苦労人な第一皇女
「どうして人間ってああも醜いのでしょう!私、同じ人間としてどうかと思いますわ!」
「まあまあ、これでも飲めって」
「マスター、彼女は酒にあまり強くないので、あまり飲ませないように」
「わかった」
人間の領土内における最大規模の王「国、ヴァール王国が第一皇女ミーミル・ヴァン・ヴァールは魔王城のシヴァの自室にてシヴァに愚痴をこぼしていた。
ミーミルは皇女の名に恥じない美貌の持ち主で輝く金の髪に、綺麗な顔。
体はなめらかな線を上から下へと描いている。
なぜ、対立しているはずの魔族の王と人間側のお姫様が仲良くお話をしているかというと、端的に言えば、ミーミルがシヴァに惚れているのだ。
「私は勇者など何百人もいますが、全くもって無意味だと思うのです!なのにお父様ときたら、無駄に国民から搾り取った税金を彼らの武装なんかにつぎ込んで、無駄遣いにもほどがありますでしょうに!」
「まったくです。結局はマスターに屠られる運命だというのに。武装程度で実力差が埋まったら苦労はしませんよ」
「これまでの勇者の敗北記録を見れば無意味だと気づくはずですのに、我が父ながら呆れを通り越して、哀れみを抱きますわ」
「まあまあ、だから俺がこうやってバランスをとるためにやってるんだろ?」
シヴァの仕事とは、人間と魔族の均衡を保つことである。
最近では、異世界からのチート持ちの勇者召喚などザラに発生している。
それにより、人間と魔族の実力のバランスが崩れてしまうのを防ぐために、適度に勇者狩りを行っている。
勇者狩りと言っても、魔王城に来た勇者を勇者のチート性能を超えるチートで屠る簡単なお仕事なのだが、そこは大きな問題ではないだろう。
「先日もお父様は異世界から勇者を召喚されたようで、また気持ち悪いナルシストな男に言い寄られましたわ。私はシヴァ様にしか興味がないというのに」
「まあ、勇者って言ったら古来よりお姫様とくっつく運命みたいな感じだからな。仕方ないさ」
「そもそも、その風習がおかしいのですわ!お父様は『あの勇者が魔王を倒したら結婚させてやるぞ!』なんて言うのです!これっぽっちも嬉しくないというのに!」
グビグビとワイングラスを傾けながらも次々に自らの父の悪口を吐き出すミーミル。
これだけでも、普段どれだけ彼女が苦労しているかが読み取れる。
「マスターに敵うわけないのですから、ミーミルとの結婚条件がマスターを倒すことなら、ミーミルは生涯独身ですね」
「そこ!そこが重要なのですわ!私とて乙女、結婚に憧れる気持ちは強いのです。ですが、勇者はキモい、上級貴族は論外、他の国の皇族との結婚も嫌。すると、私、生涯独身を貫くことになるのです!あ・り・え・ま・せ・ん!」
ミーミルがワイングラスを傾ける頻度がどんどんと上がっていく。
それに伴い顔も徐々に赤く。
「み、ミーミル?気持ちは分かったから、そろそろ酒は控えた方がーー」
「こんなの、飲まなきゃやってられませんわ!」
シヴァがそろそろ止めた方がと声をかけるも、拒否の声。
普段は皇族なので、こんなにも愚痴をこぼしながら酒を飲める機会なんてないので、ここでガッツリと飲んでおきたいのだろう。
その意志をなんとなく汲み取ったシヴァはとことん付き合うことにした。
新しいワインボトルを開け、ミーミルのグラスへ。
「マスター、よろしいので?」
「ヴァール王国へは後で俺が転移魔法で届けておくよ」
「あー、シヴァ様のその優しさ、身に染みますわ!やはり私と結婚しません?」
「流石に、対立してる種族のトップ二人がいきなり結婚ってのはマズイだろ」
「ですわよねー、今この時ほど自分の境遇を恨んだ日はありませんわ」
