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機関車

 自転車をこいで家へ帰る。

 駅から家までは自転車で二十分くらい。

 田んぼに挟まれた、車もたまにしか通らない道を行く。


 七月とはいえ、さすがにもう日も沈んで、辺りは夜になっている。田んぼから、かえるの鳴き声がきこえる。


 と、だがそこでわたしはペダルをこぐ足をとめる。

 ふいにわいた、嫌な予感。

 もしかして――、と自転車をとめたまま、わたしは前かごに入れた通学かばんのなかをさぐる。

 そして、嫌な予感的中。

 ない。

 カードが。

 女子向けアニメの腹黒王子様キャラのトレカが、見当たらない。


 なんでだろうと考えるまでもなく、思い当たるふしがひとつ。電車が駅に着いたタイミングで友達から携帯に電話がかかってきたから待合室に入って、電話でくだらないおしゃべりをしながらお気に入りのトレカをにやにや眺めていたのだけど、それをかばんにしまった確かな記憶がなかった。

 待合室のベンチか床あたりに落ちている可能性が高い。


 わたしはすぐに自転車の向きを変えると、いま来た道をもどりはじめた。

「うああ、エネルギーむだにした」

 あきらかに自分のせいだから、だれにも怒れない、このくやしさ。

 なんでわたしって、こうもうっかり屋なのか。

 基本的に、注意力散漫なんだろうな。

 と、自己分析したり自分にちょっと呆れたりしながら、わたしは駅のほうに向かって自転車をこいでいった。


 駅までもどると、駅舎のすぐ前に自転車をとめて、中に入った。

 鉄道マニアの間ではそこそこ有名らしい、なかなかレトロな雰囲気の木造駅舎、その待合室に迷わず向かう。

 ひとのいない改札を横目に待合室に入る。こちらもだれもいない。

 隈なくさがすまでもなかった。壁に沿ってコの字に腰掛が設えられただけの小さな待合室。なにも落ちていないのはすぐにわかってしまった。


 あと残すは、隅にあるごみ箱だけ。

 わたしが最後の期待をかけてごみ箱をのぞいてみると、しかし腹黒王子トレカどころか、ごみがひとつも入っていなかった。からっぽ。

 さすがにきょう一日、だれもここにごみを入れていかなかったとは考えにくい。

 ごみを片づけたのだ。

 駅員もしくは清掃員みたいなひとが。


 わたしは改札のほうに目をやった。

 改札にはだれもいないけど、その向こうの駅務室にはもちろん電気がついている。

 改札のところから駅務室をのぞきこみ、中に声をかける。

「あの、すいません」

 学校の職員室を少し小ぶりにしたみたいな部屋にひとり、駅員さんがいた。

 スチール机の前の椅子にかけ、なにか事務仕事をしていたらしいその駅員さんが顔をあげる。

 こちらを見る、その胡乱げな視線に、わたしは固まる。

 うわあ、アラマキだ、と思った。


 この小さな駅には駅員さんが四人しかいない。ひとりはベテランのおじさん、たぶん駅長さん。もうひとりは三十代のメタボ体型のひと。で、あとのふたりはかなり若いひとなのだけど、その若いふたりのうちのひとりが、このアラマキだった。

 こいつが、なんというか、見た目は読者モデル風のイケメンなのだけど、態度が悪いのだ。ほんともう、サービス業としてぎりぎりって感じ。

 だからわたしとしては、なんでこのタイミングでここにいる駅員さんがこいつなんだよって、自分の運の悪さも呪いたくなるわけで。


 でも一度呼びかけてしまった声はもうもどらない。

「何か」

 椅子にかけたまま、無造作茶髪ヘアのアラマキが応える。

 しょっぱなからいきなり、友好的とはとてもいえないその相手の声の調子に、わたしの心は折れそうになった。

 でももうここまできたのだからと気持ちを奮い立たせ、わたしは用件を切り出す。


「すいません。三十分くらい前にそこの待合室で友達と携帯で話してたときにたぶん、カードを落としたか忘れたかしちゃったみたいで、それでいま待合室をさがしてみたんですけどなくて、ごみ箱もからになってたので――」

