035
「ふっ! ……ふぅ」
アメジストブレイドで魔物を両断し、回りに動くものがいなくなった事を確認して一息吐いた。
「ねね、見ててずっと思ってたんだけどさ」
「何よ」
私が倒し終えると、すかさずヘルが近くに寄って話しかけてくる。
二人だけの探索となってから、彼女は暇さえあればちょくちょく話しかけてきてくれていて、いつの間にか気づかぬ内に自然と会話出来るほど距離が縮まっていた。
「キミさ、身体能力は凄く高いのに、武器の使い方は下手っぴなんだね」
「……余計なお世話よ」
確かにヘルの言う通りなのは自分でもわかっているが、人に指摘されるとイラっとする。
武器について、以前ナイフや剣を持って振った事はあるのだが、それはたまたま手元にあったので何となく振ってみた程度なのだ。
まして今持っている武器は、形状、大きさともに一般的なものでは無いので、言われなくても扱えきれていない事は身にしみてわかっている。
むしろ素手でやった方がしっかりとした動きが出来るだのが、それだと部位破壊だけになってしまうことが多く、扱い辛くても武器で倒してしまった方が簡単に殲滅出来るので使っているだけなのだ。
「せっかく両端に刃が付いてるんだからさー、もっとこう、回転させたりとか色々出来そうだと思うよー?」
「うるさいわね。別に相手を惑わせる動作なんて無くても一撃なのだから、どっちでも良いじゃない」
「えー、でもそれだと対人の時に困るよー? 工夫しないとー!」
「困らないわよ。その時は武器を投げて素手でやるから」
「ふーん?」
この子は私の何なのだろうか。先程から話しかけられるたびに動きについて指摘され、さらには対人の事について言ってくる。
友好的な口調なので最初の内はまぁ良いかと思っていたのだが、毎回戦闘が終わる度に言ってこられるといくら私でも少し苛々してくる。まるで小姑のようだ。
「ね、ね! 魔法は使えるの?」
「……アナタはどうなのよ」
「ボク? えぇとね、風と土、それと雷の適正あるよー?」
「へぇ、三つもだなんて凄いわね。私は火だけよ」
適正魔法で返答を貰ったので、こちらも適正魔法の種類で返してあげる。固有魔法についてはやはり一般的では無いらしく、魔法と言えば適正魔法を示すようだった。
それにしても三つか。三つも適正を持っている人と言えば、二級冒険者だったグレッグくらいしか出会った事がなかったので、素直に感心する。
「んー、別に凄くはないかなぁ。森人って大体二つ三つの適正があるもんなんだよ? 逆に一つだけな人はかなり悲惨だと思う」
「そういうものなのね」
なるほど、種族特性として森人は魔法が得意な種族だったはずなので、適正も備わりやすいのか。
だけど、あれ? そういえばゼクスも森人だった気がするが、風魔法しか見たことが無い。その認識から一つの特性だけかと思っていたのだが、今の話からすると他の特性は隠しているのだろうか。
「けどそっかー、その身体能力に加えて、獣人なのに魔法の適正もあるんだ……ふふっ」
「? ……楽しそうな所悪いんだけれど、また魔物が来ているから早く準備しなさい」
「お? ……ほんとだ。ん、わかったー!」
どうやら少しばかり話込んでしまっていたようで、先程屠った魔物の血に寄せられたのか、結構な数の魔物が寄ってきている。
まだ姿は見えないのだが、ある程度の距離に入るとあーちゃんの『精神干渉』で存在を感じられたので、ヘルよりも先に気が付く事が出来た。
「でも良くわかったね。ボクでもこの距離で言われて初めてわかったのに」
「それは……アナタが気を抜きすぎなのよ」
「あははっ、そっかー」
ヘルは私の言葉に小さく笑うと、懐から複数本のナイフを取り出して軽く真上に投げた。これまでの道中では面倒そうにナイフを構えていただけであったのに、何か始める気なのだろうか。
