第一部「彷徨えるT/植薙命の憂鬱」
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「あ、あの! 植薙さん………!」
「何?」
「あ、えっと………。私たち、もう帰るね………」
「………お疲れ様」
「う、うん………。行こう、みんな………」
そう言って、他の部員達は去っていく。
今に始まったことじゃない。いつも私の態度が素っ気ないから、みんな話しかけにくいだけ。別に気にしてはいない。
じきに自分の作業も終わったので、帰り支度をする。
でも、家に帰るわけじゃない。
◆
学校から電車で2駅先にある大きな総合病院。その中の4219号室。
そこに、私の『彼女』は眠っている。
「千鶴、今日も来たよ。調子はどう?」
ここに来た時のいつもの挨拶。
でも、彼女からの返事は無い。
私は、ベッドの隣の丸椅子に腰掛けてそっと話しかける。
「そうだ。今日ずっと育ててきたスイートピーがやっと咲いたから、写真撮ってきたよ。ほら、綺麗でしょ?」
声をかけるが、何も返ってこない。
彼女は、半年前から昏睡状態が続いている。
もう起きないかもしれない、このまま植物状態になってしまうかもしれない、とお医者さんに言われたこともある。
………半年前。
私がもっと強く止めていれば、こんなことにはならなかった。
私のせいだ。
私のせいだ。
私のせいだ。
私のせいだ。
私のせいだ。
私のせいだ。
私のせいだ。
私のせいだ。
私のせいだ。
私は、自分が思っていた以上にこの子に依存していたのだと、こんな風になってようやく気づいた。
償っても償い切れない。
目を覚ましてよ、千鶴。
貴女がいなくなったら、私はどうすればいいの?
貴女無しで、この先どうやって生きていけばいいの?
私のカラダは、とっくに骨の髄まで貴女に侵食されているというのに。
貴女のいない世界なんて、もはや何の価値も無い。
そう思うと、貴女に繋がっている点滴の管に手をかけたくなる。ここの屋上から飛び降りたくなる。
一緒に死にたい。
数え切れないほど、私は奇行に走りそうになった。
でも、その度に貴女の笑顔が浮かんで、それをもう一度見たくなって、私は犯罪者にならずに済んでいる。
眠っている貴女に迷惑をかけるなんて、バカみたい。
そう思うと、涙が出てくる。
自分が情けなくて、不甲斐なくて。
私の涙が、彼女の左手に落ちる。
何滴も、何滴も。
不意に、彼女の手がわずかに動いた気がした。
「千鶴⁉︎」
驚いて急に立ち上がると、足をベッドに引っ掛けてしまい、前のめりになる。
すごい勢いで、私たちの唇が重なる。
鼻先に伝わる痛みと、唇の柔らかな感触。
視界が、白い光に包まれた。
◆
気がつくと、私は真っ白い空が続く花畑のような場所に佇んでいた。
一面に広がる花々。
そして向こうにいるのは………………千鶴?
えっ、千鶴⁉︎
腰まで伸びた、さらさらの黒髪。
見た者を誘うような、大きな瞳。
私の肩くらいまでの身長。
天使を思わせる、白いワンピース。
間違いない、千鶴だ。
ずっと会いたかったよ、千鶴。
だけど、私は気づいてしまった。彼女が悲しげに俯き、その片足を川のような場所に入れていることに。
その川の先には、何も見えない。
まさか、あれは………………!
「千鶴っ! そっちに行っちゃダメ!戻ってきてよ‼︎」
必死に叫んだ。
せっかく会えたのに、やっと会えたのに。
千鶴を………失いたくない‼︎
私の声が届いたのか、彼女はゆっくりとこちらへ振り向いた。
その表情は、ひどく驚いているようだった。
「命ちゃん、うしろ‼︎」
後ろ?
「ウッ‼︎」
次の瞬間、私は未知の力で体ごと吹き飛ばされた。
………何?今、何が起こったの?
後ろ手をついて振り返ると、そこには何人もの人々が私を睨みつけていた。
いや、人じゃない。怪物?
なんで?
そう考える暇も無く、先頭の怪物が爪を立てて第二撃を繰り出してきた。
横に転がってそれを間一髪でかわす。
まずい、このままじゃ二人とも殺られる!
でも、自分の恋人も護れないんじゃ、恋人失格だ。
千鶴は、私が絶対に護る!