 それで聞きにきてみたんですけど知ってますか、というようにわたしがアラマキのほうをうかがうと、アラマキが言う。

「カードって、どんな」

「え、ああ――、あの、なんていうんでしょう、アニメっぽいイラストが入ってる――、なんていうんでしょう、超上から目線で飼い犬を見下してるような顔付きの――」

「ああ、はいはい」

 腹黒王子様の描写に苦慮するわたしの説明を途中で遮るように、アラマキがうなずいてみせる。

 あ、よかった、話がすぐに通じて。


 それにやっぱり心当たりあるみたいだと、わたしがそう思っていると、アラマキが言う。

「さっき掃除したときに捨てたけど? ごみをごみ箱に捨てることも知らないJKがまた散らかしていきやがったと思って」

 ほらほら、きたよ。

 この喧嘩腰の口調。

 わたしはもう速攻きびすを返して帰りたくなった。


 でもかろうじてわたしは踏みとどまった。こいつとやりとりするしかカードを取り戻す方法はない。ほかの駅員さんいないみたいだし。 

 それにいまは腹を立てるよりもトレカの行方を聞き出すほうが先決。

「そのごみ、どうしたんですか」

 わたしが聞くと、制服の上着は着てなくて半そでの開襟シャツ姿のアラマキがこたえる。

「まとめて捨てた。ホームとかほかのごみといっしょに」

「もしかして、もう収拾車が持ってっちゃったんですか」

 それだともうどうしようもない。


 思わず勢いこんでたずねたわたしに、

「いや、ごみ取りに来んのは朝。まだそこ」

 と、駅務室の裏手のほうをあごをしゃくってアラマキが答える。

 それを聞いて、わたしはちょっとほっとした。それから、きいた。

「さがしたいんですけど、いいですか」

「ハァ?」

 こいつなに言ってやがんの、という顔でアラマキはたずねかえしたあと、

「だめに決まってんだろ」

 常識で考えていただきたいんですが、と嫌味たらしくそこだけ丁寧な口ぶりで言ってくる。

 そして椅子から立つと、歩いてきて、わたしの真正面に立つ。小顔で、塩顔で、背が高い。百八十くらいある。シャツの胸ポケットに「荒牧」と名札がついている。


「せっかくまとめたごみをばらされるとかマジ勘弁なんだけど。――ま、ばらしたもんは当然そっちできっちりあとでもどすにしても、女子高生に駅のごみ漁らせたとか、もし何かあったら俺の責任問題だろが」

 口は悪いがアラマキの立場としては至極正論と思われることをぶつけられ、わたしは返すことばもなく沈黙した。


「ほら、わかったら学生はさっさと帰れ」

 アラマキの言葉に、しかしわたしはうなずかない。言い返す。

「でもわたしのカードを落し物として保管せず勝手にごみと判断して勝手に捨てたのは、あなたの落ち度ですよね」

 のどから声を押し出すようにして、そう言った。

 アラマキがふてぶてしい表情でわたしを見返す。わたしもアラマキを見返す。意地。

 視線がぶつかり合う。


 そんな一瞬の攻防の後。

 アラマキは壁にかけてある時計をちらっと見上げると、すこし思案するような表情をして、それから言った。

「しゃーねぇな」

 ひとつ大きくため息をつくと、わたしの肩をどかすようにしてアラマキは改札に出て、

「来い」

 それだけ言って、ずんずん歩いていく。わたしは早足でついていった。


 改札を抜けて、ホームへ上がるところを脇に逸れ、外トイレがあるのと同じほうから駅舎の建物の裏手にまわる。

 その地面がむきだしのところを入っていくと、トイレと駅舎、さらに物置や植え込みなんかに囲まれて袋小路のようになった場所に、がらくたや粗大ごみに近いようなものが乱雑に置き放され、あるいは無造作に積み重なっていた。


