第八部「初デートとプレゼントと命ちゃんの家族」
千鶴視点。第六部の続きです。
命ちゃんの告白を受け入れて、はや二週間が経った。
もともと一日の大半の時間を共有していた私たちは、付き合い始めたからといって特にその日常が大きく変わることはなかった。
友達をつくりたくてもつくれなかった命ちゃんと、あえて友達をつくらなかった私。たぶん、お互いにどうすればいいかわからなかったんだと思う。
そんな状況を楽しく感じていた反面、少しむず痒かった。
そんなとき、先に動き出したのは命ちゃんの方だった。
「今度の日曜日、一緒に出かけない?」
答えは決まっていた。
◇
キス…………ううん、手を繋ぐことくらいはできないかなと思って臨んだ念願の初デート。
前日はドキドキして眠れなかった。でもそのおかげで、待ち合わせ時間の三時間前に到着できた。目印はタンポポのピン留めって言ってたけど、まだ六時だし、さすがにいないよね。
…………と思ったら、目の前の噴水近くに強がりながらも儚げに咲く一輪のタンポポが。
あ、あくびしてる。かわいいな。
「お、おはよう命ちゃん…………。待った?」
「ううん、私も今来たところ」
本当かな…………?
◇
お店が開く時間になるまで、私たちは近くのベンチでいつも通りの会話をした。
そのあとは手を繋いで映画館に行った。早くもノルマクリアしちゃったよ…………。
ふたりで話し合った結果、命ちゃんが前から見たがっていたネイチャードキュメンタリー映画を観た。それも面白かったけど、私は森が出来上がっていく様子に目を輝かせていた命ちゃんの表情を見ている方が楽しかった。この笑顔をたとえ今だけでも独り占めできるのが、嬉しかった。
喫茶店にも行った。最近オープンしたばかりだったからか少し混んでいたけど、なんとか窓際の席に座ることができた。注文した時、同じものに同時に指を指したのには、ちょっと可笑しくなった。
お約束だけど、オレンジジュースにストローを二本差して一緒に飲んだり、パフェを食べさせ合ったりもした。普通のパフェよりもずっと甘くて美味しかった。あーんしている時の命ちゃんの顔は、パフェのイチゴよりも紅かった。
そして、ふたりでショッピング。
命ちゃんはファッションにあまり興味がなかったみたいだし、私も世間知らずなところがあって、お互いの服選びにはかなりの時間を必要とした。流行って大切だったんだね…………。
結局、命ちゃんは服を諦めて、お揃いのマグカップをくれた。私はこれからの季節、命ちゃんが熱中症にかからないように小ぶりの麦わら帽子をプレゼントした。でも「早速被ってみるよ」って命ちゃん、そのチェック模様のシャツとデニムパンツに麦わら帽子はあまり合わないよ…………。というか男の子っぽいよ…………。
◇
そんなこんなで、とうとうタイムリミットが来てしまった。
実は、私の家には門限があって、命ちゃんにもそのことは教えていた。命ちゃんの表情がだんだん暗くなっていったのは、単に日が暮れてきたからってだけじゃ、ないと思った。
「ごめんね命ちゃん。私もう、帰らなきゃ…………」
「…………千鶴…………」
「…………じゃあ、また明日ね…………」
別れの挨拶を済ませて体を翻すと、突然左手に柔らかな温もりが。
「…………待って千鶴。初めてのデートでキスするっていうのは、ちょっと急ぎ過ぎかな…………?」
「…………命ちゃん…………」
そんなことないよって言おうとした。
でもそれより、私たちの距離がゼロになる早さの方が圧倒的だった。
「「ん……………………」」
お互いの全てが、ひとつに重なった。
唇も、声も、掌も、体温も。
命ちゃんは、すごく柔らかかった。すごく温かかった。
私は背伸びをしなきゃ届かないこともあって、すがりつくように命ちゃんを求めた。
「「んっ、はあ……………………」」
一瞬唇を閉じて合わせただけなのに、なんだかとても長い時間を分かち合ったようだった。
◇
次の日。命ちゃんとうまく顔を合わせられるかなという不安が杞憂だったとでも言うように、私たちの日常は平常運転だった。変わったといえば、ふたりでトイレに…………ううん、個室に行く回数が激増したってことくらいかな。
主食は命ちゃんの唇…………なんちゃって。
そんな日々に待ったをかけたのは、三日後の別れ際に放たれた命ちゃんの一言。
「次の日曜日、私の家に来てくれないかな?」
◇
…………もう見慣れた植薙家の玄関のはずなのに、全く別の家のように感じる。
今までだってお見舞いに来たり遊びに来たりしているけど、今回は命ちゃんの親が招待してきたっていうんだから、冷や汗もかくよね。
「いらっしゃい千鶴ちゃん」
出てきたのは、ボンッキュッボンッな美人のお姉さん。なんとなく命ちゃんに似ている気がする。命ちゃんはもっと体のラインの高低差が少ないけどね…………。
命ちゃんの…………お姉さんかな?
