050
男達が現れたその翌日の朝、ある男の子が提案してきた。
「皆、聞いてほしい」
開口一番そう言って皆の関心をひきつけると、言葉を続ける。
「ボクたちは、他の人に見つかったら殺される。昨日だって、あの村にいた人達じゃなかったのに、急に家族が殺された!」
男の子はそう叫ぶと悔しそうな表情を浮かべ、それを見ていた周りの子達も悲痛な表情で見守る。
「……だから、もう誰も信用なんて出来ない! ボクたちは、ボクたちだけで生きていくしかないんだ!」
「そうだね……」
「うん」
何人かの子がその言葉に同意すると、男の子は満足気に頷いて続ける。
「だからみんな協力してほしい。家族で助け合って、皆で生きていこう!」
男の子は最後にそう力強く締めくくると、周りの子も明るい表情で頷いて返す。
私はその様子を隅の方で震えながら眺めていた。
どうやらそこからは細かい話し合いになるみたいなので、私は輪に入らず、三角に折った足の膝の上に頭を乗せて目を瞑る。
そのまましばらくは寒さが拭えるまで耐え凌ごうと思っていると、頭上から声が掛かってきた。
「ねぇ、キミも賛成してくれるよね?」
「……なに?」
顔を上げると、先程まで喋っていた男の子が居た。
笑みを形作ったその表情を見ていると、なんだか余計に寒くなってきた。早くあっちいってくれないかな……。
「これ以上家族を殺されるのは堪らないからね、一緒に協力していこう?」
「……うん」
特にその意見について異を唱えるつもりはなかったので、頷いて答える。
話しかけてきた男の子は一瞬口元を歪めると、すぐに貼り付けた笑みに戻して口を開いた。
「じゃあ早速協力だ。……その棒? ボクに貸してくれないかな?」
私がちらりと手元の槍へ目を向けた後に視線を返すと、男の子が頷く。
昨日来た男の一人が同じような形状の物を使っていたので、何か凄い物だと思っているのだろうか?
でもあんな風に振ったり突いたりするには、いくらかの力が必要になる。私達みたいに、これまで全く体を動かしてこなかった人には、すぐに扱うのは無理だと思う。
……まぁいいか。欲しいなら渡してしまおう。
どっちにしろ私に使えそうもないし、何より重いし邪魔。
「ん」
「ありがとう」
そうして素直に渡した槍を男の子は片手で受け取り、すぐに踵を返して皆の元に戻っていった。
どうやら本当に槍だけが目的だったようで、もう私の事は目に入っていないようだった。
その後思い出したかのように空腹を感じてきた私達は、食料を調達してこようという事になった。
分担してそれぞれの場所へ探しにいき、見つけたものを持ってこの場所に戻って来ようとの話だ。
そこまでは問題は無かったのだが……。
「じゃ、ボクたちは向こうの方を探してくるよ。皆も頑張ってね」
「ちゃんと見つけてこいよー」
「家族で頑張ろうね!」
そう言った男の子は他に五人の子を引き連れ、森へ入っていく。
何を基準に選んだかは分からないが、彼らを見送った私達四人はその場に取り残されてしまう。
その後何らかの話し合いが行われたのか、残った子達も私を除いた三人で探しに行ってしまった。
独りぽつん、と取り残される私。
「はぁ、寒い……けど、ご飯探さないと」
こうしていても仕方が無いので、その言葉を機に弱々しく立ち上がり、独りで散策を始めた。
探し始めてみると、でこぼこした地面が歩くたびに少ない体力をごっそりと削っていくものの、食材となりそうな植物はたくさん見つかった。
とは言ってもあくまで食材になりそう……というだけであり、実際に食べられるかどうかは分からない。とりあえずその場で食べるのは止めておき、持ち帰ってから大丈夫そうなものに口をつけようと考え、一旦は集められるだけ採集作業に没頭した。
しばらくして両手に持ち切れなくなり、服の裾を掴んで受け皿にして大量の山菜を持って元の場所に戻る。
こうしていると少しお腹に風が当たって冷たいが、作業に集中していたお陰で幸いにもいつもの寒さを感じる事は無かった。
そうして若干機嫌よく集合地点の近くまで戻ってくると、なにやら様子がおかしい。