そこには魔物がいるわけでもなく、かといって天井の壁に届くほど力を篭めて無かったので、上空に投げ出されたナイフは自然に自由落下を始める。
「ねぇ、私の言葉が理解出来ていなかったのかしら?」
「違う違う。これがボクの準備だよ? ちゃんと準備するのは久々だけどね」
「ふーん?」
私の疑問に答えている間にも、ヘルは次々とナイフを上空に投げ出している。むしろその謎の行動よりも、どこにそれだけの数のナイフがあったのかと突っ込みたくなる。
しかしそうしている間にも魔物との距離は縮まってきており、このままでは囲まれてしまうだろう。
「ナイフがいっぱいある事はもうわかったから、そろそろまともに準備をしてくれないかしら。囲まれてから殲滅を始めるのは嫌よ」
「酷いなぁ、準備してるって言ってるのに……信じてないのー?」
「はぁ、じゃあ準備が出来たらアナタ一人で殲滅してくれるかしら。私は働かないわよ」
もっと有利な位置で戦う余裕があったのに、彼女の奇行でその時間も無くなってしまった。正直に言ってこのまま遭遇すれば殲滅作業が面倒臭い。
だからこそ再三注意をしたのだが、ヘルは全く聞く耳がないようだった。それならそれでも良いけど、聞き流されている事にちょっとムッと来たので、ここは全部任せてしまおう。
「元より、そのつもりだよー?」
そこで私は始めて気が付く。
上空に投げたナイフが地面に落ちれば、それなりに大きな音がする筈なのだ。
「もー、気づくのが遅いよ。でもせっかくだし見せてあげるね? これがボクの戦い方だよ」
ナイフの落下音の代わりに聞こえてきたのは、そんなヘルの言葉だった。
その言葉に釣られて上を見てみると、ヘルの投げたナイフ全てが空中で制止しており、さらにそのナイフはこれから来るであろう魔物の集団へと揃って切っ先を向けていた。
これは……特に詠唱をしたわけでもなかったので、適性魔法だとは考え辛い。となるともしかして、固有魔法か?
「よーし! こっちから行くよー!」
「え? あ、ちょ、ちょっと……あーもうっ!」
ヘルは言うが早いか、考えていた私を置いて一人で先に突っ込んで行ってしまったので、慌ててその後を追う。
するとすぐに魔物集団の先頭が見えてきたので、ヘルも足を止めるだろうと思い速度を緩めるが……
「あっはは! 一杯いるねー!」
「……冗談でしょ」
私の思いとは裏腹に、ヘルはさらに速度を上げてぐんぐん前へと進んでいく。不思議な事に、頭上に浮いているナイフもヘルに追随するかのように動いていた。
だけど手元から離れて浮いているナイフを見れば、恐らくは中距離以上の射程はありそうであり、どう考えても一度立ち止まって向かいくる魔物を迎撃した方が良さそうに思えるのだが、本当にコイツは何を考えているのだろうか。
……はぁ、まぁ私が悩んでいても疑問が解けるわけでもないか。
それにこのまま立ち尽くしていても仕方が無いので、魔力で少し身体強化を行いながら加速して追いかけ、前を走っていたヘルの横まで行くとそのまま並走する。
「……この速さでも振り切れないかー」
「一体何を振り切ろうって言うのよ……それで、ここからどうするつもりかしら? 敵はもう目の前よ」
「まー見ててよ!」
そう言いながら、全く減速する素振りを見せないヘルを見て少し不安を覚えたので、一瞬だけ減速をして彼女の後ろに張り付き、私は自分の身だけ守れるようにと魔力の三割で身体強化を使っておいた。
最悪の場合、ヘルがこのまま突っ込んで自滅する可能性も考えられるので、もしそうなってしまったらそのまま置いていこうと心の中で呟き、ヘルの奇行を見守る事にする。
すると、ヘルは魔物達との接触直前に片腕を挙げ、すぐに振り下ろす素振りを見せると同時に、周りに劇的な変化が起こった。