「こんにちは。あの、命ちゃんは…………?」
「命なら奥よ。今案内してあげる」
「お邪魔します…………」
スリッパを履いて案内されたダイニングには命ちゃんと、その向かいにハンサムな男の人が椅子に座っていた。
男の人は柔らかな表情だけど、なんだか命ちゃんは私と同じで緊張しているみたい…………。
私に気がつくと、命ちゃんは少しだけ微笑んでくれた。
お姉さんに、命ちゃんの隣に座るように促される。
お姉さんは、そのまま台所の方に消えていったと思うと、お盆で水が入ったコップを四つ持ってきてそれぞれの前に置き、男の人の隣に座った。
何が始まるんだろう…………ちょっとは予想がつくけど。だからこそ、命ちゃんも悲しそうな顔をしているのかな…………。
すると、命ちゃんがゆっくりと口を開く。
「…………紹介するね。この子が、前から話していた千鶴。それで、この二人が私のお父さんとお母さん」
「君がか…………」
「ずいぶんと可愛らしい子ね」
「こ、こんにちは。桐代千鶴です…………」
命ちゃんのご両親だったんだ…………! 二人とも若いなあ。
私が驚いていると、命ちゃんのお父さんは私と命ちゃんに視線を向け直して話し始めた。
「さて…………。こうやって千鶴ちゃんを呼んだのは、命と一緒にこれを見てほしいからだよ」
そう言って私たちの前に差し出されたのは、一枚の写真だった。そしてその中には命ちゃんのお父さんと、痩せ型の男の人が仲睦まじそうに写っていた。
「この人…………兼一おじさん? なんで、お父さんと肩を寄せ合ってるの…………?」
「兼一おじさんって?」
「お父さんとお母さんの高校時代の同級生で、今もよく家に遊びに来ている人だよ」
命ちゃんの説明のあと、命ちゃんのお父さんが続ける。
「実はな…………お父さんと兼一おじさんは、付き合っているんだ」
「お母さんがお父さんに初めて告白した時に、お父さんが断わった理由よ。あ、この写真は私が撮ったのよ」
え…………?
「「えぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!」」
あ、私と命ちゃんの声が重なった。
私たち、身体の相性ぴったりかもしれない。
そのあと、命ちゃんのご両親と兼一おじさんっていう人の馴れ初めをのろけ話を交えながら結構長い時間聞いた。
◇
「…………というわけなんだよ」
「えっと…………それで?」
我慢できずに、命ちゃんが反応する。
「お父さん、先週の日曜日に兼一おじさんと街の方へデートに行ったんだよ」
「「……………………」」
命ちゃんのお父さんがこれから言わんとしている事に心当たりのある私たちは、思わず押し黙ってしまう。
「今度、ちゃんと千鶴ちゃんのご両親にも二人で挨拶しに行くんだよ」
「それでも、私は千鶴のことが好きだから! ……………………え?」
「たとえ命ちゃんのご両親が反対しても、私たちは別れません! ……………………え?」
「ん?」
「あら?」
「「「「………………………………????」」」」
あれ? なんだか変な空気になっちゃった…………。
◇
私たちふたりの勘違いが解けるまで、そう時間はかからなかった。
今度は私が命ちゃんを家に呼ぶんだ…………。
…………不安だなぁ。
…………でも。
命ちゃんと一緒なら、きっとなんとかなるよね……………………?
どうも、壊れ始めたラジオです。
今回は、内容がやたらと濃くなってしまった気がします。各エピソードの文章量の差がすごい…………。
次回は命視点です。
それでは。