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燃焼少女  作者: まないた
停滞した少女
39/52

039

 

 男の名は、アルブラハム。

 少し前まで、ライネルヒ国で仲間と一緒に討伐などの依頼をこなして生活をしていた。

 そして数日前、ライネルヒ国で冒険者向けに、金貨二十枚と莫大な報酬をかけられた大きな依頼が入る。

 

 しかしその依頼には討伐依頼と報酬額しか書かれておらず、何を討伐するのかも記載が無い。

 この時点でかなりの怪しさなのだが、依頼を見たアルブラハムはそうは考えなかったようで、むしろ簡単な依頼だと喜んでいたみたいだ。

 金貨二十枚もあれば、しばらくは依頼を受けなくても遊んで暮らせる額であり、そんな高額報酬に比例して危険な内容となる事は想像に難くないが、男達は四級冒険者で、さらに実力も国内の冒険者間では上位に位置していたという事もあり、問題ないと判断したようだ。

 

 実際に依頼を受けてみると、依頼内容の詳細については城で伝達すると言われ、すぐにその足で向かった。王城は国の中央に位置した場所にあり、とても広い場所を取っている上に建造物の背も高く、迷う事無く到着する事が出来た。

 到着してからは、城の周りにぐるっと高い壁が設置されており、入り口を探すのに少し苦労をしたものの、ある程度歩いていると門番が立っている所が見つかり、今回の依頼書を見せるとすぐに中へと通された。

 

 中へと入ると、そのまま案内役に部屋まで通され、そこで待ち構えていた男から依頼の説明を受ける。

 その内容は、ベルン国の戦力となるもの……つまり私達を討伐して来いというものであった。

 そして話を聞いたアルブラハムは仲間と相談をすると、自分達の実力からして魔物と戦うよりも人相手の方が危険が無いと判断し、加えて国からの依頼達成の名誉や、高額な報酬も魅力的だったので快く引き受け、ベルン国までやって来る事になった。

 

 と、そろそろヘルがいる場所に着きそうだ。

 

「国からの怪しい依頼を受け、そのまま死亡。何だろう、どこかで聞いた気がする話ね……一体どこでだったかしら」

 

 私は屍肉を食べて浅く読み取った記憶を簡単に確認し、呟きと共に一息吐く。

 見た記憶は何となく既視感を覚えるものだったが、強く印象に残っていないのか思い出せない。

 

 その後は運良く……なのかは分からないが、男がライネルヒ国から依頼を受けてからベルン国に移動し、数回の依頼達成後に今回の討伐依頼が入ってきて参加したようだ。

 この男やその仲間達は腕が立つものの、あまり細かい事を考えるのが得意では無かったらしく、一体誰を倒せば達成するのか見当も付けられずに困っていたところこの依頼が入ったようで、渡りに船とばかりに嬉々として参加を表明をしたみたいだ。

 けど結局はテスラを狙ってその返り討ちにより殲滅させられてしまい、この男……アルブラハムと言うヤツが最後の生き残りだった様だ。

 

「やっぱり私に化けてたのは幻影の魔法みたいね。聖の適正があれば詳しくわかりそうなのだけれど、言っても仕様が無いわね。それはそうと、テスラの能力……戦闘向きだとは思っていたけれども、この使い方は予想外だったわ」

 

 テスラが男達に負けなかった事は喜ばしいのだが、記憶で見たテスラの能力には驚かされた。

 全く何もない空間に陣を出現させて、自分や道具、さらには相手の攻撃を別の場所へ繋げるなど、反則も良いところだ。

 だがまぁここまでは私も予想はしていたので、強力な能力を使える範囲という認識で終わっていたのだが……後半での使い方は、その域を超えていた。

 

 陣で空間を繋げ、物体の一部だけ中途半端に移動させたまま陣を閉じる。

 こんな完全防御無視みたいな攻撃を受けた方は、たまったものでは無いだろう。テスラが敵で無くて良かったと思う。

 

