第十五部「華・嬢・邂・逅」
三人称視点のあとに命視点。第十三部の一週間後のお話です。
畳が一面に敷かれている空間に、オレンジ色の光が差し込んでいる。
ここは、華道部が部室として使っている教室。そこには、二人分の女性の影があった。
「これを使えば、人知を超えた力を手に入れられるんですの?」
「そうどす。その力は、あんたさんのあらゆる障害を排除するんどす」
小さい方の影の持ち主の問いに、大きい方の影の持ち主が答えると、小さい方の影の持ち主は、その頬を赤らめながら、口角を妖しく艶やかに吊り上げた。
「…桐代千鶴。これで、貴女をわたくしのモノに…」
◆
「んっ…」
薄い藍色の光が差す赤紫色の空間の中で、私は目を覚ました。
「ここは…?」
「おー、起きた起きた」
声のした方向に振り向くと、そこにはアサガオクリートシードリングが浮いていた。
「アサガオ…?」
「うんそうそう、アタイはアサガオ。どうだった、さっきの戦いっぷりは。サイコーだったろ?」
「…確かに、アサガオランドは強力だったけど、あれは…私の動きじゃない」
「まーあの時は、アタイが命の思考回路に干渉していたからなー。でも、アタイが裏から操作したおかげで、命はアイツを倒せたんじゃん? だからさ、しばらくアタイに身を委ねてみてくれないか? 絶対悪いようにはしないから。ちょこっと桐代千鶴に対する恋愛感情を強めて、狂気に陥りやすくするだけだから。な?」
「ちょっと待って。最後の一節が聞き捨てならないんだけど」
「大丈夫大丈夫。別に乗っ取ろうとしてるワケじゃないんだし、花言葉のように儚い恋にはしない。それだけは、約束する」
「…わかった。アサガオがそこまで言うなら」
「それでいい。さて、そろそろお目覚めの時間だ。またいつでも呼んでくれよな。可能な限り、力になるから、さ?」
私の周りの赤紫色が、ひときわ強くなる。
視界が、真っ白い光に包まれた。
目の前が一瞬暗転してまぶたを持ち上げると、そこには私の幼馴染みが覗き込んでいた。
「因…?」
「み、命…、やっと、やっと起きた…!」
「ここ…どこ?」
と言っても、こういうとき、自分がどこにいるのかはたかがしれている。
「病院よ。今、先生を呼んでくるから待ってて」
◆
「…血圧、脈拍共に正常値ですね。もう少し体力が回復すれば、次の週から通学できるようになるでしょう」
「「ありがとうございます」」
「土井」と書かれたネームプレートを身につけた医師が病室から出ていくと、因は急に振り返って言った。
「…まったく、一週間も起きないで、余計な心配させるんじゃないわよ…。…私にも、原因があったと思うけど…」
「ごめん…。…そうだ、一之瀬は?」
植物の命のためとはいえ、倒してしまった部の仲間。あれからのことは、当然気になった。
「侑菜なら隣の病室よ。もう意識は戻ってるけど、すっかりふさぎこんじゃったみたいで、今のところは学校への復帰も難しいらしいわよ」
「そっか…」
「…それより命。これ、どこで手に入れたの。あんたのポケットの中に入っていたけど」
因の手には、まだ色褪せたままのタンポポクリートシードリングが握られていた。
「それは…」
説明しようにも、経緯があまりにも非現実的過ぎて、上手くできるはずがない。
私が返答に困っていると、因はひとつ息を吐いて、自身の制服のポケットに手を入れた。そして引き抜いた手の中には、私が持っている三つの内のどれとも異なる、新しいクリートシードリングが。
「変身」
“チェィンジ・エナジー!”
“遠慮! メイプルっ! トゥットゥ・メイプルっ! トゥットゥ!”
“カエデ・ラァァァンド!”
