043
間も無くして、あーちゃんの言葉通りに他のパーティがやってきた。
先にマルギットが加わったパーティが来て、その後に続くかの様にすぐもう一つの道から二パーティも現れ、計十五人が固まってこちらへと向かってくると、先頭にいた男が口を開く。
「ここはだめだ、撤退しよう」
「へ?」
その言葉に、ヘルはぽかんとした表情で反応する。
私もヘルと同様に男が何を言っているのか分からなかったのだが、声を出せばマルギットやグスタに気づかれる可能性も有り、お面の奥で眉を潜めるのに留めた。
「はぁ、はぁ……だな。この人数が居れば、何とか脱出までは出来るだろう」
「どうやらそっちも大半がやられちまってるみたいだし、体力が戻り次第すぐに脱出するぞ」
あー、なるほど。
そういえばテスラとあーちゃんはそれぞれ、別パーティと一緒に行動していたのだった。
それが今見れば一緒にいたパーティは全滅している状態。恐らく彼らはその様子から、魔物にやられてしまったのだと思っているのだろう。……実際の犯人は違うのだが。
そして見てみれば、彼らもまた怪我を負っていた。
大小と違いはあるが、元々ソロであったマルギットでさえも小さな傷が見える。顔色から疲れている様子も見て取れ、どうやらここまでくるのにも相当苦労していたようだ。
苦労?
そこで少し気になった私は、お面の中で小さく呟いて聞いてみる。
「"ねぇテスラ、もしかして目的の魔物を、既に彼らが討伐しちゃったのかしら?"」
「"いえ、それはありえません。巣を張った主は、基本的にその巣の最も深い所にいます"」
「"でも見るからに疲弊しているし……その巣の主が移動している時に遭遇してしまうなんてことはないの?"」
「"ふむ、確かにその可能性も無いわけではありませんが……アリス、念の為に確認を"」
「"えー、しょうがないなー"」
あーちゃんはそう言うと、軽く息を吸う。
「目的の魔物は?」
「は? おいおいおいおい、馬鹿言うなよ? まだ道中だって言うのに俺らこのザマなんだぜ? 流石に奥までは進めねぇよ」
「討伐失敗でも良いのかしら」
「……確かにそれは報酬も良かった分困る。だがな、そんなもん死んじまったら意味がねぇ」
「そう……"らしいよー"」
途中から『情報伝達』に切り替えて、あーちゃんはそう締めくくった。
え? という事は、何だ。
「"もしかして彼ら、道中の魔物相手にここまで消耗しているって事かしら?"」
「"そうだと思われます。ここの魔物ですが、数がいる上に一匹一匹が推定で六、七級相当の強さを持っているようですので、致し方ないかと"」
テスラの言葉に、ますます私は困惑した。
いやいやいや、ここの人達は確か四級冒険者で、これから三級の魔物を狩りに行くって話ではなかったか?
「"エリス様が思う事もわかります。ですがエリス様も見たと思いますけど、彼らは魔物一匹に対して毎回陣形を整え、互いに援護し合って倒せる程度なんですよ? それが魔物数対に囲まれたら……こうなっているのも頷けます"」
「"三級のヘルは片手間で倒しちゃってるじゃない"」
「"それは三級だからですよ。私も七級までしか上げていませんので詳細は知りませんが、四級から三級へ上がる試験は相当無茶な内容らしいです。それに試験に受ける為にも、ギルド側から案内が来ないと受ける事すら出来ないと聞いています。恐らく相当な実力の開きがあるのではないかと"」
「"へぇ"」
つまり同じ冒険者であっても、三級のヘルでは比較対処にならないらしい。
中には今さらーっと自分も冒険者だと言ったテスラや、同じ等級のゼクスみたいに能力を偽って登録している者もいるようだが、基本的に四級以下にはあまり期待しない方が良さそうだ。
確かに言われてみれば、ヘルと戦った時は怪我をする心配があったのだが、ここにいる他の人と戦う想定をしてみても危なくなるといった想像が出来ない。
「"冒険者の強さは大体わかったわ。それで疑問なのだけど、なぜこの人達は来たのかしら? もっと強い人……それこそ三級の人達だけでくれば良いと思うのだけれど"」
「"そう出来たら良かったのですが、今この国にいる三級冒険者はヘルムトラウトだけです。その他も、一応四級の中ではそれなりに長くやってきているパーティなのですが……"」