「ほら、それ。きょうのごみ」

 アラマキが言って指さす。がらくたの小山の一番手前に、ごみでいっぱいになったごみ袋が三つくらいあった。

 こんな場所まで収集車が入ってくるわけはないから、適当な頃合を見て表に出すのだろう。


「たぶんこれだろ、待合室のは。まあ、ほかのところのごみもまとめてあっから混じってるとは思うが」

 半透明のごみ袋のひとつを軽く透かし見て、アラマキが言う。

「ありがとうございます」

 わたしは言った。一応、ちゃんと。

 どの程度かはわからないが、アラマキが譲歩してくれたのはわかった。


「終わったらきっちり元通りにしとけよ」

 おまえの礼なんかもらってもうれしくもない、というようにアラマキは言う。

「あと、終わったら俺に報告しにこい。チェックするから。それから帰れ」

 いま俺ひとりだけだからここでいちいち見張ってられねえし、とアラマキは言って、

「勝手に帰ったりしたら、今度見つけたときにしばきたおすぞ」

 と、冗談とも思えない顔でそんなことを言った。


 それから、思いついたように、

「そうだ、かばん預かっとくか。帰るときに返してやっから」

 アラマキが手を差し出してきて、わたしはちょっと抵抗は感じないでもなかったが、結局かばんを渡した。人質。信用ゼロ。まあ仕方ない。


「ほれ、これ」

 アラマキがグレーの駅員さん制服ズボンの腰ポケットに手を突っ込むと、くしゃくしゃになったビニールみたいなのを取りだして、放るようにわたしに渡した。

 見ると、使い捨ての透明のビニール手袋だった。

 酔っぱらいのゲロ掃除したりいろいろなことがあるだろうから、いつも持ち歩いてるんだろう。

「素手よりは全然マシだろ」

 アラマキが言う。

 でもそれは、わたしを気遣ってというよりはやっぱり、何かあったら面倒だからというそこのところだけだろう。


「じゃ、そゆことで」

 一通り注意だけたれるともうさっさとアラマキは消え、わたしひとりがその場に残された。

 駅務室のちょうど裏手に当たると思うのだけど、窓がない側なので、辺りは暗い。駅舎とは独立して外に作られているトイレの小窓から洩れる明かりだけが頼りだった。


 わたしはさっそく、ビニール手袋をはめた。

 たぶんこれだとアラマキが言っていたごみ袋の口をほどいてあける。

 とりあえずまずは中をのぞく。敵情視察くらいの感じで。

 紙パックのジュースとか、アイスの棒とか、湿った吸殻とか、紙くずとか、ティッシュとか、その他もろもろの燃えるごみ。


 袋のなかに手を突っ込み、ごみをさがしはじめてすぐ、「あ、しまった。携帯かばんのなかじゃん」とそのことに気づいた。おかあさんが電話かけてくるかもしれないのに。でも時すでに遅し。携帯とりにもどるためだけにまたアラマキのところに言いにいくのもめんどくさいしいや。さっさとさがしちゃおう。


 しゃがみこんだ姿勢で軽くごみをかきわけるようにしてさがす。

 軽くがさがさやってみたけど、腹黒王子は見つからない。もっと下のほうだろうか。

 さらに深く腕をつっこんでさがす。


 脚がかゆい。何箇所も。

 ぜったい蚊にくわれた。


 黙々とごみをあさりながらそんなことを考えていた、まさにそのとき。

「お」

 わたしはきらりと目を光らせると、待ちに待っていたカードを引き当てたかのように、ごみ袋から腕を勢いよく抜き取った。その手のなかには、紛うことなき、ペット扱いのヒロインを超上から目線で見下す腹黒王子様のカード。

