第十二部「その〈白〉い人〈斬り〉はなぜ〈千〉羽の〈鶴〉と共に再誕しなければならなくなったのか」
千鶴のち梶川、そして命のあとに三人称視点。第十部の数日後の話です。
あと、今回は少しエロいです。苦手な方はご注意ください。
今日は…………!
町の夏祭りなんだよ!
今、命ちゃんが私の家の前で待っているんだよ!
お祭りってことは、当然、命ちゃんは着物か浴衣を着ているわけなんだよ!
命ちゃんのサマーコレクション〜!
さあ命ちゃん、心のシャッターを連打する準備はできてるよ!
…………でもちょっと待ってて。
私の着付けが終わらない。
最近やっと一人でできるようになったんだけど、テンパりすぎて帯が結べない。
あぁ、早く命ちゃんの晴れ着姿が見たい!
…………できた!
急いで玄関の引き戸を開ける。
「命ちゃんお待たせ…………え?」
「ん? どうしたの千鶴」
「…………命ちゃん。今日は夏祭りなんだから、少しはおしゃれしようよ…………」
…………さすがに、花の女子高生が夏祭りにジャージはあり得ないよ。しかも学校指定の。
…………よし。
「命ちゃん、ちょっと入って!」
「え? ちょっと何………」
◇
「ね、ねぇ、千鶴…………これ、恥ずかしいよ………」
「えぇー? すっごくかわいいよ命ちゃん。(というか、かなりえっちいよ………)」
「そ、そうなのかな………」
もう、なんであんなに抵抗するのかな。ちょっとだけ無理やり浴衣に着替えさせただけなんだけどなぁ。
まぁ、私のじゃ命ちゃんにはサイズが小さくて、少し官能的になっちゃったけどね…………。特に鎖骨が丸見えなあたりが。
ダメだよ命ちゃん、私以外の人を誘惑したら。
「そういえば、千鶴大丈夫? このお祭り、花火大会まで見たら門限過ぎるけど………」
「平気平気! 今日だけは無視するもん!」
「いいのかなぁ…………」
◇
「きれいだね、花火…………」
「うん……………」
たーまやー!
とは、さすがに言えない。だから、心の中で叫ぶ。
人混みですごく窮屈だけど、上を向けば花火、左を向けばおっぱ………じゃなくて命ちゃんの鎖骨。おまけに手も握ってる。もちろん、恋人繋ぎだよ。
でも、もうひと味足りない気がする。
たぶん、「アレ」だね。
「ねぇ、千鶴」
命ちゃんが、私に声をかけてくる。
「待って命ちゃん、私も言いたいことがあるんだ。だから、同時に言おう?」
「………わかった」
「いくよ」
もう、わかってるから。
私たちは、敢えてお互いを向かずに、夜空の花火に向かって、伝えた。
「「せーの」」
「「私たちも、あの花火みたいに、弾けたいね」」
◇
うぉぉぉぉぉぉっっっっっ!
人混みが、まさに人のゴミのようだよ!
誰かにぶつかっても関係ない!
私たちは、ただ前に突き進むだけだよ!
「はぁ、はぁ……」
息を切らしているのは、どっちなんだろう。
私かな、それとも命ちゃんかな。
まぁ、なんでもいいや。とりあえず、引っ張ってきた命ちゃんを近くの木に押し付ける。焦ってちょっと強めにやっちゃったけど。
人混みから少し離れたところにある人工林。これからここで、私たちの愛の花火大会が始まるんだよ。
「んっ、ちづ…る……………」
私が浴衣の上から優しく胸を撫でると、命ちゃんは悩ましげな声をあげた。そしてその嬌声が、私の無尽蔵の欲望をさらに掻き立てる。
慎ましく膨らんでいるふたつの丘の間から細い首筋にかけて、私の舌が這う。
十分に命ちゃんの汗を味わったら、今度は軽くジャンプ。命ちゃんの首に腕を回して、両膝は命ちゃんの腰にしっかりと固定する。全身を使って命ちゃんに抱きつく。
ふわぁぁぁぁっ柔らかいよぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!
これはもう抱き枕とかの比じゃないね!
しかも、花火をバックにしてっていうシチュエーションからの野外プレイによる背徳感みたいなのがすごい!
この状態で腰を打ちつけたらどうなっちゃうんだろう。命ちゃん、木にぶつかったら痛いかな。
…………ちょっとくらい痛くてもいいよねっ!
愛の行為に痛みは付きものだよ。たとえば、将来命ちゃんのナントカな膜を破る時とかね!
