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燃焼少女  作者: まないた
停滞した少女
42/52

042

 

「う、ん……」

 

 それからしばらくして、ヘルの魔物討伐数が二十を超えそうになった頃、撫でていたテスラが小さく声を上げた。

 

「目が覚めたかしら? 大丈夫?」

 

 私の声に反応してか、テスラの瞼が数瞬震えたかと思うと、ゆっくりと瞳を開く。

 

 通常、魔力枯渇を起こせば、こうも早く目を覚ますことはない。

 誰の記憶なのかは分からないが、これは亜人族を除いた全ての種族共通で、大抵一、二日程度は気を失ったままになり、一定以上の魔力が回復した頃に目を覚ますものと知識にあった。

 しかし逆に考えてみると、魔力を気絶している本人に送る事さえ出来れば、すぐ回復するだろう事は予想に易い。そう思って『技能共有』により、再び上限の一割ほど魔力を貸し与えてみれば、考えた通り起きるまでの時間をだいぶ短縮が出来た。

 この結果に私は少しだけ満足感を得つつ、テスラの髪をやさしく撫でる。

 

「……? エリス様?」

「そうよ、あーちゃんもいるわ」

 

 テスラは目覚めると、思考が回りきっていないのか、とろんとした目で辺りをゆっくりと見渡す。魔力枯渇の影響で倦怠感を感じているのだろう。

 そんな様子に申し訳なく思っていると、次第にテスラも状況が分かってきたのか、ふいに表情が固まった。

 

「アリスも……? 私は――っ!」

 

 膝枕をされている事に気が付いたテスラはすぐに起き上がろうとするが、すかさず撫でていた手で押さえつける。

 

「エ、エリス様?」

「ほら、もう少し休んでいなさい」

「え、ですが……」

 

 テスラはそう続けると、誰かを探すようにして視線を巡らせ始めた。そして私たちを護衛しているヘルを見つけると、再び私に視線を戻す。

 

「あの三級冒険者は、その……良いのですか?」

「良いも悪いも、私は最初から気にしていないわ」

「そうでしたか……」

 

 私がそう言うと、テスラは普段であればあまり変わらないその表情へ、小さく影を落とす。恐らくは、悪い事をしてしまったと考えているのだろう。

 ……ふむ。

 

「テスラも目を覚ましたし、そろそろ移動するわよ。……それであーちゃん。悪いのだけれど、ヘルを呼んで来てくれないかしら」

「うん、わかった!」

 

 ずっと隣に張り付いていたあーちゃんへお願いすると、笑顔で元気良く頷いて立ち上がり、てててっと小走りにヘルの元へと向かっていく。実際の所、この場から呼んでもヘルには聞こえたとは思うが、私の意図を汲んでくれたようだ。

 その事に感謝をしつつ見送ると、寝かせていたテスラを起こして座ってもらう。

 

「その、申し訳ございませんでした……」

「テスラ!」

「は――いっ?」

 

 私は肩を落としているテスラへ飛びつくと、驚いているテスラをそのまま抱きしめ、心をこめて謝罪をする。

 

「悪かったわ……ごめんね」

「えっと……?」

「アナタが気絶した原因、わかっているのでしょう? だから、本当にごめん」

「は、はぁ……ですがそれは、私がまた何か、至らなかったからでは……?」

 

 ……やはりテスラは、私が気にしない様にと自分が悪いと言ってくれる。

 

 でもそれは違う。本当に悪いのは私なのだ。

 テスラは自分自身が持つ魔力量と、私が貸し与えている魔力量を正確に把握し、その上で魔法を使っていたのだと思う。そしてそれは、私への信頼を示している。

 恐らく他人であれば、魔力を回収された時に備え、ある程度の魔力量は残しておくだろう。そうしなければ、私の意志によりいつでも魔力枯渇へ追い込む事が出来るのだから当然だ。

 だがテスラは、ヘルとの戦闘で何の躊躇もなく魔力を使い切っていた。恐らくは、私の為だと考えて。

 

 それなのに私は、そんなテスラの信頼を無視して『技能共有』を使ってしまった。

 

「アナタが私を信じて、貸している魔力を当てにしてくれていた事は知っていたわ。なのに私は……」

 

 だめだ。使う時には覚悟をしていたつもりだったが、改めて考えれば考えるほどに辛くなってくる。テスラはこんな私の事を、どう思っているのだろうか?

