対等な魔女
早朝、シヴァの自室にアルナはシヴァを起こすため入室。
シヴァの寝顔を堪能してからシヴァに言葉をかける。
「マスター、本日はネヴィス様がいらっしゃる予定になっておりますので、そろそろお着替えください」
「…ああ、そうだったな。わかった」
シヴァは未だに重い瞼を擦りながらも返事を返すと、アルナを部屋の外に出し、寝巻きから着替える。
「ネヴィが来るのかー」
うんうん、と頷いてその言葉をしっかり噛みしめるようにするシヴァ。
「………ん?ネヴィが来るのか!?」
急に驚いた声をだすシヴァ。
やはり寝ぼけてアルナの報告の意味を理解するのに時間がかかったようだ。
「アルナ!」
「はい、なんでしょうかマスター」
シヴァは素早く着替えると部屋の外にいるアルナを呼びつける。
「本当にネヴィが来るのか!?」
「はい。ネヴィス様が本日お訪ねになるとの事なので、マスターの予定を開けておくようにと申し付けられました」
「俺知らないよ!?」
「聞かれなかったら言わなくていいとの事でしたので」
「やられた!!」
「どうかなさいましたか?」
アルナはディンがなぜこうも焦っているのかが分からないようだ。
「そうだったな、アルナは直接ネヴィに会ったことなかったな」
「はい。お話は伺ったことはあるのですが…」
「どんな?」
「とてもお綺麗で、性格もよろしいとか」
あー、とシヴァは何かを考えながら声を出す。
「ネヴィは俺にだけ怖いんだ」
「怖い?」
「愛が重い」
普段からアルナやらルティアやらの愛を一身に受け止めているシヴァに愛が思いと言わしめる程である。
シヴァはアルナやルティアの愛も常々重いとは思っているのだが、ネヴィスは輪をかけて重いらしい。
「監禁とかされないだけマシなのかなぁ」
遠い目をしながらシヴァはそう呟いた。
主のこんな姿を見てしまったアルナ従者としてマスターを守らなければ!そう思い、ネヴィスを迎え入れる。
シヴァを自室で待たせ、アルナは一足先に城門にて待つネヴィスと対面した。
「こんにちは。この度は私の我儘により、シヴァ様との謁見の時間を下さり、ありがとうございます。これはつまらないものですが、どうぞお納め下さい」
腰ほどまである長く癖のある髪。
見るものを惹きつける美貌とスタイル。
服装はいかにも物語に出てくるような魔女そのもので、黒のとんがり帽子とローブ。
物腰は柔らかく、声音も優しい。
礼儀正しく、手土産も忘れない。
主であるシヴァの言葉を無視するわけではないが、少なくともアルナには、ネヴィスは怖いなどという言葉で形容するには似つかわしくなかった。
「では、マスターが待つお部屋までご案内いたします」
「よろしくお願いします」
互いに敬語、だが、アルナには客人に敬語を使われるようなことが少しばかり気に食わなかったようで、ネヴィスに進言する。
「ネヴィス様、私はマスターの従者にございます。であれば、マスターの客人であるネヴィス様とマスターの立場は対等と言っても差し支えありません。ですので、私には敬語など使わなくても結構です」
アルナには言葉にしたものとは他に、もう一つ狙いがあった。
アルナが下手にで続けた場合、ネヴィスは高圧的な態度に様変わりするか否かを確認したかったのだ。
表ではよく振舞っていても裏では、なんてことはよくあることだ。
現在はシヴァの目はなく、ネヴィスとアルナの二人だけ。
ならば、アルナ一人に多少高圧的な態度をとったとしても、アルナがシヴァに告げ口をしない限りは、シヴァの耳に入ることはない。
つまり、この状況ならネヴィスは素に戻ることが出来るのだ。
「あら、そう?じゃあ、敬語は外すわね。それにしても、シヴァにこんな有能な従者がいるなんてね。……私のところに来ない?給金は高くするわよ?」
「いえ、私はマスターに、金ではなく忠誠心から仕えておりますゆえ、その様なご提案はお断りさせて頂きます」
アルナの考えていたような、ネヴィスが腹黒い状態になることはなく、それどころか、アルナを自分の元に来ないかと勧誘をしてきた。
それは、懐の大きさなのか何なのか、アルナにはわからなかった。
シヴァに長年仕えてきたアルナだが、このネヴィスという女には毎度都合が悪く、会うことがなかった。
