第十三部「Mの工作/花の道の正解は一つじゃない」
因のち命、最後に三人称視点。第十一部の直後のお話です。
「はぁァァァァッッッ!」
私は右手を大きく引いて、勢いよく桐代千鶴へ殴りかかった。
“ストレングス!”
ヒュンッという音が聞こえた。そう認識した時、私をあり得ない体感が襲った。
今まで視界に捉えていたはずの対象が、私の前から忽然と消えていたのだ。当然、標的を見失った私の右拳は情けなく空を切り、勢い余って足がもつれる。
そしてそれと同時に、腹部に尋常じゃない痛みがやってきた。ベルトからビキビキとひび割れていくような音が鳴る。
「くっ!」
突然の痛みに悶えていると、今度はまわりの木々が私めがけて倒れてきた。回避することができず、私は倒木の下敷きになってしまった。
「幼馴染…………かぁ、羨ましいな。私は、児玉さんほど長く命ちゃんの傍にはいなかったから。…………でもね、たとえどんなに児玉さんが命ちゃんと同じ時間を共有していたとしても、私には、それを全部打ち消すほどの思い出がある。…………児玉さんは、命ちゃんの生まれたままの姿を見たことがある? 命ちゃんの可愛くてえっちな声を聞いたことがある? 命ちゃんの中を指でまさぐったことがある? ないよね? 児玉さんがその甘い考えを持っている限り、命ちゃんの所有権は揺るがない。…………指を咥えて、自分を慰めながら見ているといいよ。命ちゃんが『母親』になっていく様子を」
……………………。
なん…ですって…………!
命が、植物と桐代千鶴にしか興味が湧かないあの命が、母親に…………?
病院から電話が来て駆けつけたら、女神のような微笑みで「ほら、私たちの子だよ」って言ってきたり、お腹を空かせた赤ん坊に授乳したり、入園式を迎えた子どもと手をつないで歩いたり…………ああもう幸せ一直線じゃないのよぉぉぉっっっ!
…………ってそうじゃなくて!
一体、命になにするつもりよ!
“リフレッシュ・エナジー!”
“カエデ・ラッシュ!”
体力を一時的に回復するエナジーザイを発動させて、積み重なった倒木を薙ぎ払った。
「…………すごい自己再生能力…ううん、『執念』だね」
「母親って…まさかあんた、男に命を襲わせる気じゃないでしょうね? 命を傷つけてまで、そんなに『家族』が欲しいの? 私は、命が隣に居てくれれば、それでいいと思ってたのに」
「…………甘いんだよ、児玉さん。そんなふうに今まで遠慮してきたから、命ちゃんのハートを射止められなかったんだよ。私は違う。もっともっと命ちゃんを繋ぎ留めたい。より強固で頑丈な関係で、命ちゃんが私のそばから離れられないようにしたいんだよ。…まぁ、私は児玉さんが考えているような酷い方法じゃな…」
「絶対にさせない!」
命を男に襲わせる? 駄目に決まってるでしょそんなの。
…………去年の夏、命に恋人ができたって知って、命が選んだ人なら諦めるしかないって思ってたけど、命を泣かせるんだっら、いっそ…………私が、命を奪ってやる。
怒りに身を任せ、倒木を武器にして桐代千鶴に挑もうとしたその時。私は、遠くの方にふたつの人影が見えた。
こんな時間に…………?
「…片方はスピリンテントだね。悪性の」
「うそっ!?」
“ハイパーセンス・エナジー!”
“カエデ! スウェイ・イン・ザ・ウインド!”
私の視線の先にあるものに気づいた桐代千鶴が、その正体を答えた。私は急いで、あらゆる感覚を強化させるエナジーザイを装填して、その場所を確認する。
確かに、緑色の怪人とベルトを巻いた黄色いエイチャーの姿が見て取れる。エイチャーが光弾を放っていることから、どうやら仲間ではなく、双方は敵対しているのだとわかった。
「まったく、これじゃあ命の安眠が脅かされるじゃない! 桐代千鶴、今日のところは勘弁してあげる。けど、今度会ったら絶対にあんたを止める!」
“ストレングス・エナジー!”
“ストレングス・オブ・カエデ!”
