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ペットボトルのお茶

 と、まあそんなこんなで、それ以降はYES/NO形式での質疑応答を軸に、あとは適宜、清十字さんからのメモでの返答を交えてのやりとりになった。


『無人の荒野とかいって、それじゃおまえ、助けを呼んでくるどころじゃねえだろ。おまえがまず野垂れ死ぬぞ。こっちに下りてくるかどうにかすっか? こっちならちょっとは食いもんとかあるぞまだ』

 アラマキが崖の上にそう訊く。

 ――清十字さんからの答え、NO。


 そしてメモが落とされた。

 またわたしがひろいにいくと、メモにはこう書かれていた。


『かなり向こうのほうにだけど、山並みが見える。そのあたりまで行くか、あるいは山を越えれば人のいるところが見つかって助けを呼べるかもしれない。距離からして、きょう明日っていうのは難しいと思うが、でも行く途中で誰か人や車が通りかかって見つけてくれるかもしれない。一応、きのう食堂から駅にもどる途中に買ったペットボトルのお茶は持っててまだほとんど残ってる。食い物はないが。――とにかく、まだ体力が残っていて元気なうちに、今すぐ行こうと思う』


 わたしが渡したそのメモに目を通すと、呆れたような苛立ったような表情でアラマキが言う。

「あの馬鹿、マジで冒険の旅するつもりかよ。飲みさしのペットボトル一本で」

 その言葉に、わたしは黙り込む。

 たしかに、清十字さんが挑戦しようとしていることは、馬鹿げているし、無謀すぎる。

 でも、何も言えなかった。

 アラマキもわたしもわかっていた。

 清十字さんが下に降りてきたところで、どうにもならないと。


 ここに一人増えたところで、水や食糧の減りが早くなるだけだ。そして三人で誰か助けがきてくれるのをただ待つだけになってしまう。しかも清十字さんの話によると、この辺りはすべて無人の荒野になってるらしい。そんなところに閉じ込められて、偶然誰かが通りかかってこの谷底のわたしたちを見つけ、なおかつ助け出してくれる可能性は一体どれくらいあるだろう。

 それにそもそもまず、清十字さんがここまで降りてくるなんていうのが無理だろう。この崖下を隈なく探索したわけじゃないからまだわからないけど、この高さの崖を下りてこられそうなところはざっと見た限りでは見当たらない。さっきアラマキもきいていたとおり、ここは山に対する谷ではなくて、地面にできた相当大規模な地割れの底みたいなところらしいのだし。


 やっぱり、清十字さんに助けを呼びに行ってもらうのが、わたしたち三人が助かるほとんど唯一の手だてといえるのだ。

 見知った風景がすべて消え去り、地形ごと変わり果ててしまったような、何があるかもわからないようなところを、食糧も何の装備も持たず、たったひとりで行ってもらうしかない。

 わたしとアラマキはもしかしたらいま、自分が助かる可能性をほんの少し上げるために、清十字さんを見殺しにしようとしているのかもしれない。

 でもそれ以外どうしようもない状況にわたしたちは身を置かれている。清十字さんにしても、下に降りてこられないのなら、崖の上に留まっていても仕方ない。


 そりゃ、崖の上であてもなく待っているところに誰かが運良く通りかかって、下にわたしたちがいることを教え、三人とも助けてもらえれば、それに越したことはない。でもそれまで清十字さんは水も食べ物もない状態で、屋根がわずかにあるだけでほかには何もないホームで野宿しなければいけない。いつ通りかかるかもわからない助けを待って。下手したら、餓え死にするまで。餓死のタイムリミットはわたしたちよりも確実に先にやってくる。生き地獄だ。

 そんなことになるくらいなら、行き倒れる可能性が高くても自分のほうから誰かさがしにいますぐ行動したほうがたしかにいいのかもしれない。


 答えは出ているのに考えがまとまらず、また同時に、自分の無力さが歯がゆくなる。

 そんな苦々しい思いで崖の上を見上げるわたしとアラマキに、清十字さんからまたメモが落とされる。小さな紙きれが、崖の上から、わたしたちに向けて落とされる。電話でもメールでもない、メッセージ。

 落ちてきた紙を拾う。


『それじゃ、そろそろ行くけど』

 と、それはもう別れの挨拶のような文章からはじまっていた。

『見た感じふたりとも元気そうだけど、ほんとにケガとかない?』

 わたしたちを気遣う言葉が綴られていて、それから、

『ミムロさん。なんで俺たち三人がこんなことになってしまったのかはわからないけれど、とりあえず君と荒牧のふたりが無事でよかった。必ず助けを呼んでもどってくるから、それまでふたりでがんばって待ってて。まあ、その荒牧といっしょにやってくのはちょっと疲れるだろうけど(笑)』

 と、わたしに向けてそんなことが書いてあった。


 清十字さんはこんなときでも、こんな状況でも清十字さんだとわたしはそれを読んで思った。学校に行くわたしに毎朝、声をかけてくれる、爽やかで気さくな駅員さん。

朝や帰りに駅で顔を合わせたときに挨拶をかわすくらいだったわたしが清十字さんの何を知っているわけでもない。

 でも清十字さんは、信じることのできるひとだ。いまそれがわかった。

 いまはそれだけわかれば十分だった。清十字さんを信じて待ってていいことがわかったから。そのメッセージを読んだだけで、十分元気がもらえた。清十字さんが助けを呼んでもどってきてくれるまで、待てる気がした。


 わたしはなにかひとつふっきれたような、すっきりしたような気持で、メモをアラマキのところに持っていく。

すると、目を通すなり、即座に崖の上に向けてアラマキが拡声器で怒鳴る。

『てめえ、(笑)とか付けてる場合じゃねえだろ!』

 なんでこんな大人げないんだよ、こいつ。

 清十字さんからのちょっとしたあたたかいメッセージの感動も一気に醒めて、わたしは呆れ果てた視線を暫定運命共同体に向ける。

 でも清十字さんからのメッセージを読んで感じたことはアラマキも同じだったようだ。


「ったく、あの馬鹿」

 しゃあねえな、とアラマキは頭をひとつかきむしると、また拡声器のスイッチを入れ、崖の上に向けていつもの調子で怒鳴る。

『行くんならさっさと行って、おれたちが餓死する前に助け呼んでこい!』

 それは同僚の背中を乱暴に叩いて励まし、送り出すかのようだった。

 ――清十字さんからの答え、YES。 


 そしてもうそのまま行ってしまいそうに見えたので、わたしはあわてて言う。

「アラマキ、ちょっと借して!」

 アラマキの手から拡声器をもぎとるようにして交代させる。今度はアラマキもうるさく言わず、黙って渡した。

 わたしは拡声器のスイッチを入れると、崖の上に向かって呼びかける。

『清十字さん!』


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