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燃焼少女  作者: まないた
停滞した少女
40/52

040

 

「ふーんふーんふーん」

 

 その少女は私の手を引いて、上機嫌にぴょんぴょんと跳ねながら鼻歌を歌っていた。

 彼女が跳ねるたびに、自然な曲線を描く栗色の頭髪は踊るようにふわふわゆらゆらと動いていて、見ているこちらまで楽しい気分になってくるようだ。

 

 私はそんな彼女を眺めながら、ぼーっとした思考を整理する為にも少し前の事を思い返していた。

 

 

 

 

 

「好きっ! 好き好き好き!」

「…………はい?」

 

 そんなヘルの突飛すぎる行動に対して私が出来たのは、ただ間抜け声で返事を返す事だけであった。

 

「ぎゅー!」

 

 そうしている間にもヘルは私に擦り寄ってきて、胸元に顔を埋め始める。

 ど、どういう事? 恨まれているのでは無かったのか?

 

「えっ? ……あっ、ちょ、ちょっと待ってくれないかしら!?」

「はぇ?」

 

 私は我に返るり、咄嗟に手にもっていたアメジストブレイドを『情報伝達』で収納し、ヘルの両肩を掴んで強引に引き離した。

 引き離されたヘルは疑問符を浮かべたような表情で私を見てきたが、それはこちらが聞きたい!

 

「ねぇ、なに? 一体どういうつもりなの?」

「……うん?」

「なぜ急に抱きついてきたのかを聞いているの」

 

 ヘルは私の行動に納得したようで、満面の笑みを浮かべながら元気良く両手を挙げる。

 

「わんちゃんのこと、好きになっちゃった!」

「……うん待って、本当にちょっと待って」

 

 だめだ、話が飛びすぎていて訳が分からない。

 ……いや、言葉の意味は分かるのだ。多分好意的な意味で好きと言っているのだろう。だが全くその理由に見当が付かない。

 

「私達、さっきまで戦ってたわよね?」

「うん、すっごく楽しかった!」

「でも私、あなたを殴り飛ばしたと思うのだけれど?」

「うん、あれはすっごく痛かった……」

「そうでしょうね……それでここまでの流れで、何で好きになるとかそういう話になるのかしら?」

 

 念の為に確認を取ってみたが、やはり間違いなく戦闘は行われていたようであり、私だけが別の幻でも見ていたわけでも無さそうだ。

 そして振り返って改めて考えてみても、ここまでの経緯では好意を向けられる要素が全く含まれていないと思う。

 

 そんな私の疑問に対し、ヘルはまた少し顔を伏せて話し出した。

 

「ボクね……言ったと思うけど、初めてだったんだ」

「口付けのこと、よね」

「うん、それもだけど……押し倒されて上に乗っかられたり、胸をぎゅって触られたり……」

 

 う、確かに能力を使うだけであれば、手の動作は余計であった事は認めよう。

 でも『精神伝達』を使う為には体に触れている方が感づかれにくくなるといった意味があったのだし、口付けしたあとは何と言うか……気分がこう……わーっ! となってしまったのだから仕方が無いだろう。うん。

 

 ……けど、あれ? 好きになった理由を聞いた筈なのに、出てくる言葉がなぜ咎める様な内容ばかりなのだろうか。

 そんな風に考えていると、ヘルは伏せていた顔を上げ、真っ直ぐに私を見つめてきた。

 

「すごい、あったかかった」

「……え?」

 

 という事はもしかして、本当に全然怒って……ない?

 

「人と体が触れ合う事なんて今までほとんどなかったし、ち、ちゅーがあんなに凄いなんて知らなかった」

「え? えぇ……」

「それにそれにっ! なんかね? ちゅーした時にわんちゃんから、その……あったかいのがボクの方に来た気がして、それでもう頭ぼーっとしちゃって……うぅーっ!」

 

 私が気圧されている内にもヘルは喋り続け、そして口付けした時の事を思い出したのか、顔を赤くしながら唸り始めた。

 ヘルの言葉を要約すると、馬乗りになって口付けされた事が嬉しかった……という事だろうか。

 

「えーと、それはつまり……私に口付けされて好きになったと?」

「うぅん、それもあるけどそうじゃないんだよね……うぅ、でも何て言ったらいいのかボクにもわかんないし、さっきまでは何かが分かりそうだったんだけど、今はもうよくわかんなくなっちゃったし……」

「……はぁ」

 

 ヘルが頭を抱えて考え込んでいるのを見て我に返った私は、何だか自分だけ警戒しているのも馬鹿らしくなり、軽く溜息を吐いてすぐに警戒を完全に解く。

 