 『情報伝達』と『精神干渉』を使えば簡単に分かる事だが、そんな事をすれば、何か大事なものを失ってしまいそうな気がして使えなかった。

 

「構いませんよ」

「……テスラ?」

「私はエリス様の従者であり、従者が主を信じるのは当然の事です。それはこれからも変わりません」

「テスラ……アナタは、どうしてそこまで――」

 

 ――信じられるのか。

 そう聞こうとした私は、目を閉じてゆっくりと首を振る。

 

「エリス様?」

 

 いけない。これは自分で思い出すべきだ。

 私が記憶を失っている事は、テスラもあーちゃんも、ゼクスだって知っている。でも彼女達は、今まで過去の話をあまりしてこなかった。それはきっと、私に思い出して欲しいと願っているからだろう。

 それに私も、自分で思い出したい。心蝕魔法を使った時に見えたあの断片的な記憶のように、恐らくきっかけさえあれば思いだせる筈だ。

 

 私は目元を擦って笑顔を作ると、抱きついた体勢からテスラの顔が見える位置まで体を引く。

 

「ありがとう。私もアナタ達の事を、心の底から信じているわ」

「はい!」

 

 そう言って笑いかけると、テスラの少し暗かった表情に明るさが灯る。それを見て私は嬉しくなり、再度抱きつきたくなるが、一つだけ話しておきたかった事がまだ言えてなかったと思い出し、ぐっと堪える。

 

「それとあと一つ、テスラにお願いがあるの」

「何でも仰って下さい」

「これは私が個人的に思っている事だから、無理強いは出来ないのだけれど……心蝕魔法を使わないで欲しいの」

 

 私の言葉に、テスラは少しの間考える素振りを見せると、やがてやや困った顔で口を開いた。

 

「なるほど、先程は私の為に『技能共有』を使ってくれたのですね……とても嬉しく思います。ですが、エリス様もご存知の筈です」

「?」

「心蝕魔法は、いわば条件反射の様なものです。抑えようと思っても、条件が揃ってしまうと強制的に使ってしまいます」

「……そうね」

 

 確かにテスラの言う事も一理ある。きっかけがあれば意思とは関係なく発動してしまう魔法なので、使うなと言うのは難しいか……。

 それにこういった事を言い出すという事は、テスラ自身も実現が難しいと考えての事だろう。安請け合いしないところを見ると、真剣に考えてくれている様で嬉しくなる。

 

「なら、なるべくで良いわ。どうかしら?」

「分かりました。……ただ私の場合、エリス様の事となると自然に発動してしまう様です。これでも普段は抑えているのですが……」

「普段も? それは、例えばどういった時なのかしら?」

「そうですね、例えをあげるときりがないのですが……」

 

 前もって知っていれば、私が気をつけて何とかできるかもしれない。それに私の事なのであれば、何かしら力になれる筈だ。

 そんな気持ちで、軽く聞いてみたつもりだったが……

 

「エリス様に向けて、敵対したり攻撃してくるのは論外です。他だと睨む下卑た視線を送る陰口悪口を言う、無駄に接触してくる人や、エリス様に関連あるものを雑に扱われたらすぐに駆除したくなります。例えるならばエリス様の名前が書いてある所に少しでも傷を付けたり汚したりすれば許せませんし、今回なんてエリス様の格好をしたものを事もあろうかバラバラにしたんですよ? 本来ならばその場で同じ目に遭って頂こうと思いましたがエリス様が大丈夫だと仰られていた手前助力が出来ず歯噛みする思いで我慢したのですでも! まさかまさか少し後にエリス様と一緒に歩いてきたではありませんか、これはもう自分がら罪を償おうとしていると少し感心いたしました。なのに断罪をして差し上げようとすれば避ける防ぐで意味が分からず――」

「ちょっと待ちなさいテスラ、わかったから!」

「……失礼いたしました」

 

 び、びっくりした。面食らっていて途中から何を言っているのか聞き取れなかったが、とりあえず少し、テスラの事を理解出来たと思う。

 ……私に対して好意を向けてくれている事は感じていたが、ここまで強く考えてくれていたとは知らなかったので認識を改めておかないと。

 

 話を戻してテスラの心蝕魔法だが、私のとは違うみたいだ。皆が同じだと思っていたのだが、どうやら人によって発動する条件も異なるらしい。

 私の場合、感情が自分の限界を超えると発動してしまうものなのだが、テスラは怒りや恨みで発動するといったものだと考えられる。

 

 恐らくテスラは、私に対して良く思わない人がいれば気に喰わないのだろう。

 そして気に入らなければ排除しようと動き、そこで手間取れば苛々が募って、ヘルの時の様に心蝕魔法が発動すると思われる。段階を踏んでいる分わかりやすいので、これなら私がいれば止められそうだ。

 

「とりあえず私がいる時は何か別の方法で止めるから、なるべく我慢してくれたら嬉しいわ」

「はい。心蝕魔法の件、承知致しました」

「ありがとう。一応聞いておくけど、すぐに襲ってしまうのも我慢してくれるのよね?」

「…………努力します」

「……えぇ、お願いね」

 

 テスラはこう言ってくれているが、とても心配だ。まぁでも、その辺りも含めて私が気をつけていれば良いだろう。

 

 さて、これで話は終わりだ。

 そう思って私が立ち上がろうとすると、テスラに手を引かれ止められた。どうしたのかと思いテスラの顔を見ると、どこか真剣に私を見つめている様子だったので、再び座りなおして聞く姿勢を作る。

 

「申し訳ありませんエリス様。私からも一つだけ、耳に入れたいお話が……」

「? 言ってみなさい」

 

 テスラは「気のせいでしたら良いのですが……」と前置きを入れて話し出した内容に、私は目を見開いた。

 

 

 

 

