第九部「義・子・子・談」
命視点。第七部の続きです。
『あなた達の思い出の場所とかを回ってみたら、何かあるんじゃない?』
と言ってもなぁ…………。
「どこに行ったら逢えるの、千鶴…………」
千鶴に話しかけているのか、それともただの独り言か。自分てもよく分からないまま呟き、眠っている千鶴の頭を撫でる。
毎日の習慣、夕方の千鶴への見舞い。
昨日はパラヘヴンに行っててここに来られなかったから、今日は長めにいよう。
……………………そうだ。
千鶴にキスしたら、またあの世界に行って千鶴に会えるんじゃないだろうか。
そう思い立った私は千鶴の上にまたがり、ベッドに手をおいて唇を重ねた。
乾き気味の千鶴の唇が、多少の湿り気を持ち始める。
あ、気持ちいい…………。
私は堪らず、彼女の唇に二回三回とキスを落とす。
欲望が、止まらない。
狂ったように千鶴を求める私は、彼女の病院着を脱がそうと襟元に手を伸ばす。
「辛い、どすなぁ…………?」
「……………………!」
驚いた私は、千鶴の体から飛び退いた。
病室の入り口に立っていたのは、黒い礼服を着た私よりも少し背の高い女性だった。
「だ、誰?」
「身構えんでええよ。ウチはあんたさんの味方やさかい」
「味方…………?」
「そう、味方どす」
私の疑念を打ち払うように繰り返すと、私の足元がほのかに光った。
「それは友好の証どす。ほな、さいなら」
光に気を取られていると、妙な京都弁の女性はいつの間にか居なくなっていた。
光が収まり、私はようやくその光源を確認することができた。
クリートシードリングだ。
ジャンルはヘヴン、名称は『アサガオ』。
クリートシードリングを持っているなんて、あの人は、なにか千鶴のことについて知っているのだろうか?
ふと。
ブブーッブブーッと携帯のバイブ音が、私を思考の渦から現実へと引き戻した。
相手は…………。
…………!
慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし、命です。…………どうしましたか、こんな突然」
『急いで来てほしいそうです…………』
「…………わかりました。二十分、いえ十五分で着くと、お伝えください…………」
◆
息を切らしながらチャイムを鳴らして玄関口の前で待っていると、引き戸を開けて現れたのは千鶴のお母さん。私を見て、少し驚いているようだ。
「早かったのですね…………」
「こんばんは、お義母様。少々走ってきたものでして…………」
「そうですか…………。では、こちらに…………」
「お邪魔します…………」
◆
障子を開けて通されたのは、床の間のある広いお座敷。
奥に座っているのは、千鶴のお父さん。
土下座して、挨拶をする。
「失礼します」
「…………そこに座りなさい」
座るように促されて、手前の座布団に腰を下ろす。
「…………長らくご無沙汰しております、お義父様。今回は、どのような御用件でしょうか?」
「…………ふん。お前に会わせるお方が今日ここに来ている。一応顔合わせをさせておこうと思ってな。くれぐれも、先方の機嫌を損ねるな。できないと言うのなら…………」
「わかっております。約束は、しっかりとお守り致します」
「…………相変わらず気に食わんな。…………どうぞ、お入りください」
そうして入ってきたのは、精悍な顔立ちのスーツの男の人。そしてその従者らしい年配の女性。
「ご紹介します。彼女が、今度の四月からあなた様と娘の付き人として桐代家に新しく入る娘です」
「ほう」
「ご紹介に預かりました、植薙命です」
「何もできない小娘ですが、どうかこき使ってやってください」
「ははは、ご冗談を。しかし、なぜこのような若い娘さんが?」
「なに、望んでやってきた奴ですよ。代わりはいくらでもいます。あなた様が気に入らないのでしたら、代わりの者を…………」
「えっ!?」
あっ…………。
「「「「………………………………」」」」
声、出しちゃった…………。
「…………お義父様、少々席を外していただけますか?」
「えっ…………わかりました」
「ばあやも、すまないが…………」
「かしこまりました。坊っちゃま」
渋々座敷を出ていく千鶴のお父さんと、素直に従う女性。
残されたのは、男の人と私だけ。
「…………さて、ようやく二人きりだね。僕のことは知っているかい?」
「間糸屋公大様ですよね。お伺いしております」
「ああ。しかしお義父様もひどいものだな、これから同じ家で過ごす者に対して小娘とは」
「…………もう、慣れておりますので」
「…………そうか。ところで、君はなにゆえこの家に就こうと? 他に行けるところもあろうに」
「それは…………」
「それは?」
「……………………」
「…………まあいい。婿養子風情が、そんな詮索をするのは不躾というものだ。…………植薙命、だったか。親達が勝手に決めた政略結婚とはいえ、千鶴と、その婿となる僕をこれからよろしく」
「…………よろしくお願いします」
この人に悪意はおそらく無いんだと思う。けれど、なんだかとても屈辱的なことを言われた気がした。
私は千鶴と一緒にいてはいけない。千鶴は男である自分が傍にいてやることで、ようやく幸せになれるんだと。思わず、そんな風に聞こえてしまった。
このまま、千鶴はこの人と結婚してしまうのだろうか? 私は、桐代家に仕える者として、これからも千鶴と接することができるのだろうか?
私は、千鶴の精神的な婚約者だ。
だけど、この人は。
形式とはいえ、千鶴の現実での婚約者だ。
法律上では、私にそれを否定する権利は微塵も無い。
悔しい。悔しくて悔しくて堪らないけれども、それは…………事実なんだ。この世の原理なんだ。
もしも、半年前のあの時に私が千鶴を止められていられれば、千鶴を倒れるまで追い詰めることもなかったのに。
もしも、私が男だったら、千鶴を孕ませて…………できちゃった婚だの授かり婚だの強硬手段を使って千鶴のお父さんに対抗することもできたのに。
もしも、私に千鶴と駆け落ちできるほどの力があれば、こんな事態にはならなかったかもしれないのに。
…………もしも、私が千鶴のことを好きにならなければ、千鶴があんなに苦しむことなく……………………?
…………ワタシガ、イナケレバ……………………?
頭にその言葉がよぎった瞬間、ポケットの中でアサガオのクリートシードリングが妖しく赤紫色に光ったことに私は気づくことができなかった。
今回四人も新キャラ出た…………。
どうも、壊れ始めたラジオです。
今回は、命の基本の変身フォームであるタンポポランドについて簡単に紹介したいと思います。
黄色をモチーフカラーとした鎧を身につけたタンポポランドは、作中で千鶴が言っていた通り、上半身に装甲が集中している格闘戦タイプです。特徴的な武具は持っていませんが、基本スペックが平均的で拡張武装によってさらに手数が増えたりと、様々な状況で戦えるオールラウンダーです。
ストレングスクリートシードリングエナジーザイを使用することで、パンチやキックの威力を一定時間大幅にアップさせることができるほか、軽いダメージなら少しの間無視できる図太さも兼ね備えています。この能力設定はタンポポを含む数種の植物が持つ「ロゼット」からヒントを得ています。
必殺技は、対象に向けて幾つものツタのアーチを形成したあと、体の一部にエネルギーを集中させて一気に突撃する「サーカシングライオネス」。今後使うかどうかはわかりませんが、設定上では飛び蹴りのほか、タックルやパンチなども存在します。
姿及び戦闘パターンのモデルは仮面ライダービーストです。考えているうちに自然と似通ってしまいました。まぁいっか。
それでは。