 さて、考えて歩いている内にとうとうヘルの元に戻ってきたのだが、彼女はまだ放心を続けていた。そのまま眺めるようにして様子を見るが、まだしばらくは起きる素振りがなさそうだ。

 うーん、ヘルの意識が戻ってくるまで暇だ。

 

 よし、余った時間を何もしないで潰すのは勿体無いので、見る必要性は感じてはいないのだが、読みとった記憶のその後についてアルブラハムの視点で見てみることにしよう。

 そう決めた私は、一度『精神干渉』によってまわりに魔物がいない事を確認すると、すぐに能力を解き記憶の閲覧の為に目を閉じた。

 

 

 

 

 

「はっ、はっ」

 

 俺は短い呼吸を繰り返しながら、目の前の異常な光景に目が奪われていた。

 

 白髪の少女に対して、俺の手足を斬り落としたナイフが宙を裂き殺到するのだが、その全てを避け続けていた。

 もはやあの速度でナイフを操作する四肢落としも、それを避ける白髪の少女も人の域を超えている。これが三級以上の実力……化物達か。

 

「うぐっ、くそがっ……痛ぇ、俺の手足が、くそっ!」

 

 しかし、そんな化物同士の戦いを暢気に観戦出来たのは一瞬だけであった。

 すぐに痛みで現実に引き戻され、いやがおうにも自分の現状を思い出してしまったのだ。

 

 ちきしょう! 化物から逃げるために走って来た筈なのに、さらに化物たちがいる場所に逃げ込んでしまうなど、冗談にしても笑えない。

 そしてその代償は手足の切断と、かなり大きく付いてしまった。

 

「はぁ、くそっ! こんな事してる暇はねぇってのに……はぁ、はぁ」

 

 緊急用に取っておいた治癒液が一つだけあるが、斬り落とされたのは腕と足。

 平時であればどちらも不完全ながら治癒をして、後は自己治癒などでゆっくりと回復させていくのだが、今は時間が無い。

 

「くそっ、こうしている間にもアイツが……」

 

 俺は焦りながらも治癒液を取り出すと、すぐに足の切断面に治癒液の全てを振り掛ける。腕を捨てる事になってしまうが、まずは逃走しなければ腕どころか命自体危ぶまれる状況なのだ。

 治癒液を掛けると数秒で足の傷は塞がり、切り離された足が動く事を確認する。そして呼吸を落ち着けつつ、どうやってこの場から離脱しようかと考えてみる。

 

 目の前では、未だ白髪の化物と四肢落しが戦っている。そんな所へ飛び込めば……考えたくもない。

 しかし後ろへ退けば、ここまで走ってきた道が一本道であった以上、あの化物と遭遇してしまう。さらに言えば、このままここに居続けていても化物に追いつかれてしまうだろう。

 

 くそっ! くそくそくそくそ!

 前も後ろも、そして停滞すら許されない状況の中、一体どうすれば良いのだ!

 

 そうやって俺が頭を抱えていると、突然前方から大きな音が聞こえたので咄嗟に頭を上げた。

 するとそこには砂埃で視界が悪いが、先程白髪の化物がいた場所を集中的に、土で作られている杭が上下から出ていた。

 

「まさか、四肢落としが白いのをやったのか?」

 

 状況の確認をしようとさらに目を凝らして見ていると、突然四肢落しが吹き飛ばされ、その後をすぐ白髪が追って行ったように見えた。

 

 な、なんだ、どうなっている? もしかして四肢落しが負けたのか?