「"……という事はこれで一応、最大戦力だったという事ね"」
思いの外三級冒険者というのは少ないらしい。
前にもそんな説明を聞いた気がするけれど、その時は外の世界そのものを知らなかった。しかしこうして外に出て、実際に現役の冒険者を見てみると実感出来た。
「"このまま一緒に居ても、弱いし邪魔になるんじゃないかな?"」
「"……そうね"」
あーちゃんが私に目を向け、私が思っていた事を言葉に出した。
そう、弱い。
……いや違う。彼らが弱いのではなく、逆なのだ。
きっと私達の強化、固有魔法、心蝕魔法が異常で、普通に鍛錬を積んで鍛えた場合にはあちらが正常なのだろう。ヘルが強かったおかげでうまく目を逸らせていたが、こうやって冷静に見てみれば、嫌でも自分達の化物さ加減が理解出来てしまう。
『っぷ! あはっ、無理無理、無理っすよ爆弾狐さん。忘れたんすか? 自分ら、化物なんすよ? 普通の人と一緒に生きられるわけないじゃないっすか』
そんな事を考えていたからだろうか、ふとゼクスの言葉が頭を過ぎる。
あの時の私は何も知らず、自分の事を普通の亜人と言った。だが、壁の中で自我を取り戻した瞬間から心蝕魔法を使うまで、私は普通であっただろうか?
私は壁の中で力を手に入れて、邪魔な者や気に入らない者を即刻排除してきた。逆に使える者や必要な者に対しては、力で捻じ伏せ従わせた。普通の定義は分からないが、これはきっと普通ではないだろう。化物だ。
そうだ、考えてみれば簡単に納得出来る。
なのに何故あの時の私は、あぁも頑なに異常だと言われる事を拒絶していたのだろうか。当事の記憶はあるのに感情だけがないせいか、理由に思い当たる節が無い。
それに化物であっても、今の私にはあーちゃんやテスラ、ゼクスも居る。
テスラやあーちゃんだって、ここに来てすぐに邪魔者を排除していた。みんな一緒。だから私だけがおかしい訳では無いのだ。
私はそう結論付けると、早く私達だけの世界に戻るため、この仕事を終わらせる事を考える事にした。
彼らのお陰で、エリスちゃんの気持ちが良い方向に向いた様だ。
今は久しく気分が良い。
いつもの様に自分で表情を作るのでは無く、自然に口端が上がっているのが分かった。
普段は心蝕魔法の影響で感じにくくなっている感情を、『精神干渉』を使って無理矢理引き上げていたのだが、今はそれを使わなくとも感情を感じられた。
これでもう心配する事は無くなった。
邪魔なヘルムトラウトも含め、ここで全員退場して貰おう。調度彼らも撤退すると言っていたので、こちらからは何もせずとも消えてくれるだろう。
本当ならテスラも邪魔なので消してしまいたいのだが、そうしてしまえばエリスちゃんが悲しむので今は見過ごす。
もうしばらく『精神干渉』で思考の誘導をしてからでないと、エリスちゃんから恨まれてしまう可能性もあるので、今は我慢だ。
撤退する上で少し懸念があるのはヘルムトラウトだが、こちらも恐らくすぐに片が付くだろう。先程エリスちゃんから興味を減退させたように、『精神干渉』で誘導してやれば簡単だ。
後はタイミングを計って目を合わせれば……何だ?
「少し待ってくれ! 私はこのまま討伐を進める」
「はぁ? 馬鹿言うなよ、ここから出るのに今の戦力で足りるかもわからねーのに、行かせるわけないだろ!」
「そうだな、もしどうしても行きたいのであれば、俺達とここを出てから一人で行けば良い」
ここにきて、一人の冒険者が突然訳のわからない事を言い出したみたいだ。
先程までの話は当然こちらにも聞こえており、どうやって撤退するか、どの道で戻るかなどを話していたと思う。
一体誰が……?
「だが魔物を討伐しなければ、いずれ溢れた魔物が外に出てくるぞ。それに今回を逃せば、国内では誰も討伐出来ないという事になる!」
「そんなこと知るか。俺達にそこまでしなきゃなんねぇ義理は無ぇよ」
「まぁ最悪どっか別の国へ移れば良い話し出しな。命張るほどのもんじゃない」
「ならばもう良い! 逃げたい者は勝手にするんだな。私は独りでも行く!」
「だーかーら! それだと撤退する戦力が不足してんだって言ってんだろ? 話しを聞けよ!」
「それこそ私の知ったことでは無い!」
「てめぇ!」
あの女か……? 見た事がある気がする。誰だ?