そこかしこから空気を切り裂くような音が聞こえ始め、一瞬にして目の前にいた魔物達がバラバラの肉片と化していったのだ。
その間も全く走る速度を落とさないヘルだが、前方から音がしたかと思うと細切れの肉が舞っており、前進を妨げる魔物達の姿が見えなくなっている。
よくよく目を凝らしてみると、先程の行動から予想は付いていたのだが、やはりナイフが高速で宙を舞っていた。投げた本数から三十本少しはあると思うが、その複数のナイフがそれぞれ意思を持っているかの様に飛び回り、次々に魔物を刻んでいるみたいだ。
「どういう仕組みなのかしらね」
魔物の群れを中央突破したヘルは、何を思ったのか急停止して振り返り、再び腕を肩ほどの高さまで上げる。その手をじっくり見てみると、上げていない手の方もだが、忙しなく指が動いているのが見えた。
どうやら彼女は中央突破した事だけでは満足出来ず、ここにいる魔物達を殲滅し尽す気らしい。そうこうしている間にも生き残っていた魔物達が順番に切り刻まれていき、残り数が少なくなっていく。
「なるほどね、さすがは三級冒険者って所かしら……っと!」
ヘルの戦闘能力に感心しつつ眺めていたのだが、縦横無尽に飛び回っていたナイフが魔物の最後の一匹を刻み終えると、あろうことかこちらにまでナイフが向かってきていた。
その数三本。
目で追えない程の速さでは無かったので、向かって来たナイフの内二本を体を半身にして軌道上から逸らし、最後の一本をアメジストブレイドで弾く。軽い金属音が鳴って一本のナイフは弾かれ、残りのナイフはそのまま私の横を通過していった。
……身体強化していたから対応出来たのだが、全く強化していなければ避けることが出来ず、魔物同様ナイフに刻まれていただろう。
「あ、ごめんー! 終わったと思って気を抜いたら、手元が狂っちゃったよ。あはは」
「あははじゃないわよ。もし次やったら、私も手元が狂うわよ?」
「だからごめんってー、ボクも悪気があったわけじゃないんだよ? それよりも見て、出口が見えるよ!」
その軽い謝罪からは、本当に操作の誤りで飛び火してしまったのかはわからない。平時であれば問い詰めたい所なのだが、ここで揉めても仕方が無いと考えて、ヘルの言葉に従って視線を前方へと向けてみる。
すると確かにヘルの言う通り、出口……というよりも、ヘルに連れられる直前にあったわかれ道のような、大きな空間に繋がっている事が見て取れた。
「ふーん、もしかしたらこの先で全ての通路と合流するのかもしれないわね」
「えー! それはちょっと困っちゃうかなぁ」
「困る?」
「"エリス様、聞こえますか?"」
「ひゃうっ!?」
「どうしたの?」
「い、いや、何でも無いわ」
び、びっくりした……。
突然テスラの声が聞こえたので、驚き過ぎて変な声を出してしまった。恥ずかしい……
「"エリス様? もしかして何かあったのですか!?"」
「"いいえ、何でも無いわ……それよりもどうかしたの?"」
「"いえ、エリス様の事が少し心配になりましたので、呼びかけてみました"」
「"はぁ、さっき別れたばかりじゃない。私の方は大丈夫よ"」
「緋……らよ……につど……」
全く、まだ分かれてそんなに時間が経ったわけでもないというのに、心配性だなぁと思う。
そんなテスラの行動に呆れた態度を取ってみるが、本当は結構嬉しく感じていて、頬が緩みそうになっているのが自分でもわかってしまう。
「"そうでしたか……安心しました"」
「"もう、心配し過ぎよ。それはそうとあーちゃんは?"」
「"エリスちゃーん! 早く会いたいよー……"」
「"良かった、あーちゃんも無事なのね"」
「"うん! あーちゃんも頑張るから、後で一杯褒めてね?"」
「"えぇ、もち……っ!?"」
テスラ、あーちゃん共に無事である確認が取れて安堵すると、突然足元に魔力が集中しだした事に気が付き、急いでその場を離れる。