時間は既に陽も傾き、薄っすらと暗くなってきていたので、何人かは戻っていると思っていた。いや、物音は聞こえるので戻ってきているのだろう。だが、会話する声など聞こえず、代わりにぺちゃぺちゃと水っぽい音が聞こえてきた。
そういえば喉も渇いたなと考えつつ、音がする方へ歩き進めていくと……そこには予想外の光景があった。
先に戻ってきたグループなのだろう。
私を置いて三人組で出かけた子供達がそれぞれ地面に倒れており、腕や腹部に赤い染み……血溜まりが広がっていた。
「ぁ……」
何が起こっているかわからず、思わず小さな声が漏れる……が、それは失態だった。
致命的だったのはすぐにソレの存在に気がつかなかった事。
私は三人の死骸にだけ目が行ってしまい、その近くで何かを貪っている獣に気がつかなかった。知識があれば何かの動物だと言えるだろうが、生憎とこのような生き物は見た事が無い。
その獣は咥えていた赤黒い何かを口を外すと、私の声が聞こえたのだろう、ゆっくりとこちらを向く。
目が合った。
その瞬間、私も周りに散らばったあれらと同じになるのだろうと悟る。
獣は逃げない私に安心したのか、こちらに向けて前足をゆっくりと一歩踏み出した。
そのまま二歩、三歩と寄ってくるが、私は逃げる事も出来ず、ただ立ち止まったままそれを見ているだけだった。
死の足音は着々と近づいてきている。
だがそんな状況でも私は恐怖を感じず、ただ諦観に似た気持ちしか湧いてこなかった。
別に積極的に死にたい訳ではない。
けど、なんだろうか……これから先もこの寒くて凍えそうな感覚に耐えるくらいなら、今ここで終わっても良いような気もしてきた。
以前あの暗い部屋の中での長かった生活、唯一希望に満ちていると思っていた外に出た今。
そのどちらもが私には寒さしか与えてくれなかった。これから先どこへ行っても、そんな所しかないんだろう。
きっと私が魔人族である限り、暖かい場所なんてものは無い。
ならもう、どうでも良いじゃないか。
そうすっかり諦めの心境で眺めていると、ちょうど私と獣との距離が半分ほど縮まった頃、別方向からがさがさと音が聞こえた。
「結構取れたね、まずはこれを誰かに食べさせて、大丈夫そうだったら皆で食べよっか」
「うん、食べられるのがあったら良いね」
「あ、だったらあの黒髪のチビに食わしてみたらいいんじゃね? アイツなんにもしないでもその内居なくなりそうだし、家族の役に立つんなら喜んでやるだろ」
「なるほど、それはいい考えだね! 戻ったらまたお願いをしてみようか……この槍を貰ったときみたいにね」
近づくに連れて、音以外に声が混じり始めた。どうやらあの仕切っていた男の子達が戻ってきたみたいだ。
彼らがこの状況を見ればどう思うか……会話の内容から察するに、まず間違っても助けにはいる事は無さそうに思える。
そんな事を考えていると、目の前にいる獣もその音に意識を払っているのが分かった。
そうしてそのまま互いにじっと物音立てずに立ち止まっていると、彼らの姿が見えた。
「……え? なに、これ」
「ひっ……!」
私達から見えるという事は、当然彼らからもこちらが見えている。
私と対峙している獣の姿、そして転がっている者言わぬ肉塊。彼らの表情が途端に引きつり、私が立っている事に気がつくと叫んできた。
「お、おい! そこのキミ! そのままソイツを惹きつけておいてくれ!」
「絶対こっちに来させたらだめよ!」
なるほど、私を囮に逃げようという腹らしい。ただ彼らには悪いが、そう言われても何も出来ない。
元々さっきも何かしら抵抗をしようとする気すら無かったのに加え、何かしたところで意味を成すとも思えない。私はこのまま状況に身を任せる事にした。
そうして彼らを見ていると、一つ気になった事があった。
森に逃げ込んだ当初は、あんなにも感情を露にしていなかったように思うのだが、いつの間にか変わっていた。
もしかしたらあの部屋を出て行動の自由が出来て、さらにあの水玉を使えば脅威の排除が出来ると理解した経験が、彼らの希望につながっているのかもしれない。
私から見た彼らは、必死に生きようとする気概をその表情から感じ取れた。
……逆に彼らから見た私は、どう映るのだろうか?
