ザクロ
ほんとに、わたしたちふたりだけになってしまった。
女子高生のわたしと、駅員のアラマキ。
崖の下に置き去りにされたような、木造駅舎と下り線のホーム。
ここで、ふたりで生き延びていかなきゃいけない。わけのわからない状況に放り込まれて、わけのわからないまま。
ただそれは、ずっとというわけじゃない。
清十字さんが助けを呼んでもどってきてくれるまでだ。
きっと清十字さんはもどってきてくれる。ほかのひとたちがどうなってしまったのかはいまのわたしたちには知る術もないけど、でもわたしたち三人はどういうわけかまだ無事でいる。
せっかく生き残ったのだ。これからも三人で生き延びてみせる。
と、そんなふうにわたしが決意も新たにしているところに、
「さて、と」
スイッチを切った拡声器をアラマキが肩にかつぎあげる。
「じゃ、まあ救援のほうはあいつにおまかせってことで、俺たちはそれまで死なねえようにすっか、この秘境駅で」
適当きわまりない感じでアラマキはわたしに言う。
どうもなんかこいつ、意識が低い。
ていうか、危機感が足りなすぎるんじゃないだろうか。
清十字さんが助けを呼んでもどってきてくれるのがいつになるのか、まったくわからないのだ。少なくとも、きょう明日の話じゃない。山を越えればあるいはとか言ってたし、越えても当分ひとのいるところにはたどりつけないかもしれない。助けがくるのが一体いつになるのか、まったくあてのない状況なのだ。
それにそもそも、清十字さんが生きてここにまたもどってくる保障もどこにもない。飲みさしのペットボトル一本だけで果たしてどこまで行けるだろう。途中で行き倒れるのがオチなんじゃないのか。
そんな状況でここで生きてかなきゃいけないっていうのに。
いずれ水も食糧も尽きて、なんかもう「ザ・地獄絵図」って感じの壮絶すぎるくらいの感じになるかもしんないのに。
なんとかなるんじゃね、くらいの、アラマキのこのテンション。
ちょっと正したいところではあるけれど。
でもまあ、こいつにいまさら危機感を強いたところでどうにもなんないか。
わたしはそう思い直す。
「そだね、お互いの人肉争奪戦にならないくらいには余裕ある状態で清十字さん待っときたいよね」
落ち窪んで異様にぎらぎらした眼でアラマキを食用動物だと見なすような最終事態にはなりたくない。
「人間の血とか肉って、ザクロの味がするらしいぞ」
すでにちょっと共食いルートも想定しているみたいに、アラマキが言う。
「へえ。――ていうか、ザクロたべたことないからよくわかんない」
予想外の豆知識を披露されても、ザクロの味がよくわからないからいまいち話にものってあげられず、わたしがそう返すと、
「おれもないわ」
とアラマキが言う。
「アケビみたいな感じ?」
なんとなくイメージでそうきいてみると、
「ないっつってんだろ」
くどい、と言いたげにアラマキ。
いやべつにキレるところじゃないし。しかも自分から話ふってきといて。
「アケビもないの? 小学生のときとか学校の帰り道にたべたりするでしょ」
「ねえよ」
「じゃ、もしかして桑の実とかもない? たべるとくちびるめっちゃ紫になるやつ」
「ない。――つか、もうその話いいだろ」
そう言って、アラマキがズボンのポケットからタバコを出す。
あ、アラマキってタバコ吸うんだ、とべつにめずらしいことでもなんでもないけど、会話も自然と一旦中断したような感じになってわたしがそう思っていると、
「――ま、なんにせよ、一服してからだな」
と、アラマキが言って、口に一本くわえると、ライターで火をつける。
「タバコ切れると集中力も切れっからな」
そう言って、煙を吐き出す。
いや、なんか「デキる男の束の間の休息」みたいな感じで吸ってるけど、あんた最初っからここまで、全然まともな集中力発揮してないじゃん。
そうは思ったけど、とりあえず黙って吸わせてやる。
午後の日ざしがふりそそぐ、前後の見上げるほど高い岩壁に挟まれた谷底の、どこにも行き先のない駅のホームに、アラマキが吐き出した煙が流れて、すぐに消える。
普段のわたしなら、まあそんなふうにタバコ一本吸うくらいのあいだ、なんということもなく待っててあげるんだけれど、
「アラマキ……あのさ――」
わたしなんかそこにいないとでもいうように遠くの景色に目をやってゆっくりタバコを一服してるアラマキに、そこでわたしは声をかける。
「あ?」
アラマキがタバコをくわえたまま応える。
「わたし見つけたんだけど――いまわたしたちが真っ先にやるべきこと」
いや、やるべきっていうか、やらせてくださいって感じですが。
「なんだよ」
アラマキが言って、
「まあ一服してから聞いてやるわ」
と、また自分だけの時間にもどろうとする。
「いや、一服しながらでいいんで、できればいますぐ話し合いたい議題が一コあるんだけど――」
わたしはちょっと食い下がる。
「あ? それ、結構重要な話ってことだろ。それなら尚更、一服し終わってからちゃんと話し合ったほうがいいだろ」
男のたばこタイム邪魔すっとおまえ死んでから地獄に落ちるぞ、とどうせただ自分がゆっくりタバコを吸いたいだけのくせしてアラマキがそんなふうに言ってくる。
「つか、おまえなにさっきから微妙にぷるぷるしてんの」
内股気味にもじもじしてるわたしを、アラマキが気色悪そうにながめる。
「いや、だからさ――人間誰しも一定時間経過すると、避けられない生理現象に襲われたりするじゃない」
と、そこまでほのめかして、というか、もうそこまで言ったらほのめかしでもなんでもないんだけど、やっと向こうも気づいてくれたようで、
「ああ、便所か」
と、アラマキがうなずく。
ええそうです、大正解です。気づくの遅えよ。
「んなもん勝手に好きなだけしてくりゃいいだろ」
大でも小でも、とデリカシーのかけらもないせりふを吐く。
ああもう、こいつまだわかってない。
わたしはじれったくなって、問いかける。
「いや、だから――どこで?」
「どこって、そんなもん便所にきま――」
そこまで言いかけて、
「お、そっか」
ようやく事態が飲み込めたらしく、アラマキがわたしを見返した。