 今のヘルの姿を見て、なぜ彼女を真っ先に殺そうと考えなかったのか、何となく分かった気がする。

 どうやら彼女には全く表裏が無く、思った事がそのまま言葉や行動になっているみたいだ。その中には一切、害意や悪意など含まれていなかった事が、私から殺意を薄めていた理由なのだろう。

 

 道中でずっと私の戦い方や能力を見てあれこれ聞いていたのも、多分私と遊ぶ為にどこまで大丈夫なのかを測っていたのだと今なら分かる。

 だから彼女にとって不意打ちでの攻撃や致死性の高いナイフの弾丸などは、全て遊びの範疇で行っていたようであり、そんなヤツを相手に私は本気で対応していたのかと思うと、何とも疲れてきた。

 

「ふぅ……」

「あれ? ど、どうしたの?」

 

 私が二度目の溜息を吐くと、ヘルは抱えていた頭を上げ、心配そうな表情で私の顔色を覗ってきた。

 全くこいつは……いや、もう何も言うまい。そんな事より、彼女の行動原理が感情の通りな事がわかったので、今後は『精神干渉』で見ていれば良さそうだ。

 

「……本当に良く分からない子ね」

「へ?」

 

 すぐに『精神干渉』を使ってヘルの感情を読むと、心配そうだったのは表情だけではなく、本気でそう思って私を心配していた事がわかる。

 こんなことなら最初から恐がらずに『精神干渉』を使っておけばよかった。

 

 なにはともあれ、これで完全にとは行かないが、ヘルの事は半分くらいは信じてあげても良さそうだ。今の様子であれば、またすぐに襲われる心配も無いだろう。

 

「さて、アナタのせいで長居し過ぎてしまったわ。そろそろ移動するわよ」

「わ、わんちゃん!」

 

 『精神干渉』を再び使った事により、ヘルの感情を読むと同時に、遠くない距離で魔物の接近も感知していた為、本来の目的と併せて先へ進むよう提案して歩き出そうとするが、ヘルに袖を掴まれてしまった。

 やっと心配事も無くなって先へ進めると言うのに、まだ何かあるとでも言うのだろうか?

 

「なにかしら?」

「えっ? あれ? ボク、わんちゃんに好きって言ったよね?」

「? えぇ、聞いたわよ?」

「あ、あれ?」

 

 私の言動が予想と違ったのか、ヘルは軽く混乱しつつ、あれ? あれ? と連呼する。何かおかしな所があったのだろうか?

 

 ヘルの好きという言葉について、先程とは違って理解出来ているつもりだ。

 多分彼女は、長い間遊べる相手がいなくて今日をとても楽しみにしていたのだろう。だから道中や戦闘中とても楽しそうであり、今も特に不満を持っている様子はない。

 だからきっと満足に遊ぶ事が出来た私に対し、好意を持ってくれたのだろう。言わばそう、全力で遊んでくれる相手として認めたという所か。

 

「ほら、行くわよ」

 

 もしかしたらヘルは、友達がいないのかもしれない。……いや、彼女の性格や行動を見ていればありえる。

 それで普通の会話に慣れておらず、どうしたら良いのか分からないのだろう。だが私にとって彼女と関わるのはこの依頼の間だけなので、そういった事に付き合う必要も無い。友達作りは別の機会に頑張って貰おう。

 そう思って再び歩き出そうとするが……。

 

「もうっ!」

「え? ちょっと!」

 

 またしてもヘルに袖を引っ張られる。

 しかし先程のように軽くでは無く、今度は強く引き寄せるように引っ張られ、完全に意識していなかった彼女の行動に私は対応出来なかった。

 そして、引かれるがままヘルの方を向き――

 

「急に何……」

「んっ」

「っ!」

 

 ――するのよ

 そう続けようとした言葉は、ヘルの唇によって塞がれてしまった。

 軽く触れ合うだけの優しい口付け。一瞬の出来事だったが、ふにゅっとした柔らかく暖かいものを感じたような気がする。

 

 気が付いた時にはもう離れていたが、文句を言おうと思った感情は既になくなっており、代わりに口元に感触だけが残った。

 

「何か勘違いしてるみたいだから、その……わかった?」

「……え、え? 何が?」

 

 ヘルが何か言ってきているようだが、なかなか頭に入ってこない。

 むしろそんな事より、ヘルが物凄く恥ずかしそうな表情をしていることに意識がいってしまう。

 

「だからボクの好き、ちゃんと伝わった?」

「いや、え、でも、なんで?」

「わかんないよ! でも好きなんだもん! わかった?」

「う、うん……」

「良かった! じゃあいこ?」

 