この姿、カエデランドの固有能力を発揮させるエナジーザイを装填すると、両脚にカエルの脚を模したアーマーが現れた。
脚部にエネルギーを集中させ、スケートの要領で素早く問題の場所へ向かった。
◆
「命が部屋で寝てるのに、あんた達一体何やってんのよ!」
到着した私は、跳んできた勢いを利用して威力を上げた必殺技を発動させる。
「有無も言わずに、深緑に埋もれなさい!」
“デッドリー・エナジー!”
“グローアップ! カ・エ・デ!”
私とスピリンテントの間にアジサイが咲いていたけど、命の安眠の方が大事だから気にしない。
「踏んじゃダメ!」
ひとつ叫んで、黄色いエイチャーは必殺技を発動させた。
“デッドリー・エナジー!”
“グローアップ! タ・ン・ポ・ポ!”
路端のアジサイを庇うように、エイチャーがスピリンテントの前に割って入ってきた。
私の必殺キックと、黄色いエイチャーの必殺パンチが激しい閃光を放ってぶつかる。
力負けしたそいつは、明日の大会の会場近くにある滝へと吹き飛ばされた。
「まったく、邪魔するんじゃないわよ…………あ」
着地した私があのエイチャーに向かって文句を言ってからまわりを見渡すと、スピリンテントはその場から姿を消していた。
逃げられた…………。 まぁいいわ。これで、少しは静かになったでしょ。それよりも、命に内緒でこっそり添い寝する時間が無くなる。早く戻らないと。
◆
「因先輩! やっぱり、植薙先輩どこにもいません…………!」
「まったく、何やってるのよ……。早くしないと、結果発表始まっちゃうわよ…………!」
あのあと、部屋に戻ってからずっと行方不明なんて…………。せっかく、好き好き大好き愛してる一生愛してるって耳元で囁こうと思ってたのに。…………そういえば。
「侑菜は?」
「侑菜先輩なら、植薙先輩探しはこっちに任せて、因先輩達や先生と一緒に部のことやっておいてって言い残して行っちゃいました…………」
「そう、ならいいけど…………」
本当に、どこ行っちゃったのよ…………。
◆
心地よい風が頬を撫でるのを感じて、私は目を覚ました。
「んっ…………」
そこには、視界いっぱいに深い緑が広がっていた。私が眠っていたのは、その森の中を流れる川の岸辺らしい。相当遠くまで流されたようだ。視線を下ろすと、ギリギリで原型をとどめている穴だらけの浴衣。生地が破れた箇所の皮膚には、たくさんの擦り傷ができていた。
けれど不思議なことに、痛みはあれど疲れはほとんど無かった。
ふと、左手首に違和感を感じてそこを見てみると、タンポポクリートシードリングから伸びたツルが巻きついていた。まるで私が目覚めたことに安心したかのように、ツルを離して、本体はみるみる色褪せていった。
「…あなたが、私を介抱してくれたの?」
「…………」
試しに話しかけてみたけれど、当然返事は返ってこなかった。
…………とにかく、早くみんなのところに戻らないと。旅館が建っている崖の下にある滝つぼまで戻れば、なんとか帰ることができるはず…………。
傷が痛んでふらつく体を無理やり動かして、私は川の上流を目指した。
◆
や、やっと旅館まで戻ってきた…………。
十キロくらいは歩いたと思う。
今、何時なんだろう。この部屋に因がいないってことは、多分、もうすぐ大会の結果発表が始まる頃だろうけど…………。
そう思って壁に掛かっている時計を見ようとしたそのとき、背後から声をかけられた。
「いた…………」
驚いて振り返ると、そこには同じ園芸部の同級生、一之瀬侑菜がいた。
「一之瀬、もう結果発表の時間じゃ…………」
「…………そう。でも、植薙さん達のせいで何もかもおしまい。台無しになっちゃった」
台無し?
