきた。
ウミガメのたまごはもちろんなかったけど、でもたまご産むときのウミガメなみにわたしは透明な涙を流したかった――足におしっこがかかったとき。
いや、そりゃわたしもこれでも一応おしっこ歴十五年ですから、そこそこベテランですから、普通だったらそんな失態犯したりはいたしません。でもね、わたしものすごく我慢してたんです。ずっと我慢してたんです。我慢したすえにすべてを開放したんです。そしたらわたしの予想以上にあれがほとばしって、砂地をはずれちゃったんです。砂地のまわりの岩にはねて飛び散ったのが足にかかったんです。うわってなって、あわてて軌道修正してそれからはうまく砂地に命中させましたけど。
全部出し終わると、わたしは無言でかばんからポケットティッシュを出して、おしっこが飛び散ってなまあたたかく濡れたすねのあたりを拭いた。
ティッシュで拭く、それでもう終了だった。
だって、足とか洗えないのだ。
水がないから。
いや、あるにはあるけど、いまの状況ではめちゃくちゃ貴重な飲み水だから。
おしっこ足にかかっちゃったから冷蔵庫のミネラルウォーター使っていいっすか、とかさすがにアラマキに言えない。
「いい場所あってよかったじゃねえか、次からもそこの猫用トイレでしてこい」
わたしに何があったかなんて知る由もなくそんなことを言ってくるアラマキに、
「……うん、今度からは早め早めに行くことにする」
と、サバイバル初日でいきなりすごく大事なことを学習し、わたしはひとり反省モードに入る。
そんなわたしの様子にようやく、アラマキがたずねる。
「なんかおまえテンション低くね?」
そのあと何かちょっとした気遣いの言葉がつづくのかと思いきや、しかし、
「放心しすぎだろ、おまえ」
どんだけションベンためてたんだよ、とひとのことをおもしろおかしそうに笑っただけだった。