第七部「思い出のC/貴女がいないとだめになってしまう」
命視点。第五部の続きです。
「くっ!」
覚悟を決められず、思わず目を伏せてしまった。
だけど、待っていたのは死ではなく、少しの開放感だった。
「…………え?」
閉じていた目を開けると、数体のザッソウスピリンテントが転がっていて、その中心には、あのハエトリソウ怪人が立っていた。
「ホッホッホ。すまんのう、怖い思いをさせてしまって」
私が驚いて立ち尽くしていると、彼?はこちらに振り向いて話しかけてきた。
「…………あなたは、一体…………?」
「なんじゃ、忘れてしもうたのか? 昔から、よく庭の桜を見に来てくれたじゃないか」
「…………もしかして、桜のおじいさん?でも、この間亡くなったって…………」
「そうじゃ。けれど、成仏する前にどうしても長年婆さんが好きだったアイツにお別れが言いたくての。それで、エンマさんに頼んで、ハエトリソウの力を借りたという訳じゃよ」
「おじいさん…………」
「ホホッ。礼儀無しでは、死んでも死に切れんわい」
「あの、後ろ…………」
「フンッッッッッッ!」
瞬間、ハエトリソウ怪人ことおじいさんは翻り、左手の大きな爪を使って、迫ってきたザッソウスピリンテントを迎撃した。
「会話の最中に割り込むなんて、マナーがなっていないわい。儂が根性を叩き直してやろう」
私とおじいさんの共闘の結果、軍勢は瞬く間に小さくなっていった。
「おじいさん、凄い…………」
「ホッホッホ。これがスピリンテントの力じゃ。…………おうっ!」
「おじいさん!」
だけど、そう簡単にはいかなかった。
おじいさんが、残党の中から現れた別種の怪人に撃たれてしまったからだ。
前進してきた狙撃部隊は、皆ザッソウスピリンテントをベースとして口が大きく開かれた姿をしていて、見るからに禍々しい形相だった。
「あれはザッソウスピリンテントの変異種ネ。自我がわずかに残った者が、ああなるのヨ」
親切にも、エンマが解説してくれた。
「遠距離攻撃なんて、一体どうすれば」
「アイツのクリートシードリングを使うんじゃ…………。お嬢ちゃんになら、きっと力を貸してくれるはずじゃ…………」
「…………わかった」
私が桜のクリートシードリングとチェンジ・エナジーザイを差してバックルをスライドさせた途端、狙撃部隊が一斉に発砲してきた。
タンポポとはまた一味違った、三味線や琴、尺八の音色がバックに流れる変身待機音声が鳴り響いた。
“チェィンジ・エナジー!”
“精神の、美! チェッチェ! チェリー・ブロッサァァァァァム‼︎ チェッチェ! チェリー・ブロッサァァァァァム‼︎”
着弾…………はしなかった。
タンポポランドから換装した衝撃で、弾の勢いが緩んだんだ。
“サクラ・ラァァァンド!”
新しい姿、多分名前はサクラランド。
茶色地のアンダースーツにピンク色の装甲。アクセントカラーとして緑色がところどころに入っている。腕先は振袖のように長くて、背中には…………桜の木を模した傘?
あ、笠か。
「お嬢ちゃん、前だ!」
おじいさんに言われて前を見ると、今にもあの集団がビームを放とうとしていた。
“ストレングス・エナジー!”
“ストレングス・オブ・サクラ!”
サクラランドの特殊能力を発揮させて、背中から抜いた笠を正面に構える。
すると、敵のビームは笠に吸い込まれて、ワンテンポ遅れてより大きくなった光線が笠から放たれた。
敵集団のほとんどが、この光線によって焼き払われてしまった。
「カ、カウンター攻撃できるんだ…………。勢いでやってみただけだけど…………」
「最後…………いや、最期は一緒に決めるぞい!」
「…………?いくよ、おじいさん!」
“デッドリー・エナジー!”
“グローアップ! サ・ク・ラ!”
また、体中に力がみなぎってくる。
おじいさんが右肩の一対の大きな葉で敵の残党を一気に挟み込み、空高く投げ飛ばす。
私は飛び上がりながら、閉じた笠で槍のように残党の塊を突き刺した。
私が着地したタイミングで、空中で大きな爆発が起こった。
「やったのう、お嬢ちゃん」
「うん」
◆
「…………やっぱり、おじいさんは消えちゃうの?」
「そうネ。それがルールだかラ。でも、彼は天国行きが決まったワ。何かに生まれ変わって、アナタと縁があれバ、きっとまた会えるわヨ」
「儂も、もう年老いた。次の世代に時代を譲る時が来たんじゃよ。そろそろ、ゆっくり休ませておくれ」
「おじいさん…………」
「ホホッ、時間じゃわい。エンマさん、ハエトリソウ、ありがとう。これで、十分じゃ」
そう言い終えるより先に、おじいさんの体は光の粒子となって消え始めていた。
「お嬢ちゃん、アイツを頼んだぞい。お前も、お嬢ちゃんの力になってやってくれ…………」
そう言い残したあとに残ったのは、地面で儚げに伸びた一本のハエトリソウだった。
しかしそれもまた、おじいさんの跡を追うように枯れて朽ち果てていった。
「ハエトリソウは、葉を一度閉じて虫を捕食するだけでも、かなりエネルギーを消耗するのヨ。あのハエトリソウも、自らの死を覚悟して、それでもなお、協力していたのネ…………」
「…………食虫植物って、見た目がグロテスクで毛嫌いされがちだけど、あれは厳しい環境に負けないために必死で進化した結果なんだよね…………」
「アラ、わかってるじゃなイ」
「部活で一度ウツボカズラを育てたことがあってね。部員のみんなは近づこうともしなかったけど」
「そういうものヨ。…………さて、もうアナタは帰りなサイ」
「いや私の用事は済んでないけど」
「用事?…………アア、恋人探し?」
「うっ…………ま、まあ…………」
「…………『今は』こっちの世界にはいないわヨ。それじゃ、ハッ!」
エンマの合図で、私の後ろに例のアーチが出現し、私を飲み込もうとする。
「え? 今はってどういうこと? …………まだ、あなたには聞きたいことがたくさん…………うわっ!」
突然、私の足下から生えてきたツルにアーチへと押し込まれ、私は意識を飛ばされた。
◆
ん…………。
また、前と同じ状況に…………。
ん?