でも、さすがに今はやめておこう。
キスはいつも学校のトイレとかでしてるけど、その先は命ちゃんと私が気絶してもいいような、誰にも邪魔されない場所でやりたいからね。
「千鶴、早く来て…………。誰かに、見られちゃうよ…………」
やだなぁ命ちゃん。そんなの、むしろ見せつけちゃえばいいんだよ。
焦らすのは、そろそろやめようかな。
恥ずかしいのか、さっきからずっと目をつぶって頬を赤らめている命ちゃん。その美味しそうな唇に、思わずむしゃぶりつく。
唇のまわりを少し湿らせてから、舌を突き出す。命ちゃんの口は、私の舌を優しく受け入れてくれた。
「んっ、んふぅっ」
私からの口愛撫に素直に反応してくれる命ちゃん。
あぁ、私も蕩けちゃいそうだよ。もう一生このままでもいいかも。
…………やっぱりだめ。まだ奪っていない命ちゃんの「初めて」がたくさん残っているから。
◇
さっき、むしろ見せつけちゃえばいいって思ったけど、公共の場でああいうことをするのは、やっぱりリスクが高かったってことを、私は後になって思い知らされることになった。
◆
鳴り止むことのない喧騒。目を引く景品。
親戚のおじさんの手伝いで、俺は地元のお祭りに来ていた。
それは、会場になっている公園の公衆便所に行った帰りのことだった。俺は会場横の人工林にふたつの影を見つけた。
この雰囲気に中てられたのだろう。その二人は、思わず目を逸らしたくなるほど、甘い空気を醸し出していた。
一人はすぐにわかった。俺の初恋の相手、同じクラスの桐代千鶴だ。
となると、もう一人はあいつの言っていた「心に決めた人」か。一体どんな男だ…………?
…………な!
…………あの不良女…………!
まさか不良だっただけじゃなく、レズだったなんてな…………。
…………植薙…………。
絶対に、許さねぇ…………。
あの純粋無垢な桐代をたぶらかしやがって…………!
「辛い、どすなぁ…………?」
驚いて声がした方に振り返ると、そこには黒い礼服を着た二十代前半くらいの女性がいた。
まわりを見渡すと、ついさっきまで聞こえていたはずのざわつきも無くなり、俺とその女性を除く全ての人間が忽然と消えていた。
「あんた、誰だ?」
「ウチはあんたさんの味方どす。…………好きな人を嫌いな者に盗られて、苦しいどすなぁ…………? その相手のあの女が、恨めしいどすなぁ…………?」
まるで俺の気持ちが見透かされているかのように、その女性は淡々と話していた。
「…………俺は、あの変態から桐代を救いたい。桐代を、俺の物にしたい」
「そうどすなぁ…………。なら、この『力』をあげるどす」
なにか意味のわからないことを言うと、女性は掌から赤い斑点を持った光る虫を出現させた。
その虫は一直線にこちらを目指し、俺の体に入り込んだ。
その途端、身体の奥底からエネルギーがみなぎってきた。
今にも溢れてきそうな力のままに、俺は異形の怪人へと変貌した。
「な、なんだコレ…………。すげぇ、今ならなんでも出来そうな気がする」
「今のあんたさんは『アワフキムシ・スピリンテント』どす。さぁ、その力であんたさんの夢を叶えておくれやす。ほな、さいなら」
「あ、おい!」
元の人間の姿に戻った俺は必死に探したが、そこには再び騒がしい人だかりが満ちているだけだった。
◆
…………やばかった。
野外キスって、あんなに興奮するんだ…………。
どうしよう。今日から、普通のキスで満足できるのかな…………。
…………千鶴と一緒なら、なんでも楽しいか。
私は、昨夜の自分達の乱れっぷりを思い出しながら、鏡の前で身だしなみを整えていた。
…………はぁ。
昨日嬉しくてベッドで転がりまくったせいか、寝ぐせがすごいことになってる…………。
そんなとき、さっきから鏡越しに見えていたお母さんが、後ろから声をかけてきた。
「命、携帯なってたわよ。はい」
「ん、ありがとお母さん」
誰からだろ…………。
千鶴…………は確か携帯持ってなかったはず。
画面を確認すると、
…………学級のグループコミュニティ?
『桐代のことで話がある。今日の放課後、講堂裏で待ってる。梶川』
千鶴の話…………?
