048
魔力枯渇で倒れたテスラを介抱し、あーちゃんとヘルを呼ぼうとした時だった。
テスラは私を止め、少し言いづらそうにしながら口を開いた。
「その、気のせいでしたら良いのですが……」
「どうしたの?」
「はい、その前に……アリスの『精神干渉』についてはご存知ですよね?」
「? 勿論知っているわ。あーちゃんとも『技能共有』だってしているし、どんなものなのかも分かっているつもりよ」
今更何の確認だろうか。
彼女の瞳には私を心配する色が見え、少し困惑する。
「分かっているのでしたら、どうして!?」
「……えぇと、悪いのだけれど話が見えないわ」
急に興奮し始めたテスラを宥め、しっかりと話を聞く姿勢を作ると、テスラは申し訳なさそうな表情で話し始める。
「すみませんでした。それで、アリス……八番の魔法ですが、感情を誘導出来る事は聞いていますか?」
「え? あぁ、そういう使い方もあったわね」
正直、言われるまで忘れていた。
思い返してみれば、あーちゃんと初めて会った時に『精神干渉』を実演で見せて貰い、随分と戦慄した事は記憶にあるのだが……。
あぁそうだ、あの時は何かしら対策を講じようと考えたものだが、あーちゃんと触れ合ってみて、私だけは目を合わせていようと思ったのだ。
だから既にその力については、あーちゃんを信じて何も考えていなかった。
「それで先程の質問に戻るのですが、なぜ目を合わせているのですか?」
「なぜって、そんな大げさね……それじゃあまるで、あーちゃんが私に『精神干渉』を使っているみたいじゃない」
「みたい……で済めば良いのですが」
なるほど、つまりテスラはあーちゃんを疑っているのか。
出来れば今すぐやめて欲しいと思うが、それではテスラの言葉を信用していない事になるし、なによりテスラが納得しないだろう。
……いや、従順なテスラなら、もしかしたら私の言葉だからと納得してくれるかもしれないが、そういうやり方はあまり好きじゃない。となればまずはテスラの話を聞いてから、その上で話し合ったほうが良いだろう。
「うーん、アナタはどうしてそう思うのかしら?」
そう思って聞いてみるが、テスラは覗うような視線でこちらを見ながら、迷う素振りを見せる。
「根拠はあるのですが……」
「言い難い事なの?」
「いえ、ただエリス様は以前のご記憶が無いと伺っていましたので……過去の自分、というのと比較されるのは、あまり良い気分ではありませんよね?」
その言葉に、中々テスラが言い出さなかった事に納得する。
つまり彼女から見て、今の私は記憶を失う前とは明らかに変化しているという事だろう。
その上で変化を指摘する事は、今の私を否定する事に繋がると考えているのかもしれない。中々に難儀な性格をしているようだ。
「いいえ、アナタが想ってくれているのは今の私でしょう? それなら大丈夫よ、安心して話して欲しいわ」
「エリス様……わかりました。それでは僭越ながら、申し上げます」
私がそう伝えると、テスラもようやく話してくれる気になったようで、一つ軽い咳払いをしてから口を開いた。
「長く話せる場でないので簡潔に……以前のエリス様は、あるお方へ大きく心を寄せられていました。その方の為になら、どんな犠牲も厭わないと考えるほどにです」
「……」
「ですがその方の行方を知れず、エリス様は必死になって探し出そうとしておりました」
いきなり心当たりが無いところから始まってしまい、少し困惑する。
とりあえず、そういった前提があった事を頭に入れて、続きに耳を傾ける。
「そうした考えで行動をされておりましたので、手段を選んでいられなかった主は好戦的で、他人に対しては人一倍警戒心が強かったと記憶しています。……逆に、身内へ引き入れた者にはとても甘かったので、少し苦労もしましたが」
「へぇ、そうな……ん?」
今なにか、違う事が聞こえた気がして動きを止めるが、テスラが話を続けたので外れかけた考えを戻す。
「それに、他人に対しての警戒の他にも、利用出来るかどうかで相手を見ていた事が多かったように思います」
「そう……ね」
「……と、ここまでお話しましたが、エリス様は記憶を封じられている身です。その時の感情や記憶が無ければ、考え方が変わる事は当たり前ですので、私の思い過ごしである可能性も考えられます」
テスラはそう言って締めくくると、後の判断を私に委ねてきた。
ふむ……ここでさきほどと同じようにすぐに否定すれば話は済む。しかし、テスラを信じるとつい先程言ったのに、すぐに切って捨てるのは出来ない。
それに話を聞いて色々と思い当たる節があった事も確かだった。
思い返すのは、心蝕魔法を使う前の実験区画での行動だ。
あそこにいた時の私は、テスラの言う通り好戦的であり、敵か障害になるものは簡単に排除してきた。それに、他人に対して打算的に動いていた事も否定出来ない。
警戒心……というのはあまり分からなかったが、それは多分私にとって敵として認識した相手がおらず、力を持ってどうにでも出来ると考えていたからだろう。
そう思うと、あーちゃん達と出会ってからの私は、かなりの心変わりをしているように思える。
でも、だからといってそれが『精神干渉』の影響と直接結びつくものなのか? 状況的にそう思える要素は確かにあるのだが、もしかしたら心蝕魔法の影響と、環境の変化が理由で自然に変わったのかもしれない。
……いや、違う。そうじゃない。
「ふぅ」
軽く息を吐き、気分を落ち着かせ、なるべく冷めた思考を心がける。
