しっかり者の側近
ほのぼの。
執務室でカリカリと音がする。
部屋では机の上に体力の書類がいくつも積んである。
山のような書類。
その机に向かってペンを黙々と動かしている人影が一つ。
魔王シヴァの側近、アルナである。
アルナの仕事は多様である。
現在のように書類仕事から始まり、家事、魔王の護衛など魔王城において最も働いている人物と言っても過言ではない。
たくさんの書類の割りには働いている人数はアルナ一人しかいない。
しかも長時間仕事をしているのにも関わらず、ペンの速度は仕事を始めた時から全く落ちていない。
有能の一言に尽きる。
すると、アルナのペンが止まると腕を上に上げ、伸びをする。
「ふう、終わった。マスターも書類仕事を手伝ってくれれば楽なのですが…」
シヴァは書類仕事ができないのではない。しないだけなのである。
魔王が仕事が出来なくて魔王を名乗れるわけもない。魔王城において、最も有能なのはシヴァである。
だが、シヴァは勇者との戦闘以外の仕事は、ほぼ部下に丸投げしているのである。その勇者は頻繁にやってくるのでシヴァの仕事は決して少ないわけではなく、むしろ多い部類に入る。
「まあ、マスターはいつもお忙しそうなので仕方がないといえば仕方がないのですが」
今シヴァはベッドでスヤスヤと眠っているので、いつもは忙しくはない。
「さて、次は頻繁に襲来する勇者の数の減少を目的とした政策の提案ですか…この前マスターがおっしゃっていたことではないですか。アレ、本気だったんですね」
シヴァなら危なげなく勇者を圧倒できるのだが、シヴァとて好き好んで人殺しをしているわけではない。
なるべく殺傷の類をしたくないというのがシヴァの方針であった。
部下もそれに賛同している。
人間等を襲っているのはシヴァの管轄から離れた、はぐれの魔物達。
シヴァの部下たちは人間の騎士のように魔王城を守りつつも、毎日鍛錬を欠かさないという真面目っぷりである。
そうなるまでにシヴァやアルナがかなり苦労したのだが、それはまた別の話だろう。
「そんなに勇者を寄せ付けたくないのならレベルの高い幻覚などでこちらに辿り着けないようにすればいいと思うのですが…」
魔王城に物理的に辿り着けなくする。それはシヴァは禁止している。
頑張ればこの城に辿り着けるという希望を残しておかなければならないと、シヴァが部下に言い聞かせているのだ。
「まあ、これは保留でいいですね。もう深夜ですか。そろそろマスターが夜食が食べたいと言って起きてこられる頃ですね。何か作っておきましょう」
本来ならば寝つきのいいシヴァなのだが、勇者を倒した日だけは体力を消費したのか夜中に起きてきて夜食を取るのだ。
それを理解しているアルナは腹に溜まりつつもあまり油の使用しないものを作ろうと調理場に向かう。
「ふむ、食材も残り少ないですね。街に買い出しに行かなければ。今日はお茶漬けとかでいいでしょう。食材もないですし、これで我慢してもらわなければ」
アルナは冷蔵庫から焼き魚を取り出すと、箸でほぐし始めた。
ただのお茶漬けでは味気ないので、冷蔵庫に残っていた物を使用するのだ。
ほぐすとフライパンを取り出し醤油とみりんで魚を炒める。
「ふわぁ、アルナーお腹減った」
「少々お待ちください。もう出来ますので」
ほぐした焼き魚を調理の間に用意しておいたお茶漬けの上に乗せ完成。
「マスター、どうぞ」
「サンキュー」
もぐもぐとお茶漬けを文句を言わずに食べる。
(マスター、何か文句でも言うと思っていたのですが…)
余っていた食材を使って適当に作ったので文句の一つや二つ言われると思っていたアルナだったが、文句を言われなかった事に少し驚いていた。
(今日も遅くまで仕事やってたっぽいし、こんなのでも作ってくれるだけありがたいよな)
シヴァもシヴァで何か思うところがあるようだ。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
シヴァが食べ終わると食器を回収しすぐに洗い始める。
といっても、大した物は使っていないのですぐに終わる。
「さて、次はと」
まだ仕事を続けようとするアルナ。
アルナにとっては大したことがない仕事量でもシヴァの目には働き過ぎに見えたようで。
「アルナ。今日はもう寝ろ。仕事は明日、俺も手伝うから」
「ですがマスター」
「あー、なんか眠いな。アルナ一緒に寝ないか?」
「喜んで」
即答であった。
若干シヴァのセリフにかぶるくらい速かった。
「なにをしているのですかマスター。早く寝ましょう」
「分かったよ」
少しでも一緒に寝る時間を伸ばそうとシヴァを急かすアルナ。
シヴァは呆れつつも早足でベッドに向かう。
魔王の私室。
大きな王様が使うようなフカフカのベッドが一つ置いてあるだけの部屋。
「ほら、マスター。もっとくっついて下さい」
「ちょ、ちょっと、何か柔らかいものが当たってるんだが…」
「なに言ってるんですか」
「そ、そうか、気のせいだよな」
「当ててるんですよ」
「やっぱりか!」
お決まりのセリフが言えて嬉しそうなアルナ。
シヴァは口では恥ずかしがってる風を装ってはいるが、内心感触を堪能していたりする。
「もう寝るぞ」
「了解です。と、ところでマスター」