 あまり話の内容は聞けていなかったのだが、顔を真っ赤にして怒鳴るように言ってくるヘルの勢いに、私は反射的に頷いてしまった。

 それを見たヘルは満足気に頷くと、頭が上手く回らない私の手を取って歩き出した。

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 人の記憶を見る事が癖になってしまったのか、自分の記憶までも客観的に眺めてしまった気がする。

 だがそのお陰で、大体の経緯は冷静に思い出すことが出来た。

 

「はいはーい、そこ邪魔だよー」

 

 私の手を引いて前を歩く彼女……まぁヘルなのだが、魔物の接近を感知すると、いつの間にか設置していたあの空中ナイフで殲滅をしていた。

 そんな光景を眺めつつ、私は唇をそっと触る。

 

 おかしいな。

 口付けならこれまでにも何度もしてきた。あーちゃん、ゼクス、テスラと既に三人としているし、ヘルにだって先に一度こちらからしているのに、何故あんなにも心が揺らされてしまっていたのだろうか。

 それにやり方だって、あんな唇だけ触れ合うような軽いものでも無く、互いの唾液を舌で絡め取るほど濃厚なものであったし、ヘルとも最初同じようにやった時にはこうまでならなかった。

 なのに今は、どうしてなのだろう。思い出しただけでも少しだけ気恥ずかしい気分になりそうだ。

 

「うーん、わからないわね……」

「うん? どうかしたの? ……ほら、それより見て」

 

 わからない事はいくら考えたってわからない。とりあえず今はそういった気持ちが治まっているので問題は無いかと棚上げし、ヘルの言葉に視線を向ける。

 すると、視線の先はどうやら出口みたいで、先に広い空間があるのが見えた。そこには既に先客の姿があり、徐々にそれが誰なのか鮮明に見えてきた。

 

「テス……ズィーベン!」

「お待ちしておりました、エリス様……おや?」

 

 危ない危ない、今は番号で呼ばないといけなかった。お面も側面へ移動させたままだったので、慌てて元に戻そうと手をかける。

 しかしテスラの方はお面をつけておらず、さらに私をエリスと呼んできている。その事に少し疑問を持つが、すぐに解消された。よく見れば彼女の近くには誰もおらず、一人で待っていたみたいだ。

 徐々に距離が近づくにつれて、彼女の顔も良く見えるようになってきた。

 

「テスラ、待ってくれていたのね。他の人達はもう先へ行ったのかしら?」

「いえ、私が来た時から誰も来ておりません。ですが、そんな事より……」

「ん? どうかし――っ!?」

「ふぁっ?」

 

 刹那、テスラから強烈な殺気を感じ取った私は、すぐにヘルの手を引いて後ろへと跳ぶ。

 すると移動する前の調度ヘルの頭があった空間に、黒い靄……テスラの『情報伝達』による陣が浮かんでいた。

 

「なぜ、その方がいるのでしょうか」

「突然何をするのよ。……それにその陣、どうするつもりだったのかしら」

 

 聞くまでもない事だったが、念の為に確認する。

 テスラの能力は良く知っている。少し前に私に化けていたアルブラハムの記憶で、恐らくあーちゃんの能力以上に理解出来ていると思う。

 そして理解出来ているからこそ、テスラの行動には疑問を持つ。

 

「……どうするつもりだった、ですか? 決まってます」

 

 私の問いに対し、テスラは普段通りの落ち着いた声音と表情で答えると、私から視線をずらしてヘルを見据えた。

 『精神干渉』で見えている感情から、答えを聞く前から全く良い予感がしない。

 

「そこにあるゴミを掃除します」

「え? ボク?」

 

 案の定、想定していた最悪な解答だった。テスラはそんな私の気持ちを他所に、何も無い空間から一本の剣を取り出して構え始める。

 このままでは不味い。そう感じた私はテスラへと声をかけるが……。

 

「落ち着きなさい、テスラ。別に彼女は敵対しているわけでは……」

「エリス様、ご安心下さい。害あるものは、私が全て消して差し上げます。『情報伝達 ポイントコネクト・ショート』」

 

 だめだ、テスラは完全にヘルを敵と見なしているようで、私の言葉すら届いていないみたいだ。

 テスラが短い詠唱をすると、私達のいる空間に多数の陣が浮かび上がる。そしてそれを見た私は、少しだけ安堵する。

 

「テスラ、雰囲気が全然違うわね。何かあったのかしら。……いや、もしかして、これが?」

「へー、わんちゃんってエリスって名前だったんだね」

「アナタは何を悠長に言っているのよ……とりあえずこの陣に触れてはだめよ。万が一触れてしまったらすぐに離れなさい」

「はーい」

 