 エリスちゃんに言われた通り、ヘルムトラウトの元へとゆっくりと向かう。

 本来ならあまりそばから離れたくはないのだが、エリスちゃんの頼みであれば仕方が無い。

 

 固有魔法『精神干渉』では、他人の気持ちを読める。記憶や思考を読める訳ではないので、完全に行動を把握する事は出来ないまでも、感情からある程度どういった事をしたいのかわかる。それで先程は、何も聞かず離れる事にしたのだった。

 ……ただ離れたと言っても、それで『精神干渉』が解けるわけではないので、どの様なやり取りをしているのかは大体わかるのだが……それについてエリスちゃんには言わない方が良いだろう。

 

「よいしょっと!」

 

 向かっている先から声が聞こえる。見ればヘルムトラウトは、倒した魔物を一箇所に纏めようと、器用にナイフを使って細切れになった肉片を集めている所だった。

 そのまま足を進めていると、気づいたヘルムトラウトが処理をしながらこちらを見て、首を傾げて声を掛けてきた。

 

「ん? あぁ、あーちゃんか。どうしたのかな?」

「エリスちゃんの代わりに呼びに来たんだよ」

「そっかー、またあの人襲ってこないかな?」

 

 ヘルムトラウトはそう言うと、片付けも終わったようでこちらへ小走りに近づいてきた。その表情は明るく、ふわふわと靡く髪は彼女の心象を現しているようだ。

 そうやって眺めていると、ヘルムトラウトは隣までやってきて立ち止まり、エリスちゃん達へと視線を向けて口を開いた。

 

「じゃ、行こっか……って、あれ? 何か抱き合っているように見えるんだけど」

「ホントだー、なんだろうね?」

 

 じっと隣にいるヘルムトラウトを観察しつつ、言葉を返す。

 実際は『精神干渉』で感情を読んでいるので、どういった経緯なのか大体把握はしているが、その事を彼女へ伝える必要は無いだろう。

 

 いや、むしろ知らないでいてくれた方がやりやすい。今は調度良く二人っきりであり、エリスちゃんともこれ以上関わる前の方が望ましい。

 

「……ねぇ、エリスちゃんの事、どう思ってるの?」

「ふぇっ!?」

 

 ヘルムトラウトは突然の質問に驚き、顔を赤くして視線を忙しなく泳がせる。

 その反応を見て核心した。やはり今の内に処理をしておこう。

 

「ほら、ちゃんとこっちを見て聞かせて?」

 

 

 

 

 

 テスラから話を聞いて少しするが、今度はあーちゃんとヘルが話し込んでしまったようで、視線を彼女達へ向けているが中々こちらへ来ない。

 私の方から迎えに行こうとも考えたが、自分から少し離れて貰うように言っておいて、それで遅いから向かうのは何だか気まずい気がする。そんな理由でテスラと一緒に待っていたが、やがて話は終わったのか、またはこちらの視線に気づいたかで二人とも駆け足で戻ってきた。

 

「ごめん、待たせちゃった?」

「大丈夫よ、私こそごめんね?」

「うぅん、大丈夫!」

 

 あーちゃんはそう言うと、すぐさま嬉しそうに私の腕へ抱きついてきた。全く、可愛いやつめ。

 ヘルとテスラは……良かった。テスラは私がお願いしたとおり、襲うのを我慢してくれているみたいだ。一応テスラを信用していたが、実際に目で見て確認できた事に、私は心の中でそっと胸を撫で下ろす。

 

「あ、エリスちゃん」

「どうしたの?」

「他の人達、もうすぐこっちにくるみたい」

「そう、わかったわ」

 

 どうやら休んでいる間に、他のパーティもしっかりと進んでいた様だ。あーちゃんは『精神干渉』を使えば誰がどの位置にいるのか分かるので、間違い無いだろう。

 

「合流するとなると、顔を見られるのはまずいわね……あーちゃん、テスラ、お面とフードを直しておきなさい。それとヘルは……ヘル?」

 

 私がそういうと、二人は身だしなみを整え始めるが、ヘルはぽやんと私の顔を眺めたままぼーっとしており、様子が変だ。

 

「ヘル、聞いてる?」

「え? あ、うん」

「アナタはこの石ころを持って、他パーティが合流したらそれを耳に当てなさい。私が指示を出すわ」

「うん……」

「……?」

 

 その辺に落ちていた石を拾い、『情報伝達』でお面の内側と繋げてヘルへ手渡すが、いまいち反応が薄い。何かあったのだろうか?

 

「ねぇヘル――」

「エリスちゃん!」

「っと、どうしたのよ? それにお面もつけないと」

「えへへ、ごめん」

 

 再びヘルへと声を掛けようとしたが、突然しがみついて来たあーちゃんに止められる。そして私の腕をぎゅっと抱きしめているあーちゃんを見ると、にっこりと楽しげな表情で見上げてきた目と合った。

 その後私の言葉であーちゃんもすぐにお面を付けてくれたが、何だかそのやり取りで気になっていた事がそこまで重要では無いと感じて、私も自分の準備に取り掛かる事にした。

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