陽気な変身待機音声と共に足元から生えてきた巨大な樹木が彼女の身体を呑み込んだかと思うと、それは光と共に散り散りになり、あとには木目調の超人が立っているだけだった。
「因…!」
「…ほら、これで、少しは難しい説明が省けるでしょ」
◆
「…そう、それで」
「うん。これが、私がエイチャーになったいきさつ」
「…あのオネエ、確かに何人もいるって言ってたけど、まさか命までエイチャーになるなんて…」
「エンマを知ってるの?」
「ええ。何回かしか会ったことはないけどね」
『よかったじゃないかい、因。同じエイチャー仲間が増えて』
「ちっとも良くないわよ。今回はこれで済んだけど、今後の戦いでもし命が怪我なんかしたらどうするのよ。っていうか、しれっと会話に参加しないでよ。カエデ」
「…え?」
気がつくと、ベッドに備え付けられたテーブルの上に、木製の鳥のおもちゃのような物から声が発せられていた。初老の女性のような感じの。
「因、これ…何?」
「ん? コトマリギだけど」
「だからそれ何?」
「『小鳥』に変形する『止まり木』で『コトマリギ』だけど?」
『コトマリギ・カエデクリートシードリング装填おしゃべりモードだよ』
「いや…それ、知らない…」
因の説明によると、どうやらこのアイテムにクリートシードリングを装填すると小鳥型の状態「コトリモード」に変形して、装填しているクリートシードリングと会話することが可能になるらしい。さらに、止まり木型の状態「トマリギモード」は、新しいエナジーザイを作るための醸造台の役割も果たす、とのこと。
「ということは、私のクリートシードリングとも話せるってこと?」
「樹木系のものなら出来ると思うわよ。試しに…」
そう言うと、因は台にのっていたサクラクリートシードリングを装填した。コトマリギの上半分が翼のように展開し、コトリモードに変形したあと、小さく少年の声が聞こえてきた。
『あ…こん…にちは。その…僕…あの…サクラ…です』
「こんにちは、サクラ。この間は、助けてくれてありがとう」
『あ、あの…えっと…はい。あ、あのときは…命さんが危ないと思って…僕…びっくりして…』
詳しくは知らないけれど、もし私がショタコンとかだとしたら、結構いい線いっていると思う。それぐらいには、華奢で可愛らしい声だった。でもごめんね。私はショタコンじゃなくて、千鶴コンだから。
「あの…僕…もうそろそろ、いいですか?」
「ああ、ごめんねサクラ。お話してくれてありがとう」
私がそう言うと、コトマリギからサクラクリートシードリングが離れ、元の状態に戻った。
「…まあ、こんな感じかしら。…日も暮れてきたし、私そろそろ帰るわね…。おやすみ、命」
「…うん、おやすみ」
言葉では普通に接することができても、因が立ち去って行くところで、私は目を伏せずにはいられなかった。幼馴染みのその表情を、やっぱり見たくはなかったから。
◆
私が学校に復帰して早々、事件は起きた。
「お待ちなさい、植薙命」
最後の大会も終わって園芸部を引退した私を呼んだ声の主は、学校の屋上に立っていた。
…これから千鶴のお見舞いに行こうと思っていたのに。
「アナタ、桐代千鶴と付き合っているのでしょう? ぜひわたくしの舌で味わってみたいの。彼女をわたくしにくださらない?」
華道部部長、斎園路佳戀。彼女は確かに言った。千鶴を渡せ、と。
公にはしないようにしているつもりだったのに、なぜ彼女がそのことを知っているのか。いや、そんなことを考えるよりも先に言わないといけないことがある。
「嫌だ!」
強く、はっきりとそう言ってやった。
「なら、アナタから先にいただきますわ。もしアナタの純潔が既に桐代千鶴のモノだったとしても、わたくしがそれを超える快楽を貴女に与えてアナタがわたくしの虜になってしまえば、桐代千鶴を守るナイトはいなくなる。そうすれば、彼女は自動的にわたくしの手に堕ちますわ!」
「…え?」
「聞いたところによると、アナタはとても不思議な力を持っているそうですわね? それならば、わたくしもそれを使って…戦いますわ!」
彼女が言い終えると同時に、彼女の腰に室内栽培器のような照明付きのプランターを模したバックルが現れて、そこから出現したツルが巻かれ、ベルトになった。バックルの照明部の挿入口にチェンジエナジーザイが挿し込まれ、合成電子音声が鳴る。
“チェッンッジ・エナジー!”