っていうか、それ以前に私に連絡してくる人がいるなんて、珍しいこともあるんだなぁ。
ってやばっ! もうこんな時間だ。支度支度…………。
…………あ。
左の鎖骨の下辺り。
そこには、いくつもの小さなキスマークがあった。いつの間に…………。
◆
一組の男女が、校舎の影で密会している。
端から見れば、それは心温まる青春の1ページか、もしくは心苦しくなるトラウマの1ページである。
しかし今回はそのどちらでもない。男は憎悪から、女は警戒心から発せられる鋭い眼光によって、周囲の空気はひどくピリピリしていた。
「それで…………話って何?」
先に切り出したのは女、植薙命の方だった。
さっさと用事を済ませてくれ、という感情が、その切れ長の眼から容易に見て取れる。
「桐代とお前の関係のことだ。まさか、お前がレズだったなんて知らなかったよ。お前のことになんか、ちっとも興味なかったしな」
女の質問に対して男、梶川秀悟は、普段の温厚な人柄が微塵も感じられないほど、彼女へあからさまな敵意を向けて答えた。
「…………何が言いたいの?」
「桐代と別れろ。今すぐ、ここで電話して『お前とは遊びだった』って言え。そうすれば、許してやらないこともない」
「…………千鶴、携帯持ってないんだけど」
「…………はぁ? 今時そんな奴なかなかいないだろ。あれか、言い訳か?」
「そんなんじゃない。本当に持ってないの」
すると、彼は一気に距離をつめて制服の襟元を掴み、唐突に激昂した。
「ふざけんじゃねぇよ! せっかく俺が桐代に免じて別れるだけで済ませてやろうと思ってんのに、まだしらを切るのかこの変態クソ女! お前がいつから桐代に手ェ出してたか知らねェけどよ、俺は入学した時からずっと好きで、この間やっと気持ちを打ち明けられたんだ。それをお前みたいな奴が邪魔しやがって!」
かなりの偏見が混じっている上に好きな人を想うばかり、彼はとてつもなく理不尽な怒鳴り方をしていた。植薙命はそんな彼を怖れることもなく、ただその瞳を彼に向けているだけだった。
「…………なんだその目はァァァッッッ!」
彼女はその怒号には一切動じず、うつむきながら言った。
「…………ただの同情だよ」
「あ?」
「…………私も、ずっとずっと昔から千鶴のことが好きだったのに、なんにもしてこないで、ここまで育って。…………この学校でやっと再会して、気持ちを伝えることができた。女同士だから、拒絶されるんじゃないかってずっと不安で。でも、思い切って告白したら、あの人は笑顔で受け入れてくれた。今、私、すっごく幸せで。だから……………………お願いだから、私たちの邪魔をしないで」
まるで独り言のように吐露し、襟元の手を引き剥がして彼女はこの場を去って行った。
その後ろ姿を見つめる男の目には、溢れ出てきた怒りの感情が露呈していた。
「…………そうかよ。…………なら…………、消えろ」
人間の形を失い、空中に現出させた巨大なバブルを植薙命に向けて放とうとしたまさにその時。
「命ちゃんを守って」
『承知』
一閃の光が、アワフキムシ・スピリンテントの前を阻んだ。
慌てて光がやってきた方向、つまり彼自身の真後ろを見ると、一人の少女がまるで汚物でも見るような目で彼を睨みつけていた。
「命ちゃんが『先に帰ってて』なんておかしいと思っていたら、やっぱり梶川くんだったんだ」
「き、桐代!?」
彼が驚いて体を硬直させている間に、彼を襲ったあの光源はやがて横に細長く伸びて、桐代千鶴の手に握られた。
光は収束し、それは鞘に収まった刀となっていた。
「な、なんだ!?」
彼は状況が理解できず、ただ立ち尽くすばかりだった。
そのためか、少女に隙を与えてしまった。
我に帰ると、右肩から左の脇腹にわたって、一本の傷ができていた。
一瞬の思考ののちに、彼は察した。
鞘から刀を抜いた彼女に斬られたのだ。
「うぐっ」
苦悶の声をあげて、必死に後ずさりする。
この少女に殺られるかもしれない。彼は恐怖に駆られていた。
しかし、望みがなかったわけではない。
彼女は生身だ。いくら攻撃力が高いとはいえ、どうにかして油断させれば、勝機もあると彼は考えた。
だが、彼のこの希望は、もろくも崩れ去った。
“チェンジ!”
「変身」
桐代千鶴はいつの間にか、持っていた刀を手のひらサイズのアイテムに変えていた。
アイテムから謎の声が聞こえたあと、彼女は言った。「変身」と。
確かにそう聞こえた。
その意味を理解する前に、彼女の変身は始まっていた。
光輝く幾本もの刀が彼女を囲み、それらが一本に収束する。
桐代千鶴は、帯刀し、白い鎧を纏った武者に変貌した。
そういえば、先程もどこからともなく謎の声が聞こえてきた。
しっかりとした大人の男の声だった。
今思えば、あれは「刀の声」だったのだろう。
頭が混乱しきっていた彼にとっては、そんなことにですらある程度の考察の時間を必要としていたのだ。
“デッドリー!”
ガシャンガシャンと音を立てて、鎧武者がゆっくりと、しかし着実に歩み寄ってくる。
『警告する。彼女にこれ以上近づくな』
「いやもう万死に値するよ。命ちゃんを傷つけようとしたんだから」
「あ、あぁ……………」
逃げなきゃ、そう本能が叫んでいるのに、彼は完全に腰が抜けてしまい、それも叶わない。後ろの植木に身を委ね、ただ絶望の声を漏らすばかりだった。
瞬間、漏れていた声が止められた。
首に違和感がある。
視線だけを動かしてその場所を見やると、喉元から金属質のものが生えていた。
「……………」
『切捨御免!』
金属質のものが横に移動を始める。
彼は、考えることを禁止された。
どうも、壊れ始めたラジオです。
グループコミュニティとは、要するにグループラ◯ンのことです。
それと、今回初めて「自動字下げ」という機能を使ってみました。見やすくなるようであれば、今後使い続けてみようと思います。
次回、第一章完結! (…………の予定)
それでは。