 ヘルは間延びした返事を返すと、繋いでいた手を離して戦いに備える。不意打ちは少し危なかったが、今のテスラであればヘルでも対処は出来るだろう。

 

 テスラの急変には驚いたものの、城を出る前に貰ったメモに書かれていた前情報があったので、冷静さを失わずに済んだ。

 確かゼクスから貰ったメモの中に、「七番には気をつけるっす。主に周りの被害に」という短い文があったのだが、これはこういう事だったのかと納得する。

 

「ふぅ、ゼクスももう少し詳しく書いてくれても良いんじゃないかしら。まぁ対処が出来るタイミングで分かって幸いだったわ……けど、きっかけは何なのかしらね」

 

 ゼクスの忠告については理解出来たのだが、その原因が何なのかわからない。

 これがもし、最初からヘルと出会い頭に襲っていたのであれば分かるのだが、ここに至るまでテスラがヘルに何かしらの感情を抱いているようにも見えなかった。かと言って、今までの間にヘルがテスラへ何かしたという事も考えられない。

 

 そうやって私が頭を悩ましている内に戦闘は始まっていたようで、テスラは自分で生成した陣目掛けて剣を振るい、ヘルの近くに設置された陣から剣先が出てくるのを眺める。対してヘルは、私に使った時のようにナイフを回りに展開し、その漂っているナイフを使って上手く防いでいた。

 

「あははっ! 今日のボクはツイてるね! 日に二度もこんな戦いが出来て嬉しいよ」

「周りをぶんぶんと邪魔な……ゴミにたかるハエのようですね」

「ふふっ、口が悪いなぁ」

 

 テスラは舌打ちをしつつたくさんの武器を取り出して、次から次へと陣へ向かって投げ込む。そして投げ込まれた武器は、そこら中に配置されている陣を通ってヘルへと迫るが、その全てをヘルが操るナイフで弾く。

 また、ヘルは持っているナイフに引っ張られるように高速で移動しており、陣に重なってしまってもすぐに離脱出来ているので、部分転移を受ける事無く立ち回れている。うん、しっかり私の言った事を守ってる。偉い。

 

 こうしてみると、二人の実力は拮抗している様子であり、私が予想していた通り、このまま戦わせていても問題は無さそうだ。

 

 なぜ私が今、安心して戦闘を見ていられるのかと言えば、テスラが『情報伝達』を主軸に使おうとしていたからだ。

 突然襲われたのは驚いたが、その時の陣を形成する速度が記憶で見ていたほどには速くなかった。恐らくテスラが万全な状態であれば、私がヘルを引っ張る前にヘルの頭はどこかへ行ってしまっていただろう。だが、そうはならなかった。

 

 あの陣は、生成するだけで魔力消費が激しく、さらに生成速度を上げれば消費量が加速する。そして、今のテスラの魔力量で作る陣の早さでは、ヘルの全力を追いきれない。尤も、ヘルも避けるのに精一杯といった感じなので、攻勢に出るのも難しそうだが。

 後はこのまま、二人が満足するまでさせていれば良いだろう。

 

「さて、あーちゃんはどこかしら?」

 

 とりあえずこちらの問題は片付いたと考え、次に未だ姿を見せないあーちゃんを探す事にする。

 私は目を閉じ、『技能共有』であーちゃんとの繋がりを意識してみると、思いのほかすぐ近くにいたことが分かった。どうやらもうこちらに合流出来る位置まで来ているみたいで、五つある通路の一つに目を向けると、小さな人影が見えた。

 

「あーちゃん! こっちよ、こっち」

 

 あーちゃんはてくてくとつまらなそうにこちらへ向かって歩いてきていたが、手を振って呼んでいる私の姿を見つけると、邪魔だとばかりにお面を外し、顔をほころばせて走ってくる。

  

「エリスちゃーん!」

「あーちゃ……って!? ちょっとあーちゃん、止まって!」

「え?」

 

 私は笑顔で走ってくるあーちゃんを見て驚愕し、思わず止めてしまった。

 だって今のあーちゃんは、何故か全身を血で染め上げていたからだ。

 

「ね、ねぇあーちゃん、それどうしたの?」

「うん? あぁこれ? ふふんっ、ちゃんとやっつけたよ!」

「……やっつけた?」

 

 何を? と、そんな疑問を抱いてあーちゃんに聞くが、あーちゃんは今にも飛びつきたそうにしているだけで答えてくれない。まるで私の為に一仕事終えたような雰囲気なのだが……私にはあーちゃんに何か、お願いをしたという記憶は無い。