 いや、そんな事はどうだって良い。それより今なら前方は視界が悪いので、上手くいけばヤツらの横を素通り出来るかもしれない。

 

 俺は恐怖で震えそうになる足を何とか奮い立たせて立ち上がり、走り出す前に今一度自分に言い聞かせる様にして声を張り上げる。

 

「よ、よし! 今だっ! 今しかないっ!」

「そうみたいですね」

「なっ!?」

 

 すると、返ってくるはずの無い返事が聞こえ、咄嗟に振り向いた瞬間――灰色髪の化物がそこにはいた。

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

 記憶の再生が終わることを確認して、再度私は小さく息を吐く。

 今更だがこの能力の欠点として、読み取った記憶を閲覧する行為は集中力が必要になるので、他の事が出来なくなるみたいだ。あとちょっと疲れる。

 

「はぁ、それにしても憂鬱だわ……冒険者ギルドにライネルヒ国、敵ばかりじゃないの」

 

 正確には冒険者ギルドが敵かどうかはまだ確定では無いのだが、だからといっても狙われている事に変わりなく、全く気休めにならない。

 正直な感想を言えば、こんな危険な目に遭わされるなど聞いていなかったので、今すぐ討伐任務を降りたい気分になってきている。

 

「はぁ……」

「……はっ!」

 

 私が二度目の溜息を吐きつつ気落ちしていると、ヘルが突然短く声を上げる。どうやらやっと気が付いたようだ。

 目を覚ました彼女はゆっくりと体を起こし、ぼやけた眼でこちらに視線を向けてきた。そんなヘルを見た私は、気を引き締めなおしてアメジストブレイドを手元に呼び出すと、すぐに構えを取った。

 

「気が付いたようね」

「っ! ……うぅ」

「……それで、アナタはどうするの? これ以上向かってくるなら容赦はしないけれど」

 

 私がそう声をかけると、ヘルはビクっとなって私から目を逸らし、俯いた。

 

「悪いけれどもう手を打たせてもらったから、さっきみたいに私を追い込むことは出来ないわよ?」

「え? あ、うん……」

 

 ……?

 何か様子がおかしい気がする。

 先程までのヘルは全身から楽しんでいる空気が満ち溢れていて、こちらの気分など関係なしに饒舌でやかましい人だと思っていたのだが、今のヘルからはその元気が感じられない。それどころか、話しかけても上の空で聞いていないみたいだ。

 その態度を不自然に感じた私は、探るように目を向けてみるが……。

 

「っ!?」

 

 ヘルも私を見ていたみたいで一瞬視線が合うと、慌ててすぐに視線を逸らされ、さらに顔も伏せてられてしまった。そのまま見ていると彼女は頻りに自分の下唇を撫で、顔を紅潮させている。

 明らかに様子がおかしい。目が合っただけでここまで動揺するとは……もしかして先の戦闘で私に対し、恐怖でも抱いてしまったのだろうか?

 

「あの……ヘル?」

「……」

 

 私はヘルの反応にどうして良いかわからなくなり、躊躇いがちに声を掛けてみるのだが、反応が無い。

 もしかして本格的に恐がられてしまったか? うぅ、けどそれならそれで、これ以上襲われたりしないだろうから都合は良いのだが……何だか寂しい気分になってしまう。

 まぁ実際の所、また襲ってくる様子があれば今度こそ殺す事も視野には入れていたので、仕方がないとも言える。

 

 うーん、『精神伝達』を使ってみるか? でも何か嫌な予感がするし、もし本当に恐がられてたらと思うとちょっと辛い。

 

 ならばこのまま放置するかとも思案し、すぐに頭を小さく振って考え直す。

 私の目の届く範囲であれば、ヘルに対して『技能共有』で枷を掛けたので大丈夫なのだが、私の知らない所であーちゃんやテスラを襲わないとも限らない。……とは言っても、襲われたあーちゃん達が負けるという未来は視えないのだが。

 

 とりあえず、このままではすっきりしないのでどうしたものかと考えていると、私が何も喋らなかったからなのか、ヘルの方から話しかけてきた。

 

「あ、あの、ね?」

「……何よ?」

「う……」

 

 私が警戒を高めつつそう返すと、ヘルは眉尻を下げて少し悲しそうな表情をした。

 なぜそんな表情をするのかわからないが、今も戦闘が完全に終わったわけでは無い。向こうは最初に不意打ちで襲ってきたのだから、そんな泣きそうな表情でこちらを見つめられても、警戒を解くわけには行かない。

 

「さっきの、ボク、初めてだったんだ」

「…………そう」

 

 さっきのというのは、恐らく私が『技能共有』を使った時にやった事を指しているのだろう。

 

 という事は、あれか?