しかしこれは、面倒な。既にテスラの仕事も終わっているらしいので、さっさとこの邪魔者達には消えて欲しいのだが、この女だけ残られても邪魔なだけだ。
エリスちゃんももう他の人は必要なしと思ってくれているのに、ここで時間を与えればまた情が移ってしまうかもしれない。
それにこの女、どこかで会っている気がしてならない。下手にエリスちゃんに近づかせれば、また厄介なことになってしまうだろう。ヘルムトラウトで既に面倒なのに、これ以上手間を掛けさせられるのは避けたい。
「"マルギットはやる気みたいね、どうしようかしら"」
「"そうですね。魔物の強さにもよりますが……ヘルムトラウトは問題無いとして、彼女は少し足手まといかもしれません"」
しまった、出遅れたか。
ヘルムトラウトごと退場して貰おうと考えていたが、このままではあの女……マルギットまで付いてきてしまう。
……ここは仕方が無い。ヘルムトラウト一人であればまだ対処は簡単なので、マルギットだけでも消えるよう誘導しよう。
そう考え口を開くが、発声する前に別の声で遮られた。
「んー……じゃこうしよう! キミ達は帰る、ボク達は魔物の巣の主を倒すという事でどうかな?」
「い、いやだからな? 俺達だけじゃ戻るも厳しいから、全員で戻りたいんだが」
「そっかそっか、じゃあそこにいる助っ人の二人を連れてっていいよ。これならどうかな?」
そう言ったヘルムトラウトはこちらに向け指をさしてきた。
「え、でもソイツらもパーティが壊滅状態だし、それだけだと不味いんじゃ……」
「ちゃんと見てよ。この人達はキミ達と違って怪我を負って無いんだよ? まぁ分かり易く言えば、ボクと同じくらい強いかもしれないと思うけど、まだ不安かな?」
「だが……」
「それともボクくらいの実力があっても不安かな? それってつまりボクの実力も侮っているって事かな?」
「……わ、わかった」
ヘルムトラウトが発言した時点で違和感を感じていたが、その様子をよく見てみると、エリスちゃんが渡した石を耳に当てていた。
つまりこの発言の内容はヘルムトラウト自身が考えた事ではなく、エリスちゃんかテスラ……いや、こちらに『情報伝達』の声が聞こえていない所から推察するに、恐らくテスラの仕業か。
「"ねね、どういうこと?"」
「"何かしら、ヘルに考えがあるという風には見えないけれど……"」
「"ですが彼女はあぁ見えても三級冒険者です。きっと何か作戦があるのでしょう"」
「"……"」
白々しい。お前がやっている事は読めている。
そう分かっていても、エリスちゃんの前でその様な事は言えず押し黙るしかなかった。
どういうつもりだ? 何を考えている?
そう思考してみても、テスラの考えが読めない。
ただ一つ分かるのは、こちらの邪魔をしようとしているという事だけだ。それさえも何故なのか分からない。
しかし考えている間も、状況は待ってくれず進んでしまう。
「他には文句ないね? じゃボクとそこのワンちゃん、あとキミ……えーと」
「マルギットだ」
「うん、じゃあマルギット、キミも一緒に討伐へ行こうか」
「……礼を言う」
「"え、私なの?"」
「"ちょっ――"」
「"――その様ですね。では私とアリスは先に出口の方で待ってますので、終わったら合流しましょう"」
「"はぁ、仕方が無いわね"」
こちらが喋ろうとすると、今度はテスラが露骨に遮ってきた。
なるほど、これはもう間違いない。理由は分からないが、どうあっても邪魔する気の様だ。
だがこれも悪いだけでは無いかもしれない。
エリスちゃんと別れてテスラと二人になれれば、予定よりも早く排除出来そうだ。エリスちゃんと一緒でなければその後はどうとでもなる。
エリスちゃんの事で邪魔をする者は許さない。
エリスちゃんは、あーちゃんのものなのだから。
話が纏まると、それぞれがすぐに行動を開始した。
私はヘルとマルギットの二人と一緒に奥へと進み、残ったあーちゃんやテスラ、グスタ含む冒険者達は撤退の為に入り口へと向かう。
組み分けをする上であーちゃんの反応が心配だったのだが、何故かあーちゃんは終始大人しくこの組み分けに従ってくれた。
