地上へ
マリスは頭いいけど抜けている設定です。
お姫様と王子様は結ばれる。
ほとんどのおとぎ話がそうであり、そうでなくてはならない。
けれど人魚姫だけは違って……私はなぜか無性に、その話に惹かれた。
私は今年で十六歳になる。
この海の……魔族の世界では十六歳といったらもう成人だ。
そして私はこの都の王家の長女であり、成人となったら結婚させられる。
魔法使いの国では昔から、王族は成人したらその年に結婚しなくてはならないしきたりがあるのだ。
こんなしきたりはおかしいの、そんな事はわかっている。
けれど、何にでもしきたりには意味がある。
破ってはいけない。
幸い、結婚相手は余程のことがない限り自由に選べる。
けれどそれも十五歳までに決めなくてはいけない。
十六歳になっても相手がいない場合は、親の決めた相手と結婚する。
これが王家のしきたり。
そして今日、お父様に訊かれてしまったのだ。
「マリス、お前は心に決めた相手は、いるのか?」
魔法使いにとって結婚は子孫を残すための手段であり、愛などあってもなくても構わない。
もともと魔族には感情が人間より発達していないようで、人間のように簡単に情に流されたりはしない。
愛などとは面倒なものだと、ずっと聴かされてきた。
それなのに。
……それだけれど、それはいきなり聞かれては私にとっても少しびっくりする話。
「いきなり……どうされたのですか?」
でも。
「いないのなら、そろそろ相手を探さなくてはいけないからな」
「……そう、ですか」
愛……って、なんだろう。
その時ふと、思ってしまった。
「あの……人間の世界に、少しだけ……行ってきてもいいでしょうか?」
「珍しいな。お前は人間の世界に行くのを嫌がっていたじゃないか」
それは、人間は魔法使いが嫌いだから……嫌われていると分かっているのにわざわざ行こうだなんて、用もないのに面倒なだけ。
「気が、変わっただけです」
そう、少しだけ地上の人間に興味がわいただけ……
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「マ……様……マリス様!!」
「え、あ……ごめんなさい、ちょっとぼーっとしてたみたい、何?」
お父様と話していた時のことを思い出していると、おもわず考え込んでしまっていた。
「大丈夫でございますか?……ですから、いつ行かれるのでしょうか?」
「あら、もういくわ」
「……夜ですよ」
「そうよ、夜よ」
「お言葉ですが、人間が主に行動しているのは昼間です」
「……そうなの?」
知らなかった……
「はい。夜にはほとんどの人間は寝ています」
「こんな素敵な夜に、寝ているの?」
「はい」
月がこんなに美しい時間帯に寝ているなんて……それに魔法薬だって、月光の元のほうが素晴らしい出来になるのに。
「はぁ……人間ってよくわからないわね」
「人間は魔法薬を作れませんからね」
「え?な、なんでわかって……」
「お顔に出ていらっしゃいましたよ」
ミルズは時々、鋭すぎると思う。
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朝は嫌い。
少しずつ海面へと近づくにつれて差し込む光は、海底の暗さに慣れたこの目には眩しすぎた。
「で、どうしてあなたがいるのかしら?」
私が陸へ向かっていると、ミルズが当然のようについてきた。
「マリス様のお目付け役でございますからね」
だからといって、陸にまで着いてくることはないと思う。
「必要ないわ」
「あなたは陸に行かれるのは初めてでいらっしゃるでしょう」
「初めてではないわ、昔……父に連れて行ってもらった事があるもの」
それは本当のことだったけれど、細かくは憶えてはいない。記憶がとことどころ欠けているのだ。
理由はたぶん父、つまり王のせいだと私は思っている。
陸に行って、とっても楽しかった。それは憶えているけれど、でも、とても怖くて……寂しい思いもした。
それが何かは思い出せないけれど……
陸は怖くて寂しいところ。
だから今まで陸には近づかなかった、近づけなかった。
今だって、どうしてわざわざ陸に行くのか自分でもよくわからない。
「陸に上がられるのは初めてでなくとも、お一人で行かれるのは初めてでしょう」
その通りだ。
けれどだからといって、どこへ行くのにも付いて来られるというのも、いつまでも子供扱いされているようでなんだかしゃくだ..
