第十部「見たくないもの」
命のち千鶴視点。第八部の続きです。
「それでは、お姫様役は桐代千鶴さんに決定しました」
うそ…………。
◆
「それではこれより、二年B組による演劇発表が始まります。タイトルは『檻姫と非行坊子』です」
…………前から思ってたけど、変なタイトル。
…………あ、スポットライトの電源入れなきゃ。
毎年7月に開催されるうちの学校の学校祭は、一日目に講堂にて各クラスによるステージ発表が、二日目に教室を使った各クラスの出し物が、三日目に部活生徒と先生達によるステージ発表が行われる。長い。
で、今日はその一日目。
私たちのクラスは話し合いの結果、オリジナル脚本の劇をやることになった。
どんな話かって言うと、とある誤解で国のお姫様が王子様に囚われるんだけど、実はそのお姫様がとんでもないサディストだったっていう話。そんなの学校の行事でやるべきじゃないでしょ。ラストでキスシーンとか絶対いらない。
しかもよりによって、そのドSお姫様をみんなからの熱い推薦によって千鶴が演じることになった。
ここで私が王子様役になれば、もろもろの問題は起こらないんだけど…………なんで梶川が引き受けるの。
まぁ梶川は人当たりが良いから、王子役には合ってるとは思うけど…………なんか、不満。
そんなわけで私は、ステージ上でサディストに変貌していく千鶴に照明を当てるという役回りになった。毎年こういうことには消極的だったけど、今回ほど出演したいと思ったことはない。
あぁ、もうクライマックスか。
………………………………はぁぁぁぁっ!?
◇
はぁ…………。
どうせキスシーンやるんだったら、命ちゃんとしたかったな…………。話し合いのときに命ちゃん王子役に立候補してたのに、みんな猛反対するんだもん。レズチューの需要なんかないって。ひどいよ。公衆の面前で堂々とやるチャンスだったのになぁ。みんなに隠れて付き合うのって、結構疲れるんだよね。
でも命ちゃんさえそばにいれば、毎日が記念日だよ。今日も私の門限ギリギリまで一緒に遊ぶ約束したもんね。
もう、早く終わらせたい…………。こんなのちっとも楽しくないよ。
あ、やっと終盤だ…………。
まぁ、キスって言っても寸止めだし、今日の本番も大丈夫だよね…………?
「私は、貴方をずっと虐めていたい。貴方のことが、好きです!」
…………正直、こんな台詞も言いたくない。
「おぉ姫よ。私も、姫を愛しております!」
梶川くん、演技上手いなぁ。演劇部だもんね。
………………………………っ!?
そして、問題のキスシーンで事件が起きた。
お互いの唇、ゼロ距離。
全身から血の気が引いていく。
猛烈な嫌悪感が私の体中を駆け巡る。
観客席から「おぉ〜!」っていう歓声とか、世界の終末みたいな命ちゃんの喚声が聞こえてくるけど、そんなの知らない。構ってられない。
今すぐ引き剥がしたい。なのに、離れたくても梶川くんががっしりと抱きしめているせいで、それも叶わない。
「今日の放課後、講堂裏で話がある。絶対に来いよ」
そう私の耳元で囁くと、梶川くんは身体を離して劇を続けてくれた。
◇
夏至が少し過ぎて、日も短くなり始めた頃。
イベント事の放課後に校舎の影ですることなんてだいたい決まっている。
「俺、前から桐代のことが好きだったんだ。だから、付き合ってくれよ。幸せにするから。な?」
予想通り、梶川くんの用件は告白だった。
…………ときめかない。
それどころか、むしろ無理やりキスされた怒りでビンタしたくなった。よかった、その前に命ちゃんと初キスを済ませておいて。
「ごめん。私には、もう心に決めた人がいるから、梶川くんの気持ちには応えられないよ。じゃあね、また明日」
「あ、待っ、そいつって誰…………」
だから、私は右腕を左手で抑えながら、丁重に断った。
そして、素早く身を翻してその場を去った。
追いかけてこようとする声を、無視して。
◇
そういえば。
あとで命ちゃんから聞いてわかったんだけど、劇の間の記憶がすっぽりと抜け落ちているんだって。精神的に生命の危機でも感じたのかな。たぶん、梶川くんが原因だろうなぁ…………。
発狂するのはばっちこいだけど、死んじゃったら嫌だから梶川くんの話はしないでおこうっと。
どうも、壊れ始めたラジオです。
爆ぜろ梶川。
それでは。