シヴァは結婚しないとは言っていない。
だが、それには酒が回ってきた所為なのかミーミルが気がつくことはなかった。
「それにしても勇者は酷すぎますわ!なんなんですの?あのナルシストだったり全く話を聞かなかったり、馴れ馴れしく話しかけてきたり!勇者なんてお呼びじゃないんですのよぉ!」
「おい、そろそろ自粛して酒は止めた方がーー」
「シヴァ様まで私に死ねとおっしゃるのですか?」
「酒をやめろって言ってるだけだろ!?」
もはや自分で何を言ってるかすら分かっていないミーミル。
本来なら、このまま酔い潰れる。
だが、ミーミルは普通ではない。
王族特有の圧倒的な魔力の保有量と、魔法の適正。
「『解毒』ふぅ、危ないところでしたわ。意識が飛ぶ前に出来てよかったですわ」
アルコールなどの毒素など、片手間程度で解毒できる。
「あー、そうだったな。ミーミル、魔法のエキスパートだったもんな」
ミーミルもまた、この世界において圧倒的な実力を誇る、戦う皇女なのだった。
「ふぅ、申し訳ございませんでしたシヴァ様。酔っ払って愚痴をこぼしてしまい…」
「いいよ、ミーミルも苦労してるんだろ?酒は本音を引き出すからな。俺が力になってやるからさ、あんま一人で背負いこむなよ?」
「………これだからシヴァ様の周りには女が集まるのですわ」
「激しく同意いたします」
シヴァの無自覚女誑しの言動に呆れるミーミルとアルナ。
シヴァは首をかしげて話を理解できていない様子。
「さて、私はそろそろ帰ります。シヴァ様、勿論送っていただけるのですよね?」
「ああ、今から転移をーー」
「転移魔法じゃなくて、飛行魔法で送っていただけます?」
「え?まあ、良いけど」
「ありがとうございます。では、アルナさん、御機嫌よう」
「ええ、またいらしてください。ミーミルなら歓迎します」
珍しくシヴァを取り巻く女性に友好的なアルナ。
それはミーミルがただ単にシヴァにくっつくだけではなく、それなりに苦労しているからこその言葉だった。
上空にて、俗に言うお姫様抱っこの状態でミーミルはシヴァにヴァール王国へと帰ろうとしていた。
「そういえばミーミル、どうやって魔王城まで一人で来たんだ?第一皇女ともなれば外出にも一苦労だろ?」
「ああ、それは分身魔法で、ダミーを置いてきましたから」
「何その才能の無駄遣い」
「いいのですわ。姫とは、お転婆なものでしょう?」
ニヤリとシヴァに微笑むミーミル。
それに反応してシヴァも一言。
「どこまでも貴女を連れて行きますよ、姫」
「本当なら勇者のセリフですのに、魔王が言ってはお伽話のセリフも形無しですわね」
「いいじゃないか、今時王道なんてほんの一握り。今は邪道が主流だろう?」
「私をいつか本当に王国から連れ出してくださいますか?」
先程のように冗談交じりにではなく、今度は真剣な雰囲気でシヴァに尋ねる。
だがら、その質問に対して、シヴァは苦い顔をする。
「今は、無理だな。この必死にバランスを取り合ってる状況じゃあ」
「いつか、で構いませんわ。何時までもお待ちしておりますわ。私の魔王様?」
悲しそうな顔をするわけでもなく、心底シヴァを信頼した様子で、ミーミルは言った。
「………いつか必ず、お前を攫ってやるよ」
シヴァの顔はお伽話の勇者のような顔ではなく、立派な悪の大ボス、魔王の顔つきだった。
(ああ、私はこの顔に、惚れたのですわね。普段の優しい様子と、たまに見せる魔王としての気迫。癖になってしまいそう)
禁断の恋。
今時流行りそうもない物語。
だが、この二人ならば、また違った道筋を辿り、終わりを迎えるのかもしれない。