「平気よ!私はもう十五歳なのよ」
「左様でございますね、もう十五歳でいらっしゃいます。けれどあなたは、まだ子供です」
昔からミルズはこうだ。
馬鹿にしているのではないと思うけれど、言葉に棘がある時がある。
あそこは深い海の底、魔法使いの国。
やさしくて甘い人なんてここにはいない。
いてはならない国、なのにミルズは多少..いやかなり過保護だ
「……子供かもしれないわ、でもたまには一人で、」
一人で行くと言おうとしたけど、言えなかった。
ミルズの目が、これ以上手を焼かせるなと言っていた。
彼が怒ると怖いのは知っている……敵に回したくはない人物のうちの一人だ。
「……わかったわ。でも、邪魔はしないでよね」
彼は……ミルズは私が十の時にいきなり現れて、私のお目付け役になった。
彼はよく魚に変身している。
人型の時はとても美しい。魚の時も目を見張る美しさがあるけれど、人型をとるとそれはますます輝いて見える。
「滅相もございません、マリス様のお邪魔など……死んでも致しませんよ」
こうして私は……私たちは陸へと向かった。
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「っ眩しいわ……」
「当たり前です、ここは陸なのですからね」
陸に上がれば、じかに身に降り注ぐ太陽が目を灼いた。
深海ではこんなに光はない。別に明るいのは嫌いじゃないけれど、眩しいのは好きじゃない。
「……そうね、どこへ行きましょうか」
「決めておいでではなかったのですか?」
「あら、何か不都合があるかしら」
「いいえ、マリス様らしいですよ。ですがその前に、服装を変えたほうがよろしいでしょうね」
「服?別に汚れてないわよ」
私たちの服は海の中でも濡れない。作るときにそういう魔法がかけられているから。
だから当然、今来ている服も濡れてなどいないし、ましてや来る前に着替えてきたのだから、汚れているはずもない。
「そういう問題ではございません。明らかに服装が浮いていますし、万が一にでも水をかぶってしまった時に、服がまったく濡れていないとなると不自然です」
「なるほどね?でも私お金持ってないわよ、魔法で作るのなら」
人間のお金など持っているわけもなく。
「陸で不用意に魔法を使わないようにして下さい。もしも正体が露見すれば、どういった事になるかお分かりですか?」
「知ってるわよ。でも私がそんなヘマなんてするわけ、」
私はこれでも優秀な魔法使いで、そんな下手な事をするわけがない。
けれど。
ミルズの眼が笑っていないのを見た途端、そんなことを言っていられなくなった。
だって、怖いし。
「……じゃあ、どうすればいいのよ」
「そうですね。では、」
「分かったわ!カツアゲね!?」
「……カツアゲ?」
「ええそうよ!違ったかしら……?じゃあ、スリ?」
「……スリ?」
「もう!ミルズったら人間界の事、全っ然知らないのね。いい?人間はお金に困ったらスリやカツアゲ、あとは泥棒なんてことをしてお金を奪うのよ?」
これは昔、よく海へ来る知り合いの魔法使いに聞いた話だ。
こんな事も知らないだなんて、ミルズは……
「マリス様、お言葉ですが……その知識は間違っていらっしゃいます」
「な、そんなはずは……」
だって、スリとかカツアゲをするって言っていたもの!
「よろしいですか?それは間違った情報です。カツアゲやスリは犯罪なのですよ」
「犯罪?どうして?カツアゲって、強い者が弱い者から金目の物を奪うことでしょう、それの何がいけないのかしら」
「常識的に、誰かが誰かから何かを奪う事は、してはいけない事とされているのです」
……人間の世界って変ね。
強い者が弱い者からものを奪って、何がいけないというのかしら。
そんなのは弱いのがいけないんだもの。
それが嫌なら、強くなればいいじゃない。
魔法の国では取引はもちろんするけどそれは対等だとみとめたた相手にのみ
弱いものは強いものに逆らわない、いやなら誰ともつきあわず一人で過ごせばいいだけ
「ああ、でもミルズ?スリなら……」
「いけません。今回は私の持っているお金でことが足ります、お召物も用意しておきました。どうぞ、そのような真似は決してなさらないで下さい」
というか、あの子は嘘を教えてくれていたのね。今度会ったらただじゃ……
とういうかなんで用意周到なのよ、完璧すぎるとむかつく
「な、なんで人間の金銭なんて持っているのよ、ずるいわ!それに全部用意してあるのなら、最初っから出しなさいよ!」
「私もまさか、マリス様が何もご用意していらっしゃらないとは思わなかったものですから」
なぁ!?
それって、私が不用意っていうこと? 従者のくせに無礼きわまりないわね
「わ、私はあなたが用意してくれてると思って何も用意しなかったのよ。従者のくせに、それくらい察したらどうなのかしら?」
「左様でございましたか、申し訳ありません。どうかご容赦を」
は、腹立つっ!!
次は町の中に入ります