そのとき突然、どこからか何かが飛んできた。
それは地面に落ちて、私の足もとに咲いていたタンポポに突き刺さった。
それは、どうやら園芸用の栄養剤らしかった。あのスポイトみたいなやつ。
ひととおり中身を注入すると、刺さったタンポポはほのかに光を放ち、おおよそ立方体の箱のような形に変化した。
手に取ってみると、側面には縦向きに『TANNPOPO』と刻印されていた。
………何これ?
その反対側には、『Creatseedling』と『Genre:Heaven』の刻印。
えっと………クリートシードリング? ジャンル・ヘヴン?
すると地面から植物のツルが伸びて、腰に巻きついたのち、赤茶色っぽいプランター型のベルトのバックルになった。
…………もう展開が読めてきた。今、私が何をするべきなのかも。
左腰に掛かったホルダーから、『Change』と印字されたさっきの栄養剤と同じ形のものを抜き取り、私から見て左側のバックルの穴に挿す。
“チェィンジ・エナジー!”
バックルから電子音声が鳴る。
次に、先ほどのクリートシードリング?なる物を右手で構えて、バックルの奥のガイドレールとそれとが噛み合うように上からセットする。
“愛の、神託! ダンダンダン・ダダン・ダン! ダン・デ・ライオォォォォォン‼︎ ダンダンダン・ダダン・ダン! ダン・デ・ライオォォォォォン‼︎”
電子音声と一緒に、男声合唱みたいなコーラスが盛大にエンドレスで鳴り響く。ついでに、ライオォォォォォンの後にライオンの咆哮も聞こえる。
今どきの言葉で言えば、『ダサかっこいい』って感じ。
なんか急に特撮ヒーロー然になってきたけど、恋人にかっこいいところ見せて好感度を上げておくのも悪くないかもしれない。
見てて、千鶴。
「変身!」
右手でバックルを全体的に十数センチ左へ押し込み、スライドさせる。
“タンポポ・ラァァァンド!”
再び電子音声、そしてさっきより最後の部分のトーンがいくらか高くなったコーラスのメロディーが響き渡る。
その瞬間、私の全身をツルが包み、弾け飛んだかと思うと、私はもう、人の姿をしていなかった。
自分のことだから首元から下しか見えないけれど、緑色の地のスーツに黄色を基調としたアーマーを垣間見ただけで、自分が仮面を被った戦士になったことを自覚できる。
「グワォォォォォォォォォ!」
しばらく私の変身を律儀に見届けていた連中だったけど、さすがにしびれを切らして襲いかかってきた。
私は、それらに毅然として立ち向かう。
まず先頭集団を一蹴り。
続いて第二軍をパンチで殴り伏せる。
ざっと見たところ、敵の数は百体少々と言った具合。
負ける気はしない。
私は、懲りずに挑んでくる集団をある程度かわすと、バックルを左手でスライドさせて元の位置に戻し、『Change』の栄養剤……栄養剤でいいの?
…………………あ、裏に『Creatseedling-Energy-zai』って書いてあった。クリートシードリング・エナジーザイ? まぁいいか。
それを抜いて、ホルダーから『Strength』のクリートシードリング・エナジーザイ?を取り出して、バックルの穴に挿す。
“ストレングス・エナジー!”
そして、右手でバックルをずらす。っていうかスライドさせてる間にさっきのコーラスがずっと流れてたんだけど、これって待機音声? やたら騒がしい。
“ストレングス・オブ・タンポポ!”
………そこはダンデライオンじゃないんだ。
変身音もそうだったけど、微妙に日本語が残ってる………。
電子音声のあとにパンチすると、拳に黄色くライオンの頭部の幻影が見えて、殴られた方はものすごくダメージを受けたようだった。
ついでに次群にもお見舞い。これまた綺麗な吹っ飛び方。
さて、このままじゃ埒が明かないから、そろそろ決めとかないと。ここまで形勢が逆転すると、余裕も出てくる。
さっきと同じ動作で、今度は『Deadly』のクリートシードリング・エナジーザイをバックルに装填する。
“デッドリー・エナジー!”
そしてスライド。
“グローアップ! タ・ン・ポ・ポ!”
体中に力がみなぎってくる。
ヒーロー………私女だから正確にはヒロインだけど、それは置いといて。ヒーローの必殺技は「腕からビーム」か「大砲」か「飛び蹴り」のどれかと相場が決まっている。どれにしようか?