「『第一節 サンドステーク』」
私がいた場所の地面から、突如として先の尖った長細いものが伸び出てきた。あのまま飛び退かなければ、今頃私は串刺しになっていただろう。
今度こそ手元に狂いようが無い……もっと言ってしまえば、私の注意が逸れた時に狙って攻撃をかましてきたのだ。
それが誰の仕業かと言えば、ここには既に魔物はおらず、私の他にはもう一人しかいない。
「……どういうつもりかしら、ヘル」
「あはっ、あはははは! これも避けちゃうんだ! 少しくらい傷付くと思ったのに、いやぁ凄いね……期待以上だよ!」
「私はどういうつもりなのかを聞いているのだけれど?」
「あははっ、そんなの、もうわかるでしょ?」
ヘルはそう言うとゆっくり腕を挙げ、周りにあるナイフを再び操作し始めた。今の受け答えから見て、既に私への敵対行動を隠すつもりが無いらしい。
ここまでの間、ずっと『精神干渉』を使ってヘルの感情を読んでいたのだが、一切負の感情は感じられなかった。
それどころかずっと楽しそうにわくわくとした気分でいたので、私に対して何かしらの不満や恨み等で敵対しているとは思えない。それに今だってとても楽しそうな感情で私と対面しているみたいなので、ますますわからなくなる。
「はぁ……少し考えてみたけれど、なぜこんな事になっているのか全く心当たりが無いわ」
「そう? あはは、まぁそうだよね。ふふっ」
「何が可笑しいのよ」
「いやぁ、久しぶりに遊べると思うと、ついね」
遊ぶ? ヘルは今、遊ぶといったのだろうか? 高速で飛ぶナイフを向けてみたり、不意打ちで足元から魔法で串刺しにしようとするのが、果たして遊びで済まされるものなのだろうか。
「でもわかれ道があって助かったよ。周りを見ても弱そうな人ばっかりで、いつまでお守りをさせるんだー! って思ってたんだ」
「そう……だから合流する前に、やってしまおうと?」
「その方がキミも気兼ね無く出来るでしょ? 今回は助っ人さんが来るって聞いてたから楽しみだったんだけど、皆強そうで嬉しくってさ! 出来れば一人ずつやって、全員と戦ってみたいなって考えてるんだよー?」
……いや、コイツの場合はそれを遊びで済ませてしまうのだろう。これまでの行動や周りの冒険者達の反応、そして今も『精神干渉』で感情を読んでいると、何となくだが少しずつわかってきた。
コイツがなぜその様な思考になるのか理解は出来ないのだが、弱い人には興味を見出せず、強い人がいれば戦いたくなる性分のようだ。
つまるところコイツにとっての私は、面白そうなおもちゃという認識なのだろう。だから遊ぶ前に壊してしまっても、それはそれでしょうがないといった感じだろうか。
「"どうかしましたか!? 大丈夫ですか?"」
「"エリスちゃん?"」
「"……大丈夫よ、安心して"」
耳元であーちゃんやテスラの声が聞こえてくるのだが、ヘルや周りを飛ぶナイフに集中しなければならない今の状態では、どうしても気が散ってしまう。
ただこれ以上黙っているのも悪いと思い一言だけ告げると、フードを下ろしてお面に手を掛ける。
顔を隠しておいた方が良い事は理解しているのだが、このままでは視界も制限されてしまっているので、多方面から向かってくるナイフを見落としかねない。そうなってしまわない為にも、今はお面が邪魔だった。
「残念だけれど」
「ん? なに?」
「アナタの望みは叶わないわ……だって」
私は言葉を切ると同時に、お面を片側の側頭部にずらして視界を確保させ、晒した素顔でヘルへと視線をあわせる。
「アナタの相手は……私で最後だもの」
それを受けたヘルは最初にあった時と同く、クセっ毛をふわふわと舞わせながら満面の笑みを浮かべ、上げた手を振り下ろした。