「それってどういうこと?」
「…昨日の夕食のあと、大会の主催者が別の高校の先生に賄賂を貰っていたのを偶然見かけたの。この大会に、大人の汚れた品評会に、意味なんて無いの。…だから、会場をめちゃくちゃにして中止にしようとしたのに、植薙さん達がそれを邪魔したの!」
一之瀬が懐からクリートシードリングを取り出すと、その輪郭が曖昧になり、彼女の腕に根を張りながら体の中に溶け込んだ。
変身が始まり、緑色の怪人と化していく。
そして、彼女はモウセンゴケ・スピリンテントとなった。
「…この大会に私の青春の全てを懸けたのに、汚い大人達がそれを全部めちゃくちゃにした! そして、そんな大会を守ろうとしたあんたも許さない!」
彼女は私めがけて、肥大化して棍棒のように変質した左腕を振り下ろした。間一髪でそれをかわすことができたが、私が一秒前に立っていた畳には大きなヒビが入った。
間を置かず、彼女は私に詰め寄ってきた。私は繰り出された第二撃を避けようとしたけど、その先には壁があった。
当たる…! そう悟ったその時、私の荷物の中からサクラクリートシードリングが飛び出して、私を部屋の窓へと押しのけた。私の代わりに攻撃を受けたサクラクリートシードリングは、壁に強く打ちつけられた。
「サクラ!」
私はサクラクリートシードリングのおかげで攻撃を免れたが、勢い余って窓から地面へと落ちた。受け身に失敗して、背中に強烈な痛みが走る。
上から降りてきたモウセンゴケ・スピリンテントが、少しずつ詰め寄ってくる。
「痛っ!」
「あんたの後にもう一人も倒して、あの会場を中の人達ごと潰す!」
中の、人達…………。
人…………。
…………展示している植物!
そのことに気づいた途端、私に立ち上がる力が湧いてきた。
「…………いくら、人が憎くても、どれだけ自分の気持ちを踏みにじられても、植物達を傷つけて良い理由にはならない。…………変身!」
“チェィンジ・エナジー!”
“愛の、神たし、神た、ししししししししししん、ア、アイノ、しんァ、ァ、ァァァ…………エラー! シオシオ・ショボーン………”
相変わらず色褪せたままのタンポポクリートシードリングを使って変身しようとしたが…できなかった。
どうやら、川に流された私へのダメージを最小限に抑えるために、自身の養分を全て使い切ってしまったらしい。しばらくは休ませて、回復を待つしかないようだ。ありがとう、そしてごめんね、タンポポ。
…しかし、そんな猶予は無かった。
手元から正面に目を向けると、今まさに私へエネルギーのこもった左腕を打ちつけようとしていた。
「死ねェェェェェ! …………え?」
すんでのところで当たりそうだった彼女の腕。けれど、それは彼女の背後から伸びていたツルによって拘束され、私への攻撃を阻まれていた。
そのツルの出処は…………アサガオのクリートシードリング。
ツルを引いてモウセンゴケ・スピリンテントを私から遠ざけると、アサガオクリートシードリングは彼女の頭上を通過し、チェンジエナジーザイが挿さっている私のバックルへと自らの意思で収まった。
“儚い、恋! モニモニモニモニモニモニモニモニ・モーニングローリー! モニモニモニモニモニモニモニモニ・モーニングローリー!”
“アサガオ・ラァァァンド!”
そして、勝手にバックルがスライドして、半ば強制的にアサガオランドへの変身が始まった。地面から伸びたツルが私を無理やり呑み込み、私の理性をも奪い去ろうとしてくる。
『ほら、もっと体の力を抜けよ。楽にしてやる。こっからは、アタイに任せな』
頭の中で声が響く。
なんか、体が、軽く、なって、きた…………。
……………………。
「…ハァァァァ…」
「な、何、体中にバネなんてつけて…………でも変身したところで、くっついたら同じ事!」
モウセンゴケ・スピリンテントが再びその凶暴な左腕を振り下ろすが、私はそれをバック転で次々とかわす。そう、アサガオランドにはアサガオのツルを模したバネが装着されている。それらを使うことで、常人をはるかに凌駕する身軽さで戦うことが可能になるのだ。
ある程度距離をとって、アサガオランドの固有能力を発揮させる。瞬発力と敏捷性を大幅に高める能力だ。
“ストレングス・エナジー!”
“ストレングス・オブ・アサガオ!”
一瞬のうちに間合いを詰めて、何度も彼女の顔にパンチを打ち込む。五十発ほど当てて、またバック転で離れる。それを繰り返すヒットアンドアウェイ戦法。要するに、くっつく前に体を離せばいいのだ。
「う、うう…………」
同様の動作を三往復くらいしたところで、彼女が苦しげな声をあげて片膝をつく。私がその隙を狙って必殺技を放とうとした時、何かが目の前に落ちてきた。拾い上げると、それは両端に突起があるエナジーザイだった。誰がくれたのかは知らないが、早速使ってみることにした。
“サップライ・エナジー!”