そのまま左手で照明部を上げ、右手で懐から取り出したクリートシードリングをガイドレールに沿って押し込んだ。
“チュッチュッチュ・チューベローズ! キ・ケ・ン・な、かいっらっくっ! チュッチュッチュ・チューベローズ! キ・ケ・ン・な、かいっらっくっ!”
「変身」
無感情な変身待機音声が鳴り響くなか、空いた右手で左側から髪をなびかせるようなポーズをとって、バックルの側面にあるスイッチを押し、彼女は屋上から飛び降りた。
“シャイニン・イン・ザ・ブルーラァイト! チューベローズ・ラッンッドッ!”
空中にいる彼女のまわりにツルの輪が形成されて、そこから飛び出した葉っぱの幕、いわゆるグリーンカーテンが彼女を覆った。
「美しいモノを愛でる様はまさに月下香。斎園路佳戀、可憐に変身ですわ!」
彼女は私達のいる地上へと華麗に降り立ち、決め台詞のようなものを言った。一陣の風が吹きすさび、私を含むまわりの女子生徒全員のスカートがフワリと浮いた。しかし、その妖艶な美しささえ感じられる風貌に皆が見惚れ、結果的に男子達の目の保養となってしまった。ああ、もう千鶴のお嫁さんになれないかもしれない。そのときは千鶴の旦那さんになろう。
「さあ、参りますわよ」
「!」
“チェィンジ・エナジー!”
“精神の、美! チェッチェ! チェリー・ブロッサァァァァァム! チェッチェ! チェリー・ブロッサァァァァァム!”
「いくよ、サクラ。変身!」
“サクラ・ラァァァンド!”
私は間一髪で彼女のパンチをかわし、サクラランドに変身した。続いて繰り出された第二撃は、背中に背負っている笠「サクランブレラ」を閉じ、槍形態に変形させてガードした。
“スットッレッンッグッス・エナジー!”
“シャイニン・イン・ザ・ブルーラァイト! ストレングス・オブ・チューベローズ!”
その音が聞こえた途端、ゾクッとした感覚が全身を襲った。それに耐えきれず、足元がふらついた。
「っ!」
「あら、どうかしましたの?」
彼女は笑っているらしかった。そして、バックルには別のエナジーザイが挿さっていた。
「うふふ。もしかして、感じているんですの?」
「そんなこと、な…い…」
おかしい。千鶴に触れてもいないのに、体が熱くなってくる。熱い、熱い、熱い。
「まあ、仕方ないですわ。私の攻撃を受けた者に性的快楽を与える。それが、このチューベローズランドの固有能力。じきにアナタも…」
「ううっ…」
…まずい。
『さ、出番だ』
“儚い、恋! モニモニモニモニモニモニモニモニ・モーニングローリー! モニモニモニモニモニモニモニモニ・モーニングローリー!”
“アサガオ・ラァァァンド!”
膝をついた私に代わってアサガオが勝手に変身させたことで、体の主導権が私からアサガオに移った。全身の熱が引き、思考が冷静になっていくのを感じた。
『あの金髪お嬢様、ちょっとおイタが過ぎるなー。ここは、アタイに任せな』
頭の中でアサガオの声が響いた。他人任せになるけれど、あとはお願い。
「そこのエイチャー! 命に何してるのよ!」
“チェィンジ・エナジー!”
“遠慮! メイプルっ! トゥットゥ・メイプルっ! トゥットゥ!”