 特に汚れた様子もないし、折れ曲がったりやぶれたりもしていない。ごみのなかに埋もれていたのに、これはかなりラッキー。

 わざわざこんなものを駅員に頼んでまで必死にさがしていたわたし。

 でもよかった、見つかって。


 わたしはカードをポケットにしまうと、脱いだ手袋もいっしょに放りこんだごみ袋の口を結び直して、また元の場所にもどした。

 外トイレで手を洗ってから改札のほうにもどる。

 改札から駅務室をのぞきこむ。


「ただいまもどりましたー」

 中にそう声をかけると、受話器を持って電話で話しているアラマキがこっちを振り向いた。

「――ええ」「――はい」とかこっちを見ながらアラマキは電話にうなずく。

 なにか仕事の電話中らしい。

 おかげさまで無事見つかりましたー、というようにわたしはトレカをアラマキに軽く掲げて見せる。

 すると、アラマキが受話器を一瞬手でふさぎ、

「いま手ぇ放せないから、自分でかばん持ってけ」

 それだけ言って、壁際の机の上に置いてあるわたしのかばんをあごでしゃくって示すと、またすぐ電話にもどった。


 あれ? あとでチェックするとか言ってたのに。

 もう帰っていいんだ。

 じゃ、お言葉に甘えて。

 このままさっさと帰らせていただきます。


 わたしは一段高くなった駅務室に入り、かばんのところまで行く。

 駅務室ははじめて入るから、ちょっと新鮮。

 いかにも駅員さんが仕事する場所って感じ。いろいろなものがあって多少ごちゃごちゃはしてるけど、全体に飾り気がない。女っ気がない感じ。


 さて帰りますか、とわたしがかばんを持とうとしたとき。

 かばんのなかの携帯が鳴った。

 きっと、おかあさんからだ。いつもの時間に帰ってこないから。

 その場であわてて携帯をかばんから出して着信を見ると、やっぱりおかあさんだった。


「もしもし」

 わたしが電話にでると、

 ――あ、かなえ? やっと出た。

 何回かけても出ないんだから、とあきれた声でおかあさんが言う。

「ごめんごめん、ちょっと携帯から離れてて」

 あやまりながらわたしがそうこたえると、おかあさんがきく。

 ――あんた、いまどこいんの?

「まだ駅」

 ――え、そうなの?

「ちょっといろいろありまして、これが」

 ――とにかく、もう晩ごはんだし、早く帰ってき――……

 と、そこで急に電話に砂嵐のようなノイズが入りだした。おかあさんの声がまったくきこえなくなる。


「おかあさん?」

 聞こえる? とつづけて呼びかける間もなく、すぐに電話が切れる。

 電波が悪いのかと思い、ふとアラマキのほうを見ると、おかしなことに、アラマキも訝しげな顔つきで手にした受話器を見つめていた。

 おかあさんとの電話が切れるまで、アラマキも何か仕事の電話で話していたのは視界の端に見えていた。

 ……ふたり同時に電話が切れた?

 アラマキのほうは固定回線の電話だから電波の問題は考えられない。


 奇妙なことだとは思いながらも、とりあえずはおかあさんにかけ直そうとしたとき、

「おい」

 と、アラマキの声がした。そのいくらか緊張した声の調子に、わたしがアラマキの視線を追うと。


 窓の外が、明るかった。

 夜なのに。


 同時に、地鳴りに似た、不穏な空気の振動が駅務室全体をふるわせた。

 地震、とすぐさま身構えたけれど、でも足元は揺れたりしていない。空気だけが、しつけられ、鳴動している。――とにかく、なにかが起きている。

 わたしとアラマキはほとんど同時に窓に駆け寄る。

 そして、わたしたちは目にした。


 映画なんかで見たことのある蒸気機関車、と瞬時に判別できるくらいにもうそれは窓の外を見上げるわたしの目に映っていた。

凄まじい勢いで大気圏に突入してきた彗星のように、真正面に見えている機関車の鼻面を中心にして、いたるところから尾を曳くように蒸気を発しながらそれが空から地上に、こっちに向かって突っ込んでくる。まるでわたしたちめがけて突進してくるかのように。


 車体全体が灼熱した黄金色の蒸気機関車。到底、普通の電車や汽車の大きさじゃない。そらはしる巨大な機関車が墜ちてくる――。


「ちょっ」

 ここにはあんたが停車したり不時着できるようなホームは――。


 狼狽したわたしの思考もそこまでだった。死の瞬間そのもののように見開かれたわたしの眼は、燃え盛る黄金色に埋め尽くされた。



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