「どうした?」
アルナが少し恥ずかしそうに切り出す。
その顔は珍しいなとシヴァは脳内に保存しておく。
「その、腕枕…していただけないでしょうか?」
顔を赤らめて言うアルナにドキューンとハートを撃ち抜かれたシヴァの幻覚が第三者には見えるくらいの衝撃がシヴァに奔った。
「別にそのくらいならいくらでもしてやるよ」
腕をシヴァが出すと、それにちょこんと頭を乗せるアルナ。
「おやすみ、アルナ」
「お、おやすみなさい。マスター」
♢
翌日、シヴァとアルナは朝から街に繰り出していた。
先日の夜に食材が不足していることに気が付いたので買い出しに来たのだ。
本来ならば部下に適当に行かせるのだがシヴァが、たまには外に出るか。と言ったのでアルナも付いてきたようだ。
「で、なにを買うんだ?」
「はい、まずは市を見回って美味しそうなものがあれば買います。ウチは金には余裕がかなりありますし」
「ああ、勇者の持ってた金を奪ったからな。流石は勇者。金持ちだな」
「本当ですね。金を持って来るのなら勇者が来るのも悪くないと思えたりします」
「お主も悪よのう」
「いえいえ、マスターほどではございませぬ」
世界最強クラスの二人を金の魔力が支配した瞬間であった。
「で、何を買うんだ?」
「何を買いましょう?いつもは目に付いたものを適当に買っているだけですから」
「それであんな美味い飯が出てくるのか!?」
アルナの料理は一流の料理人の舌をも唸らせる程のものなのだ。
だが、その絶品料理ができるまでの過程はすごく適当なのを知れば驚きもするだろう。
「食材選びは適当ですが、調理をする際のマスターへの愛は一日たりとも欠かしたことはありません」
「そ、そうか」
絶品料理の秘訣は愛。
やはり愛の力は絶大なのだ。
「そこの美男美女のカップルさん!ウチの店によっていかないかい?」
そんな二人にとっては日常茶飯事な会話をしつつも街を散策していると、二人は八百屋のおっさんに呼び止められる。
「そ、そんな、夫婦だなんて…まだ結婚もしてないのに」
「誰も夫婦なんて言ってないよ!?飛躍しすぎだから」
「カップルはそのうち夫婦になるんですから似たようなものでしょう?」
「世にはいくつもの破綻したカップルがいるんだぞ?」
「少なくとも私たちならばそうはなりませんけどね」
カップルでもないのに自信満々に言い切るアルナ。
八百屋のおっさんなど置いてけぼりである。
「いいね!その熱い愛情!愛情といえば赤!そんなお二人さんにはこのリンゴはどうだい?新鮮でうまいぞ!」
二人(主にアルナ)が醸し出すピンクなオーラに負けじとグイグイ押してくるおっさん。
商売とはコミュケーションも必要なのだろうが、それでもこのピンクなオーラに突っ込めるおっさんには周りの通行人は賞賛の拍手を心の中で送っていた。
「ふむ、愛の赤とはよく言ったものです。五つほど買いましょう」
「毎度ありっ!」
おっさんの巧みな会話術に乗せられてかリンゴを購入するアルナ。
「適当って、こんな感じなんだ」
「はい、大体こんな感じです」
「それであんなに料理がうまいのか?」
「それは私の料理スキルと愛ですね」
「そうか、やっぱお前の料理スキルはすごいんだな」
「いえ、ほぼ愛の力です」
「そ、そうか」
「では、こんな感じで適当に店を回っていきましょうか」
魔王と、その側近が人間の街で普通に買い物をすませ、適当にお茶をしていると、周りか騒がしくなってくる。
人がざわつき始め、その中心では激しい音が聞こえてくる。
「なんだ?この街の治安は悪いのか?」
「そうでもないという話を聞きましたが」
シヴァとアルナが目をやった先では、見た目がいかにも貴族な感じのイケメンと、傭兵をやっていそうな筋肉質の男が戦闘をしている。
周りのギャラリーはどちらが勝つか賭けをしている。
「喧嘩かな?」
「そのようです。目障りならば私が止めてきますが」
「いいよ、こっちには害はないし大丈夫ーー」
ウワァア!
ギャラリーから歓声が溢れる。
イケメンの方が筋肉質の男を降している姿があった。
「流石、風の勇者様だ!」「このまま魔王も倒してください!」「かっこいいーー!」「勇者様!サインください」」
偶然にも魔王とその側近であるシヴァとアルナの耳にそんな声が届いてしまった。
「害、ありそうですけど……どうします?」
「ここで戦ったら街も破壊するだろ」
「一撃で、頭を潰せば問題ありません」
「街の住人にトラウマが植え付けられるから止めなさい。大人しく帰るぞ」
「了解です」
魔王、自分を脅かすであろう存在の勇者をスルー。
そのまま魔王城に戻ろうとする魔王にあるまじき行為。
それをそのまま、受け入れる側近もだが、魔王の定義をもう一度問いただしたくなるような光景である。
「あいつも城に来んのかぁ」
魔王という立場は敵を多く作る。
魔王という立場なだけで人間は、ほぼ全員敵に回ったとみていいだろう。
「前途多難だな」
「まったくです」
最強を誇る魔王はお疲れなようだ。
だが、その側に仕える有能な側近がいれば全てなんとかなるかもしれないと、シヴァは常々思っている。
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