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おもちゃ

 途中でアラマキに引き離されたわたしが、すこし遅れてホームまであがってくると、

「おおおおいいいい、聞こえるかああああっ」

 アラマキが崖の上に向けて大声で呼びかけていた。

「さっさと助けに来いいいいい!」

 崖の下にいるのに、上から目線なクズ。


 ただアラマキがいくらでかい声を張りあげても、崖の上から返ってくるのは、声ともなんともいえないかすかな反響のようなものばかり。 

「駄目だ、埒あかね」

 一旦休みの姿勢に入ったアラマキに、わたしは詰め寄るようにしてたずねる。

「ねっ、あれ清十字さんだよね? 間違いないよねっ?」


 崖の上の人影は、まだ消えていなかった。

 ホームにあがってきてまずわたしはそのことを確認し、ひと安心したのだけど、でもそれだけではまだ十分じゃなかった。

 高い崖の上に見えるあのほんの小さな人影がわたしの目の錯覚や見間違いなんかではなく、確かに疑いようもなくわたしの知っている清十字さんだということを誰かに証明してもらいたかった。


「ああ、間違いねえわ」

 べつにわたしを安心させてやろうとかそういうつもりで言ったのではないだろうけど、アラマキが断言する。

 でもいまのわたしにはそれで十分だった。

 いま崖の上にいるのは見知らぬ他人なんかじゃない。普段この駅で働いている駅員さんなのだ。


 きっとわたしたちを助けにきてくれる。

 小さくもあり大きくもある、わたしたちに残された希望そのもののように、崖の上の清十字さんを見あげるわたしに、

「ま、あいつが上にいやがったのはよかったとして、――さて、どうすっか」

 と、崖の上をにらみつけるようにし、腕組みをしてアラマキが言う。


 そうだ、とわたしは急に現実的な問題に立ち返った。

 清十字さんが上にいるのはいいけど、具体的にどのようにして助けてもらうのかという話だ。

 この状態じゃ、まず意思の疎通からして難しい。


 まあ、わたしたち二人がこんな状況に閉じ込められてることだけは向こうからも見えてるんだから、最悪、会話なんかできなくても救助隊かなんかを呼んできてくれればそれで問題は片づくわけだけれど。

 ただ、清十字さんのいる崖の上が一体いまどんなことになっているのか、わたしたちはまったく知らない。果たして、そんなおいそれとすぐ救援が呼べるような状況なのか。だって、駅のまわりだけでもこんなことになっているのだ。

 それに、わたしたちを見つけても清十字さんがすぐにどこかに助けを呼びに行こうとするでもなければ、ほかにだれか清十字さんと同じようにして崖の上から顔をのぞかせるでもないのが気になった。ほかに、近くにひとはいないのだろうか。


 死ぬほどもどかしい。

 せめて崖の上ともうすこしまともに会話ができれば。

 そうすればもっといろいろなことがわかるのに。

 アラマキが携帯を出して、だめもとで清十字さんの番号に発信してみる。でもやっぱり反応なし。発信音自体がしない。

 わたしもかばんから携帯を出して、清十字さんの番号を教えてもらい発信してみたけど、無駄だった。圏外なのだから。


 どうすれば、崖の上の清十字さんと意思の疎通がとれるのだろう。

 わたしがそう歯噛みしているところに、

「――そうか、拡声器!」

 と、突然アラマキが大きな声をあげた。

 あっ、とわたしが思ったあいだにもうアラマキは走りだしていた。

「取ってくるから、おまえはそこにいろ!」

 こっちをふりかえりざまにそれだけ言うと、ホームを駆け下りていった。


 そっか、駅だからそういうのあるよね普通に、とわたしはそのアラマキの後姿を見送りながら考えた。

 ていうか、駅員ならそれくらいもっと早く気づけよ、あいつ。

 ちょっと希望でてきたから大目にみてあげるけど、とそんな気分で毒づきながらアラマキがもどってくるのをそわそわ待つ。

 崖の上の人影、わたしとアラマキの見間違えでなければ確かに清十字さんであるそのひともじっとその場所から動かない。


 すぐにアラマキが走ってもどってきた。

 手には、朝礼とか運動会の練習で使うような拡声器を持っている。

 ホームの上までもどってくると、アラマキが拡声器のスイッチを入れる。

「さすがにこれ使えば届くだろ」

 そして崖の上めがけて、拡声器ごしに声を放る。

『おーい、きこえるかー』

 さっきまでとは段違いの音量が辺りに響く。

 これなら確実だ。

『聞こえてたらなんか合図送れえ』

 アラマキが再度、呼ばわる。


 すると、崖の上にいくらか身をのりだしている清十字さんが、片手は崖の端につかまったまま、もう片方の手だけで頭の上に腕を大きくまわすようにして丸印をつくって見せた。

 その清十字さんのサインを確認するとアラマキは拡声器をちょっとはずした状態で「おっし」と小さくつぶやいて、それからまた拡声器をあてがった。


『つか、おまえ、清十字だよな?』

 わたしがやっぱりすこし気になっていたことを、アラマキもまず一応確認した。

 崖の上の影が、また丸印をつくる。

 ちょっとまどろっこしいやりとりだけど、でもさっきまでよりは格段に意志の疎通がとれている。


『とかいって、おまえほんとは偽者とかじゃないだろうな? 清十字なんてやつ知らないけどちょっとうなずいてみました、みたいな?』

 なんか知らないけど、うたぐりぶかいアラマキ。

『証明するために、おまえちょっと清十字っぽいモノマネしてみろ』

 しかもへんなことをいきなり要求するアラマキ。


 いやいや無理でしょ、あんな崖っぷちで。

 わたしがそう思っていると、崖の上から声が届いた。なんて言っているのかは毎度のごとくまたよくわからなかったけど、かすかに、死ね、と言っているように聞こえた。

 ほら、怒ったじゃない。さすがの正統派イケメン・清十字さんも。


「ちょっと。ふざけるんなら代わって」

 こいつにまかせてたら駄目だ、とわたしがアラマキから拡声器をもぎとろうとすると、

「うっかりトレカを落とすようなやつに渡せっか」

 ここでこわされたら泣くわ、とアラマキが拡声器を持った腕を高くあげてガードしてくる。そうされると身長差があるからわたしには手が届かない。


「人としての良識を落っことしてるあんたよりはましだから。ほら早く代わって」

「駄目だっつってんだろ」

「こんな状況で落としてこわすとか、そんなお茶目な真似するわけないし」

「いや、おまえならやりかねん」


 おもちゃの取り合いみたいな様相をしばらく呈したあと、わたしは疲れて言う。

「ああもういい。あんたでいい」

 わたしはなんかちょっともうどうでもよくなってきて、結局またアラマキにまかせることにした。こんな馬鹿馬鹿しいことで争っている場合じゃない。


「あんたにまかせるから、さっさともっといろいろ聞いてよ。大事なこといっぱいあるんだから」

 ほらもう取ろうとしたりしないからというポーズを見せながらわたしはアラマキを急かした。

 確認しなければいけないことが山ほどあるのだ。

 崖の上にいる、清十字さんに。


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