そうして二組に別れた後、私達は巣の最深部へ向かっているのだが……。
「うーん……」
隣を歩くヘルは、ずっとこんな調子だった。
何か考えているような、悩んでいるような……そんな感じで、難しい表情でうんうん唸っている。
後はマルギットだが、後方の警戒という事で少し後ろで離れて付いてきている。正直私やヘルの索敵能力があれば、マルギットの視認確認など不要なのだが……まぁその辺りは役割分担が欲しそうだったので、任せる事にしていた。
「うーん」
「さっきからどうしたのよ」
「あ、え、うん……」
私がマルギットまで声が届かないよう小さめに話すと、ヘルは上の空で返事をしてきた。
その後も何度か話しかけるが同じような返答しかなく、そろそろ張り倒そうかしらと考え始めた頃、ヘルがじっと私の顔……お面を見始めた。
「……なによ」
「わかんないんだけど、何かもやもやーってしてるんだよね」
「アナタの説明の方が、よっぽどもやもやーってしてるわよ」
「うぅ……そうかな? そうだよね。うん、よーし!」
大丈夫かこの子、急に叫びだしたぞ?
そんな私の心配を他所に、ヘルは先程までの表情とうってかわってにっこりと笑顔になり、私の手を取ってぶらぶらさせる。
「うん、何か変だったんだけど、エリスと会話してたら治ってきたかな」
「えっと、何が?」
「わかんない! けど良いんだー」
「まぁアナタが良いなら別に良いのだけれど……」
急変したヘルにちょっと引いていたが、思い返してみれば元々何も考えていないような子だった。気分でころころと表情が変わってもおかしくは無いか。
それよりもやっと会話が出来そうなので、歩きながら少し気になっていた事を聞いてみる。
「ねぇヘル」
「なにかな?」
「アナタの魔力制御なのだけれど、結構精度が高いのよね?」
「そうだよー! ボク以上の人は見た事無いかな!」
「ちょっとその制御について、やり方とか色々教えて欲しいのだけれど」
ほぼ肉弾戦ばかりしていた私なので、実際に使うかどうかは不明だが聞いておいても損は無いだろう。
そう思って質問をしてみたのだが、例の如くヘルの説明には擬音や感覚みたいなものが多く、あまりハッキリしなかった。
その中で私なりに要点を纏めると二つ。
一つは、物質を操作する際に薄っすらと対象の物を強化する要領で魔力で覆う。そして二つ目は、覆った物をどこへどうやって動かすのかを空間内で位置を指定する……と、出来るらしい。
何でも自分の魔力を付与した物は場所さえ指定してやれば動かせるらしく、極論だと一つの空間を自分の魔力で満たせば、その中にあるものは意のままに操作出来るそうだ。
聞いただけでは全く理解出来なかったので、やってみる事にする。
私は以前、持っていたナイフや剣を強化した事はあるのだが、それをかなり弱くしてやってみようとヘルからナイフを借りて魔力を通してみた。
パキン
「あ」
「あ」
ナイフが砕け、ヘルと声が重なった。
あ、あれ? おかしい、まだ一割も満たない程度でしか強化していないはずなのに、こんなにアッサリと砕けるなんて……。
うん、だからね? 決してわざと壊したわけではないのだから、そんな恨みがましい目で見ないで欲しい。
「……」
「えーと」
「……むー」
「ごめん。次のナイフ貸して」
私がそう言うと、むくれていたヘルは私の顔をじっと見た後、「はぁ」と息を吐いて胸元に手を入れると、すっと無言でナイフを渡してくれた。
わざとではない事を理解してくれていると思うが、何かこう、罪悪感が……。
そうしてそのまましばらく練習しつつ、ヘルのナイフを何本も消耗させながら巣の奥へと向かっていくのだが、妙な事にあれだけ数がいた魔物とまったく会わなかった。
お陰で落ち着いて練習も出来て色々わかった事もあるので、良かったと言えば良かったのだが……そう考えて進んでいると、ようやく生物の反応があった。
「エリス」
「そうね……でもマルギットに聞こえる場所では、あまりその名前は呼ばないで頂戴」
「うん、わかってるよ」
ヘルも気づいたようで、同時に足を止める。後ろにいるマルギットはまだ分かっていないらしく、私達が突然足を止めた事に訝しげな表情をして駆け寄って来た。