……分かっている。下手に理由を重ねなくとも、答えは最初からハッキリしていた。
だからこそこれ以上考えてみても意味が無い。
私は初めから、あーちゃんを信じている事を前提として考えている。最初から平行線なのだ。
全く、こんな自分に嫌気がさす。
テスラは本人以上に私の事を慮ってくれて、その上で話をしてくれたのだと思う。それなのに私は、話の内容を検討するのでは無く、否定材料から探し始めてしまっていた。
つまり、最初からテスラを信用しないものと言っているようなものだ。ここまで考えてやっと気がついたという点も含め、自分の考えの足りなさに気分が沈む。
……だが、それでも私の考えは変わらない。
「ごめんなさいテスラ、どうやら私はあーちゃんを疑いたくないみたい……でもアナタの言葉も疑っている訳ではないの、だから、えぇと……」
だめだ、考えが纏まらない。二人ともを信じたいのに、どちらかを選べば残った方が否定されてしまう。
どうすれば良いかわからなくて、少し視界が滲んできた……選択を迷っているわけではないのだが、何も良い代案が思いつかず、決められない。
そうして何とか泣かないように我慢しながら考えていると、やがて口元を少し綻ばせたテスラがそっと声を掛けてきた。
「わかりました。ふふっ、私なんかにまで心を割いて考えていただいた事、とても嬉しく思います」
「え、いや、でも私は……」
「大丈夫ですよ、わかっていますから。……それで一つ、ご提案なのですが」
「提案?」
「はい」
まるで心を見透かされたかのような内容だったが、それは願ってもいない事だ。
私はすぐに崩れそうだった表情を引き締めると、彼女の声に耳を傾ける。
「惑わせてしまって申し訳なかったのですが、最初に申し上げました通り、今のお話について疑わしい点があっても確証はありません。それにもし本当だったとしましても、エリス様を想っての事かもしれません」
「えぇ、そうよね」
「なので少し、アリスの目的を探ってみませんか? そうすれば私もですが、エリス様も気持ちよく納得出来るかと思います」
「……なるほど」
テスラの提案は、とても聞き入れやすかった。
そうだ。私は頑なにあーちゃんは何もやっていないと主張していたが、別にそれが悪いものだと決まっていないのだ。
「でもそれは、直接聞いてみるだけではいけないの?」
「それも一つの方法かと思いますが……それで言うのでしたら、使う前から言うのではないのでしょうか」
「確かに、前に固有魔法について教えてくれた時は、使ってすぐに言ってくれていたわね……」
ではもし仮に『精神干渉』を使っていたとして、なぜ私にその事を言ってくれていないのか。……ふむ、想像がつかない。
逆に、どうしたら言ってくれるのかも考えてみるが、そちらについても思いつかなかった。
「うーん、テスラの言うことはわかったわ。けれど、どうやって確認をするの?」
「それには考えがあります」
「……それ、あーちゃんに害がある事じゃないわよね?」
「ご安心下さい。もちろんアリスへ危害を加えようなどとは考えておりません」
どうやらテスラには、最初から何か考えがあったようだ。
方法はまだ聞いていないが、あーちゃんに危険がないのであれば断る理由は無いだろう。
「わかったわ、話を聞かせて頂戴」
「はい、それではまず……」
「……」
こうして私達は、あーちゃんの目的を確認する事となった。
作戦は全てテスラが立案したものだったが、内容も簡単で、一度あーちゃんと別行動をするだけで、後はテスラが調整するとの事。
テスラの考えだとそこで何事もなく終わり、最終的に私と合流が出来たのであれば問題なしと判断して良いという事であった。
それだけで何がわかるのか不明だったのだが、理由について聞けば「今は話こんでしまいましたので、何事もなければ終わった後でお話します」と言われてしまい、すぐ近くの小石へ『情報伝達』を施したテスラを見て、大して考えずにその場での言及を止めた。
……今思えば、この時すでにテスラは何かを確信しているようだった。
あの時もう少し詳しく聞いていれば、テスラを危険な目に遭わせなくて済んだのかもしれない。
音だけで判断はしづらかったが、多分テスラは約束通りあーちゃんへの攻撃を行わず、ほぼ一方的に受けていたのだと思われる。私があんなことを言わなければ、少しは抵抗出来たのかもしれないのに……。
「テスラ……」
私は彼女の名を言葉にすると、きゅっと口を一文字にしめた。
思い返している間も歩き続けていたおかげで、あれから結構進んでいたようだ。
「……? 何だか少し寒いわね」
集中していたためか、今になってやっと違和感に気づく。
来る時はこんなに冷えていただろうか? ……何となくこの寒さ、あの時に似ているような……っ!
何気なく城での出来事を思い出した私は、同時に焦りを感じて駆け足になっていた。
「まさか……!」
あの時は確か、彼女が心蝕魔法を使おうとしていたはず……なら、この冷気は!
私はすぐ身体強化で運動能力を引き上げると、これまでの倍速以上で突き進む。平行して『技能共有』で彼女の位置を確認すると、もうすぐ近くまで来ていた。
彼女に会ったらまずは心蝕魔法を止めないと、それでテスラの安否を確認して、ここまでの事について理由も聞こう。
走りながらも思考を整理を終えた私は、そのまま一気に彼女の元へと飛び出し、その名を呼んだ。
「あーちゃん!!!」
「ん……エリスちゃん? あはっ、待ってたよ」
そうして駆け抜けた先には、氷壁を背にして一人で佇むあーちゃんの姿があった。