………よし。最初の攻撃が「蹴り」だったから「飛び蹴り」にしよう。
両脚に力を込めて、大きく跳躍する。
すると、敵の集団めがけてツルのリングが出来上がった。
その中を通過するように飛び蹴りを放つ。
決まった。と思いきや、私の攻撃は敵の眼前で止まってしまった。
もうひとひねり必要か。それなら!
私は、その場で空中回し蹴りをした。
すると、ひときわ大きなライオンの幻影が現れた。その途端、私の周りに爆風が吹き荒れる。
敵集団は爆散し、霧消した。
しかし、花畑は何故か無傷だった。
不思議に思いながらも、私はクリートシードリングとクリートシードリング・エナジーザイを抜いてバックルをスライドさせ、変身を解いた。アイテムの名前がいちいち長い。
「千鶴、終わったよ。一緒に帰ろうか」
帰り方知らないけど。って、あれ?
「千鶴⁉︎どこ行ったの? 千鶴!」
千鶴が、いない…………!
視界が、白で包まれていく。
「ちょっと待って! まだ、まだ私にはやることが!」
そして、私の意識は投げ出された。
◇
み、命ちゃん⁉︎
どうして、ここいるの?
じゃなくて、それよりも!
「命ちゃん、うしろ‼︎」
今は、愛する命ちゃんのピンチ!
「変身!」
“エラー! シオシオ・ショボーン………”
あっ! まだ私のクリートシードリングが回復していない!
どうしよう、このままじゃ戦えないし、命ちゃんを現世に帰すこともできないよ!
………………絶対にさせたくなかったけど、かくなるうえは、命ちゃんに直接………!
「えいっ‼︎」
私は、『Transformation』のクリートシードリング・エナジーザイを命ちゃんの足もとに投げた。
どうやら勘づいてくれたみたいで、命ちゃんは左肩にタンポポの押し花を模した模様が施された大きなアーマーを身につけた戦士に変身した。
変身した命ちゃんは、いとも簡単に敵の軍勢を倒していく。
かっこいいなぁ、命ちゃん。
タンポポクリートシードリングかぁ、まだ使ったことないや。
あの姿……タンポポランドは肉弾戦重視の挌闘派タイプみたい。命ちゃんにはある意味ぴったりかも………。
そうだ、見惚れてる場合じゃない。
…………よかった、もう使えるようになってる。
ちょうど変身を解いた命ちゃんに向かって、私のクリートシードリングの能力を発動させる。
命ちゃんが光に包まれていく。
ごめんね、まだ帰れそうにないよ。
でも、すぐに行くから、待ってて欲しいな。
バイバイ命ちゃん、大好きだよ。
どうも、壊れ始めたラジオです。
前書きにも書きましたが、閲覧ありがとうございます。
プロフィールでも公開していますが、私は特撮が好きです。そして百合も大好きです。しかし、世の中にはなかなかそういったものが見つかりません。なので、「無いものは作ってしまえ」と、そういうわけです。
読んでお分かりかと思いますが、世界観には思いっきり仮面○イダーの枠組みを使わせていただいております。長らく音沙汰ない場合、「あぁ、捕まったんだな」と思ってください。(苦笑)
さてさて、アブナイ話はとりあえずここまでにして、作品そのものの話をします。
この小説は、現在第二話まで書き終わっています。後日投稿予定です。
なお、登場人物の名前に少しネタバレ要素があります。よければ探してみてください。
なぜ、主人公の最初の能力、というか姿がタンポポをモチーフとしているのか?という疑問について回答します。
作者の独断と偏見で『身近な植物で、かつ主役が使って遜色ないもの』を考えた結果、由来が『ライオンの歯』であるタンポポの花を採用いたしました。これからも、フォームチェンジ(って言って訴えられないかな………)の際に登場するクリートシードリングには、作者による何らかの意図があります。その辺りもお楽しみください。
また、主人公の園芸部員設定についてですが、作者は園芸に関しては素人なので、間違ったことを書いていた場合、感想欄にて指摘していただければ、作者が確認ののち、加筆訂正いたします。コメントお待ちしております。
長くなってしまいました。
次の話でみなさんにお会いできるのを本当に、本当に楽しみにして(願って)おります。
それでは。