「どうかしたのか?」
「うん、この先……いるよ」
「っ! そうか」
マルギットはヘルの言葉に驚き、そしてすぐに表情を引き締める。
さて、どうしようかしら。
このまま私かヘルが行けば、道中の魔物の強さを考えて負ける事は無いと思うのだけど、そうしてしまえばマルギットが来た意味が無い。
何というか彼女からは先程二組に別れる前から感じていたが、戦いたがっている雰囲気を感じる。
「よし、じゃーいこっか!」
「待ってくれ」
「うん? どうしたのかな?」
「ここは私一人に任せてくれないか?」
「え、どゆこと?」
ヘルはそう言って不思議そうな顔でマルギットを見ると、マルギットは自分の武器である剣を抜き放ち構えた。
「私はどうしても強くなりたい。もうすぐ三級に上がる試験だってあるのだ。だからすまないが、ここは私に譲ってくれないだろうか」
何がそんなに彼女を駆り立てるのか分からないが、私としては正直どちらでも良い。
口ぶりからすれば、強い魔物と戦って経験を得たいというようなものかと思うが、私は食べたり口付けをすれば能力が上がるので、あまりピンと来ない。どちらかと言えば、避けられる戦いなら面倒だし、人に押し付けてしまったほうが良いとさえ考えている。
だから私は迷わず頷いた。変にここで揉めるよりもやりたいだけやらせた方が、結果的に早く終わるとも思ったからだ。
それを見たヘルは露骨に肩を落とすと、溜息混じりに口を開く。
「はぁ、まぁキミが良いならそれで良いよ……ボクはボクなりにもう楽しめたし、ここは我慢しようかな」
「? 任せてくれるという事で良いのだな?」
「うん」
ヘルはそう言うとマルギットに道を譲り、先程までとは逆にマルギットが先導、私達が後方警戒という陣形で進む。
ほどなく進むと、そこには恐らく巣の主だと思われる魔物がいた。
「……あれか」
「へぇー」
その魔物は私の三倍くらいの大きさがあり、人の様な形をしているが、腕が六本もある上に腰から下は地面に埋まっている。
いや、埋まっているというよりも、植物の様に根を張っている様だ。……まぁありていに言えば、なまじ人と共通する部位があるので気持ちが悪い。
「これが三級指定の魔物か……」
マルギットは独りそう呟くと、持っている剣を構えた。
マルギットは魔物相手にどうするつもりなのか。見た所相手に機動力があるようには見えない。もし私なら、早々にヘルに代わって貰って遠距離から刻ませるだろう。
そして彼女は気づいているだろうか? もし気づいていなければ少し不味く、顔見知りに死なれるのも気分が良いものでは無いので、念の為すぐに動けるよう一割程度の身体強化をしておく。
「では行くぞ! ふっ」
マルギットは駆け出そうと見せ掛け、すぐに横へとずれた。
その瞬間、マルギットが前進していれば間違いなく真下に当たる所から、尖ったものが突き出てきた。恐らく魔物の形状から見るに、根っこの部位を動かしているのだろう。
だが良かった。侮っていたわけでは無かったのだが、マルギットでもこの程度の攻撃であれば事前に察知が出来ていたようだ。まぁ地面から感じる僅かな振動で分からないほうも相当なのだが。
そうしていると今度は私やヘルが居る所にも向かってきたので、事前にその場から離れておく。当然ヘルも私が何かを言う前にナイフを手に持ち、既に空中でマルギットの様子を眺めていた。
とりあえず全員が無事に対処出来たので、そろそろ魔物の方も観察してみる。
魔物は地面に埋まっている為に移動は出来そうにないが、代わりに根の様なもので攻撃を仕掛けてくる。それなら巣に入った瞬間攻撃すれば良いのにと思うのだが、恐らくある程度の距離までしか伸ばせないのだろう。
それ以外で目に付くものとすれば、六本の手に持っている武器だろう。その手には体格不相応の小さな剣、杖、斧といったものが握られており、これは恐らく先にきた冒険者達の武器だと思う。
だが一番下の対になっている手には、それこそ魔物の体格に合った鎌みたいなものを持っており、どうやって手に入れたのかは知らないが、恐らく敵の主武器だろう。
