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YES/NO

 そして、崖の上と下とでの対話がはじまった。

 ただ、対話とはいってもそれはほとんど一方的にわたしたちが質問を投げかけるだけで、その質問に対する清十字さんからのジェスチャーでの返答を待つという形だった。


『いま、そこにいるのはおまえひとりだけか』

 清十字さんからの答え、YES。


『おまえ、ケガとかないか。大丈夫か』

 ――YES。


『おまえひとりって、近くにケガ人や死人もいないってことか』

 ――YES。


『おまえが今いるのは上りのホームか』

 ――YES。


『なんでこんなわけわかんねえことになったかわかるか』

 ――NO。


 清十字さんはNOのときは片手を顔の前で大きく否定するように振った。

「おまえ、フルネームなんだった」

 拡声器を離すと、アラマキがわたしにきいた。

 さっき言ったじゃん、もう忘れたの、とわたしは呆れる。でもいまのこの清十字さんとのやりとりをわざわざ一旦中断して聞いてくるのだから、必要なことなのだろう。

「三室かなえ」

 わたしが答えると、アラマキがまた拡声器を口にあてがう。


『俺と、ミムロカナエっていうこの女子高生はおまえが晩飯食いに抜けてた昨日の八時ごろ、駅務室にいたときにふたり同時に意識を失って――』

 と、そこでアラマキが腕時計をすこし確認する。

『それで意識がもどったのがつい一時間半前だ。気がついたらこの状況だった。まったくわけがわからん。もしおまえが拡声器持ってたとしたら、なんで俺たちがこんなことになってんのか説明できるか』

 ――NO。


『おれと女子高生が意識を失ってた半日のあいだに何が起きたのか説明できるか』

 ――NO。


『すこしくらいはできるだろ』

 ――NO。


『おまえ、メシ食いに行ってからいままで、どこかに行ってて、ついいましがたここにもどってきて俺たちを見つけたところか』

 ――NO。


『もしかしておまえも俺たちと同じように意識を失ってたのか、いまのいままで』

 ――YES。


『おまえが意識を失ったのは、いまおまえがいる上りのホームでか』

 ――YES。


『意識を失う直前、空からでかい機関車が墜ちてきたのを見たか』

 ――YES。 


『そのとき、ホームにほかに客とか人はいたか』

 ――NO。


「ねえ」

 アラマキと清十字さんのやりとりを黙って見ていたわたしが、そこでちょっと遮る。

「なんでごはん食べに行ってたのに清十字さんホームなんかにいたんだろ」

 素朴な疑問をアラマキにぶつけてみる。

「ちょうどメシから帰ってきたところだったんだろ。俺らがよく食いにいくメシ屋、上りのホームから柵越えて降りてくと近道なんだわ」

 ほんとは駅員がそんなことやっちゃいけねえんだが、メシ休憩つってもあんま時間ねえからそうでもしねえとなかなか外まで食いに行けねえし、とアラマキが説明してくれる。

 なるほど、とわたしもそれでようやく納得できた。

 アラマキが清十字さんに質問をつづける。


『まだ俺たち、周りの状況をほとんど確認できてねえんだが、おまえがいま上から見た感じ、この谷みたいになってる崖の下にほかに人とかいそうか』

 ――NO。


『この谷、岩壁にサンドされてだいぶ長くつづいてそうだが、どこかに出れそうか』

 ――NO。


『前後どっちに行っても最後は行き止まりっぽいか』

 ――YES。


『つか、俺のいるところとおまえのいるところ、どっちが地面だ。おれのほうか』

 ――NO。


『おまえのほうか』

 ――YES。


『おまえが山の上みたいなとこにいるんじゃなくて、俺のほうが地面にできたでかい地割れとかクレバスみたいなとこの底にいるってことか』

 ――YES。


『上にのぼれそうな道か、上から下に降りてこられそうなところは見当たりそうか』

 ――NO。


『俺たちふたりをすぐに助けに来られそうか』

 ――NO。


『誰か助けを呼べそうか』

 ――少し遅れてYES。


『いまちょっと間あったな。どういう意味だ』

 返答なし。


「ちょっと、アラマキ。YES/NO形式じゃないと清十字さん答えられないって」

 わたしはアラマキの脇腹をつついて、いまさらながらの注意を促す。

「わあってるっつの」

 わかってたけどつい聞いちまったんじゃねえか、とうるさそうにアラマキは答えて、それから清十字さんに聞き直した。


『助け呼んでこれそうか微妙ってことか』

 ――YES。


『おまえいまひとりっつったけど、ほんとに周りにだれもいないのか』

 ――YES。


『でもおまえの周りは、俺がいるみたいな崖下とか谷底とはちがって、なんつうかその、普通の平地みたいな場所なんだろ』

 ――YES。


『じゃあ、こっちがこんなことなってるくらいだから、そりゃそっちもかなりめちゃめちゃかもしんねえけど、でも普通にすこしくらいは建物とか残ってるし誰か人がいそうな気配もあるだろ』

 ――NO。


 その清十字さんからの返答に、わたしとアラマキが一瞬固まる。


『まさかほんとになんもないとかいうんじゃねえだろうな』

 ――YES。


『クルマも建物もなんもないのか』

 ――YES。


『じゃあなんだ、そこにあるのはおまえがいまいる上りのホームだけで、ほかはなんもねえのか』

 ――YES。


『いったいどうなってんだ』

 苛立ったアラマキがまたYES/NOで答えられない質問をした。


「だからそれじゃ清十字さん答えられないってば」

 焦れったくなるその気持はまあわからないでもないけど、とアラマキに言って聞かせ、質問を変えさせようとするわたしに、アラマキが拡声器を離す。

「このやりとり、イライラすっわ」

 わたしと苛立ちを隠そうともしないアラマキのあいだで、ああだこうだとまた口争いがはじまる。

 そして、そんなとき。

 崖の上の清十字さんが、消えた。


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