「変身!」
“カエデ・ラァァァンド!”
ナイスタイミングで、因が駆けつけてくれた。
「タッカさん達、出番ですわよー!」
「あ、ちょっと、邪魔なんだけど!」
アサガオランドと交戦している斎園路佳戀が叫んだ。すると、どこからともなく無数のザッソウスピリンテントが現れ、因の前を阻んだ。しかし、その一部は私と対峙していた斎園路佳戀本人にも迫ってきた。さらに、その先頭には黒い…というよりは非常に濃い紫色の怪人がいる。彼女の言葉と、全身の至るところから生えている触手から察するに、タッカ・シャントリエリスピリンテントといったところだろうか。
「あらあら、忙しない方達ですわね」
“カービンカノンブレード!”
「えい」
「グッ…オマエ、ヤクソクガチガウ…」
「あら、何も桐代千鶴以外の女性に手を出さないとは言ってませんわよ?」
斎園路佳戀が私を突き飛ばし、その衝撃で私は地面へと倒れ込んだ。その際のショックで蓄積されつつあった官能が私の体内で暴発し、立ち上がることができない。不要な快楽に私が悶えているその一方で、彼女は「カービンカノンブレード」というらしい花瓶型の武器を剣状に変形させて、タッカ・シャントリエリスピリンテントを牽制していた。
「うっあっあぁっ!」
「うふふ、そろそろ堕ちそうですわね。…タッカさん、少々お邪魔でしてよ」
“キレイニカザーレ、キレイニカザーレ!”
”オモムキイッパーイ! チューベローズ・シャワー!”
「アブナイ。オマエ、ウケロ」
「…え?」
斎園路佳戀は、私がジョウロマグナセイバーで必殺射撃を繰り出す時と同じような動作でカービンカノンブレードから必殺ビームを撃ち出した。タッカ・シャントリエリスピリンテントがそれを防ごうと、近くで倒れていた私を抱えあげて盾にした。
激しい閃光が、私を包み込んだ。
「あ…」
タッカ・シャントリエリスピリンテントは私の後ろに隠れてこと無きを得たようだったが、身代わりにされた私の方は、アサガオに戦闘を任せていてもなお押し寄せる巨大な悦楽の波に呑み込まれ、変身が強制的に解除された。斎園路佳戀が、朦朧とした意識の私を受け止める。
「命! …あんた達、絶対に許さない!」
「タッカさん。アナタ達と結んだ『桐代千鶴を倒し、再起不能に陥れる』という契約は、どんな形であれ、必ず果たしますわ。ですから、多少のつまみ食いは見逃してくださらない?」
「…ワカッタ。クロユリニモソウツタエテオク」
「うふふ。よろしくお願いしますわ。児玉さん、アナタは少々血の気が多いようですから、アナタを迎え入れるのは後回しにしますわ。それまで、待っていてくださらない?」
「どういうこと?」
「うふふ。それは、植薙さんの躾が充分に終わってからお教えしますわ。では、ごきげんよう」
斎園路佳戀が別れの言葉を告げると、私達の戦いを呆然と見ていたはずの女子生徒達が、私を抱えている彼女のまわりを囲んだ。それを確認した彼女は、カービンカノンブレードで地面から砂煙をあげ、退却準備を行った。
「待ちなさい! 命に、命に何するつもりよー!」
『タンポポ。ボサッとしてないで、アンタだけでも逃げな! こっちは、なんとか時間稼ぎしとくから、さ?』
因の叫びと、焦ったアサガオの言葉を最後に、私の記憶は途切れた。
どうも、壊れ始めたラジオです。
今回は、仮面ライダーでいうところの2号ライダー的扱いのキャラが登場したお話でした。ですわ口調が結構難しいです。
因は…2番目に登場こそしましたが、2号というポジションではありません。なんでしょう…ダークカブトやプロトドライブ的な?作者本人でもよくわかっていません。
次回は過去編です。
それでは。