特徴とすればこんなものか。後は肌が青黒くて、顔の部分がさらに人外で気持ち悪いぐらいだ。
私が魔物の観察をしている間にも、マルギットは器用に下から突き出てくる根を避けつつ魔物へと近づいていた。どうやら彼女は遠距離からではなく、近距離でやるつもりらしい。
そしてついに魔物の近くまで接近すると、突き出てきた根をサイドステップでかわして踏み込み、高く飛び上がり剣を振りぬく。魔物は手に持つ小さな武器で対応しようとしたが、マルギットの剣と合わさると、その剣戟の威力に耐え切れずに砕け散った。恐らく魔物は武器に魔力を通しておらず、純粋な耐久力の違いでああなったのだろう。
マルギットはそのまま魔物の手に乗り、すぐに手を伝って顔がある方へ駆け出すが、それに対して魔物はマルギットに向けて大きな口を開くと、その中から根と同じようなものが何本も纏めて伸ばしてきた。
それを見た彼女は何とか対応しようと構えるが、その数の多さにすぐ諦め、剣を大きく振りかぶって乗っていた腕に打ち付けると迷わずその場から飛び降りた。
「ふぅ……固い上に早いか」
彼女はそう呟くと、剣先を魔物に向けながら息を整える。
短い打ち合いだったが、これはマルギットの旗色が悪そうだ。
先程打ち付けていた腕の部分だが、多少切り裂けてはいるものの切断とはほど遠い。彼女の剣は私よりも遥かに技術があるように見えるのだが、人以上の巨体を相手にするには単純な威力が足りないようだ。
もし他に何らかの攻撃手段を持っていなければ、恐らく体力消耗まで追い詰められ、そのままやられてしまうだろう。
それにこっちもそろそろ、地面がら突き出してくる根からの攻撃がうっとおしくなってきた。マルギットの方を見ている間も、常に下から攻撃をされているので落ち着いて観戦が出来ない。
まぁどこから出てくるかも分かる上、突き出てくる速度も遅いので間違っても当たってしまう事はないのだが、それでも一方的に攻められるのは気分的によろしくない。
とりあえずどこか落ち着ける所で……あ、良いとこあるじゃない。
私はすぐに足へ力を篭めて高く飛び上がり、舞い落ちる葉のような動きをして楽をしているやつの元へと突っ込む。
「っ!? び、びっくりした。エリスか」
私は目的の場所まで飛んでいくと、宙に浮いているヘルの足首を掴み、余裕を持ってマルギットの戦闘を上から眺める。その間も地面から伸びてきた根がこちらを狙ってくるが、すべてヘルがひらひらと避ける。この状況下ではとても楽ちんだ。
「あの、ちょっとエリス?」
「どうかしたの?」
「その……」
ヘルはそう言って私が掴んでいる足首を見る。
「あっ、もしかして私にこの手を離して落ちて欲しいって事かしら?」
「へ? いや、えーっと……なんでもない」
ヘルは少し苦い顔をしながら言葉を濁したので、私は笑みを浮かべる事でそれに答える。
『精神干渉』で見なくとも迷惑がっているのはわかっているのだが、下は根がうじゃうじゃあるので無碍にし辛いのだろう。
考えなしに喋るくせにこういう時は言葉を濁すところを見ると、やっぱりヘルは基本悪い人ではないようだ。それじゃ改めて、マルギットの方を……
「……むぅ、エリスはずるい」
「ん? 何か言った?」
「な、なんでもないよ!」
ヘルがぼそっと何かを呟いた気がしたが、あまりそちらに注意していなかった為よく聞き取れなかった。
まぁ本人も何でも無いと言っているし、聞き返してもそっぽを向いているので、きっと大した事では無いのだろう。
「ふっ、はぁ!」
こうしている間にも、マルギットは魔物と戦っている。
主に根の攻撃を避けつつ、隙あれば魔物の懐へ飛び込んで一太刀浴びせすぐに離脱を繰り返していた。
どう見ても消耗戦で先に潰れるのはマルギットのように思えるのだが、なぜそのような戦い方をしているのだろうか?
気になった私は『精神干渉』でマルギットの感情を読み取る。
「はぁ、なるほどね」
「どうしたのかな?」
「えぇ、どうやら彼女……」
私はマルギットが斬り込み、離脱を繰り返しているのを見ながら続ける。
「ここで死ぬ気みたいよ」