 

「えーっと、誰をやっつけたの?」

「敵だよ!」

「そう……はい、これでいいわ。おいで」

「うん!」

 

 うーん、やっぱりあーちゃんの解答は、いつも一足も二足も飛ばした結論ばかりだ。

 ……まぁそんな事は今に始まった事ではないので、次の質問を考えながら『完全再現』で血みどろになった服を元に戻し、あーちゃんを抱きとめる。

 

「えへへ、エリスちゃん……」

「よしよし。それであーちゃん、誰が敵をやっつけてって言ったのかしら?」

「? エリスちゃんがテスラに言ったんじゃないの? そう思ってあーちゃん、ちゃんとやってきたんだけど……」

「へぇ、そうだったのね」

 

 なるほど、それなら納得出来る。

 アルブラハムの記憶、そしてテスラは仕事と内容を濁していたが、何となく繋がってきた。

 

 恐らくテスラが今回請け負っていた仕事の内容は、魔物の討伐……というよりも、敵対勢力の排除で動いていたのだろう。先行して出向いていたのも、恐らくそう言った人員を今回の任務に集める為だと予想出来る。

 そしてあーちゃんにも、私の名前を出して遠まわしに手伝って貰った。という事だろう。

 

 あれ? でもそうなると、今回集まったパーティが全て敵だと言う事なのだろうか? マルギットが来るのは予定外と言っていたので、それ以外の全員が敵だった?

 いや、これもテスラに聞けば分かる事だろうし、あーちゃんの件も含めて後で聞くことにしよう。最悪マルギット以外が敵だったとしても、一番の脅威であったヘルはもう襲ってこない。何も問題は無いか。

 

「ありがとあーちゃん、大体分かったわ」

「そう? えへへ、良かったー」

 

 私は考えがまとまると、あーちゃんに礼を言いつつ腕の中にいるあーちゃんの頭を撫でてあげる。

 あーちゃんも嬉しそうにすりすりと私の胸に顔を擦りつけていたが、しばらくはすると何か思い出したという風に頭を上げ、テスラへと視線を向けた。

 

「どうかしたの?」

「……エリスちゃん、テスラあのままだと、ちょっと危ないかも」

「危ない?」

 

 あーちゃんの言葉で私もテスラへと視線を向けるが、特に差し迫って危険があるというようには見えない。どちらかと言うと、依然ヘルが何とか凌いでいるという状況だ。

 こうして見ている限りでは、危ないのはヘルの方だと感じるのだが……と、そういえば先程の疑問を置いたままであった。あーちゃんなら何か知っているかもしれないので、期待薄だが聞いてみよう。

 

「ねぇあーちゃん、テスラが突然あぁなってしまったのは、何か理由があるのかしら?」

「あ、そっか。エリスちゃん記憶ないから、わかんないよね」

 

 あーちゃんは納得したという表情で頷いて、得意顔で説明を始める。

 

「テスラはね、エリスちゃんの事が大好きなんだ! ……勿論あーちゃんの方がエリスちゃんをだいだい大っ好きなんだけど」

「えぇ、記憶が無いから好いて貰っている理由まではわからないけれど、それでも私も二人の事が好きよ」

「えへへ……あ、ごめん。それでね? テスラはエリスちゃんを傷つけようとする人を見ると、すぐに手が出ちゃうの。多分あの人、エリスちゃんに悪い事しようとしたんだよね?」

「えぇ、さっき襲われたから、その事かもしれないわね」

 

 そういう事か。そういえば私とヘルが戦っている所を、テスラは見ていた筈だ。

 逃げてきた男……アルブラハムが私達の戦いを観戦していた様に、テスラもあの場に居た。だからこうして、対面してすぐにヘルを殺そうとしたのか。

 

 ん? でもそれだけならば、ヘルの命が危険という事なら分かるのだが、テスラが危険とはどういう事だろうか。

 そう思っていると、あーちゃんのまだ話しの途中だったようで、話を再開させる。

 

「だからテスラ、ものすごく怒ってる」

「そう、ならそろそろ終らせるべきかしらね」

「うん、出来るならそうした方がいいよ! だって、このままだとテスラが……」

「えっ?」

 

 あーちゃんがぼそっと零した言葉に、私は驚いて聞き返してしまった。

 もしその言葉が本当であれば、私は今の状況に対しての認識を大幅に改めなければならない。それも、とても悪い方向へ。

 

 出来れば私の聞き間違いであれば嬉しかったのだが、あーちゃんが再び言ったその言葉は変わらず……

 

「心蝕魔法、使うよ?」

 

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