そうやって人事のようにぽけーっと考えていると、獣は私を視線から外し、彼らに向き直って咆哮をあげた。
「ひっ! なんでこっちに……お、おい! 早くこの獣の気を逸らしてくれ! お願いだ、家族だろう?」
「いいから早く走れ! 逃げないと!」
獣は威嚇が終わると、すぐさまその四肢を使って疾走を始める。
単純な数か、それともあちらに魅力か脅威を感じたのかは分からないが、その瞬間、どうやら私は助かったのだと理解した。――同時に、彼らの危機であることも。
「だめ、早すぎる!」
「『蒼の力よ 我が魔力に集いて形を成せ』、『第一節 アクアボール』! ……っく、早くて当たらないよう」
「だったらもう、仕方ないね」
「いだっ!?」
一人の子が早口に詠唱を唱え水玉を発射するが、獣は巨体を左右に振って狙いを定めさせないようにしており、まるで当たる気配が無かった。
するとそれを見た槍を持つ男の子が呟くと、手に持っていた槍で隣を並走していた子の足を切りつけた。
「ちょ、なんで!?」
「なにしてるんだ!」
「全員で逃げ切るのは難しいみたいだからね。キミは水玉も使えないし、ここで役にたってね」
「!!」
その後すぐに足を怪我した子の元へ獣がやってくるが、止まる事無くついでとばかりの所作で子供の頭を潰し、そちらへ一瞥する事もなく逃げる彼らを追っていった。
そこまでいくともう私の視界からは見えなくなる。
「はぁ……」
知らずに強張らせていた体の緊張を解く。
軽く息を吐くと、地面に落としてしまった木の実などを拾い集め、その場を後にする。
獣が食料を残していったのだから、恐らく後で帰ってくるのだろう。先程も考えたとおり、別に殺される事に忌避を感じている訳ではないが、率先して死のうと思っていたわけでもないので、理性的な判断で移動する事にした。
そうして歩き進め、すわりの良さそうな窪みのある木を見つけると、そこで腰を下ろす。
自由、外に出る。
彼らはそう言って希望に目を輝かせていたのは知っている。
けど、実際に出てみればこれだ。
初日は死に物狂いで逃走し、昨日は変な男達を殺し、今日は今日で一日歩きっぱなしな上にあの獣。
どこに希望があるのだろうか。これならあの部屋にいた方が、まだまともに生きられたのではないだろうか。
死んでいった彼らは、それなりに外に対して期待していたのだと思う。そして実際に出てみてその期待はさぞかし裏切られた事だろう。私だって独りになりたくないだけでここまで来たのに、結局独りになってしまった。
「家族……」
彼らが頻りに言っていた言葉だ。
私にはあまり分からなかったのだが、部屋にいた頃よく聞く言葉だった。それもそのはず、村人が代わる代わるやってきて、家族が、子供が、夫が嫁がと、飽きる事無く罵倒と共に言っていたのだ。
そんな村人達の様子から、多分それはとても暖かく、互いに尊重しあいつつもどこか安心できるような、失いたくない……そんな存在なのだろうという事は予想できた。
今にして思えば、一緒に逃げてきた子供達が家族と口にするのは、そんな居心地の良い存在を探して自分の居場所にしたかったのかもしれない。私はどうだったのかな……。
そこまで考えた所で、またあの悪寒がやってくる。
「ぐすっ……寒い、寒いよぉ……」
自分の鼻声で、ようやく泣いていた事を自覚する。
でもなぜかは分からない。ただ悲しく、辛く、そして寒い。
こんなに寒いのなら、いっそもう全ての温度を奪いつくして、何もかも凍結してくれたら良いのに。
そうすればきっとこんな気持ちにはならないし、寒いのだって何も感じなくなるはずだ。
それからしばらく声を殺して泣き続け、落ち着いてから毒の有無が分からない木の実や野草を口にすると、いつも通り肩を抱いて寒さに耐えながら眠りに入った。
日が開けて、降り注ぐ光に目を覚ます。
無言で立ち上がり、背にした気から落ちてきたのだろう葉を頭から払うと、これからどうするかを考える。
だが、まともな食事や休養が取れていない身体では思考など出来る余裕があるはずも無く、とりあえずは食料を確保する事にした。
獣がきた場所はもう使えないので、まだ通った事のない道を進み、昨日と同じく目にした実や野草を採集する。