屋根?
あれ、私おじいさんの家の前から「パラヘヴン」だとかいう世界に入ったはずだけど…………。
まあいいや、なんだか枕が気持ちいいし…………。
……………………枕?
それだけじゃない。なんか撫でられてる。
…………千鶴の顔…………?
この状況は…………?
そうだ。千鶴に膝枕されているんだ…………!
どおりで極楽なわけだ…………。
あれ、千鶴泣いてる?
なんで?
あ…………行かないでよ…………。
どこに行くの?
まずい。寝起きで体がうまく動かない…………。
千鶴…………千鶴…………。
「千鶴っ! 痛っ! …………あ、あれ…………?」
気がつくと、私は地面に転がり落ちていた。
後ろを振り返ると、おじいさんの家。
おじいさん家の縁側だったんだ…………。
…………千鶴…………。
気のせいだったのかな…………?
…………帰ろう。
日は既に暮れて、月明かりが道をほのかに照らしていた。
◆
「「千鶴ちゃんに会った?」」
「うん。もしかしたら、気のせいかもしれないけど…………」
「…………命、千鶴ちゃんは今、病院にいるんだろ?」
「うん」
「だったら、その千鶴ちゃんはきっと本物だよ」
「そうね」
「お父さんもお母さんも、どうしてそう思うの?」
「きっと寂しくて、命に夢の中で会いに来たのよ。だから、その千鶴ちゃんは本物よ」
「そうなのかなあ…………」
「…………命」
「…………何?」
「お前は、自分が心に決めた相手を、千鶴ちゃんを信じられないのか?」
「それとこれとは話が……………………わかったよ」
そう無理やり納得して、私は夕食のほうとうをすするのだった。
いつになったら終わるんだろう。このうどんラッシュ…………。
「あ! あなた達の思い出の場所とかを回ってみたら、何かあるんじゃない?」
「……………………えっ?」
◆
「あ、あれ…………?」
どうして、私のジョウロが部屋の机に…………?
しかも、穴が空いてもう使わなくなったやつだ…………。
私が手を触れると、持っていた二つのクリートシードリングとジョウロが共鳴するようにひかりだして、それが鎮まると、ジョウロはクリートシードリング用のガイドレールが備わった、少し派手な形に変化していた。
何かに使えるのかな…………? まあいいや、今日はもう寝よう。
ふと、さっきのことを思い出して机の横を見ると、そこに掛けられているのは、以前風邪をひいた時に千鶴がくれた千羽鶴。
ずっと飾ってあるそれは、皆尻尾が余分に一度折られている。飛んでいるように見えるから、という理由で、千鶴がわざわざ毎回折っているらしい。本人の昔からの癖なんだとか。
そういうところも、本当に可愛いと思う。
今日は帰りが少し遅かったせいで、いい加減にもう眠い。
電気を消す前に、千羽鶴に向かって「おやすみ、千鶴」とか言ってみたりする。
どうも、壊れ始めたラジオです。
世は年末なのに、この世界はまだ夏前って…………。
さて、以前多少ネタバレで出してようやく登場したサクラランドの話です。
出そう出そうと思ってやっと出せました。ホッと一息です。ストーリーは全然進んでいませんが。
サクラランドは一応重量系枠です。背中に差さっている笠「サクランブレラ」で敵の砲撃を撃ち返したり、衝撃を吸収して溜めることが出来たり、笠を閉じて槍のように近接武器として扱うことが出来たりと、作者の予定以上に多機能になってしまいました。中間フォームも最強フォームもまだ出していないのに…………。
姿のイメージとしては着物を着た大和撫子。戦闘パターンのモデルは仮面ライダー鎧武カチドキアームズと仮面ライダーバロンバナナアームズ、それと星のカービィに登場するコピー能力のパラソルです。
次のトリッキー系枠のフォームはいつ出せるのやら…………。
次回は千鶴視点です。付き合い始めた二人に一体何が起こるのでしょうか?
今回はこの辺りで。
それでは。