それ故に、アルナはネヴィスの事を執拗に警戒していた。
「この部屋でマスターはお待ちです」
ネヴィスを客間の前まで案内すると、コンコンコン、とアルナは三度戸を叩く。
「マスター、ネヴィス様をお連れいたしました」
「入れ」
「失礼します」
珍しく?しっかりとした主従関係を示すような行動をする二人。
普段は仲のいい友人とも言えるようなやり取りをしているシヴァとアルナだが、客の前でまでそんなことをするほど馬鹿ではない。
特に、アルナの場合、ネヴィスがシヴァとどのような関係なのか深く知らないので、迂闊なことをして、主であるシヴァの評価を下げるわけにはいかないのだ。
しっかりと従者モードに自分を切り替えてからガチャリと客間の戸をアルナは開ける。
「久しぶりね、シヴァ。何年ぶりかしら?」
「数十年会ってないはずだ」
アルナは二人の関係性に驚いた。
互いにそんなに長い期間会っていなくとも、二人の間には自分とは違う信頼関係というものがはっきりとアルナには見えた。
「で?私との結婚の話は?」
「…………い、いきなりそれか?も、もっと積もる話がーー」
「いいえ、まずはこれからよ」
そして、この二人からどんなすごい話題が話されるのだろうと少しワクワクしていたアルナはいきなりぶっ飛んだ話題を耳にして驚愕した。
「え、ちょ、ま、マスター!今のお話は!?」
「えっとーー」
シヴァがなんとか誤魔化そうと口を開こうとしたのをネヴィスが遮る。
「私が告白して、返事待ちよ」
「まあ、そうだ」
「そ、そうでしたか」
その程度の話であれば、シヴァが受けるはずもないので、アルナはホッする。
「だ、だからなぁ、前も言ったが、俺は結婚する気なんてーー」
「別に私は他に妾を作っちゃいけないなんて言うつもりはないわ。私はあなたの道具で構わない。あなたのためだったらなんだってしてあげる。あなたの邪魔になる存在を消してあげる。あなたの愛するものを一緒に愛してあげる。二十四時間三百六十五日、側であなたを支え続けてあげるわ。当然でしょう?私はあなたの側にいるだけでも幸せなの。愛は全くとは言わないけれど、少し向けてくれればそれでいいわ。浮気するな、なんて言わない。それは私に飽きたってことでしょう?私が必要じゃなくなったってことでしょう?いいわよ?あなたが死ねというのなら死ぬし、あなたが私を捨てるのなら甘んじて受け入れるわ。でも、そうじゃないのでしょう?あなたは少なからず私を愛してくれる。ならそれでいいじゃない、あなたは私にほんの少しの愛を向けてくれるだけでいいの。あなたは空いた時間に私を気にかけてくれればいいの。私はあなたの邪魔にはなりたくないから。ね?簡単でしょう?だからこの話、受けてもらえるわよね?」
少しずつネヴィスはシヴァに近寄りながら言葉を発した。
側で控えていたアルナはシヴァの先程の言葉の意味を理解すると同時に絶句。
シヴァに至っては涙目である。
「え、えと」
「何か問題が?」
「あ、ありません!」
魔王が敬語を使う。
シヴァを慕う部下たちが見れば卒倒してしまうような光景だろう。
「じゃあ、私と結婚ーー」
「でも、ちょっと待ってくれ」
「どうして?」
「ネヴィの他にも答えを出さなきゃいけない人がいる。その人達を放って、ネヴィにだけ答えを出すわけにはいかない」
はっきりと、シヴァはそう言った。
答えを出さなければいけない人達。
アルナにな心当たりが幾つかあったし、アルナ自身もそれに含まれていると知っている。
「そう。シヴァがそういう人なのは知っていたわ。ただ、私が忘れられてないか心配だったの。分かってくれる?」
「ああ。元々は俺がすぐに答えを出せないからいけないんだ。ネヴィの事を忘れるなんて、そんな事あるわけないだろ?」
「よかった。それを聞けただけでも今日はいいわ。じゃあね」
ズズズっと、空間に黒い歪みができ、その中にネヴィスは消えていった。
「なっ!?な、なんですか?今のは」
「ネヴィ得意の空間魔法。時空を自由に操れるなんて、チートにもほどがあるよなぁ」
確かに能力も厄介だけれど、一番はあの病的なまでのシヴァへの愛の伝え方ではないかとアルナは思った。
今回の更新を境に、今書いている新作に集中したいため、この作品は更新停止とさせていただきます。
申し訳ございません。