 初めてを奪われて、怒っているのだろうか? それとも悲しんでいる……?

 先程向けられた表情からだと後者なのかもしれない。

 

 確かに、唇を奪われたのだ。

 記憶のある範囲で思い返してみれば、私も初めては奪われた側にいる。とは言え相手はあーちゃんだったので、驚きはあったものの嫌悪感などは無かった。

 だがヘルの場合、敵対しているとは言え初対面の私に襲われた立場となるのだから、恐らく色々と思うところがあるのだろう。となると、やはり罵倒や恨み言を言われたりするのだろうか……ちょっと嫌だなぁ。

 

「それで?」

 

 本当はあまり聞きたくは無いのだが、それ以上に今後ヘルが敵対する意志があるかを確認しておきたいので、私は不本意ながらも続きの言葉を促す。

 

「えっと、それで、ね?」

 

 ヘルはそこで言葉を止め、また自身の下唇をなぞる様に触ったかと思えばすぐにその手を下げ、胸元で手元を弄りだした。

 

 さっきからのその反応、一体なんなのだろうか。凄く気になるのだが、相変わらず彼女は顔を伏せているので表情が見えない。

 言葉に詰まるほど恨んでいるのだろうか? もういっそ、言葉を待っていないで『精神干渉』で見てみるべきか。

 

 ……あ、あれ?

 そもそも私は、何でこんな事を考えている?

 

 これまでどんな感情を持たれようが、それが敵意を持っている相手であれば躊躇無く殲滅してきた。少なくとも実験区画では、そんな振る舞いをしていた筈だ。

 確かにカールの時の様に、目的に対しての利用価値を見出した際はその限りでは無かったのだが、今は目先に目標を立てているわけでもなく、ましてやヘルに利用価値を見出せているわけでもない。

 

 考えてみれば、あまり殺すという選択肢を強く意識しなかった気がする。敵意や害意が無くとも、高い可能性で害にしかならないと思われるのに、だ。

 もしかすると心蝕魔法を使った影響で、人を殺すという行為を無意識に避けているのだろうか? 実験区画で培った感情がなくなってしまったのが原因という事?

 確かにあの心蝕魔法を発動させた一件以来、人を相手に何かをしたという記憶は無い。それを思えば辻褄は合うのだが、何となく腑に落ちないような気もする。

 何だろう。実際はもっと何か別の理由で……。

 

「ワンちゃんっ!」

「っ!? な、なに?」

 

 び、びっくりした。

 人が考えている最中に、突然大きな声を出さないで欲しい。

 えぇと、今はどういう状況だったか……あぁそうだ、ヘルの続きの言葉を待っているのだった。

 

 いつのまにか思考に没頭し過ぎたせいか、ヘルを前に警戒を解いてしまっていた事に気が付いた私は、慌ててヘルの位置を確認しようと顔を上げると……っ! 近いっ!?

 

 ヘルは既に私の目の前で両手を広げ、何かの予備動作に入っていた。

 

 くっ、敵の目の前で一体私は何をしている!?

 思わず自分の迂闊すぎる行動に対して叱咤したくなるが、今はその様な事をしている暇すら無い。こうしている間にもヘルが浅く腰を落としたかと思うと、すぐにこちらへと突っ込んできた。

 ま、まずい! 即座に何かしらの牽制を行おうとするが、今は警戒と一緒に構えも解いてしまっており、この距離からでは対応が間に合わない……!

 

「くっ!」

 

 この体勢で避けるのは不可能だ。せめてもの抵抗として、身体強化を四割の魔力で行い衝撃に備えるが……。

 

「好きっ!」

「…………は?」

 

 そしてヘルの言葉で、何が起こったのか理解の出来ないまま棒立ちとなり、全身に柔らかな感触を感じた。

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