幸いにも、寝入る前に口にしたものは毒が含まれて居なかったようで、今日の活動に支障なく動く事が出来た。そうして採集を続ける中、少し見慣れてきた赤い痕を見つけた。
「……う」
半ば確信を抱きつつ、その赤い痕を辿ってみると、予想に違わずそれがあった。
物言わなくなった三人分の子供の死体。それらは酷く損傷しており、既に獣の食い残し状態だ。
残った二人はどうなったのか。逃げ切れたか、あるいは別の場所に……まぁどちらの場合でも、もう会う事は無いだろう。
私はそれらを無言で見渡すと、すぐに踵を返す。
これでもう、本当に私だけになってしまった。元々彼らに対して何らかの期待をしていたわけではないが、それでもこうして見てしまうと余計に感じてしまう。あぁ、独りなのだと。
私はなるべく考えないようにしながら、あの場から遠ざかるように歩き進めていたが、ふと水の流れる音が聞こえ、その場に立ち止まる。
そういえば喉も渇いている。採集したものもある程度集まっているので、水辺を見つけてそこで休憩にする事にした。
聞こえてくる水の音を頼りに歩き進めていると、存外近場にあった。
私は水辺に腰を下ろし、そのまま頭を川の中に突っ込む。
「ん、んっ! ……ぷは」
数日振りの水分に、乾いていた体内が一気に潤っていくのを感じた。
ぽたぽたと雫の滴る顔をそのままあげると、透き通った流れる水の中で私を見つめ返す顔があった。
痩せ細っていて、所々汚れや怪我があり、目元に力が感じられない。
つまり私の顔だった。
そのまま私は、水面に映る自分の顔を眺めながら考える。
先送りにしていたが、もはやもう限界だ。
多分このまま逃げ続けたとして、もう一度あの獣に会えば間違いなく終わる。それに先日は返り討ちに出来たが、他種族に見つかっても良い未来は考えられない。
……いや、それよりも先に、食糧事情で動けなくなるかもしれない。葉っぱや木の実だけでは保たないし、今はまだ大丈夫だが、毒を口にしているかもしれない。
状況がどうあれ、もはや早いか遅いかの違いしかないだろう。このままひっそりと一人で朽ちていくのか……。そう考えると、他の子は誰かと一緒に死ぬ事が出来ていたので、少し羨ましく感じた。
一人、独りっきりか……。
「まただ……うぅ、さむい」
だめだ、考えないようにしようと思っていたのに、少しでも思考に余裕が出てくるとこうなってしまう。
「寒いっ……さむいよ……」
私はいつもの様に暖を取ろうと小さくなり、震える肩を自分自身の腕で抱きしめる。
あぁ、もう嫌だ。
どうせこのまま生き抜こうとしていたって、何も意味なんて無いじゃないか。それならもう、ここで終わらせてしまった方が良いんじゃないだろうか。
……あぁそうか。だから皆はもう、いなくなったんだ。
このままでは無理だから、生き残ったって希望も何も無いのだから……だからもう、皆は止めちゃったんだね。
それで察しの悪い私は独り取り残されて、誰かと一緒に死ぬことも出来ず、ここまでずるずると来てしまったみたいだ。
だったらもう、良いよね?
昨日はその機会を逃してしまったけど、そのお陰でやっとこの答えが出せた。
……独りだけでというのは少し寂しいけど、それはもうしょうがいないよね。
「ひっ、ぐすっ、さむい」
私は意を決して、この川の中へ飛び込もうとするが、声が漏れてしまった。
多分無意識に、独りひっそり消える事に悲しさを感じたのだろう。けどもう、これで終わりだ。
それなりの深さに見えるこの川に今の体力の無い体で飛び込めば、抵抗も出来ずに消えられるだろう。……この苦痛や寒さからも逃れられる。
私は身を乗り出して、川へと身を投げようとした……その時。
「そうかしら?」
咄嗟に掛けられた声に、力の入っていた体が一瞬硬直する。
だがそんな私の状況は見ていないとばかりに、その声は続けられた。
「ここは結構、暖かいと思うのだけれど……」
「あう、え……?」
私は驚いて変な声が出てしまうのを自覚しながら、その声の主へと視線を向ける。
するとそこにはいつのまに近づいていたのか、困惑した表情でこちらを見下ろす女の子がいた。