“サップライ・アサガオ・ザ・ヒッサツ・エナジー!”
“ジョウロマグナセイバー!”
バックルをスライドさせて、召喚音と共に地面からやって来たジョウロ型の武器「ジョウロマグナセイバー」を拳銃状に変形させる。さらにその持ち手部分に備わっているガイドレールの挿入口にアサガオクリートシードリングを装填すると、装填確認音声が鳴った。
“ウエール・アサガオ!”
ジョウロマグナセイバーの底面の穴に、サップライエナジーザイのバックル側ではない方の突起を挿し込むと、エネルギー充填音が発せられた。
充分にエネルギー充填が完了したのを見計らって、銃口を彼女に向ける。
“スクスク・ソダーテ! スクスク・ソダーテ!”
必殺技待機音声が鳴り響く。すると生命の危機を察したのか、彼女が何か言ってきた。
「ま、待って植薙さん! あなたは、人の命や気持ちよりも植物の命の方が大切なの!?」
アサガオクリートシードリングがひときわ強く赤紫色に光った。
少し悩んでから、私は引き金を引いた。
「…………当然」
“ゲンキイッパーイ! アサガオ・シュート!”
必殺ビーム発射音が轟き、モウセンゴケ・スピリンテントの肉体は爆散した。
「嫌ァァァァァァァァァァァァァ!」
悲痛な叫びと共に、大きな火柱が立った。
「ちょっと、すごい音がしたと思ったら…一体、何が …あ、うそっ、ちょっと待っ、はぁっ、命の体柔らかっ…………」
振り返ると、そこには今まで会場にいたであろう因や他校の人達が、この事態を察知して野次馬のようにやってきていた。
私は変身を解除して、駆け寄ってきた因にその身を委ね、深い眠りについた。
◆
植薙命らの所属する園芸部が参加していた大会の会場。その屋根の上に、刀を持った一人の少女が立っていた。少女の眼下には火柱を囲むようにして人だかりができていた。おもむろに、少女が口を開いた。
「ふぅ。せっかく命ちゃんのお古のジョウロを使って命ちゃん専用の武器を作ったのに、その武器のエネルギーロックを解除するエナジーザイを渡し忘れるなんて思わなかったよ。よかった、ここを離れる前に渡せて」
少女は嬉しそうに、そんな独り言を言っていた。
いや、少女は一人ではなかった。少女が携えている刀が、少女に『問いかけた』のだ。
『将軍、主催者の連中は斬らなくて良いのか?』
その問いに、将軍と呼ばれたその少女はこの状況がさも当たり前のように答えた。
「うん。だって現世の人を勝手に殺したら、エンマが怒って私との約束を破りそうだしね。…………あ。あと、なんか私の邪魔をする人が出てきたなぁ。これからも、そういう人が増えてくのかな?」
『そうだとして、将軍は其奴等をどうするつもりだ』
「…………倒すよ。私と命ちゃんの幸せな未来を邪魔する人は許さない。たとえ、それが命ちゃん本人であってもね」
はっきりとそう答えて、まるで空気に溶けるように少女と刀の姿はその場から消えていった。
不定期開催あとがき企画第三弾『もしもコマーシャル』
エイチャー!
ジョウロから、銃へ、剣へ、変形!
サップライクリートシードリングエナジーザイで、エイチャープランターと連動!
さらに!
付属のクリートシードリングで、さらなるフォームへ!
全身に、バネ!?
水撒剣銃DXジョウロマグナセイバー!
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次回、新章突入!
命と千鶴に立ちはだかる壁!
「お前達の関係など、認められるわけがないだろう」
今度の変身少女は、なんと生粋のレズビアン!?
「桐代千鶴。ぜひわたくしの舌で味わってみたいですわ。彼女をわたくしにくださらない?」
そして誕生!重量十トンを誇る鉄壁の超重装甲フォーム!
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どうも、壊れ始めたラジオです。
区切りが良いとはあまり言えない気もしますが、第一章、とりあえず完結です。大風呂敷を広げて、今後全ての伏線を回収出来るのかどうかが非常に心配です。すっきり終われるように、頑張りたいと思います。
今後もこの『育みのエイチャー』をどうぞよろしくお願いします。
次回は過去編です。
またみなさんに会えるのを楽しみにしております。
今回はこの辺りで。
それでは!